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8、ホルエムヘブ将軍2

 しばらく宴に加わり、その後、案内された部屋で休憩を取った。ウトウトとわずかな時間眠ったが、すぐに目を覚ました。それから眠れなくなり、部屋から出た。ナイル川の風を受けようと出口を探すうち、先ほどの広間に出くわした。覗くと、ラムセスが一人で棺の前に座り込んでいる。その背が痛々しかった。それに小さく見える。


 沙良は声をかけるのを避け、気づかれないように気をつけながらその場を去った。


 バルコニーからナイル川を眺めていると、ホルエムヘブが声をかけてきた。彼も眠れない様子だった。目がわずかと赤い。泣いていたのかもしれない。そう思ったが、なにも言わず、彼が横に立つのを見守る。ホルエムヘブはそんな沙良に微笑みかけた。


「眠れないのか?」


 頷く。ホルエムヘブも同じように頷いた。


「親父殿は私の父にも等しい。いや、父以上の存在だ。こんなにも急に逝ってしまわれるなど……」

「広間にラムセスがいました」


「あぁ。親子水入らずの会話だ。邪魔はできん。早く出世をして、恩返しをしたいと思っていた。将軍に昇格し、少し恩に報いられたのではないかと思っていた。しかしまだだ。親父殿には、もっと権力を得て、住みやすい待遇にして差し上げたかった」


「軍の高位司令官だったのでしょ? 待遇はいいんじゃないのですか?」


 ホルエムヘブが苦笑する。


「確かにな。他の連中よりは裕福に暮らしている。だが、今のエジプトは腐っている。ファラオはけっして悪い人間でなく、エジプトをよくしようと思っていることは事実だ。しかしアンケセナーメンを溺愛し、まつりごとに集中しきれていない。それに子どもの時に即位したこともあって、大神官を筆頭にアメン神官どもに頭が上がらない。もちろん、そういう意味では軍にも頭が上がらないがな」


「軍ってことは、あなたにってことですか?」


 ホルエムヘブが、あははははっと高く笑った。


「サーラは頭がいいな。その通りだ。だがなサーラ、誤解がないように言っておく。私は二つの理由で、ファラオの頭が上がらないようにしている」

「一つはファラオになりたいからでしょ? もう一つは思いつかないわ」


 沙良の挑発的な言葉に、ホルエムヘブは言葉を失ったように彼女の顔を見つめた。が、すぐに破顔した。


「本当に賢い女だ。誰にも言うなよ」

「言いません」


「軍に入った時は純粋に親父殿ご夫婦に恩を返したいだけだった。だが、手柄を立てて出世し、エジプトの内情を知れば知るほど、腐りきっていることを痛感した。ツタンカーメン王が即位した時、私は小隊の隊長をしていたが、傀儡政権の誕生だと悲嘆したものさ。そこで私は思った。ファラオはアメン神官団に頭が上がらない。そんな状態で軍を掌握されたら、エジプト軍は完全にアメン神官団に抑えられてしまう。だからファラオには悪いが、こちらにも頭が上がらないようにして、直接アメン神官団と対峙したほうがいい、そう考えた」


「より鮮明な傀儡にしちゃったわけですね」

「そういうことだな」


「将軍はファラオの座を、本当に狙っているんですか?」


「男なら誰でも狙うさ。だがファラオになるためには、王家の血を引く姫を娶らねばならない。私にはキリアがいる。苦労しているキリアを、これ以上不幸にしたくない」


「これ以上?」


 ホルエムヘブはバルコニーに腕を置いて身を乗り出すようにナイル川に顔を向けた。


「キリアと結婚して、もう十年になる。なのに私たちには子どもがいない。キリアはそれを苦にしているのだ。跡継ぎを産めない自分は無能だと……もし私が王家の姫を娶ったら、きっとキリアを追い詰める」


「ファラオの座と奥さんとなら、奥さんを取るってことですね?」

「……辛い問いだ。だが、今のところは、そうだな」


 沙良はホルエムヘブの心を聞き、なんだか嬉しくなった。ファラオの座よりも妻がいい――なんと素敵な言葉だろう、そう思う。


「正直、私はラムセスがファラオになればいいと思っている。あいつはその器だ。型破りな性格だが、気さくで情け深い。若い連中にも人気だ。サトラーのことはあるが、王家の姫を娶ってつながりを持てばいいものを、あいつ、片っぱしから断って……なにを考えていることやら。妙に真っ直ぐなところがあるからな。惚れた女以外は結婚したくないのかもしれん」


 そう言って、ホルエムヘブは沙良に顔を向けた。


「でも、サトラーさんは――」

「彼女は別だ。サトラーは特別なんだ。明日、会うのだろう?」

「はい」


「会えばわかる。同情なんかで結婚するのもどうかと思うが……あいつがいいと言うなら、周りが口を挟むことじゃない」

「…………」


「サーラも深い事情を抱えているそうだが、困ったことがあればいつでも言ってくれ。私にできることは協力する。なんと言っても、母上様の弟子なのだから」

「弟子? 違います。小間使いです」


 するとホルエムヘブはニマリと笑い、沙良の肩を二度三度ポンポンと叩いた。


「サーラ、ラムセスを頼む」

「え?」

「早く寝ろよ、明日は早いぞ」


 館に歩いていくホルエムヘブを沙良はジッと見送ったのだった。



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