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8、ホルエムヘブ将軍1

 しばらく後、それぞれの用事を終えて、広い部屋に多くの者が集まってきた。


 棺を正面奥に据え、みなで食事をしながら故人の思い出を話している。宴のような趣だが、誰もが顔に悲しみを刻みつけ、主人の死を悼んでいた。


 ラムセスが席について間もなく、侍従に連れられて沙良がやってきた。


 エジプト風の衣装に身を包んだ様子を、一同は驚いたように見つめている。子どもだと思っていた少女が、実は立派な大人の女だと痛感したと言わんばかりの表情だ。その沈黙を即座に破ったのはラトゥタだった。


「まぁ、サーラ、とてもきれいよ。似合っているわ」

「なんだか……恥ずかしいんですけど」


 ラトゥタの言葉に沙良は恥ずかしそうに俯く。案内した侍従頭の女が、それをフォローすべく、口を挟んだ。


「喪中ですのであまり飾りませんでしたが、とてもきれいなお肌の色で、どの衣装もよく映えます。喪が晴れて豪華に飾れば、王家の姫君にもけっして劣りはいたしませんわ」


 我が事のように嬉しそうに述べると、ホルエムヘブが感動したように賛同した。


「まことによく似合って美しい。エジプト一の美貌と謳われる王太后にも勝るやもしれぬな」

「黙れよ」


 間髪入れず、ラムセスが憮然として言った。


「その名を出すな。メシがマズくなる」

「しかし実際そうではないか」

「エジプト一と言っても、あの野郎はエジプト人じゃないだろうが。サーラもエジプト人じゃない。外国の女がいかに美しかろうが、エジプト女が美しくなければ情けないだけだ」


 ホルエムヘブはムッとしたように黙り、それから小馬鹿にしたような目をラムセスに向けた。


「ほー、ではお前はエジプト女がいいというわけだな。わかった。よくわかった。サーラ、今宵は私と飲もう。親父殿を失った悲しさ、ともに飲み明かして晴らそうじゃないか」


「なにぃ!?」


「口を挟むなよ。お前はエジプト女がいいと言ったではないか。サーラは外国人なのだから、用はなかろうが」


「俺は外国人が美しくてもエジプトにとっては意味がないと言ったんだ! 外国人に用はないとは言っていない!」


「ほー」

「それにお前が、わざわざ虫唾の走るイヤな名を出すから悪いんだろうが!」


 その時、ゴホンと咳払いが起こった。ラトゥタだ。ラムセスとホルエムヘブはギョッとして肩をすくめた。


「サーラ、こちらにいらっしゃい。バカどもの相手をする必要などありません」


 ラトゥタの横に座り、冷たい果実酒を渡される。一瞬、未成年だからと言いかけたが、ここは約三千三百年も昔のエジプトなのだ。無用なことだと思い直して手に取った。


 一方、ラトゥタに一言で言いやられた二人は、文字通り親に叱られた子どもの顔をして、バツが悪そうに果実酒を飲んでいる。そんな姿に沙良は思わずプッと小さくふき出した。


「ラムセスとホルエムヘブ将軍はホントに仲がいいんですね」

「一緒に育てましたからね。彼の両親は、まだ彼が幼い時に流行り病に倒れて亡くなりました。親友だった夫が子どもたちを引き取り、私たちの子どもたちと一緒に育てたのです。彼を含めて、弟たちもすべて結婚させましたから、ずいぶん恩義を感じているようです。ラムセス以上に孝行してくれますからね。彼にとってラムセスは親友であり、弟であり、恩義ある者の息子なのでしょう」


「将軍と隊長という上下の立場なのに親しいのですか」


「ホルエムヘブは二十半ばで将軍に任命され、大出世を果たしました。しかしラムセスはあの性格で、規則も守らないし、軍の中でも問題児なのですよ。ホルエムヘブが直属の部下にしてくれているからいいものの……本当に困った子です」


 ラトゥタは呆れたようにため息をついた。


「あの……ちょっと伺ってもいいですか?」

「えぇ」

「サトラーさんってラムセスの許婚って聞いたんですけど……」


 ふとラトゥタの顔が曇った。


「えぇ、そうです。サトラーはラムセスの許婚です。ですが、結婚できる状況ではなくて……明日、夫のことを話しに、彼女の両親のところへ参ります。あなたも一緒に行きましょう。紹介します。サトラーとは仲よくしてあげてほしいのです。体が弱い子で、ほとんど館から出ないのです。友達もいないから、きっと喜ぶと思います。かまわないでしょう?」


「え……えぇ、それはもちろんです」


 ラトゥタの顔が暗い。訳ありだと察した。そういえば、馬上で聞いた時もラムセスの言葉は意味深だった。


 沙良はそれ以上問わないことにした。明日、一緒に行けばわかることだ。


「考えたのですが、あなたはラムセスが私のために外国から連れてきた奴隷ということにしましょう。奴隷なんて言えば聞こえが悪いですが、下手に使用人にすると、行動が自由な分だけ、他家からの横やりが入りやすいのです。でも奴隷だと、金品の話がついて回るので、その屋敷が責任を持たねばなりません。イシスの占い師の小間使いとして買い入れられたというのが、一番波風の立たない筋書きだと思います」

「……それはお任せします。私はなんの役にも立たないし、お願いするばかりですから」


 ラトゥタは慈愛に満ちた笑みを沙良に向けた。


「礼儀正しいですね、サーラは。ご両親がしっかりと育てられたのだと察します。聞けば、すでに他界為さっているとか。ここにいる間は私が親だと思って気楽にしてちょうだい。不便をかけないよう、みなにはすでに話していますから」


 その笑みは、幼い頃に見た母、香苗を思い出させた。すべてを包み込んでしまうような優しい笑み。いつも香苗が自分に向けてくれた心の休まる笑みだった。


「感謝します、ラトゥタ様」


 ラトゥタは再度微笑むと、沙良の頬にそっとキスをした。



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