7、イシスの占い師、星の予言1
しばしの沈黙後、ラムセスは言葉を選びながら口を開いた。
「アイは神官だ。その中でも、最高位の――そのアイが、ファラオの座を狙って、なにか仕掛けると言うのか?」
沙良はコクリと頷いた。
「お前は――自分がなにを言っているのかわかっているのか?」
「わかってる。お願い。私、できる限りあなたに協力するわ。だから私が元の世界に戻れるように協力をして!」
「ニホンに、か?」
沙良は崩れるように頷いた。
「俺に、お前が望むような協力ができるかどうかわからんが、とりあえず状況を分析できる人物を紹介する。ちょうど都合よく、向こうも用事があるようだ」
言われて振り返る。そこには優美な女が立っていた。
「紹介する。俺の母だ。イシスの占い師でもある」
ラムセスは母の前に片膝をついて頭を下げて礼をし、沙良を紹介した。
「名前はサーラ。わけあって助けました。そのおかげで父上の最期に立ち会うことができました。複雑な事情を抱えているようです。相談に乗ってやってください」
ラムセスの母は優しい微笑みを浮かべた。
「ラトゥタです。サーラ、わたくしの部屋に参りましょう。そこでお話を伺います」
そう言って優雅に身を翻し、歩き出した。沙良はラムセスとともにあとに続いた。
ラトゥタの部屋に案内されるも、実際はそこからさらに先に通された。
小さな部屋だった。天井に細かな意匠が描かれている。見上げている沙良に向かって、ラトゥタは
『太陽の羅針盤』だと説明した。
「ここは『イシスの間』です。私が許可しなければ、何人も立ち入ることはできません。ですから安心して話してください。ラムセスの説明では神殿の『聖なる池』に落ちたとのことですが」
「いきなり鞄が重くなって、後ろ様に落ちました。這い上がってみたら、ここにいました」
「落ちた池から出てきても、場所は同じでしょう? なにが違うというのですか?」
「それは」
沙良は青ざめて口ごもった。時代が違う、その言葉をのみ込む。未来から来たとはどうして言えなかった。
ラトゥタは沙良の様子を静かに観察し、それからゆっくりと優しい口調で続けた。
「言いたくないことは言わなくていいのですよ。気にしないで。では、別の質問です。その出来事の前後でなにか変わったことは?」
沙良は鞄から四つに折った紙を見せた。もうすっかり乾いている。紙に描かれていたカルトゥーシュは形を失い、黒く澱んでいる。
「ここにカルトゥーシュが描かれていました。水から出た時、カルトゥーシュが光っていました。水で消えてしまうと、光も消えました」
「なんと描かれていたか、ご存知ですか?」
「私にはヒエログリフは読めません。でも知っている人は――」
一度言葉を切って躊躇する。しかし意を決して続けた。
「サーラと描かれていると言いました」
「あなたの名前ですね」
「私の本当の名前はサラです。カヤマ、サラ。サーラとは、彼がそう呼ぶと言って……」
ラムセスを見ながら続ける。
「ラムセス以外にそう呼んだ方はいないのですか?」
「母だけです」
ラトゥタは少し考え込んだように絵のない汚れた紙に視線を落とした。
「元の世界に帰りたいんです。なにか手掛かりはないでしょうか?」
「これだけの情報ではなんとも言えません。少し時間をいただけるかしら。この紙に描かれたカルトゥーシュがあなたに作用したと考えられますが、仮にそうだとしても、消えてしまった以上、どうすることもできません」
沙良は肩を落とした。
「そうですか……お世話をおかけますが、よろしくお願いします」
深く頭を下げる沙良にラトゥタは優しく微笑みかけた。そして鈴を鳴らした。女奴隷が姿を現す。
「サーラに沐浴を。お疲れの様子なので十分寛いでいただくようにしてちょうだい。それから着替えもです」
女は一礼した。
「サーラ、私は息子に話があるので先に行ってください」
「はい」
沙良は女に連れられ、『イシスの間』から姿を消した。