1-2. 引き受けたくない②
自らの誕生日パーティーで、聖女の座からの追放と婚約破棄を王太子からもぎ取った18歳 ――
シェーナ・ヴォロフは、その次に息つく暇もあたえず 『ハインツ様の真実の愛のお相手を、早くみなさまに御紹介してください。さあさあさあ! 』 という感じで王太子に迫っていた。
シェーナが 『真実の愛』 とやたら強調している王太子の新しい婚約者は、20年以上前に革命で亡びた隣国マキナ王家の血を継ぐ王女、ノエミ・ダニエリである。
この新たな婚約が 『旧マキナ王家の血筋をルーナ王国が管理する』 という目的の政略であることは周知の事実であったが、大変に愛らしいこの王女にはただひとつ、問題があった。
なんと、ノエミ王女は御歳まだ 3歳 ―― 政略ではある、だがしかし。
シェーナのいたずら心により、このとき人々の頭のなかには 『真実の愛』 のほうが一時的にインプットされてしまったのである。
したがって、ノエミ王女が王太子の新たな婚約者として紹介されたとき、人々の胸中をよぎったことばが見事に一致していただろうことは、誰にでも予測がついた。
「 ……………………! 」
会場をしめる無言のざわめきに耐えきれなくなったかのように、両手で顔を覆ってうつむき、肩をふるわせるもと聖女。
(…… 大爆笑しているのか)
人によっては号泣に見えそうな仕草だが、ラズールの優れた観察眼は、彼女が大いにウケまくっているのを見逃さなかった。元気のいいお嬢さんである。
―― 6年前、暴漢から助けたときに見抜いたコメディアンの素質も、このぶんだと健在だろう。きっと婚約者など国からあてがわれなくても、いずれは誰かと幸せな結婚をするタイプ ――
やはり今回の婚約の件は国王の判断ミス、とラズールは思った。
(やれやれ。これほどに若すぎるお嬢さんと婚約とはね…… 国王も何を考えているんだか)
それでもひとまずは義務を果たすべく、彼はシェーナに近づいた。小刻みにふるえ続ける小さな肩に、そっと手を置く。
「大丈夫かい? 息、苦しくない? 」
「は、は、はひっ…… ご心配、すみまふぇん…… 」
「いいんだよ。僕の婚約者さんは、ずいぶんと楽しそうだね? 」
「だだだだって、みなさんの心がひひ、ひとつになったふふ、感動の瞬間ですよ?」
大爆笑につられて、ラズールも口の端を上げた。
―― これほど楽しそうに婚約破棄されてくれるならば王太子も、一時的なロ◯コンの評価程度は甘んじて受けねばならないだろう。
「きみも、少しはスッキリしたようだね」
「はひ……! ずっとけっこうモヤモヤしてたんれすけろ、ふひゃひゃ、とってもふふふ、スッキリひまひた」
「それは良かった」
「ありがとうございます…… じゃなくて、ちょっと待って」
ここにきて、彼女もやっとラズールの 『婚約者』 発言に気づいたようである。
「わたし、いま婚約破棄されたばかりなんですけど!? あと、あなたとお話するの初めてですよね? ええと…… 」
「ラズール・アリメンティス・ド・ムルトフレートゥム。きみの夫になる者だよ」
暫定だが、と付け加えるのを忘れたのは、彼女の反応がなかなか面白かったためである。ころころとよく変わる表情は、見ていて飽きないものがあった。
(この表情が曇ったりすることのないよう、良い結婚相手を見つけてあげねば、ならないね…… )
ラズールはしばし脳内の貴族名鑑をめくってみたが、該当する者はすぐには見つかりそうになかった。なまじ記憶力がいいだけに、大体の貴族のあらまでばっちり覚えているせいである。
そしてもと聖女のとっぴな反応は、まだまだ続いた。目を丸くしてぱちぱちまばたきしながらラズールを観察したあと、信じられないとでもいうように手で口を押さえている。
「………… ええええ!? まさかの救済美形!? 」
「ふむ、面白い表現だね…… 」
いまルーナ王国では 『婚約破棄もの』 と呼ばれる小説が流行している。火付け役はラズールの友人でもある大衆小説家のルーナ・シー女史だ。
そのストーリーでは良家の令嬢がクズな婚約者からいきなり婚約を破棄される。だがその後に、もっと条件の良い男が愛ある結婚相手として現れるのだ。 『救済美形』 とはその男のことであろう。
「たしかに、そうとも言えるかな」
「いえいえいえ、そこで感心するのなんか違う」
―― どうやらシェーナのツッコミ能力は、やはり健在のようである。
その後、王太子も交えた話し合いでこの婚約が国王命令であることを告げると、シェーナは 『余計なことを……! 』 とつぶやいた。
ついでに 『シェーナがラズールに恋い焦がれ部屋中にブロマイドを貼って云々』 は父親であるヴォロフ男爵の嘘であるらしいことが判明。
まあそんなところだろうと思っていたラズールである。
そしてここでやっと、彼自身は暫定の婚約者でありほかに良い候補が見つかればその座を譲る予定であることを説明しようとした ―― その直前。
なぜかシェーナは突然、こう口走ったのであった。
「やっぱり、乗った」
先ほどから彼女は、忙しくなにかを考えている様子ではあったが…… その結論がどうしてこうなったのか、ラズールにはわからない。
おそらくシェーナは国王命令による婚約を断るのは完全に無理だと諦めたのだろう。
消極的にでもひとまず納得したのであれば、この婚約が暫定だなどというややこしいことを、人目がある場所で説明する必要はない ――
そう解釈した彼は、ためらいなく彼女を横抱きにしてみせた。
これは、主に会場にいる恋愛ごっこ好きな貴婦人がたへのアピールである。 『婚約者ができたからもうお相手はできないよ』 ということだ。
ラズールは、いい歳してやさぐれてはいるものの割かし常識人であり、婚約中にほかの女性と恋愛的な意味で遊ぼうとは露ほども考えていなかった。
―― 少なくともシェーナに別の婚約者が見つかるまでは (今さら感が半端ないがそれでも) 身は清浄に保たねばならぬだろう、と判断していたのだ。
それが、せめてもの気遣いというものである。意思確認もされずにこんな爛れたおっさんと婚約などイヤに違いないのだから。
ともかくなんにしても、気の毒な話ではあるが ――
(まあ…… とりあえず溺愛しとけば、喜ぶだろう)
ラズールが内心でタメイキなどついてみせた瞬間。
彼の腕の中で戸惑っていたもと聖女は急にぴたり、と静止した ―― わずかに、眉根を寄せている。
女性の抱っこには自信があるラズールだが、なにか気にくわなかったのだろうか。
「あの、公爵閣下は…… わたしと結婚することに、異論などはないのでしょうか? 」
「いや、べつに? いいと思うよ、結婚」
どうやらシェーナはまだ、結婚するかダメもとで婚約解消を主張するかの間で揺れているようだ、とラズールは推測した。
彼としては、シェーナが婚約解消を望むのであればできるだけ支援をしてあげたい、という考えであるのだが ――
だからといって 『君との結婚に異論がある』 などと言ってのけるほどの熱意も冷酷さも、ラズールにはなかった。
あくまで、政略で次々と婚約者を変えられる気の毒な聖女を一時的に保護し、幸せに結婚するまで世話をするだけのつもりなのである。
なぜそれをするかといえば、そこに気の毒なひとがいるからだ。庇護欲というものですら、ない。
そもそもラズールにとっては、恋愛や結婚など料理に添えるパセリみたいなもの。 (もし仮に相手の意思を尊重する必要が全然ないとすれば) なくてもまったく困らないが、あっても別にかまわない。
―― そう考えたとたん、シェーナはハッとしたようにジタバタと手足を動かし始めた。
「と、とりあえず、おろしてくださいッ 」
―― 聖女は女神から、その印であるあざとともに特殊な力を授かるが、シェーナのそれは実は 『近くにいる人の心の声が聞こえる』 というものなのである。
ほぼ役に立たない能力である上に気味悪がられがちなので公表されてもいないし、シェーナ自身もごく親しい友人以外には明かしていないが。
そして、いましがたその能力でラズールの内心の 『恋愛/結婚 = 添え物のパセリ』 発言を聞いてしまったシェーナは、かなり頭にきていた。
ラズールが一時的に彼女を保護するつもりで婚約したことは、シェーナには伝わっていないのである。
これは、ラズールはそのつもりであっても、それをその場ではっきりと言葉にして考えたわけではないからだ。
―― 心の声が聞こえる、といっても、心の声とはすなわち 『言語化された表層意識』 にすぎない。そこからわかることは限定されているし、かえって誤解を招く場合もある。
今もまさに、このケースであった。シェーナは 『ラズールにバカにされた』 と、しっかり誤解してしまったのだ。
腹を立てた彼女が 『どんな手を使ってもコイツを落とし、いつかコイツがわたしに夢中になったときに同じセリフで踏みつけてやる』 と決意したのは、ごく自然な成り行きであったと言えよう。
―― そんなシェーナの、婚約者を落とす闘いの第1歩。それが、恋愛小説のごとき清純ヒロインぶりっこだったのだ。
しかし残念ながら心の声などもちろん聞こえないラズールにはもちろん、このような事情は察知できなかった。単純に 『かわいいな』 と思っただけである。
「お断りさせてもらうよ」
「どうしてですか? 」
「こんなにかわいいきみを、よその男にとられたら大変だからね…… 」
早速、婚約者に対する当然のサービスとして、とろけるような眼差しつきの溺愛ゼリフを吐いてみせたラズールであったが……
その直後、彼は内心で首をかしげることになる。
彼女が、なぜだか怯えた表情になったからだ。
もしも彼に心の声が聞こえれば 【このひと…… ぜったい頭おかしい】 とパニックを起こしている彼女の心境がわかったことだろう。
だがそんな能力のないラズールは、推測するしかない。
―― あまりに甘すぎる溺愛ゼリフは苦手なのかもしれない、と彼は思った。
おそらくその背景には、暴漢に襲われそうになった過去やたったいま王太子から婚約破棄された経験などから、男性不信に陥りかつ自己評価が低めに固定されかかっているという事情があるはず…… と読んだラズール。
推測した男性不信経験のなかに、彼自身の内心パセリ発言は、もちろんカウントしていない。
(かわいそうに…… )
女好きといえばそれまでだが、ラズールはすべての女性は賛美される資格があると考えている。
賛辞を素直に受けられない女性は、これまで理不尽につらい思いをしてきたに違いないのだ ―― 親に無理やり嫁がされたり、妹に婚約者をとられたり、嫁ぎ先で夫に虐げられ使用人にバカにされたり、夫が堂々と浮気して作った子を苦労して育てたのにその子にまでバカにされたり、といったような。
だが、そうした経験により自己評価を不当に低く固定してしまった女性は自然と受け身で従順になるため、さらに周囲からバカにされ利用されてしまいがちなのである。
それも、他者を利用することに長けた人ほど、そうした 『利用しやすい』 女性を見抜く能力に優れているのだから始末におえない。
一般にいう 『不幸体質』 は、逃れる暇もなく次々と利用されてしまうために成立するものなのだ。
―― とにかく次の婚約者を見つけるまでには彼女のこの 『なりかけ不幸体質』 を払拭してあげねば、とラズールは決意した。
溺愛ゼリフ程度、鼻で笑って受け流すようになればいい ―― 最初は苦手でも、浴びせ続けていればいつかは慣れるだろう。
女の子は、自分のことを本気でかわいいと思っていいしバカにされれば怒っていいのである (それがまたかわいいと彼は思う)。
「さあ、ではさっそく、この会場をコッソリと抜け出して裏庭のあずまやにでも行こうか、奥さん。そこでお互い、手取り足取り親交を深めるとしようね」
「…… なんかイヤらしいからイヤです。それとまだ奥さんじゃないから」
「では王宮の僕の部屋にするかい? 」
「それもっとイヤらしいですけど? 」
一瞬も困るそぶりをみせずに鋭くツッコめるのであれば、自己評価は低め固定というわけではないのかもしれない。ならば、溺愛シャワーにもあっという間に慣れてくれるに違いない、とラズールは口の端をあげた。
珍しく彼自身が少し楽しんでいることには、まったく気づいていない。
結局ふたりはパーティーが終わるまで会場にとどまり、今後のことを話しあった。
聖女の地位を追われたシェーナは、これまで住んでいた中央神殿を引き払わねばならない。実家に帰るか、それとも婚約者として公爵家に住むか ――
ここで彼女は、ラズールとしては意外だったことに、実にあっさりと後者を選んだ。
読書好きで有名なもと聖女は、どうやら公爵家の図書館に惹かれたようである。なにしろ、強制的な横抱きからおろしたあと、ラズールが真っ先に質問されたのは図書館のことだったのだから。
「奥さんならもちろん、出入り閲覧ともに自由だよ」
「だからまだ奥さんじゃないです」
ツッコミ入れつつもシェーナは、非常に嬉しそうな顔になった。
割りきりが良いのもなかなか、かわいらしい (泣くお嬢さんを慰めるのもまたオツなものではあるが) 。
「じゃあ遠慮なく、おじゃましますね。今日からでいいですか? 」
「では、大切なものだけ持っておいで。必要なものはすべて、すぐに揃えさせるからね」
すぐに揃えさせるもなにも、同行していた執事のクライセンが、代行のマイヤーだけをここに残して早々と手配しに戻っているはずだ。
有能な執事は有難いが、張り切りすぎである。
―― 暫定の婚約にすぎない、とわかれば、クライセンはじめ家の者たちには、ものすごくガッカリされそうだ。
まあすぐにわかることではあるし、しかたないけれども。
ともかくも、かくして ――
シェーナが聖女として最後の挨拶に立ち、素晴らしい笑顔 (おそらくは思い出し爆笑) で王太子の 『真実の愛』 を祝福して和やかにパーティーが終わったあと。
ラズールは、中央神殿にて神官長のつるつるに毛のない頭頂部 (両わきにはもじゃっとした白髪が残っている) と対峙していた。
「うぉぉっほん! あの、失礼ですが閣下はたしか、その…… ご評判のほうが少々」
「ああ 『王国一の女たらし』 ですか。1番かどうかはわかりかねますが、女性は好きです」
「うぉっ、ほんっ! そのですな、うちの…… あっともう、うちのではないのですが、うちのシェーナと婚約されたら、そのあたりの女性関係は…… 」
「一切、断ちますよ。当然でしょう」
神官長の薄い青の瞳が、疑わしげに細められた。
「…… お相手が何人おられるか知りませんが、そう簡単にいきますかな」
「大丈夫ですよ。遊びで恋愛ごとを楽しんでいるひとばかりですから。婚約した男は彼女らにとっては用なしです」
「…… シェーナは、ワシにとっては孫のような子でですな…… 」
「ご安心ください。大切にしますよ」
それでもまだ薄青の目は疑わしげにラズールをにらんでいた。その口からは、シェーナがこれまでに聖女としていかに頑張ってきたかが、とうとうと語られる。
―― 毎日、慰問のために駆け回り、夜どおし女神に祈りを捧げることもしばしば。
聖女の祝福を求めて客がくれば、たとえ風呂中食事中それどころかトイレ中でも中断して応対していた ――
「それでも文句ひとついわず、いつも笑顔で明るくて…… ううっ健気ないい子なのですな、うぉっほん! 」
神官長はなぜシェーナがそこまで頑張るのを黙って見ていたのだろうか、とラズールは思った。
孫のようだとかいい子だとか言いながら、海軍動力部よりキツいスケジュールを止めもしなかったのだ、このジイさんは ――
『この世の地獄』 と呼ばれる海軍動力部だって、休日と睡眠と食事休憩は保証されているというのに。
「あんないい子を、不幸にしたら神罰がくだりますぞ…… 覚えておいてくだされ」
「ええ。では僕は彼女に、サボりたい休みたいと不平を言うことと、夜どおし祈るのではなく好きな本を好きなだけ読むことと、客が呆れて帰ってしまうほど身支度に時間をかけることを教えましょう」
「な、なんですと……! 」
もちろんイヤミである。
聖女の印のあざは女神の嫌がらせだったようですね、とかなんとか、さらに皮肉ろうとラズールが口を開いたとき。
ぱたぱたと軽い足音が聞こえてきた。シェーナだ。その胸には、先程までなかった精緻な木彫りの薔薇がとまっている。
「お待たせしました」
「いや、待つ時間も楽しいものだよ。ああシェーナ、そのブローチ、よく似合っているね。きれいだよ」
親しい女性をほめる時の習慣として、シェーナの手をとりその甲に口づけしようとしたラズールだが、未遂に終わってしまった ――
驚きのあまりカチカチに凍ったシェーナを助けようと、神官長がわざとらしく咳払いをしたせいだ。
「失礼ですが公爵、ここは神殿ですぞ」
「これは失礼したね。僕の奥さんがあまりにかわいいものだから、つい」
「うぉっほん! そうしたことは、きちんと手続きしてからにしてくだされ」
「そうかい? ならすぐに婚姻届を出そうか。ねえ、シェーナ? 」
「へ? わたし? 」
「きみ以外に誰がいるというんだい? 」
どうやらこのもと聖女は、ツッコミだけでなくボケもいけるようである。もっとも今回シェーナのこの反応はすでに予測済みであり、ラズールとしても本気で婚姻届を提出しようとは考えていない。
だが、なにかを考え込んでいるらしい彼女の表情が少し面白くなって、ラズールはつい余計なことまで言ってしまった。
「これから一緒に住むのだし、ここは神殿なのだし、結婚は確定なんだから…… もう、婚姻届を出してしまってもいいのではないかな」
だから確定ではない。あくまで暫定。
内心の自分ツッコミをラズールが入れる前に、緑がかった茶色の瞳が上目遣いに彼をとらえる ――
なんとシェーナは、結婚前に2~3回はデートをしたいと提案してきたのだった。
彼女は現在は男爵令嬢であるがもとは平民。その感覚でいうと 『よく知らないひとと結婚するなんて絶対イヤ』 なのである。
―― 貴族の子女で結婚前にデートをしたがるなど、それだけでアバズレと思われそうなものであるが、シェーナはその辺は気にしていないらしい。
むしろ神官長のほうがあわてて 「結婚前に、でっでえと、など……! 」 とシェーナをたしなめている。
そして、逆に彼女から 「わたしと略奪婚しませんか? 」 ととんでもないお誘いをかけられて、咳払いすら忘れる始末である。
「シェーナさんや…… ワシは今日から、シェーナさんがワシより長生きできるよう女神ルーナ様にお祈りしますぞ…… 」
ああそうか、とラズールは了解した。
シェーナは、不平や不満を言わないのでも言えないのでもなく、言う必要がないのだ。
―― ひとからもらう愛情をきちんと受け止めて、それ以上のものを返そうとすることがナチュラルにできるのだから。やはり自分などと結婚すべきではない子だな、とラズールは思ったが悪い気分ではない。
もし感情が知覚できるなら、ラズールはきっと、大爆笑していただろう。現に彼の頭の中では、誰かが楽しそうに笑っていた。
―― それが、彼自身のこととしては実感できないだけで。
(あとで街歩きにでも誘ってみるか)
なにかを期待などしているわけではない。単に、暫定でも婚約者の義務として、できるだけ望みをかなえてあげたいだけだ ――
そう自身を納得させると、ラズールは彼女をエスコートすべく肘を差し出したのだった。
「…… 行こうか、シェーナ」