13-1 . ままならない①
「このダイヤの粒を表面全体に埋め込むタイプの指輪が、シルエットもスッキリしていいね。金は一般的すぎるから白金で作ってくれたまえ」
もっともらしく 『デザインに細かい違いがある』 などとのたまった割に、宝飾店でのラズールの選択は速かった。
既製品をちらと見ようともせず、いきなり支配人にデザインブックを持ってこさせてオーダーを始めたからだ。
「お言葉ですが、公爵閣下。ムルトフレートゥムの金ではないのでしょうか? 婚約指輪として一般的でございます。白金は稀少ですしジンナ帝国のさらに南からの輸入になりますので、お値段がかなり高くなってしまいますが」
「値段? そんなものは、いくらでもかまわないよ」
平静さを装っている主人のその瞳が、いつになく生き生きとしていることにクライセンは気づいていた。
もともとラズールは幼いころから、周囲のひとを喜ばせるのが好きだったのだ。
(そのお相手が奥様ともなれば…… 張り切られるのも当然ですな、旦那様)
ついニヤニヤしてしまうのを抑えるのも一苦労であるが、もしかしたら主人には気づかれているかもしれない。
帰りの馬車ではまた、さりげない顔をしてはスネを蹴られることになるのだろうが…… こんな日にはそれくらいかまわない、とクライセンは思っていた。
―― だが、宝飾店の支配人が何気なく勧めた言葉で、ラズールが身にまとっていた空気はすっと変わってしまう。
穏やかさは顔面に貼りついたまま、なのに、ひそやかにあらわれる冷たい孤独の影 ――
「公爵閣下。昨今の流行では、婚約指輪は裏側に贈り主の瞳の色の宝石を埋め込むのですが、閣下もいかがでしょうか? おそれながら、瑠璃と琥珀ならば見えない部分もオシャレで、婚約者様も喜ばれるかと存じますが」
「きみ、知っているかい? 指輪というものは古くは、他者を拘束し支配するための呪具だったんだよ」
「それは存じませんでした。さすがは閣下、知識が深くていらっしゃいますね」
「ありがとう。そうだね、強度が下がるのもよくないから、余分な加工は必要ないよ。そのかわり、指輪と合わせてネックレスとイヤリングも作ってもらおう。全てプラチナとダイヤで、イヤリングはこのレースのようなデザインがいい」
「は、かしこまりました。急がせても2ヶ月ほどはかかるかと思われますが、よろしいでしょうか」
「それで問題ないよ、ありがとう」
少年のころ国王の容赦ない政略により当時の婚約者との未来を奪われて以来、ラズールは支配というものを極端に嫌っている。本来の意味を考えれば、指輪を婚約者に贈るのも避けたいところだったほどだ。
しかし魔法や呪術がかつてのような力を持たなくなった現在、ルーナ王国では婚約者へ指輪を贈ることは慣習化しており、もらえなければ 『婚約者として尊重されていない』 と解釈されてしまう。
だからラズールも割りきっていそいそと、ではなく、しぶしぶと指輪を注文しに行ったわけだが ――
支配人のオススメにより、嫌悪感が再燃してしまっていた。
「自分の瞳の色を指輪に埋め込んで贈るなど、センスがないと思わないかい、クライセン? 」
「それは人それぞれかと存じますが…… 」
帰りの馬車の中で主人に問われ、クライセンは己の手許に目を落とした。
その指をかざる唯一の指輪の裏側には、妻の瞳と同じ黒玉が埋め込まれているのだ ――
元気が出ないときはそっと指輪をなでてチャージしている、クライセンである。
「もし奥様が、そうして…… 楔石を裏側に埋め込んだ指輪を旦那様に贈られたら、やはりセンスないと思われるのでしょうか? 」
「……………… クライセン、それはずるいよ」
「ずるい、とは…… はて? 」
楔石は、シェーナの瞳とほぼ同じ緑がかった茶色の、希少な宝石だ。
それを裏側に埋め込んだ指輪など……
いや、シェーナが贈ってくれるなどあり得ない、と己に言い聞かせてラズールは深く息を吐いた。あぶない。
あやうく執事の術中にハマるところだった。
「僕はそもそも、人がくれるものをセンスがないなどとは…… 一部を除いて基本は、そんなことを思ったりはしないよ」
「ならば、もし旦那様がそうされたら、奥様も喜ばれるのではないでしょうか。なんでしたら今からでも注文を変更に…… おや、寝てしまわれた」
すうすうといかにもな寝息をたてて上下している肩にクライセンが毛布をかけると、たまたま身動きした主人の靴の先が強めにスネにあたった。地味に痛い。
だが、そのとき主人の耳がほの赤く染まっていることに気づいていた執事は、こみあげてくる笑いをこらえるほうに、必死だった。
『王国一の女たらし』 と悪名高い彼の主だが、垣間見えるそのメンタルはしばしば、純潔の乙女のようである。
面白すぎるが立場上、絶対に笑ってはいけない。
「あとは、奥様への事情説明ですな。マイヤーの恩赦の件を納得していただかないことには」
「ああ…… シェーナなら、わかってくれるさ…… 彼女は誰よりも…… 」
寝言の続きは、主人が頭ごと毛布の中に潜ってしまったため、クライセンには聞こえなかった。
だが、その日の夕食時、シェーナにマイヤーの恩赦の予定を告げその処遇について意見を聞こうとしたラズールは、思わぬ逆襲に遭うことになった。
彼の予想以上に、シェーナはノエミ王女の腹痛に憤っていたのだ。
彼女は即座に 『マイヤーはきちんと刑を受けて反省すべき』 と言い放った。
―― その前にラズールは 『マイヤーがいないと忙しすぎて結婚式の準備もままならない』 と割かし事実な言い訳もしてみてはいた。
しかし、それにもシェーナは容赦なかった。
『それとこれとは別じゃないですか。そこごまかさないでください』 と、キレよく返されてしまったのだ。
「あまりずるいことしたら嫌いになっちゃいますからね? そもそもそんなに忙しいなら、リーゼロッテ様かシー先生あたりから有能な使用人紹介してもらえばそれで済むじゃないですか。それをしないで犯罪者が戻るの待ちつつ忙しいとかほざいても、それはもう勝手にして、っていうか」
一気にしゃべるところを見ると、シェーナは相当、腹を立てているようだ。正直なところ、困る。
だが一方では、それこそがシェーナらしい気がしてかわいいとしか思えないラズールである。
―― それに公平に考えれば、シェーナはマイヤーのせいで事件の犯人として騎士団に連行されかけているのだから、怒る権利はじゅうぶんにあるのだ。
恩赦によりあと半年ほどでマイヤーが帰ってくることを突然告げられたりなどしたら、 『なに勝手なことしてくれてんの!? 』 と思っても当然である。
「勝手に決めて、すまなかった。被害を受けたのはきみなのに…… だから、せめて彼の処遇はきみに決めてもらおうと思っている。どうしたい? 」
「 ……………… 」
シェーナは楔石の色の瞳を見開いたまましばし沈黙し、それから 『すぐには決められない』 と言った。
刑を受けるべき、と主張した直後にこれだけ迷うのが本当にシェーナらしい ―― と、こんなときだがつい、ラズールは、ほほえましくなってしまう。
シェーナはいつでも、真に公平で優しいのだ。
これが、侍女長のアライダあたりなら ――
「坊っちゃま! 奥様になんてことを決めさせるんですか! 」
侍女長のアライダが黒い眉をキリリと逆立てラズールの予想どおりのことをまくし立てにやってきたのは、シェーナの入浴中であった。
どうやらアライダは、シェーナにエステを施す間に彼女から相談を受けたようだ。
―― 普段のアライダは、シェーナの夜の支度 (エステ ⇒ 入浴 ⇒ 着替えと肌・髪の手入れ) の間、ずっと大好きな奥様に付きっきりである。
それがわざわざラズールとクライセンが仕事をしている執務室まで足を運んだということは、よほど腹に据えかねたのだろう。
「あんな男はバシッと! 草むした半地下牢に一生つないでおいてください! 坊っちゃまが、ですよ! 」
「だが、マイヤーもかわいそうだろう。もし父に認知されていたら、彼もああは 「それでも! あの男は今は犯罪者です! 恩赦リストに押し込むことがそもそも間違いなのです! 」
「だが、アライダ」
「奥様のお気持ちもお考えくださいませ! いいですか、あの森のはずれの半地下牢! あそこでじゅうぶんですからね! 奥様のお手を汚させずとも、坊っちゃまがお命じなさいませ! おわかりですね! 」
「わからない」
「んまああああ! 坊っちゃま! なんてことを! 」
「ほら、アライダは以前にこう言っただろう。甘えるならほかの女性でなくシェーナに甘えろ、と」
「んまああああああ! それとこれとは 「違わないよ、アライダ」
書類にサインする手を止めて、ラズールは顔を上げた。
「僕にはマイヤーを救う権利はあるが罰する権利はない。その権利があるのは、シェーナだけだ」
「坊っちゃま、そのようなこと……! 」
「シェーナが彼を半地下牢につなげというならそうするが、シェーナの言うこと以外は聞かない。すまないね、アライダ」
「んまあああ! 「アライダ、その辺にしておきなさい。旦那様には旦那様のお考えがあるのですから」
なおもなにかを言いつのろうとした侍女長を、クライセンが止めた。
つと席を立ち、妻のそばに行って耳打ちする。
『つまりは旦那様は、奥様にベタ惚れということですよ』
「………… かしこまりました、坊っちゃま」
アライダは一気に静かになった。
―― 日頃、ラズールのシェーナに対する態度はアライダから見ても 『溺愛』 と言って差し支えないものである。
けれどシェーナによれば、ラズールの言動というのは 『どうにも上っ面だけで心が感じられない』 のだそうだ。
『心なんてなくても、これだけ優しくしてもらったら満足すべきですよね? 』
こんな相談を、アライダはこれまでに何度も、シェーナから受けている。
アライダにとっては、シェーナがラズールを本気で好きなことは明白であるだけに、奥様の寂しい悩みには胸を痛めていたのだが…… 夫である執事のクライセンから保証してもらえたのなら、こんなに心強いことはない。
正直なところ、なぜ 『シェーナにマイヤーの処遇を決めさせる = ベタ惚れ』 になるのかはアライダには謎である。
しかし、ここは夫を信用しよう、と彼女は決めた。
「ならば、わたくしは奥様を、精一杯サポートさせていただきます」
「うん、頼むよアライダ。ありがとう」
「私からも頼みますよ、アライダ」
「おまかせくださいませ…… では、奥様はあと1時間ほどでお支度が整いますので、寝室にてお待ちくださいますように。失礼いたします」
はじめの勢いが嘘のようにしとやかに礼をし、しずしずと退出していくアライダを見送り、ラズールはほっと小さく息をついた。
なんとなく、公爵家最強の女性に納得してもらって助かった、という感覚である。
―― 本来ならばマイヤーの処遇についてはラズールが手を下すべき、というアライダの主張もわかりすぎるほどにわかってはいるのだが、彼にはどうしても、己にその資格があるとは思えないのだ。
ともかくもアライダならば、シェーナをしっかりと支えてくれるだろう ――
そう考えたラズールであったが、翌日からシェーナが急に忙しくなるとは、このときにはまだ予測できてはいなかった。
※※※
「ラールくぅん! 最近どうよ? なになにぃ、ついに観念したら一気にでろでろになって結婚式の準備とかしちゃってるってぇ? うふふふふ…… もう朝から晩までイチャイチャのラブラブなんでしょぉ? 良かったねぇぇぇえ」
「ご心配なく、国王陛下。でろでろになるほどラブラブではありませんし、イチャイチャの2歩手前で寸止めしておりますし、そもそも朝から晩までではなく、朝と晩とダンスのレッスンでしか顔を合わせていませんから」
2ヶ月後 ――
相も変わらずトイレに腰掛けて (ズボンははいている) ウザ絡みをしてくる叔父に、ラズールは窓の外に降りしきる雪よりも冷たい不機嫌顔をさらしてみせていた。
実際、とんでもなく不機嫌である。
その理由はひとえに目の前の国王のせいであって、断じてシェーナ成分が不足しているせいではない、と彼は考えているが。
―― マイヤーの恩赦が内定して6月の出所が決まったため、それに合わせて結婚式の準備や公爵夫人教育といったものが加速しているのは、ラズールにもわかる。
だが、それ以外にもこのところずっと、シェーナはなんだかコソコソと忙しそうで、好きだった図書館通いもやめているのだ。
当然ながら、昼食をふたりきりで食べさせあったりもずいぶん長いことしていない。
―― いったいシェーナはなにをしているのかと、アライダやクライセンにそれとなく聞いても上手にはぐらかされてしまう。
そして、シェーナの再婚相手探しもうまく行っていない。
クライセンが早々に 『条件が厳しすぎます』 と音をあげたからだ。
『いくら白い結婚のあげくの離婚といえど、資産もさしてないぽっと出男爵家の娘程度では、再婚相手は限定されてしまう』 というのが彼の主張である。
『公爵家の権威でごり押しに押せば良いだろう? シェーナに会えば誰でもわかるはずだからね』
ラズールがこう提案すると、執事はものすごく生温い目を向けてきた。が、別に間違ったことは言っていないはずだ、と彼は思っている。
シェーナは、かわいくて面白くてとてもいい子なのだから ――
「えっラールくんもしかして、結婚目前にして嫌われてないよねえ? しっかりしてよ? 国一番の女たらしの悪名が泣いちゃうでしょ? 」
「…… プロポーズはきちんとします」
「ええええ? まだしてないの? ボクが結婚命令したの2ヶ月前よ? なのにまだって、ないわー。約束破ったらマイヤーのことは…… わかってるよねえ? 」
「プロポーズには、タイミングがあるんですよ。デートの段取りからプレゼント選びまで、すべて専属執事にやってもらっていた叔父上にはわかりますまい。僕はその点、完璧にリサーチしておりますから」
「うふふふふふ。完璧に? やあん、楽しみだねえ。どうすんの? サプライズなの? ねえねえねえ」
「教えませんからクネクネしないでください。気持ち悪い」
ラズールは腕組みして国王を見下ろした。
―― 注文していた婚約指輪は、先日すでに届いている。が、だからといってすぐにプロポーズ、というわけにはいかない。
なぜならラズールの経験では、女性はシチュエーションというものを非常に重視するからだ。
彼女らはたいてい 『シチュエーションを選んでもらえる = 大切にされている』 と解釈するので、 『指輪キター! すぐにプロポーズするぜヒィャッハァ! 』 という男の純情はあまり喜んではもらえないのである。
―― とはいえラズールも、女性にきちんとプロポーズするのは初めて (若いころの黒歴史は除く) 。
どのようなシチュエーションが良いのかは正直なところよくわからず、友人の女性ふたりにアンケートはとった。すなわち、ルーナ・シー女史とリーゼロッテである。
ルーナ・シー女史は 「そんなのわたくしに聞かなくても、シェーナちゃんを見てればわかるでしょ」 と答え、リーゼロッテは 「そうねえ。一般的には記念日だったりとか、ふたりの思い出の場所などではないかしら? わたくしはイマイチだったから、2回やり直してもらったわ」 と遠い目をした。
(今はもうなんでもないんだがなんとなくそんな情報いらなかった、と瞬間的に思ってしまったことは忘れることにする)
―― ともかくも、プロポーズのシチュエーションと場所は決まった。
シチュエーションは、数日後から開催される雪灯祭。ルーナ王国で2月に行われる祭りで、この期間は街じゅうの雪壁がロウソクと魔法師たちが描く幻影であざやかに彩られる。
もともとはフェブルア神殿に贖罪に行く人々のために暗い雪道に灯をともしたのが祭りのはじまりだったが、今では目立つのは、信仰深い贖罪者ではなく、リア充カップルのほう。恋人たちの祭りと呼んでも差し支えないほどだ。
すなわち、プロポーズには鉄板であろう。
そして場所は、ふたりが初めて出会った街角の予定 ――
6年ほど前にシェーナが暴漢に襲われたところを、たまたま通りかかったラズールが助けたそこである。
シェーナの父親、ヴォロフ男爵の情報では彼女はその後ちょっとばかりラズールのことを気にしていたようだから、出会った場所としてはそこがいいだろう、と彼は考えたのだ。
それにラズールとしても、あの場所は良い思い出の地と言えないことはない。
―― 当時は暴漢から助けてみたら相手がまだほんの子どもで 『もうちょっと味わいがいがある年齢なら良かったのに』 などとガッカリしてはいたが、別の意味では感心もしていたのだから。
(あのとき危険な目に遭った直後にキレのあるツッコミを入れてくる落ち着きと頭の回転の良さには、子どもながら惚れ惚れとしたものだよ。絶対に将来は劇場の人気コメディアンになれるに違いない、と確信していたがまさか聖女になって再び出会うとはね…… 予想外だったな)
ちなみにシェーナが聖女の地位から追放された原因が、並み居る他力本願民にいちいちツッコミを入れていたのならば納得がいく、とラズールはひそかに思っている。
―― だがそんな事実は一切なく、彼女は聖女としては非常に真面目だったというから、気の毒になってしまう。
もし再婚相手がどうしても見つからなければ、シェーナ本人の希望を聞いた上でその才能を活かす道を用意するのもいいかもしれない。
「―― ともかく、僕は完璧にしますのでご心配なきよう。それよりマイヤーの件をそのなりかけ認知症の白髪頭から滑り落とされぬよう、お気をつけください、叔父上」
「わかってるよぉ。可愛い甥っ子のために 『えっ、公爵家の上級使用人の恩赦だなんて、そんなの当然でしょ』 みたいな顔して担当官黙らせちゃったもんねボク。だからもう、確実と思ってくれていいからね、キミがちゃんとシェーナたんと結婚するかぎりは」
「もちろんしますよ。だが、シェーナの幸せが最重要だということはご理解ください、叔父上」
「…… キミもそろそろ、幸せになっていいんだよ、ラールくん」
「余計なお世話です…… が、お気持ちだけはイヤイヤながらちょうだいしておきますよ」
「うそ。ラールくんが大人になってる」
「僕はもとから大人ですが、なにか」
国王がニヤニヤと、甥っ子の背後のドアを指さした。下のほうには先日、ラズールがつけた蹴り痕がくっきりと残っている。
そのドアの上部に、今度は彼の拳がめりこんだ。
「失礼。大きな蚊がいたものですから、つい…… 修繕費はのちほど、届けさせます」
「えーっそんなのいいよ。記念にとっておいて、愛でるんだからぁ」
「ついでに公爵家の修繕係も派遣しますよ。では失礼します。そろそろマイヤーの見送りの時間ですのでね」
マイヤーの刑は1ヶ月ほど前に決まっていた。
禁錮96年 ―― 恩赦が内定しているとはいえ、いったんは刑のとおりにマイヤーは牢獄に収容される。そのための移送の時刻が、ちょうど国王とラズールの面会のあとになっているのだ。
マイヤーが収容される予定の牢獄は、ルーナ王国で最も厳しいと言われている。港から船で丸1日かかる孤島にあり、入ってしまえば面会もしにくくなってしまう。
マイヤー本人は要らないと思っているかもしれないが、ラズールにとっては彼の見送りは必須だった。
「おかげさまで彼をじめじめした寒い牢に入れておくのが半年足らずで済みそうです。まことに感謝しておりますよ、国王陛下」
「でしょでしょ。ほんとグッジョブだったよねぇボク。キミのためだけに権力使っちゃったんだから、もっと感謝してくれてもいーよ? 」
「では特製の白髪染めでも贈らせていただきますよ。せいぜい若作りなさってください」
嫌みたらしく優雅な礼を披露して去る甥の後ろ姿を見送る国王のほおは、緩みっぱなしだったという ――