12-1. 許されたくない①
ふわりふわりと舞う雪の中、公爵家の馬車は大通りをくだっていく。
これからラズールとクライセンが向かうのは、シェーナの実家 ―― 国王陛下から結婚の命令をされたからにはまず、彼女の父であるヴォロフ男爵にきちんと挨拶をするのがスジというものであろう。
執事のクライセンが主人の意向をはっきりとは伺わぬまま馬丁に指示を出したのは、ラズールが王宮で国王と会って怒り狂ったあげく、ウン十年ぶりにリアルで感情を知覚した反動により脱け殻気味になっていたからである。
今なら何を問うても 『任せるよ』 と言ってもらえそうだ、と踏んでいる執事は、このあと、できれば目抜通りの高級宝飾店 『ラクリマエ・ステラ』 にも寄って主人に婚約指輪を買わせてしまいたい、と考えていた。
―― 本来は、国王と会ったあとは少し貧民街のほうへ寄って帰宅、そしてひたすら仕事…… という予定だった。
しかし、国王からの結婚命令は千載一遇のチャンス。逃す手はない。
今、ラズールは 『白い結婚を貫きあとで円満に離婚』 という一見ふざけているかのような策にすがりつつも、とりあえず結婚には同意している状態だ。それだけ混乱しているとも言えよう。
混乱が解け正気に戻った主人が再びジタバタと結婚しないで済むための抜け道を探り出す前に、たたみかけにたたみかけて覚悟を決めていただこう ―― というのが、主人思いの執事の作戦なのである。
(旦那様さえ納得されれば、奥様も旦那様もお幸せになれ、妻のアライダも仕事がなくなる心配が解消されて喜び、旦那様のお望みどおりにマイヤーは恩赦される…… 良いことずくめではないですか)
普通ならばシェーナとの結婚は何ら問題がないプランのはずなのだが、クライセンの非常に面倒くさくこじらせた主人には2つの問題があった。
―― その1、幸せを拒絶していること。
―― その2、己ではシェーナを幸せにできないと頑なに信じていること、である。
前者は根が深すぎてどうしようもないので、後者のほうからなんとかして 『ほら問題ないでしょ。じゃ結婚しましょっか』 と説得する方向に持っていきたい ――
クライセンがシェーナの父親への挨拶を主人に勧めたのには、このような計算も含まれていたのだ。
シェーナの父親、ヴォロフ男爵は言ってはなんだがけっこうな俗物 (アライダ情報) のようだから、少々トシでも金と地位のある公爵と娘との婚姻を逃しはしないだろう。きっと必死で引き止めてくれるに違いない、とクライセンは考えていた。
そのうえで、シェーナがすでにラズールに恋してしまっているという使用人たちから見れば割かし明白な事実をなんらかの形でつきつければ……
いくら頑固な主人でも逃げ場はもう、ないはずだ。
大通りを抜ければ、馬車の停車場を兼ねた広場である。そこから徒歩で細い路地のひとつに入っていけば、おもに中産階級の人々が住まう地域。
その端っこの、道1本渡れば貧民街という微妙な一角にヴォロフ男爵は住んでいた。
彼は宮廷で文官勤めをしているが、クライセンがあらかじめ得ていた情報どおり、本日はシフト休み ―― ラズールたちが訪れたときにはちょうど、庭をせっせと掃除しているところだった。
ヴォロフ男爵は貧民街出身とはいえ、もとは隣国フェニカで中央神殿の神官長を任じられたこともある由緒ある家柄。幼い頃に国教が変わったあおりで宗教迫害に遭い、祖父母に連れられてルーナ王国に流れてきたのである。
そして娘のシェーナが聖女になってからは男爵位も与えられて一応は貴族身分に返り咲いたはずだが…… 貴族として当然の見栄を張るべく人を雇っているようには、まったく見えない。
なにか信念でもあるのだろうか、とクライセンは内心で首をひねった。
「突然、お邪魔いたします。シェーナ様のお父上、ヴォロフ男爵でいらっしゃいますね」
クライセンの声に、ヴォロフは弾かれたように顔を上げ、その勢いでずざざ、と3歩ほど下がって地面に膝をついた。
「公爵閣下ぁぁぁあ! それにクライセン子爵さまぁぁぁあっ! このような粗末な屋敷にようこそ! わざわざお越しいただけるとは、光栄の極みでございますぞ! 」
「ヴォロフ男爵。ご無沙汰しておりましたが、お元気そうでなによりです」
「なんともったいない! ヴォロフ、と呼び捨てでけっこうでございますぞ! そ、それで本日は…… と、ああすみません! このような場所で立ち話もなんですから、家の中へどうぞ。ご立派なお宅と比べればまあ、鶏小屋のようなものですが、ははは…… 」
「とんでもない」
ラズールはにこやかに首を横にふった。ヴォロフ男爵と会って、内面はともかく外面は回復したようである。
常と変わらぬ主人のようすに少々ほっとするクライセン。
―― やはり、奥様本人ではなくその父を先に主人にぶつけたのは正解だったのだ。
「歴史を感じられるたたずまいが素晴らしいお屋敷ですね、ヴォロフ男爵」
「ああいえ、たったの築100年ほどですからなぁ。建国以来の公爵邸には及ぶべくもございませんが」
「年数でいうならば、公爵邸も貧民街のアパート群には及びませんがね」
「はっはっはっ。面白いことをおっしゃいますなぁ、公爵閣下! ま、あそこの住民には、己が歴史的建造物に住んでいるという意識もないわけですがね」
「しかしあの外壁に施されたレリーフは素晴らしいものが多いので、捨て置くのももったいない。なんらかの産業を育てて住民の生活を向上し、清掃を徹底して観光地にできないものか…… と、折に触れ都市計画部の者と話し合っているのですが」
「まあ、そうできたら良いのですが、あそこの住民はどうしようもないですからなぁ。仕事がない仕事がないといいますが、女は安易に身体を売り、男はその女にぶらさがって酒ばかりかっくらって何もしないような連中ですよ。子どもは生んだら生みっぱなし、なんの教養も与えられずマナーを教わることもなく、ケダモノのように育って、またどうしようもない大人になっていく……
犯罪も多く、観光地としては問題がありすぎる地域です。家賃がタダ同然なので昔はしかたなくあちらに住んでいましたが、シェーナが染まらないようにと、それはもう苦労しましたよ…… ささ、むさ苦しい屋敷ですが、どうぞどうぞ」
「ヴォロフ男爵、おひとりで切り盛りされているのですか? もしよろしければ、使用人を紹介しますが。あるいは当家の使用人を派遣しても」
「お心遣いいたみいりますぞ、公爵閣下! ですが私も物心ついて以来、貧乏だったものですから人を使うのには慣れておりませんので…… このトシになるとひとりのほうが気楽なのですよ」
「そうですか。でしたら、なにかお困りの際にはいつでもおっしゃってください」
「まことにありがとう存じます、公爵閣下! 」
ヴォロフ男爵はラズールとクライセンを応接室の手前まで案内し、少々お待ちください、と言いおいてひとり扉の中に入っていった。
しばらくドタドタ、ゴトゴトと音が響いていたところをみれば、どうやら慌てて片付けているもようである。
(これでも人手不足とは言わないところが、なんだかシェーナに似て…… いるが別にだからって彼女を思い出して心暖まったりしたわけではない。単に面白かっただけだよ)
内心で、誰にともなく言い訳をするラズール。
この期に及んでもまだ ―― いや、この期に及んでいるからこそ余計に、己がシェーナにすっかりハマっているとは認めたくなかったのである。
「大変お待たせして申し訳ないことでございますぞ、公爵閣下! ささ、どうぞどうぞ…… では失礼いたします」
しばらくしてやっとラズールとクライセンを応接室の中に入れると、ヴォロフ男爵は再び姿を消した。
忙しそうだが、それを軽減するよりもひとりのほうが良いのがトシというものなのだろうか ――
ラズールはぼんやりと考え、そして衝撃を受けた。
執事に向かってヒソヒソとささやく。
「クライセン、大変だ」
「どうなさいましたか、旦那様」
「今さら気づいたが、ヴォロフ男爵は42歳なんだよ。僕よりたった2歳上だ」
「年下ではなくてようございましたな、旦那様」
「やはり僕にはシェーナは無理だ…… 彼女が気の毒すぎる」
「だったらマイヤーは、どうなさるので? 」
「こうなったら脱獄 「さすがにそれはおやめくださいませ、旦那様」
「だが僕は…… 子どもほども若い娘にひっついてヤニさがるみっともないジジイになりたくない」
「旦那様…… 」
まだそんなことをおっしゃっているのか、と正直なところ呆れている執事。
いいかげん腹をくくってくださいと思うが、言えばこの主人はますます意固地になって、マイヤーの脱獄計画を練り始めるに違いなかった。
「旦那様は以前、アライダとの結婚で私が悩んでいたときに、こうおっしゃいました」
「人を愛するのに何歳だろうと関係ないよ、だろう? …… あれは他人のことだから言えたんだ」
「今さら、なんというヒドいことを」
「そもそも、クライセンは本当にアライダを愛していたんだからいいじゃないか…… 僕は違う」
「はて? 旦那様は奥様のことを、とても大切になさっているようにしか見えませんが? 」
「僕は誰でもできる限りは大切にするよ。誰であっても幸せになってもらいたいし、そのために愛してみせるのが適当だと思えばそうもするさ。だが、その気持ちはわからない。そんな男が彼女にふさわしいわけがないだろう? 」
「…… それだけ真剣に奥様のことを考えておられるのであれば、もう別によろしいのでは」
「いや、よくない」
「よろしいですから」
「よくないだろう」
延々と続きそうな執事と主人の押し問答を遮ったのは、ヴォロフ男爵の 『失礼します』 という声だった。
片手で大きな盆を危なげなく支え、片手で扉を開けたその姿勢はビシリと決まっている。いつでも上級貴族の使用人になれそうだ。
盆の上にのったティーセットからは、すがすがしい香りが漂ってきていた。
「こちら、庭のミントを乾燥させて作ったミントティーにクッキーでございます。お口に合えばよろしいのですが」
「ヴォロフ男爵が作られたのですか? 」
「ヴォロフ、と呼び捨てでけっこうでございますぞ、公爵閣下! …… 恥ずかしながら、私めが。妻が亡くなってから見よう見まねで始めたのですが、簡単そうでなかなか奥が深いものでしてな」
「ほう」
「うまくできたときなどは、嬉しくて寂しくなりますぞ」
「寂しく? 」
「はい。妻がいたら一緒に喜んでくれるだろうと思うと、なんというか、ひとりの静かさが身にしみてしまいましてなぁ…… 妻は、貧民街育ちで学もなくて、マナーと字の読み書きは私が教えて…… ですが今思えば、私にはもったいない良い女でした…… おっと失礼しました、つい。ささ、よろしければ冷めないうちにどうぞ」
会話の途中で涙をぬぐったハンカチを丁寧にたたんでポケットにしまうと、ヴォロフ男爵はティーカップにミントティーを注いでクッキーと一緒にラズールにすすめた。
言われるままに口にして、ラズールは軽く目を見張る。
口のなかでほろりとほどけるクッキーは、相当研究を重ねたものだろう。甘いがしつこさはなく、食べやすい。ハチミツをいれたミントティーは苦みと甘味のバランスがよく、飲めば爽やかな匂いが喉をとおり、胸に広がっていく。
ヴォロフ男爵が 『奥深い』 となにげに自慢するだけのことは、あるのだ。
「クライセンもいただきたまえ…… なかなかの腕前ですね、ヴォロフ男爵」
「おそれいりますぞ、公爵閣下! …… して、おそれながら、本日はどのようなご用件で? まさかシェーナが、なにか……? 」
「ああいえ、お嬢さんは大変お元気ですよ。ご安心ください」
「もっもしかして、ついに妊娠とか!? 」
「その点に関しては僕たちはまだ潔白です。ご安心ください」
ラズールは堂々と胸を張った。何ヵ月もガマンを重ねてきて良かった…… と思ったのは、しかしラズールのほうだけだったらしい。
「ええええ!? まだ、ですとっ!? 」
ヴォロフ男爵はつい我を忘れた、といったようすでラズールに詰め寄った。
「公爵閣下ぁぁぁ! む、娘は……! シェーナはっ……! それほどに魅力がないのでしょうかぁぁぁっ!? 」
「いえいえ、お嬢さんは大変に魅力的ですよ」
「ならばなぜっ……!? 」
「この婚約が、お嬢さんに真の婚約者が見つかるまでの暫定的なものだったからです」
「 ……………… 」
ヴォロフ男爵の口がぽかんと開く。
彼はしばらく信じがたいものを見るように、落ち着き払ったラズールの顔面に視線をさまよわせていたが、やがてはっと我に帰った。
「婚約届けにサインされたではありませんかっ、公爵閣下! 」
「ですから、お嬢さんもまだ、暫定の婚約とは知りません。いずれお嬢さんにふさわしい若い貴族か裕福な資産家と自然な出会いの場をセッティングし、お嬢さんさえよければ、彼女の名誉を傷つけぬよう婚約解消という予定でした ―― これはまあ、僕は国一番の女たらしだそうですから問題なくできたものと思っていただければ」
「ですが! シェーナは公爵閣下に暴漢から救っていただいたあの日から閣下ひとすじなのですぞ! どんな若者がきても、もう遅い! なのですぞっ……! 」
「ああ…… そうですね。しかしお嬢さんが部屋に貼った僕のブロマイドは、飽きてすでに撤去済みと聞いていますので、そちらはヴォロフ男爵の勘違いかと」
実際にはブロマイドの件は単なる嘘でしかなかったわけだが、ある程度はヴォロフ男爵の顔を立てたラズール。穏やかに 『勘違い』 ということにしておいたのに、ヴォロフ男爵はぶんぶんと首を横に振った。
細かな仕草がときどき、シェーナに似ている。さすが親子だ。
「むっ娘は……! あの暴漢から助けていただいたあと非常に子どもっぽさを気にするようになりまして! そのうち大きくなるから今は気にするなと妻が諭しても聞く耳持たずに胸筋を鍛えようとしておったのですぞ……! 胸筋を鍛えてもそこに脂肪分がたまるわけではないと悟るまで、毎日……! 」
「脂肪分はたまりませんが、形は良くなりますね。それに垂れるのを予防できるので、見た目のバストアップにつながり谷間も深まるかと」
「ほうほう、なるほど…… ではありませんぞ! 」
シェーナは普段はツッコミ専門だがボケもいけないことはない。おそらくはこの父親のノリツッコミ技術に鍛えられたのだろう、とラズールは密かに考えた。
「あのあと娘は……! 娘のことが好きだったガキ大将をあっさりフッてしまったのですぞ! 」
「失礼ながらお嬢さんなら、フッたと気づかずフッてしまうこともありそうですが…… 」
「違いますぞ! 妻に相談しているのがたまたま聞こえたんですから、間違いありません! ブロマイドは言い過ぎだったかもしれませんが、シェーナは確かに! 閣下にホレておりましたのですぞ! 」
「幼い女の子には確かにそういう時期もあるかもしれませんが、成長すると目がさめて 『おじさまと結婚? ないわー』 などと言うようになるのですよ」
「シェーナはっ! そんなことは、ございませんぞ! というかなんでそんなに、シェーナのことがイヤなんですかぁぁあ! 」
ああ見えても一生けんめい育てた自慢の娘なのにぃぃ …… と、ぐずぐず訴えるヴォロフ男爵。彼のハンカチはもう涙でぐしゃぐしゃである。
「イヤではありませんよ、ヴォロフ男爵。実に素直で面白くて公平で優しい素晴らしいお嬢さんだと思っています。だからこそ、お嬢さんの望みに添うよう、幸せな結婚をさせてあげたいと考えていました。ですが、申し訳ないことに…… 」
ラズールは顔をしかめた。本題に入ろうとすると、忌々しさがこみ上げてくる。
己が感情を知覚するようになったことを彼は気づき始めていたが、意外と便利ではないな、というのが正直なところであった。
―― 感情を知覚すると記憶から 『この場に当てはまる感情』 を検索する手間は省けるものの、今度はしばしば、自身でもどうにもしがたいものに振り回されぬよう言動をコントロールする、という別のわずらわしさが加わるのだ ――
(だが、先ほどヴォロフ男爵とシェーナの話をしているときは、なかなか楽しかった …… わけがない)
ラズールは脳裏に、花嫁のドレスを着た娼婦の2度と目覚めることのない顔を浮かべる。
―― 扇のように広がる艶やかな黒い髪は固く、冷たく ……
少年だった彼がつけた神の炎のなかで捩れるようにして燃えて、灰になった。
―― 楽しんではならない、愛してはならない、幸せになってはならない。
忘却は罪深く、この生は失われたひとの嘆きのためにある。
この世界では生きていけなかったひとの、怒りと悲しみのためにある ――
それ以外に彼は、あのひとに手向けられるものを持っていなかったのだ。
「―― 国王命令でシェーナの真の婚約者を探すことは、できなくなりました。僕と結婚することがほぼ確定になってしまいましたので、今日はそのお詫びに上がったのです」
「あ、なんだ。そういうことなら別にかまいませんぞ! むしろ良かった! 」
「僕は、お嬢さんには僕はふさわしくないと考えています。僕との結婚は、お嬢さんの本意でもないでしょう。幸い、国王陛下からは結婚せよとは言われましたが離婚するな、とは命じられていない。結婚後はお嬢さんの再婚先を探して良い相手が見つかればそちらと、ということになります。それまでは白い結婚を貫き離婚は僕の有責でかまわない。お嬢さんの名誉は必ず守りますので、ご心配なく」
「ええっ…… 心配しかないですぞ、それは。娘の嫁ぎ先が、結局はいつまでも決まらぬではないですか」
「その程度の心配、親なら耐えてください。お嬢さんの望みどおりになるのが、一番でしょう」
「んむう…… じゃあ、もしシェーナが公爵閣下と結婚したかったら、どうされるおつもりで? 」
「それは…… 」
ラズールが、止まった ―― 全然、考えていなかった。
ぜんっぜん、かんがえて、いなかった。
そして、考えようとして、さらに固まった。
―― だからぼくは、みっともないおっさんにはなりたくないし、ぼくがシェーナをしあわせにできるわけはないし、そもそも、ぼくとけっこんしたいなどとシェーナがおもうわけが、ないんだってば。
でも、もしシェーナが……
「…… もしそうなったら、そのときに考えるよ」
考えるだけでやすやすとみっともないおっさんになれそうで怖い ――
数瞬で、ラズールは思考を放棄することにした。
ついでに 『シェーナが僕と本気で結婚したい、などということは、まったくもって、あり得ない』 と意識の壁を補強しておく。
だがそんな主人の横では、クライセンが内心ひそかに 『お父上グッジョブ』 と拍手を送っていた。
『お嬢さんの望みどおりになるのが一番』 ―― 言質はとった。
シェーナの望みなど、ラズール以外の使用人にはけっこう見え見えなのである。
あとはその望みを、この頑固な主人が言い訳できぬほどに思い知ればいいだけ ――
「差し支えなければ、このまま指輪の注文に行きますが、よろしいでしょうか、旦那様」
ヴォロフ男爵に 『閣下、なにとぞ! シェーナをなにとぞ、よろしくお願いいたしますぅぅう! 』 と泣きながら見送られて馬車に乗ったあと ――
当然のように尋ねる執事に、ラズールは力なくうなずいたのだった。