9-2. それ以上ではない②
奇妙な熱狂のうちにほとんどの客がワインまみれになったころ、ワイズデフリンが使用人になにかを命じた。
使用人がうなずいて奥にひっこむと、しばらくしてワインの樽を抱えた別の使用人が現れた。
黒い髪と黒い瞳というルーナ王国では珍しい容姿であるにも関わらず、型の古いタキシードを着こなし見事にモブの気配をまとう男 ――
ルーナ・シー女史のヤンデレ夫ことシド・アーロン・クローディス伯爵が、約束どおり潜入していたのだ。
彼は人混みを避けるようにしながら、わざとモタモタとラズールの横を通り抜けた。
会釈しながらの挨拶は 『失礼いたします』 ではなく小声で早口の 『予想どおりのが来ましたよ。今はパーティー中だからと、夫人の執事が止めています。俺はこのあと応援を頼みに行きます』 である。
予想どおりの ―― ということは、ワイズデフリンはやはり、事件を騎士団にタレ込んでいたようだ。
「ありがとう、シド」
ラズールがささやき返したのにうなずきもせず、彼はワイズデフリンの元へと足を急がせた。
その背が語っているのはおそらく 『有難いと思うならさっさと死んでください』 だ。
「さてみなさま」
ワインの樽をもってきた使用人に、ワイズデフリンはなにごとかを耳打ちしたあと、声を張り上げた。
「このたびは、わたくしの誕生日のほかに、もうひとつお祝いしたいことがございます ―― こちらのもと聖女、シェーナ・ヴォロフ嬢の婚約でございますわ…… そしてこちらが、わたくしからのお祝いでございます」
シドが無表情に前に進み出て、シェーナの頭上にワインの樽を持ち上げる。そんな彼に、シェーナはあらためて姿勢をただして笑顔を向けた。
『これって出来レースなんですよ』 とでも言いたげな態度は、おそらくは会場を白けさせず、自身も恥をかかない選択をした結果なのだろう。
きれいだな、とラズールは一瞬みとれ、すぐにそんな彼自身に言い訳をした ――
女の子はみんな、きれいでかわいいよ、うん。
どぽどぽどぽどぽどぽっ……
シドの手から一樽ぶんのワインが、容赦なくシェーナの頭上にそそがれ、ワイズデフリン夫人の悦に入った声が響いた。
「幸運に恵まれたもと聖女さまに、以後もますますの運が訪れますように…… おめでとう! 」
つまり、ワイズデフリンはこの腹立つワイン祭りを仕掛けられた報復として 『婚約のお祝い』 と称しシェーナに一樽ぶんのワインをぶっかけたのだ。
そして意訳すれば 『あんたなんて運がいいだけのタダの小娘よ! 』 となるセリフを、ニコニコしながらシェーナにぶつけたのである。
「ありがとうございます。では…… ワイズデフリン伯爵夫人にも、改めまして」
少々乱れてしまった髪からワインを垂らしたまま、シェーナもまた、にっこりしてグラスをかかげた。
グラスが投げるように振られ、黒に近い赤色の液体が勢いよく放物線を描いて飛んでいく。
ワインは、ワイズデフリンの顔面ど真ん中にヒットした。素晴らしいコントロールである。
「お誕生日おめでとうございます! 今後ますます長生きなさってくださいね、ワイズデフリン伯爵夫人! 」
「…………! 」
ワイズデフリンは一瞬絶句し、ラズールの頭のなかでは誰かが爆笑しつつ 『まいった』 とつぶやいていた。
しかし所詮は一夜の夢、と彼はまたしても、自身をごまかしにかかかる。
この夢がさめなければいいと思ってしまうのも、また夢の中だから ――
長いまつげからもアゴからもポタポタとワインの雫を落としながらワイズデフリンは閉会の挨拶を述べ、ワインで汚れてしまった服を着替えるよう客たちに案内を始めた。
「…… お着替えをご用意してございますので、衣裳が濡れてしまったお嬢様がたはどうぞ、こちらへ ―― もと聖女様もどうぞ」
「ああその必要はないよ」
やっとシェーナのそばにたどりついたラズールは、ワインで濡れた肩を抱き寄せて乱れた髪を指先で整え、ほおにキスを贈った。
これは彼にとっては通常営業に近く、断じてシェーナをかわいいと思ったわけでは……
いや、かわいいとは思うが、それを言うなら女性はみんなかわいいではないか ―― と、あらためて己に言い聞かせるラズールである。
それ以下ではないが、それ以上でもない。
極めて冷静、そのはずだ。
だってシェーナのほおについたワインのブラインド・テイスティングもできちゃうし。
(ロッソ・ノワール。ザントノワールの最高級品…… 25年ものかな)
とにかく騎士団などに踏み込まれる前に、早めにシェーナを公爵家の馬車に入れてしまわなくては ――
そう考えた彼は、かなり情熱を込めた物言いを意識して彼女を誘惑しようとした。
「奥さんは馬車の中で、僕がゆっくりと着替えさせてあげるから…… ね? 」
「まだまだまだまだ、心の準備が」
「そんなこと言わずに…… ね? 」
「いりません」
情熱を込めた物言いをするために、裏では多少エロいことも考えた。だが、シェーナにそれを実行しようと思っているわけではない。
ワインで濡れて肌にはりつくドレスを丁寧に脱がせて吸いとるも舐めつくすも、ラズールにとってはあくまでイメージだけである ――
しかし、その心の声を聞き取ったシェーナは、内心で 『そんなの無理に振り切った無理! 』 と悲鳴をあげ、ワイズデフリンの着替えを借りることにしてしまったのだった。
「あの! すぐに着替えてきますので、お待ちくださいね、ら…… らず」
ここまで誘って断られたことはこれまでにはなかったのに、なぜ効かなかったのか……
おかしいな、と内心で首をひねりつつも、しかたなくシェーナを見送るラズール。
じきに騎士団に踏み込まれる予想はできていてもつい、日ごろの 『イヤと言われれば引く』 スタンスが出てしまった形である。
普段の彼ならば 『僕が着替えさせてあげる』 がシェーナに対し逆効果だったことはすぐわかる ――
というかそもそも最初から言わないはずだが、残念ながらこのときの彼は想定外のワインぶっかけ祭りにより、少しばかり酔っていたのだ。
(ともかく…… 少々、やっかいなことになりそうだな)
このままにして、シェーナを騎士団に引き渡すわけにはいかない。
―― ワイズデフリンの性格からすれば、ほかの令嬢とシェーナを一緒に着替えさせることはないはず、と彼は踏んだ。
ワイズデフリンは、いったん敵と見なした相手には容赦しないが、客人は大切にする。令嬢たちが着替えている場に騎士団の男たちを入れるようなことはしない ――
(とすると、ワイズデフリンの更衣室か…… 浴室の隣だな。待っていて、シェーナの着替えが終わったらさっさと撤収することにしよう)
まだ多くの客が残っているホールをラズールはさりげなく抜けた。
しかし、ことは彼の目論見どおりには運ばなかった。
どこからわいてくるのかというくらい、令嬢たちが次々と話しかけてくるからだ。
それにいちいち応じて結果として足止めされてしまうのが、ラズールという男である。
そのような場合ではない、とはわかっていても、どうしても目の前にいる人をむげには扱えないのだ。
それでも 「おっと魅力的なお嬢さんとの会話が楽しくてつい話し込んでしまったが、もうこんな時間だ。急いでいるので失礼するよ」 「きみのような美しいお嬢さんとは、また機会があればゆっくりお話したいのだが…… 緊急な用事があるもので、すまないね」 などなど、彼にすればかなりしょっぱい対応によってひとりひとりにかける時間を大幅削減しつつ先に歩を進め ――
やっと目的地にたどり着いたころには、騎士団はもう部屋に入ってしまっていた。
ワイズデフリンが悦に入った表情で高みの見物を決め込むそばで、代表格らしきひとりの騎士がシェーナと舌戦を繰り広げており、ラズールがやってきたことには誰も気づいていない。
彼はそのままそっと、シェーナのほうに近づいた。
どうやら騎士たちはシェーナに任意同行を求めているが、彼女はそれを断っている、という構図であるようだ。
「なに、お手間はとらせませんよ。明日の朝食には間に合いますとも」
騎士がなだめすかすように声をやわらげても、シェーナの警戒は解けていない。
それでいい、とラズールは、会話に横入りするタイミングをうかがった。
すぐに割って入っても良かったはずだが、なんというか、騎士とシェーナのやりとりはあまりにも息ぴったりで邪魔しにくかったのだ。
「―― あっ、その前に、帰宅後のお夜食が楽しみすぎて。たしかアツアツのスープに麺を入れた料理長の出身地の料理だって」
「知ってます? 夜中に小麦を食べると太るそうですよ」
「えと、そだ。それに、糸みたいに引いた飴でアイスクリームを覆った芸術っぽいデザートもつけてくれるんですよ、たしか」
「砂糖とミルクでは、ますます太りますよ」
なぜかシェーナの断り文句が食事のことばかりなのは、公爵家の料理長のおかげだろう。料理長が知れば感涙しそうである。
だが、食事ネタは対する騎士のダイエット知識豊かなツッコミにより、すぐに尽きてしまったようだ。
「あっあのあのあのあの、あとですねえ、その! あの、それがその」
「今度はなに食べる気ですか」
若干ウンザリとさらなるツッコミを入れる騎士に、シェーナはとんでもないことを口走った。
「んんと…… 実は…… 今夜は! このあと公爵のだいじなアレをいただく約束が…… 」
「だからそんなこといつでも……」
「いつでもできるかもしれないが、奥さんが決意してくれたのは初めてだね。感動だよ」
いまだ、と判断してさらにシェーナに近づき、彼女を背後から抱きしめるラズール。
抱きしめたかったからではない、必要だったからだ ―― と、己に対する言い訳も忘れない。
だが、しつこいようだが彼は少々酔っていた。そして、普段の自制心がかなり緩んでいた。
その結果、このあとのやりとりはつい、下半身万歳な感じになってしまった。
くどいことを言えばつまりは、こっちのほうが本来のラズールの通常営業スタイル ――
女性がその気であるならば断る理由がない限りは乗らなければ失礼だ、と彼は信じているのだ。それが婚約者であればなおさらである (暫定であることは酔ったせいで忘れていた) 。
「ようやっとその気になってくれたんだね、奥さん? なら、今夜はきみを離すわけにはいかないな」
「あああああの? 公爵、その、これは言葉のアヤといいますか……? 」
「しかも楽しみにしていてくれているなんて、嬉しいな。一晩中寝かせないから、覚悟しておいで」
「いえいえ、いきなりそんな濃くて長いのは要りませんて」
「そう? では今日はレベル3くらいではどうだろう」
「1と2はどうしたんですか」
不意に咳払いが聞こえた。
はたからはバカップルのイチャつきとも見えそうなラズールとシェーナのようすに騎士が苛立ってしまったようだ。
きっと童貞なんだな気の毒に、とラズールは全ての非リア充からぶっ刺されそうなことを考えた。
「公爵閣下。そこのご婦人は、ノエミ王女の健康不良に関する鍵を握っている可能性が疑われています。一刻も早い真実の解明のために閣下もどうぞ、ご協力をお願いいたします」
「…… それなら、ますます離すわけにはいかないね」
シェーナを抱きしめている腕につい力がこもってしまっているのは……
つまり、彼女がノエミ王女服毒事件の犯人ではないことはほぼ確実なのだから守らなければならない、という義務感。
ただそれだけのことだ、とラズールは解釈した。
「きみ、知っているかい? ルーナ王国の公爵領はもともと国の協力者という立場から独立性を保っていたが、その伝統は絶対王政が敷かれてもなお、現在まで残っていてね。つまり、公爵家の土地は実は今も治外法権なんだよ」
「ここはワイズデフリン伯爵夫人の邸宅ですが」
「わかってないね。この腕の中は僕の領土だろう? それとも、きみは…… 公爵の腕を無理やりこじ開けるつもりかい? 」
言ってしまってから、ラズールは内心で苦笑してみた。
―― こんなクサいセリフが己の口から出てくるとは。それも、ずっと忌み嫌ってきた公爵家の権力を振りかざすような内容 ――
これもワインのせいだ。シェーナのせいでは断じてない。
だがこのセリフに、ワイズデフリンと騎士たちは、それなりに衝撃を受けたようだ。困惑と恐れと怒り、そんなものが混じった視線を彼らから受けつつ、ラズールは勝利を確信していた。
このままシェーナを離さずに連れ帰れば、それでことはいったんおさまるはず ――
だが、その確信は、すぐに崩されることになった。
ほかならぬ、シェーナ本人によって。
なんともタイミングの悪いことにシェーナは、この瞬間にラズールへの恋心を自覚してしまったのである。
貧民街で環境的にドアマットにされ、その後は役立たずな聖女として精神的にドアマットにされて成長した彼女は 『守られている』 という状況に弱かった。
それだけなら良かったが、ここでさらに彼女はその能力で、騎士たちがラズールにイラつき 『職務妨害で騎士団長から国王に奏上してもらうからな。いつまでも公爵でいられると思うなよ』 などと内心で毒づいている声をも聞いてしまい ――
『好きなひとに迷惑かけたくない』 という、健気ではあるが困った正義感にも目覚めてしまったのであった。
その結果。
シェーナは身をひねって器用にラズールの腕から抜け出し、あっさり任意同行に応じようとした。
「もちろん、ご協力させていただきます、騎士様がた…… 公爵、大丈夫だから離してください」
あわてて細い腕をつかんだ手が、意外なほどの確信を持ってひきはがされる。
ラズールのなかで、誰かが悲鳴をあげた ――
いつだって、大切なひとが不幸になる。だから大切なひとなど作らないでいたのに、また。大切なひとをいつも不幸にする、傷つける……
繰り返し訴えかけてくる痛みに満ちたその声を、ラズールはすぐに否定した。
彼のなかにいる傷ついた少年がこれほどに出しゃばろうとしてくることは想定外であり戸惑いを禁じ得ないが、一方で彼の思考の大部分は、そうした自己憐憫に近い嘆きは過去のものにすぎない、と判断してもいたのだ。
シェーナを守るためになすべきことのなかに、ここで過去に引きずられることは入っていない。
(そもそも大切だとか…… あり得ないね、うん。しかたないから保護しているだけなのだから)
大切なものは一生作らないと決めているのだ。
だから 『大切なひとが云々』 という心の一部であがっている悲鳴は、認知機能が最大にバグを起こしているだけのこと ――
そう考えても、ラズールの中にいる少年はなおも痛みを訴え続け、それを無視するために彼はことさらに冗談めかしてシェーナに問いかけた。
「今夜の約束はどうするんだい、奥さん? 」
「もともとしてませんよ? そんな約束」
「ひどいな。楽しみにしていたのに」
「うーん。それはやっぱり…… 心の準備が」
「ではすぐに心の準備をしてくれたまえ。一緒に帰ろう」
「でも、騎士さまがたにご迷惑ですから。ちょっと行ってきます。すぐ帰りますよ。お夜食までには」
行ってしまえばすぐに帰れるわけがない、と知っているのだろう。シェーナの声も表情も、ことさらに明るかった。
助けてほしいとすがってくれれば簡単なのだが、彼女がそうはしないひとであることを、いつのまにかラズールも知っていた。
「では僕も付き添わせてもらおうかな」
「付き添いはけっこうですが、本部の入口までですよ、閣下。中は公爵閣下といえども許可が必要です」
「ではすぐに許可したまえ」
「騎士団長でなければ許可できません」
「近衛隊長は? 彼ならすぐに許可してくれるはずだが」
「いや越権ですからね、それは。騎士団と近衛隊は別物ってことも御存知ないんですか? 海軍大佐どの」
騎士たち口調は皮肉たっぷりであるが、そちらはまったく気にならない。ラズールは、男にイラつかれるのには慣れているのだ。
そんなものより、己のなかで悲鳴を上げ続ける少年のほうがよほどうざったいと判断できる ――
もしこれを自身の感情として知覚していたら手に負えないだろうな、とラズールは他人事のように考えた。
さておき、今重要なのは粘り続けることだ。騎士たちが王族の一員である公爵を無視することなど、所詮はできないのだから。
―― 先程、使用人に扮したシドが 『応援を頼みに行く』 と明言していたからには、そのうち助けがくるはずである。
シドの妻でもあるラズールの親友は、破天荒で自分勝手…… というより意思をもって他人の都合を無視するひとではあるが、約束は守るのだ ――
「では、リーゼロッテ殿下の許可証はいかがかしら?」
彼女は、妖精のように軽やかな足どりで現れた。
誰にも呼ばれていないのに、『当然よね』 とでも言いたげな表情でルーナ・シー女史が騎士たちの鼻先につきつけたのは、1枚の紙 ――
許可証というにはあまりにも雑な 『男爵令嬢シェーナ・ヴォロフの身柄を事件解決まで、クローディス伯爵家に預けます』 というメモ書きとリーゼロッテのものによく似たサインである。
書き癖をうまくまねた、華やかな文字 ――
この場にいる騎士たちがみな脳筋であれば、騙されてくれるかもしれない。
―― 先日、協力を頼むにあたってラズールからある程度の事情を説明していたのだから、女史もこうなった場合に備えて口頭での了承くらいは、あらかじめリーゼロッテよりもらっているのだろう。
しかし 『使えるものはなんでも使え』 とばかりに堂々とメモ書きを 『許可証』 と言いきる大胆さは、彼女ならではあった。
「覚えてらっしゃる、騎士様がた? ノエミ王女の件の指揮はリーゼロッテ殿下に一任されているのよね? 殿下の許可をとらずに勝手に動くのは、それこそ越権行為なのではなくて? 」
「…… リーゼロッテ殿下に任せては公爵の周辺は洗えないという騎士団長の判断です。なにしろ、殿下は公爵とお立場が近すぎますから」
「そう…… けれど、洗ったすえに無実だったらどうなさるおつもりでしたの? 相手は公爵の婚約者よ? ただで済むと思っておられる? 」
「…………っ 無実なはずが……! 」
「まあ、おきのどくなかたたち…… 」
騎士たちは動揺した。
彼らは確かなスジ (すなわちワイズデフリン夫人の知り合いの紳士がた) からのタレ込みがあったうえでの騎士団長の命令だからこそ動いている。
しかし彼ら自身の目で見た限りでは、シェーナがノエミ王女に毒を盛った犯人とは、とても信じられなかったのだ。
いくらノエミ王女の出現により聖女の地位を追われ婚約者をとられた、という動機があるとはいえ ―― その恨みで誰かを害するような女の子には、シェーナは見えないのである。
『無実』 と言い切られれば、そうかも、と思ってしまう。
そんな騎士たちに、ルーナ・シー女史はニッコリと微笑みかけた。
いかにも 『わたくしこそ正義』 といったふうに許可証 (偽造) を揺らす。
「ディアルガ侯爵は公爵がとってもお嫌いですものね? けれど、騎士様がたに公爵の婚約者をしょっぴかせたことなんて…… この子が無罪とわかったあかつきには、侯爵はきっと、跡形もなくお忘れになるのでしょうね」
「 ………… 」
たしかに彼らの騎士団長にはそんな一面があった。
手柄の横取りと公爵への嫌がらせをかねてシェーナに疑いをかけたものの、もし彼女が無罪となったならば、責任はすべて今この場にいる騎士たちになすりつけられるに違いない ――
騎士たちは互いに目配せしあい、やがて代表格の男がおそるおそる女史に尋ねた。
「それで、我々にどうしろとおっしゃるのです? 」
「簡単なことよ」
人を騙すときには相手の味方面をすべし。
その信条にのっとったルーナ・シー女史は許可証 (偽造) をヒラヒラさせつつ、非常に優しく 「シェーナ・ヴォロフの身柄をわたくしに預けていただけたら、それでけっこう」 と告げ ――
そして結局は、そのとおりになった。
騎士たちが責務を果たしたうえでなお、ディアルガ侯爵と公爵、リーゼロッテの3権力者の面子を同時に立たせるにはそれが、もっとも都合良かったのである。