第1章 4.召喚士の血
4.召喚士の血
「パーティー会場の周辺にあった、監視カメラの映像です」
メガネをかけた、白髪の目立つ教師然とした妙齢の女性が、目の前にあるモニタに映像を映しだす。
「こいつが召喚士……? 若いわね」
ホライゾンは会議室に置かれた椅子に、浅く腰掛けながらそう呟く。ここは特公が拠点とする都内のある場所だ。こうした拠点はいくつかあり、ビルの一室を事務所として借りる。当然、それは特殊公安機動警察隊としてではなく、偽名で借りたものであって、入り口には『南来貿易商会』という看板が掲げられていた。
山村が「自分の血で、魔法陣を描いたのか? ふらふらだな……」と呟く。映像では千鳥足で走る、中学生ぐらいの男の子が映っていた。ホライゾンは「若い」というけれど、彼女とそう年齢に違いはない。
「一人の血で足りる量ではなかった。恐らく自分の血もつかったでしょうが、第三者の血もつかったはず……」
現場を確認したホライゾンがそう説明する。パーティー会場はホテルの中にあり、宿泊者を装って侵入したようだ。入るときは小さなバッグをもつが。出る際は手ぶらだった。
「身元は、芦北 壮太、十五歳、中学生。母子家庭で、母親がクォンライ財閥に買収された『キミノモノ』の役員をしていました」
キミノモノも輸入雑貨を扱う小売りだったけれど、取引のあったトンガン公司に、一年前に買収されていた。
「解雇された?」
「いいえ。今でも籍はあります。ただ、役職は下ろされたようです」
「恨みをもつ……動機はありそうだが、パーティー会場に召喚獣を招くほどか?」
「私はただ、事実を告げただけです」
白髪頭の女性は、メリッサ 坂東――。情報処理に長けるけれど、事務的で融通が利かない。山村も上司でありながら、それ以上何も言えなくなっていた。
「こんな若いのに、召喚魔法をつかえるの?」
ぼくが疑問を呈すと、九鬼が「年齢は関係ありません。召喚に必要とするのは魔力量と、魔法陣を正確にえがく技術、能力」
ホライゾンも頷くと「他人の血をつかったのは、足りない魔力を補ったのかもしれない。血には多くの魔力がふくまれるから……」
「だから自分も血をつかった? 母親が降格されたぐらいで、無差別殺人をするほどの恨みか……?」
懲りずに山村はそういって、首を捻る。上司ではあるけれど、彼は公安畑で、通常の警察官のように事件を捜査してきたわけではない。
「身柄は?」
「仙道とユジェナを向かわせた。だが、家には帰っていないようだ。ただ彼の部屋にあったパソコンのログから、面白いものが見つかったそうだ。どうやらキアニズムに傾倒していたらしい」
キアニズム――。ロシア人哲学者、クラブディ・キアノフが提唱した、代替経済論を基とする思想、体系をまとめたもの。
キアノフは彼の思想を共産主義とは重ねず、そのことで反体制派とみなされ、祖国では排斥された。だが、一部の強烈な支持層がおり、アンダーグラウンドでは今も世界中で信奉者が多い……。
「経済はすべて、代替によった方がうまくいく……でしたか?」
九鬼の問いに、ホライゾンは頷く。
「通貨をはじめとして、実物並みの価値をもったものを代替とすることで、実物の取引による、過不足による価値の変動など、不透明感を払しょくする……、というのが基本。でもネットで語られるそれは、人体すら代替とし、世界全体も置き換え……という仮想世界への基本原理と受け止められているわね」
山村も頷く。
「召喚士も、代替である召喚獣を戦わせている……という意味で肯定的だよ」
その付け足しを聞いて、ホライゾンはふっと横を向いてしまう。その説明をあえて省いたのかもしれない。
「召喚士に肯定的だからといって、召喚獣をパーティーに突入させますか?」
「召喚魔法に必要な知識を、そこから得たのかもしれん。キアニストは召喚士を英雄視する者もいて、その知識を公表することもある」
その意見に、ホライゾンは否定的に告げた。
「さっきも言ったけれど、召喚魔法に必要なのは、膨大な魔力と怜悧な魔法に対する知識、魔法陣をえがく技術……よ。聞きかじりの俄か知識で召喚魔法をつかえるほど甘くはない」
特公には召喚士も多いけれど、特にホライゾンは召喚士としてのプライドが高いことで知られていた。
「山村さんを襲った召喚士は?」
険悪となった雰囲気を変えようと、ぼくがそう尋ねる。
「拘置所にぶちこんだよ。目覚めるのは今晩だろう」
九鬼が「見たこともない魔法陣でした」と付け足すと、ホライゾンも首を傾げる。
「一通り、九鬼には召喚魔法の系統を教えておいたけれど、九鬼が知らないとなると特殊なもの……?」
でも、それを考える暇はなかった。山村が端末で二、三話をした後で、あまり浮かない表情で「芦北 壮太の死体がみつかったよ」
多摩川沿いの、葦の原の中で干からびた死体が転がっていた。
「すべての血が抜かれたようね……」
「召喚獣の仕業か?」
死体を覗きこむホライゾンに、背後から山村が声をかける。
「血を抜いた痕が見当たらない……。詳細な司法解剖を待たないといけないけれど、召喚獣ではなさそう……」
そう否定した後で「ただ、魔法が関わっていそうね」
「魔法で血を抜く? そんなことができるのか?」
「もしかしたら契約したのかもしれない。誰かの血を借りて、パーティー会場の隣の部屋に魔法陣をえがく。その代替として自分の血をさしだす――。まさか、死ぬまで血が抜かれるとは思ってもいなかったでしょうけれど……」
川の土手を走っているとき、力尽きたようだ。叢に倒れた後も、蒸発するように血を抜かれていった……。干からびた死体は憐れというより、無残だった。
「ここはホテルから彼の家まで向かう途中。帰宅することを考えていたのなら、そうだろうな」
そのとき、声をかけてきたのは仙道 鴫――。特公のメンバーで、中年男性だ。いつも口にはタバコのフィルターのようなものを咥える。この世界では、タバコは禁止だ。これはフィルターに香りを含ませたもので、彼の呼気はいつも麝香のような甘ったるい匂いを漂わせる。
「ちがう可能性もある?」
ホライゾンは、その匂いが苦手で眉根を寄せつつ、仙道の言葉にふくまれたニュアンスも不快そうに、そう尋ねた。
「最近、よくない付き合いをしていたようだ。母親も、相手が誰かは分からなかったようだが、夜中に話し声を聞いたり、出掛けたりしていたそうだ」
仙道と一緒に、芦北家を訪ねていたのは、ユジェナ オニール――。色素が薄く、金髪、ブルーの瞳、まだ年若いこともあって、お人形のよう……といっても形容のし過ぎではないほどの可愛らしい少女だ。召喚士であり、特公に在籍する、仙道の背後から前にでてきて語った。
「母親は、懺悔のように語っていました。彼女はアルバイトをしていたころ、キミノモノの経営者に見初められ、愛人となることで役員となった。買収され、経営陣が刷新されると降格されたけれど、新経営者からも愛人となるなら……と提案をうけていたそうです。
それを息子の壮太に知られた。いかがわしい形で地位を得ていたことにショックをうけていたようだ……と」
「それが動機……ね」
ホライゾンはあの小太りのファンの姿を思いだし、うんざりした顔をした。
「事件はパーティー会場襲撃から、その犯人を誰が唆したか、だ」
山村はそういった。干からびて死んだ芦北 壮太を、誰が操っていたのか? その捜査へ切り替えるとの宣言だ。
でも、ふたたび鳴り始めた端末をとって、話をしていた山村は、電話を切るとため息交じりに告げた。
「勾留していた、オレたちを襲った召喚士が逃走した」
召喚士を相手にすると、往々にしてこういうことが起こった。何しろ、魔獣という得体のしれないものがどんな力、魔法を有するかは不明だ。だから麻酔で眠らせ、拘束していたのだが……。
「拘置所の壁がぶち破られています。手足も拘束していたはずですが、監視カメラの映像では、舌に描かれた魔法陣をつかって、召喚獣をよびだしたようです」
拘置所にむかった九鬼と、ユジェナがそう報告する。
「全身、入れ墨をしていたが、まさか舌までとは……」
その映像を眺めていたホライゾンは、目つきを険しくして「これは、中央アジアで古代から営まれてきた、召喚魔法ね……」とつぶやく。
「知っているのか?」
「古代召喚術の一つ。これが洗練され、メソポタミアや、ユダヤに流れてソロモン王の召喚術へと昇華された。あまり効率的でないから、ほとんど実践する人がおらず、廃れたとされるけれど……。自らの体を魔法陣の媒体とすることで、非効率な部分を補ったようね」
「そういえば、オレたちを襲ったときも、手の甲の魔法陣をつかった。あの入れ墨が魔法陣だったなんて……」
「洗練されていないのよ。伝わるのも石板、粘土板、壁画といった類で、断片的なものしかなかった。私も資料として、その一部をみたことがあるだけだけれど、まさか実際に召喚できるまで、研究がすすんでいたなんて……。あのホテルにあった魔法陣もこの系列だとすれば納得する。あの召喚獣もみたことない、どの系列か不明だったのも……ね」