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サモン/ドライブ  作者: 文大事
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第1章 2.血の魔法陣

   第1章


     2.血の魔法陣


「お帰りなさいませ、お嬢様」

 高層ビルから出てきたところで、待っていたのは婦警の格好をした女の子。彼女も特公の一人だけれど、同時にホライゾン家のメイドであり、聖月のお付きとして特公にも従事する。

 九鬼 彩刃――。婦警の格好は、彼女の趣味のようなものだ。

「どうだった?」

 ホライゾンたちにそういって近づくのは、中年をやや過ぎた、初老という感じの山村 泰治――。特殊公安機動警察隊で、ホライゾンたちの上司に当たる。薄くなった頭髪を気にするよう、短髪のオールバックを丁寧に、後方へと撫でつけるようにするのが癖だ。

「現場検証は県警に任せました。召喚士はいなかったので」

「いない? パーティー会場に召喚獣が乱入したのは、偶然……?」

 山村の言葉に、ホライゾンも首を横にふりつつ「恐らく『サモン』だけして、召喚士は逃げたんですよ」

「混乱が目的……か?」

「パーティーを主催したクォンライ財閥が、トラブルを抱えていた形跡は?」

「この国では新興の、華僑系財閥だ。問題も多いさ」

 山村がそう語るのも、この世界ではすでに中華人民共和国、という国は存在せず、そこからあふれた富裕層が、世界中で富を蓄え、漁り、経済覇権を握ろうとトラブルを起こしているからだ。

「戦争屋?」

「だったら、この国も受け入れてないよ。もっとも、裏ではどうか知らんし、公安の調査が完璧だった、というつもりもないが……」

 公安と、特公は、組織の体系上も異なる組織であった。特公は、公安の中でも召喚獣がらみの事件を捜査する。同じ警察組織でありながら体系上はまったく別……そんな事情を抱えていた。

 山村は、その公安出身である。元の部署に、あまりよい感情を抱いていないことはその表情からも、よく理解できた。


 ここで、この世界と召喚魔法について、簡単に説明しておこう。

 大なり小なり、誰でも魔法をつかえる世界でも、召喚魔法は特別だった。

 異世界から強力な異物を招きよせる、その不確実性、危険性ゆえに世界を一変させかねない不安を伴う。

 だから召喚士は国家に管理される。召喚は法的に禁止され、国家管理以外でつかうことは罪とされた。

 召喚魔法はサモン(召喚)と、ドライブ(操縦)に別けられ、それは異なる魔法と認識される。つまり召喚はしても、ドライブに失敗すると召喚獣は暴走し、人を襲う存在となった。

 召喚された獣は魔力銃さえ通じず、また力も強く、魔法すらつかう。それに敵うのは、異世界から連れてくる召喚獣しかいない。だから国家に管理された召喚士が特公に集められた。

 ホライゾン 聖月もその一人であり、彼女のように若くして参加する者もいる。そしてぼくのような、召喚された獣も……。


「とにかく、召喚士を追う。聖月は引きつづき、現場の捜査にあたってくれ。オレと九鬼は、クォンライ財閥に向かう」

 山村は召喚魔法をつかえない。公安出身者として、特公に協力するホライゾンたちを指導、監督するためにいる。召喚獣と遭遇しても対抗する術がなく、今も現場である上層階に上がらず、車でモニタを確認するだけだったのは、足手まといになることが分かっているからだ。

「また、こいつとバディを組むんですか……」

 聖月が露骨に嫌がる素振りをみせる。こいつ、と称されるのがぼくだ。

「役に立つだろ? それを使いこなすのも、社会経験だよ」

 嫌がるホライゾンのことをニヤニヤと眺めつつ、山村は指示を変えることなく車で立ち去ってしまう。特公に上下関係はないが、山村は上官であって、その命令は絶対だ。本当は、自身のメイドでもある九鬼と組みたいはずであり、それをあえて避けることで、彼女を育てようとしている。それを理解しても尚、ホライゾンは嫌悪感を露わに「行くわよ!」

 ぼくたちはふたたびエレベーターに乗りこむと、ホライゾンは「召喚士をさがす能力はないの?」と無茶ぶりをしてくる。

「そんな、〇ラえもんみたいな、便利な道具はもっていないよ」

「〇ラえもん? 何それ?」

 そう、ここは異世界。通じる常識と、通じない常識があった。


「ホライゾンさん、丁度よかった。こちらへ……」

 県警の武藤が、いそいそとぼくたちを導くよう、先に立って歩く。連れていかれたのはパーティー会場の裏にある、スタッフたちが一時的に休憩する、更衣室のようなところだった。

「魔法陣……」

 すぐにそう気づく。木質パレットの床に、血で描いたらしい紋様があり、ホライゾンもその構成、文字などを確認して「これが召喚に用いられたとみて、まず間違いないわ。でも……」

「でも?」

「私の知る魔法陣の描き方と、かなり異なっている。どこの系統かしら……?」

「どういうこと?」

 ぼくは召喚された獣で、召喚魔法もつかえるけれど、基本的な知識に疎かった。

「私たちは通常、脳内の言語野に刻んでおいた魔法陣を展開し、召喚を行う。こうして手書きをすると、間違いを犯したり、線の歪みが意外な結果をもたらしたり、色々と問題が多いのよ。それに、これは魔法円を中心とせず、古代文字なのか、周りに描かれた言語も読むことすらできない……」

「創作?」

「そんなわけないでしょ。本やネットでかじったものを自己流で……なんて、料理をつくるのでもあるまいし……」

「でも、君は魔法陣を組み換えているよね?

「本質を知り、確かな経験があって初めてできること。素人が遊びでやっているわけじゃない」

 ホライゾンはちょっと怒っているようだが、それだと知識と経験があれば、創作できるといっていることに、本人は気づいていないようだった。


「この魔法陣は、ちゃんと知識をもった人間が、新たな召喚体系を組んだか? 未確認の召喚体系で描いたもの……」

 ホライゾンも眉を顰める。血をつかったこと、召喚に特異なやり方を択んだこと、そこには召喚士の強い決意を感じた。

 深い恨み――? それが見え隠れするだけに、空気も重い。

「パーティーの参加者は?」

 ホライゾンが武藤に尋ねると、彼もタブレットを弄りながら「日本進出一周年を記念した、財界の二世、三世を招いたものですよ。未来ある若者とのつながりを……という新興財閥特有の事情かと……」

 その名簿を覗きこんで、ホライゾンも「彼らはライブストックよ」

 直訳は「家畜?」

「経営者や財閥の跡継ぎ候補。だけど二番手、三番手。要するに、本命を失ったときの在庫――。決して主流となる存在じゃないわ。それを承知で招いた……としか思えないメンバーよ」

「薬漬けにして取りこむ、とか?」

「一族からシャブ中をだせば、財界の弱みをにぎる。麻薬、カジノ、パーティー会場には溢れていたけれど、それ以上に、かの国なら一族のDNA採取が目的だったのでしょうね」

 女性を世話して、乱交パーティーと称してDNAを採取。ぼくが知る世界でも、かの国の外交手法の一つだったことを思いだす。


「今、参加者は?」

 武藤もタブレットを弄って「ケガをした者を除き、ホテルの会議室に91名を集めています。5名が死亡、3名が重傷。事情聴取に付き合いますか?」

「彼らの誰かを狙った可能性もあるけれど……、今はいいわ。特定の対象を狙ったのなら、もっと別のやり方もあったはずだし」

 それに……。もし特定の相手を狙ったのなら、召喚士が現場から立ち去ったことが不自然だ。仮にドライブせずに野放しにしたとしても、結果までみたいと思うのが人情だろう。

 やはりパーティーを主催したクォンライ財閥に、恨みをもつ者の犯行……。

「主催者とは会えるかしら?」

 ホテルの一室には、小柄なのにでっぷりと太った男がいた。高齢で、上瞼が贅肉の重さで目にかかり、ほとんど目を開けていないように見える。唇を前につきだすようにするのも、肉で埋没するのを避けるため? わずかに襟足と、耳の周りに白髪がみえるも、染みの多い禿げ上がった頭皮は脂ぎっていて、むしろその染みが顔のように見えた。

「こちらがトンガン公司の代表、ファン・ツートゥさんです」

 企業の代表? ここでは経営者が、整形手術をしてイメージ戦略をするほど、その見た目を重視する。

 しかし、これがトンガン公司の立ち位置、クォンライ財閥の戦略を示す。要するにトンガン公司は、クォンライ財閥のアンテナ企業だった。

 欧州を基盤として成長した彼らが、日本に進出するためにつくった、お飾り企業がここだ。その代表が、飾りとしてふさわしくない。この国では、イメージよりも人的つながり、能力や見映えより、人脈がより優先される。むしろイメージは、メディアへの貢献度やつながりの深さで、勝手につくってくれるもの。そう判断していることが窺えた。


「この国で名高い、特公とお知り合いになれて、光栄です」

 ファンが手をさしだしてくるも、ホライゾンは一顧だにせず、手すらださずに話をはじめた。

「パーティーが狙われました。心当たりは?」

 空振りした手を笑顔で収めつつ「さて……。我々は輸入雑貨を扱う一企業。恨みを買った覚えは……?」

「しかし昨年、企業買収と同時にリストラも行われた。元の従業員から恨まれているのでは?」

「ほほほ……。そんなことで恨まれた日には、経営などやっていられませんよ。経営権が移譲されたら、管理職をふくめ、組織が刷新されるのは当たり前のこと。それで召喚獣を送りこんでくる……など、この国ではそんな常識がまかり通るほど、治安が悪いのですか? そういえば、ピエンイーの客層も、何だか悪くなってきたような気がします」

 ピエンイーが、彼らの小売りの店舗名である。国がなくなったとはいえ、復興の名の下で製造業の進出が相次ぎ、人件費が安価なそこで製造されたものを輸入、安売りで急成長している。

 少なくとも、パーティーの招待客、五人が殺害されたというのに、ファンは悲嘆にくれることもなく。あくまで被害者、自分がここで取り調べを受けることさえ心外、という態度だった。


「日本語がお上手ですね。在日ですか?

 ホライゾンがそう尋ねると、ファンはぐっと上瞼を指でもちあげ、彼女を睨む。

「我が祖国は国連の管理下に入りましたが、心まで他国のそれに委ねたつもりはありませんよ」

 在日とは、この世界では国籍を直した人で、長期で滞在をみとめられた在外と区別されていた。

「あぁ、在外中国人ですか。ならお尋ねします。クォンライ財閥とトラブルのあった召喚士は?」

 今度は目を細めたのか、指を放すと上瞼が圧し掛かって、目がなくなった。

「ほう、直球ですな。でも、それはネットの噂。我々はクォンライ財閥と、資本関係があるわけではありませんよ」

「確かに、3%の出資は純粋な投資に見えます……が、うちは公安ですよ」

 ホライゾンは意味深に「トンガン公司の有利子負債のほとんどが、クォンライ財閥のお抱え金融機関から……ということは、調べもついています。筆頭株主であるミンユイ投資集団に、一体どれぐらいの資金がクォンライ財閥から流れているのでしょうね?」

 ホライゾンの冷たい視線に、ファンは憮然としたように、唇をさらに尖らす。しかも右手の人差し指がぴくぴくと動き。食指どころかショック死しそうなほど、気持ちが動揺することが窺えた。

「どうぞお調べ下さい。我々は堂々とこの国で商いをしている。資本主義というこの国のルールに則ってね。何ら恥じることはない!」

「堂々と……ね。あなたは、とある経済紙のインタビューで『裸一貫で、この企業を立ち上げた』と語っていたのに、どうしていつも『我々』と複数形なのですか? 家族もおらず、役員に身内もいない。あなたの国では、同族の者以外、そう呼ぶ習慣はないでしょう? 在外のファンさん」

 まだ若いホライゾンのことを言い包められる、とファンも考えていたようだが、冷たく見下ろす彼女の顔を、まともに見返せなくなっていた。



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