カラスの見た夢(三十と一夜の短篇第76回)
モズの親鳥がせっせとエサを探しては巣に持ち帰る。忙しないその姿をじっと見ているカラスが一羽。
若いカラスだ。
まだ自分の巣を持たず、自分に必要なだけの食べ物を見つけたあとはいろんなものを眺めて暮らす日々。
だからカラスは知っていた。
モズがせっせと世話をするヒナが、別の鳥の卵からかえったヒナだということを。
それなのに気づきもせず、せっせとヒナにエサを運ぶ親鳥がおっかしくて。その様子を眺めては、カラスはクスクス笑っていた。
※※※
ある日、眺めているのにも飽きたカラスは、クスクス笑いながらエサを探すモズの親鳥に近づいた。
「ねえ、アンタがせっせとエサをやってるあの綿毛のかたまり。あいつ、アンタの子じゃないよ」
「え! そうなの?」
顔をあげたモズは首をかしげて目を丸くする。
その驚きようがおっかしくて、カラスはうれしくなった。
「そうさ。あいつはカッコウの子。アンタが巣を留守にした隙に、カッコウのやつが卵を生むのを見たんだもの」
「そうなの」
ぱちりとまばたきをしたモズは、そう言うとまたエサを探しはじめる。一日中エサをねだるカッコウの子の横で、モズの卵はまだかえっていないのに。
思っていた反応と違ったカラスは、むっとしてモズの前に回り込む。
「何してるのさ。はやくあのヒナを追い出さないと、アンタの子が育てられないぞ」
カラスの忠告に、モズは丸い目をきょとんぱちり。
「でも、あの子もアタシの巣にいる子どもだもの。アタシ、育てるわ」
「自分の子じゃないのに?」
「アタシの子よ。だってアタシの巣にいるんだもの」
そう言うと、モズはまたせっせとエサ探しに精を出す。
振り向きもしない、迷いもしないモズにカラスはムカムカしながら飛び立った。
「なにさ、親切に教えてやったのに。自分の巣にいるから自分の子だって? あんたの子じゃないって言ってるのに、あったま悪いったら!」
面白くない気持ちで飛びまわったカラスは自分の寝床に帰ることにした。
つがいはいない、卵も温められない巣だけれどカラスにとってはお気に入りの木の枝だ。
そこに腰を落ち着けやれやれと羽根をたたんだとき、カラスは葉っぱの裏を這うカタツムリに気がついた。
「おや、こんなところに良いエサが」
ぱかりとくちばしを開けてカタツムリをひと飲みに。
しようとしたとき、カラスはふとモズの言葉を思い出す。
「自分の巣にいるから自分の子……」
そんなわけはない、とカラスは知っていた。
なのにどうしてかくちばしに挟んだカタツムリを飲み込むのが惜しくなる。
「きっと今はお腹が空いてないだけさ」
誰にともなくつぶやいて、カラスはカタツムリを枝におろすと黒い羽根で包み込んでみた。
驚いたカタツムリは殻にこもって動かない。ぬめぬめした体をしまえば、カタツムリの殻は硬くてつるりとしていて卵のよう。
渦を巻いた殻は卵とは似ても似つかないけれど、卵を温めたことのないカラスは構わずに胸に抱いていた。
「温めてどうするのさ。カタツムリの殻から出てくるのはカタツムリだけなのに」
ぶつぶつ言いながらもカラスはもぞもぞと座り直す。しばらく静かに座っていたけれど、にょっこり顔を出したカタツムリに気がついてくちばしで押し戻す。
「ほらほら戻って、外は危ないものでいっぱいだよ。アンタなんか鳥に見つかって、パクリと食われちまう」
カタツムリを食べる鳥は自分自身だと、知っていながらそんなことを言う自分がおっかしくて。なのにカラスは続けてつぶやく。
「それともお腹が空いたのかしら」
聞いたところでカタツムリは答えない。ヒナドリのように鳴くこともなく、ただ押し込まれた羽根の間でじっとりと殻にこもったまま。
けれどおとなしく自分の黒い羽根の下におさまっているのが気に入って、カラスは親鳥ぶって羽根を広げた。
「待っておいで。おいしいエサを探してきてあげる」
※※※
それからどうなったかというと。
せっせと世話を焼くカラスにカタツムリがたいそう懐き、一羽と一匹は長く幸せに暮らしました。などということはなく。
小虫やカエルを持って帰ったところで、カタツムリはそのうえをのたくりのたくり歩くばかり。その日が終わるより前に飽きてしまったカラスは、小虫とカエルを食べた腹がいくらか空いてきた。
だから、ぱくり。
カタツムリも食べてしまった。
「ああ、おいしかった」
いつになく大きな声でそう言ったカラスは、何もいない自分の腹の下をじっと見つめて黙り込む。
けれどいくら見つめても、カタツムリは腹のなか。
黒い羽根の間からもぞりと顔をのぞかせることはない。うかうかと木の枝の裏側に這っていくのを見つけたカラスが「危ないじゃないか」とくわえることもない。
「さみしくなんてないさ」
ぽつりとつぶやいた声はカラスが思うより小さくて、けれどカラスは実際さみしくなんてなかった。
カラスとカタツムリ。空を飛べる鳥と地べたを這う虫。
ちっとも似ていやしない一羽も一匹が親子になろうなんて、それこそおかしな話だったのだ。
「ほんと、おっかしくて……」
カラスはさみしくなんてなかったけれど、なんだか笑う気にもなれなかったので羽根をたたんでひとりきりの寝床で体を丸めた。
カッコウが卵を産みにこないかしら、とちらりと考えたけれど。
「……別に、ひとりで平気だもの」
小さくつぶやいたカラスは、今度こそ羽根に頭を突っ込んで眠りはじめた。
カラスが見た夢にカタツムリが出てきたのか、どうか。
誰も知らないある日の話。