第8話【強さを求める者】
前回、 クレーダにてエルとシュラスは剣狩りの少女 ルーミと出会い、 彼女申し出により二人の旅へ同行することになった。
そして三人がクレーダを出発して二日後、 次の街に到着した。
「兄ちゃん方、 着きましたぜ! 」
「はぁ……あそこに行くのはあまり気が進まなかったんだが……」
三人が到着した街はマレイデ、 ルスヴェラート王国とクーラン・デルタ帝国の境目に位置する街である。
そしてシュラスが嫌そうな顔をしたのには理由がある……
「……ん? おい、 あれシュラスさんじゃないか! 」
「本当だ! シュラスさんだ! 」
シュラス達が馬車から降りた瞬間、 それを見た住民達がシュラスに気付くとわらわらと集まってきた。
あぁ……シュラスさんが気が進まないって言ってたのって……
数分もしない内に辺りの住民達が集まり、 三人は大勢の民衆に押しつぶされそうになった。
「はぁ……これだから普段顔を隠してるんだ……」
するとシュラスはローブを深く被り、 エルとルーミの服の後ろ襟を掴むと目にも留まらぬ速さで集団の間を縫うようにすり抜けて行った。
人混みを抜けるとシュラスは二人を下ろし
「今のうちに行くぞ! 」
『はいっ! 』
シュラスが指示を出すと三人はその場を退散した。
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数分後、 騒ぎが収まり三人は街を散策することにした。
「シュラスさん、 さっきの動き凄かったですね」
「そうそう! さっきの動き何だったんですか! ? 」
二人が目を輝かせながらシュラスに詰め寄った。
「……武術の一種だ……鍛錬を積めば誰だってできる……」
「武術って……あぁ、 通りで……」
エルが納得した理由はこの街自体にある。
実は三人が来たこの街、 マレイデは世界で有数の格闘技が盛んな街でもあるのだ。
そんな街でシュラスはかつて、 武術による大会で大活躍し一躍有名人となってしまったのだ。
「余計な事をするものではなかった……」
「あ……あはは……」
そんな話をしながら街を歩いていると……
「おい、 アンタ……シュラスだろ? 」
三人の前に一人の格闘家らしき男が現れた。
「……はぁ……そうだ……どうせ挑みに来たんだろう……」
「ははっ! 察しが良くて助かるぜ! おうよ、 俺と勝負しやがれ! アンタに勝てば俺は相当な有名人に――」
男が構え、 話し終わる瞬間、 シュラスは一瞬にして男の目の前まで距離を詰め、 ルーミの時と同じように投げ技で男を倒してしまった。
「……力というのは私利私欲のために使うべきではない……その考えを持つことさえできなければ俺に勝つなんて夢のまた夢だ……」
「がっ……あ……」
次の瞬間、 シュラスが男を倒すのを見た周りの民間人たちは大歓声を挙げた。
するとまた騒ぎにならない内にシュラスは二人を連れてその場を去った。
(あれが武術……か……カッコイイ……! )
民衆から逃げる際中、 ルーミはシュラスを見て強い憧れを抱いた。
…………
数十分後……
「はぁ……何とか逃げれたか……」
三人は何とか人目のない場所へ逃げることができた。
するとルーミが改まってシュラスにあるお願いをした。
「……シュラスさん……折り入ってお願いがあります……! 」
「どうした……急に改まって……」
そしてルーミはシュラスに頭を下げた。
「お願いです! 私に武術を教えて頂けませんでしょうか! 」
あわわ……また無茶なお願いを……
エルはそんなことを思いながらもただ見ている事しかできなかった。
するとシュラスはしばらくルーミを見た後……
「……まぁ構わん……減るものでもあるまい……」
「えぇっ! ? 」
いいんだ……シュラスさん……意外と頼めば何でも聞いてくれるタイプなのかな……?
エルがそんなことを思っているのを余所にシュラスはルーミを適当な空地へ連れて行った。
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「さて……ルーミ、 お前は盗賊系の職業で接近戦闘は得意のようだな……」
「はい、 接近戦には自信あります! 」
「ではまず、 お前の実力を見てみたい……素手で掛かってこい……」
そう言うとシュラスは早速構えた。
するとルーミはシュラスの前から姿を消し、 シュラスの背後から回し蹴りを入れようとした。
しかしシュラスは舞うようにルーミの蹴りを受け流した。
ルーミの足はシュラスの手のひらを滑るように軌道がずれ、 そのままの勢いで攻撃を大きく外れてしまった。
「のわぁっ! ? 」
ルーミは蹴りの回転で勢い余って宙で一回転し、 転んでしまった。
な……何今の……! ? ルーミちゃんの足がシュラスさんの手のひらの上で滑った!
「……なるほど……お前はまず武術とは……強さとは何たるかを分かっていないようだ……」
「……と言いますと……? いたた……」
「まずは柔軟性だ……お前達武闘家は力任せに攻撃をし過ぎている……それだとただの腕相撲と何ら変わらん……」
柔軟性……今シュラスさんがやったやつか!
するとシュラスはエルにある指示を出す。
「エル、 試しにファイヤボールを俺に撃ってみろ……」
「えぇっ! でも……」
「構わん……俺を信じろ……」
……まぁ……相手はシュラスさんだし……
そしてエルは構え、 シュラスに向かって火の玉を撃った。
次の瞬間、 シュラスは火の玉を手のひらに転がすように受け流した。
火の玉は上空へ舞い上がり、 消えてしまった。
「……柔軟性を極めれば大抵の魔法も無傷かつ無駄な体力を消耗せずに防げる……」
まさか素手で魔法を防げるなんて……私も初めて見た……
「さて……早速修業といくか……」
「む……無理ですよぉ! さっきみたいなこと……」
「阿保……まずは簡単な脱力の仕方を練習するだけだ……」
「あ……ですよね……」
そしてシュラスとルーミは修業を始めた。
シュラスはまずルーミの体の硬さを調べた。
「ルーミ……股割はできるか? 」
「え……はい……できます、 ほら」
そう言うとルーミは股割をして見せた。
「なるほど……なら問題無い……あとは脱力の鍛錬だ……」
「脱力……とは具体的にどう……」
するとシュラスはルーミに一つ武術の型を見せた。
それはまるで風を切るように舞い、 今にも水の流れる音が聞こえてきそうな程滑らかな動きをしている。
凄い……まるで踊ってるみたい……
「……脱力のやり方は簡単だ……自身の中にある液体を感じ取る……そして体のつま先、 爪の先まで力を抜く事をイメージする……」
「え……えぇぇ……? 」
ルーミは訳が分からず涙目になってしまった。
「はぁ……要は体をムチのようにしならせる事をイメージするんだ……」
そう言うとシュラスはルーミの体を直接触り、 型の動きをやらせた。
「こうだ……」
「ひゃぁぁ! シュラスさんどこを触って……///」
ルーミは恥ずかしがるが……
「集中! ! 」
「ひゃ……ひゃいっ! 」
シュラスは一喝し、 引き続きルーミの体に脱力を覚え込ませた。
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数時間後……
シュラスとルーミは日が暮れるまで修業をしていたが進展はほとんど無かった。
「はぁ……はぁ……」
「……才能は見える……あとは今日俺が教えた事、 全てを持って鍛錬を続けろ……」
「は……はいぃ……」
そしてシュラスとルーミはその日の修業を終えた。
「……さて……もう日が暮れているな……エル! 夕飯を食いに行くぞ」
「ふぁっ! ? もう終わったんですか? 」
エルはあまりにも暇過ぎて眠ってしまっていた。
いつの間にか眠っちゃってたぁ……うぅ……変な大勢で寝てたせいで首が痛い……
…………
マレイデのギルド酒場にて……
三人は夕食を楽しんでいた。
「もうシュラスさんってば酷いんですよぉ! ? こんな私でも一人の女の子なのに好き勝手に体を触った挙句……『お前に対する色情など微塵も無い……』って言うんですよぉ! 」
「俺にはもう愛する者はいる……その者以外に恋愛感情なんぞ湧かん……あと、 体を触るのも修業をする上で仕方のないもの……些細な事で文句を垂れては何時までも身に付かん……」
ルーミが文句を言うがシュラスは淡々と返答した。
「もう、 シュラスさん駄目ですよ? いくら修業とは言え女の子の体を遠慮なく触るのは紳士的じゃないです! 」
「……俺は自身が紳士的である事に意味は感じられんが……まぁ……仲間の言う事だ……善処しよう……」
「……それにしてもシュラスさ~ん……好きな人いたんですねぇ……」
仕返しと言わんばかりにルーミはシュラスをからかった。
しかしシュラスは相変わらず無言でルーミに拳骨を入れた。
全く……ルーミちゃんはよく懲りないなぁ……にしても確かにルーミちゃんの言う通り、 シュラスさん……好きな人とかいたんだ……気になる……
「……確かにシュラスさん……好きな人っていたんですね……」
「お前もか……あぁそうだ……いたさ……これ以上は喋らんぞ……さもなくば……」
そう言うとシュラスは悶絶するルーミに目をやる。
「あ……あはは……はい……止めておきます……」
「むぅ……シュラスさん……エルちゃんにだけなんか優しい……」
「お前が余計な事を言うからだ……」
食事を楽しみながら三人がそんなやり取りをしていると……
「おいおい、 獣人族が酒場で飯を食ってら! 」
「汚わらしいなぁ全く! ヒャハハハハハ! 」
ルーミを見た他の冒険者達がルーミを差別するような言動を放った。
そして遂には……
「おうおう兄ちゃん……こんな獣人連れて街を歩くんじゃねぇよ! 」
そう言いながらシュラスの頭に持っていた酒瓶をひっくり返し、 盛大に酒を掛けたのだ。
周りの者は黙って見ている事しかできずにいる。
するとルーミは血相を変えて立ち上がった。
「アンタ達いい加減にしなさいよ! 獣人族を侮辱しただけじゃなく、 シュラスさんにまで! 」
そう言いながらルーミが短剣を抜こうとすると
「やめろ……無駄に武器を振るおうとするな……」
シュラスは止めた。
「でも……! 」
「案ずるな……」
そう言うとシュラスは立ち上がり、 冒険者達の方を向いた。
「……できれば面倒事は避けたい……俺は野蛮人じゃないんだ……お互い怪我をしたくはない……」
「そうだろう……? 」
次の瞬間、 シュラスのローブの暗闇から光る赤い瞳が冒険者達の目を睨み付けた。
その圧倒的威圧感に怖気付くと同時に冒険者達は顔を真っ青にしながらシュラスの正体に気付いた。
「あ……あぁ……まさか貴方は……紅月の……! 」
「……まだやるか……? 」
「い……いえ……大変失礼いたしました……」
そう言って冒険者達はそそくさと酒場を出て行った。
相変わらず凄いなぁ……シュラスさん……威圧だけで相手の戦意を無くしちゃった……
「……はぁ……すっかり気分が台無しだな……もう宿に戻ろう……」
「は……はい……そうですね……」
「……」
一同が酒場を後にしようとしている中、 ルーミは表情を曇らせていた。
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夜中、 宿にてエルは風呂に入り、 部屋へ戻ろうとしている時……
「ふぅ……気持ち良かったぁ……ん……? あれって……」
ふとエルは窓の外を見るとそこにルーミが一人でシュラスに教えてもらった型の練習をしていた。
ルーミちゃん……こんな夜中に一人で……
…………
「……フゥゥ……体を脱力……」
ルーミは宿の裏庭で一人、 脱力の練習をしている。
……もっと強くならないと……シュラスさんみたいに……
そんな思いを胸にルーミは修業を続けていると……
「頑張ってるね……ルーミちゃん……」
エルがルーミの後ろから声を掛けた。
「エルちゃん……」
「さっきの事……気にしてるの? 」
「……」
エルの言葉にルーミは動きを止めた。
「……実のところ……さっきみたいな出来事はあまり珍しくないんです……獣人族は好かれてるかって言われるとそうでもありませんし……」
確かに獣人族を差別するような人は沢山いるからなぁ……
するとルーミはこんな話を始めた。
「私……幼い時に両親を亡くしているんです……獣人族を狙った人間達が里を焼き、 仲間は皆殺しにされて……そんな中、 私の両親は里の子供たちだけでも生かそうと逃がしてくれたんです……それで宛もなくさまよっている時、 クレーダの街を見つけたんです……」
……なるほど……そんなことが……
当時の時代では獣人族を差別する人間を集めた組織の存在は珍しくは無かった。
そしてその組織は次々と獣人族の里を見つけては焼き払うという暴動を引き起こしているのだ。
当然国はそのような事は認めてはいないが、 組織は一つだけでは無い為、 全て撲滅するというのは不可能……見て見ぬふりをするのはやむを得ないのだ。
「今更親の仇を打つとか……そんなのはもういいんです……でもせめて……私みたいな悲しい獣人族達がこれ以上現れないようにするために……私は強くなりたい……シュラスさんに出会った時、 私はそう思ったんです……」
「……」
「はぁ……いつか私もシュラスさんみたいになりたい……」
ルーミはそう言うとエルは微笑んで言った。
「なれるといいね……私もいつか、 シュラスさんみたいな大魔法使いになりたいなぁ……」
するとルーミは目を丸くして言った。
「え……シュラスさんって……格闘家じゃないんですか? 」
あぁ……そう言えばルーミちゃんはシュラスさんの強さをまだ知らないんだった……
そう思いエルは今まで見たシュラスの強さを説明した。
「……嘘……? 」
「本当です……」
説明を聞いた後、 ルーミは唖然とした。
まぁ……時間も操れて空間も操れて……おまけに神々の力を持つ文字も操ると来たらそりゃそうなるよね……
「ははは……私……この修業の間にシュラスさんに殺されなきゃいいけど……」
「シュラスさんは……そんな事はしないと思いますけど……」
でも……改めてこうして話してみるとシュラスさんって本当に人間離れしてるなぁ……一体どうやってあんな強さを……そして……ただでさえあんなに強いのに……シュラスさんが脅威と認める『邪悪』って……一体どんな存在なんだろう……
そんなことを考えているとルーミは大きなあくびをした。
「ふあぁぁぁ……何だか話を聞いているだけでも色々と疲れちゃいました……私もそろそろ寝ようかな……」
そう言うとルーミは早々に宿の中へ戻っていった。
「……心配しなくて大丈夫ですよ……私、 さっきの事なんて微塵も気にしてませんから! 」
宿の中へ入る前、 ルーミはエルの方を見てガッツポーズを取りながら言った。
……ルーミちゃんって本当に強い子だなぁ……シュラスさんに劣らないくらい……
エルはルーミの姿を見ながらそう思うのだった。
…………
その頃、 シュラスは……
「……」
部屋で一人、 窓際に腰を掛けながら何かを見つめていた。
それは一つの宝石がはめられた首飾りだった。
その宝石は白っぽく、 透明とも不透明とも言えない不思議な色をしており、 何とも言い表し難い美しい光を放っていた。
「……強さを求めるだけでは……何も変えられない……俺には何が足りない……教えてくれ……」
『フィーラ……』
シュラスは悲しそうな目で首飾りを眺めながらそう呟いた。
続く……