第7話【剣狩り】
ギルドからの要請によりクーラン・デルタ帝国へ向かうことになったシュラスとエルは馬車で目的地へ行くことになった。
そしてその途中、 二人は中間地点となる街へ到着した。
「兄ちゃん達、 着いたぞ! 」
「あぁ……エル、 起きろ……」
「ふぇっ! ? もう着いたんですか? 」
シュラスはエルを起こし、 馬車を降りた。
「ここは……」
馬車を降りるとそこはボロボロのレンガ造りの家が立ち並んだ街だった。
何だろうここ……凄く雰囲気が悪い……
街の雰囲気は一言で言えば治安が悪そう……といった感じだった。
エルが警戒している中、 シュラスは街の中へ歩いていく。
「あ、 待ってくださいシュラスさん! 」
エルは急いでシュラスに付いて行く。
シュラスさん……全然物怖じしてない……流石……
そしてエルとシュラスは街の宿屋へ着いた。
二人が来た街の名はクレーダ、 ルスヴェラートの端の方に位置する街であり、 治安が悪いという事でも国内では有名だった。
そしてその街では最近、 とある噂が流れていた……
「なぁ……お客さん随分と武装をしているみたいだが……冒険者かい? 」
「あぁ……一応な……」
宿屋の店主に聞かれてシュラスが答えると店主はある忠告をした。
「気を付けた方がいいぜお客さん……特にアンタね……結構良さそうな剣を身に付けているみたいだから剣狩りに狙われるかもしれねぇ……」
「剣狩り……? 」
エルが聞くと店主は剣狩りについて話してくれた。
「剣狩りっつうのはその名の通り剣を狩る奴のことだ……この街では数年前から剣を持ち歩く冒険者達が次々と被害に遭っていてな……殺しはしないんだが……冒険者達をぼこぼこにした挙句、 持ってた剣を持ち去ってしまうんだ……」
そんな恐ろしい人がこの街に……私が剣士じゃなくて良かったぁ……
「兄ちゃんも相当強そうだが……腕に自信のある大男の冒険者もあっさりぶっ倒されちまったって聞いたからな……剣狩りに会ったらまず逃げることをお勧めするぜ……」
「……そうか……気を付けるとしよう……」
そう言ってシュラスは宿代を払い、 エルとシュラスは部屋で休息を取ることにした。
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夜、 エルとシュラスは夕飯を食べに宿から出た。
うぅ……夜になると更に不気味だなぁ……剣狩りに会わなければいいんだけど……
そんなことを考えながらもエルはシュラスと共に酒場へ向かった。
そして二人は何事も無く酒場へ着き、 夕食を済ませた。
「……そう警戒しなくとも大丈夫だ……お前だって強い、 俺が認めているんだから自信を持て……」
「そうは言っても相手は何人もの冒険者を倒している剣狩りですよ……? もし会ってしまったら……」
「心配するだけ無駄だ……会わないようにするのもそうだが、 会ったらどうするのかを考える方が余程有意義というものだ……」
「そ、 それもそうですけど……」
そんな話をしながら二人は街灯も無い暗い街中を歩いていると……
「……それで……いつ襲って来るんだ? 」
シュラスは突然道の真ん中でそんなことを言い出した。
……え……まさか……
嫌な予感をしたエルは恐る恐る背後に目をやった。
するとそこには真っ黒なローブを身に纏い、 完全に闇へ溶け込んだ人影が姿を現した。
「ヒャアっ! ! 」
変な悲鳴を上げながらエルはシュラスの陰に隠れる。
その人影は一言も発することなく二人の元へ歩み寄ってきた。
よく見るとその人影の背中には何本もの剣が入った籠が背負われていた。
あれって……今まで盗られた冒険者達の剣かな……?
そんなことを考えながらエルはシュラスの陰から顔を覗かせる。
するとシュラスは人影の方に向き、 言った。
「なるほど……正しく剣狩りといった感じだな……」
シュラスの言葉と同時に剣狩りらしき人物は背負っていた籠を置いた。
「……お前は……剣士か……」
籠を置いた剣狩りらしき人物はシュラスに質問する。
……この声って……女の子! ?
その声は正しく女の声だったのだ。 それもかなり若い少女だ。
「……だとしてどうする……」
シュラスは淡々とした雰囲気でそう答える。
すると次の瞬間、 剣狩りらしき人物は短剣を持って目にも留まらぬ速さでシュラスに襲い掛かってきた。
シュラスはエルを後ろへ放り投げ、 片手の指だけで短剣を掴み取った。
「シュラスさん! 」
「案ずるな……そこで見てろ……」
シュラスさんも凄いけど……あの剣狩りの人も凄い……今の攻撃が全然見えなかった……!
エルが唖然としていると剣狩りらしき人物はシュラスに向かって言った。
「剣を抜け……お前の剣を見てみたい……」
「悪いが俺が剣を抜くのは殺される覚悟を持ちながら殺そうと向かって来る者にのみだ……お前からは微塵も殺意を感じない……」
シュラスがそう言うと剣狩りらしき人物はもう片方の手に短剣を取り出し、 シュラスの首を斬りつけた。
しかしシュラスはあっさりと攻撃を避け、 剣狩りらしき人物の手を掴み、 そのまま投げ技を決めた。
剣狩りらしき人物は宙で一回転し、 頭から地面へ叩き落された。
「アデッ! 」
剣狩りらしき人物は間抜けな声を上げて倒れ込み、 頭を抱えた。
そしてシュラスは空かさず拳を構え、 剣狩りらしき人物の顔面にパンチをしようとした。
すると……
「ま、 待った待った! 参りました! ! ごめんなさぁい! ! 」
先程の不気味な雰囲気とは大違いな声を上げながら剣狩りらしき人物は降参した。
「すみませんでした……ちょっとした出来心だったんです……」
そう言いながら剣狩りらしき人物はローブを取った。
その正体は獣人族の少女だった。
灰色の髪をした頭には猫のような耳を生やしており、 何とも愛らしい姿をしていた。
「か……かわいい……! 」
「かわいいだなんてそんなぁ! 」
エルの言葉に照れる様子を見せる獣人の少女にシュラスは相変わらず淡々とした様子で質問した。
「お前が噂に聞く剣狩りか……」
「あ……はい……その通りです……」
シュラスの雰囲気に剣狩りである獣人の少女はすっかり小さくなっていた。
「……なんとなく予想は付くが……一応聞こう……何故こんなことをした……」
シュラスが聞くと獣人の少女はあっさりと答えた。
「はい……その……私、 大の剣好きでして……色んな剣を見る事だけが生きがいみたいなものなんです……でも……この街治安が悪いでしょう? そのせいもあって冒険者の方々も中々寄り付かないんですよ……」
「はぁ……それで剣狩りの噂を流し、 挑んでくる冒険者を呼び込んだってところか……」
シュラスの言葉に獣人の少女は黙って頷いた。
剣を見たいがためにそこまで……何というか……色々凄い……
すると獣人の少女は涙目になりながらシュラスに縋り付き言った。
「お願いですぅギルドに突き出すのだけはぁぁ! 私はただ剣が見たかっただけなんですぅぅ! 」
「……はぁ……見てられん……案ずるな……お前をギルドに突き出しはせん……」
シュラスがそう言うと獣人の少女はパァっと顔が明るくなった。
「だが! ……お前は俺を狙い、 襲い掛かった……その報いを受ける覚悟はあるな? 」
「は……はい……」
獣人の少女はそう言うとシュラスは獣人の少女の頭に一発拳骨を入れた。
「アデッ! 」
獣人の少女は涙目になりながら頭を抱え、 訳が分からないと言いたげな表情でシュラスを見た。
「……俺から与える罰はこれだけだ……その後どうするのかはお前の意志に任せる……この街の住民に恐怖を与えたことを詫びるも、 今まで剣を奪った冒険者達に詫びるも……お前が決めろ……」
そう言うとシュラスは背を向け、 エルを連れてその場を去っていった。
獣人の少女は呆然とシュラス達の事を見ているだけだった。
…………
「シュラスさん……本当に良かったんですか? 」
「何がだ……」
「いや……あの子を放っておいて本当に大丈夫なんですか……って……」
エルが聞くとシュラスは言った。
「奴から悪意は感じなかった……本当に剣が好きだっただけのようだ……俺はそんな本人の個性を否定はしないし、 行ったことに関してはあれ以上俺がどうこうできるようなものではない……自身の罪はどうするのか……それは本人の意思でしか償えない……心からの謝罪でないと人々は納得しないだろう……俺が何か言ってからでは駄目だ……」
「でもまた彼女が剣狩りを始めてしまったら……」
「そうなればそこまでだったということだ……俺以外の冒険者に倒され、 ギルドに突き出されるなり刑罰を受けるなり……奴の運命がどうなろうと俺が決める事じゃない……彼女が決めた運命だ……」
……確かに一理はあるけれども……また被害者が出たりしたら……
エルはそんな心配をしたがそれ以上は何も言う事は無かった。
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翌朝……
エルとシュラスはクーラン・デルタ帝国行きの馬車に乗る為、 朝早くから宿を出発しようとした。
すると宿を出た先で昨晩の獣人の少女が二人を待っていた。
「……何だ……まだ何か用か……」
「……」
しばらく獣人の少女は黙っていたが意を決したようにシュラスに向かって土下座した。
「あの! 私、 貴方に付いて行かせて頂きたいです! 」
「えぇ! ? 」
エルは驚いていたがシュラスは予想していたと言わんばかりに冷静な雰囲気を出していた。
「……その籠に入った剣はどうするつもりだ……」
「……この剣達は自分の行いへの戒めとして持っておくことにしました……全て持ち主に返すなんて今更できませんから……」
「俺達に付いて行く意味は……」
「はい……元々剣狩りの噂の元凶は私にあります……なので私がこの街から出て行けば自然と剣狩りの噂は消え、 街の皆も少しは安心できると思うんです……」
「お前が行動しなければいいという解決方法もあると思うが……」
シュラスの意見に獣人の少女は首を横に振った。
「……私にその自信がありません……だから出て行く方が良いんです……」
「……シュラスさん……どうしますか……? 」
エルは心配そうにシュラスの様子を伺う。
するとシュラスは獣人の少女に背を向けた。
シュラスに見放されたと思った獣人の少女は落ち込んだ。
しかしシュラスは獣人の少女に背を向けたまま言った。
「……どうした……付いて行くんだろう……早く来い……」
シュラスの言葉に獣人の少女は表情が明るくなり立ち上がった。
「はい! 何処までも付いて行きます! 」
「その籠に入った剣は目立ち過ぎる、 俺が預かっておく……」
……シュラスさん……
エルはその様子を見ながら少し微笑んだ。
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そして馬車に乗り込んだ三人はクーラン・デルタ帝国を目指して出発した。
道中、 三人は話をした。
「……シュラスさん……どうして彼女を連れて行こうと? 」
「あ、 私も気になります! どうして……」
二人から詰め寄られたシュラスは少し困った様子を見せたが答えた。
「気まぐれだ……断ってから勝手に街から一人で出ていって死なれてはこっちも後味が悪い……ただそれだけのことだ……」
シュラスがそう言うと獣人の少女はシュラスをからかった。
「そんなこと言ってぇ……本当は私の事が心配だから許してくれたんですよねぇ? 」
するとシュラスは獣人の少女に拳骨を入れた。
「アデッ! っ~~~! 」
獣人の少女は頭を抑えながら悶絶した。
何か……この子とシュラスさん……色んな意味で相性が良さそう……
エルは獣人の少女とシュラスを見ながらそう思った。
「……そう言えばまだ名前聞いてませんでしたね……」
「あ、 これは失礼! 私ルーミと申します、 これからよろしくお願いします! 」
「私はエルといいます」
「……シュラスだ……」
するとルーミはシュラスに質問した。
「シュラスさんって……どこかで聞いた事のあるような……何かありましたっけ? 」
ルーミの質問にシュラスはため息をつきながら答えた。
「……紅月の夜……そう言えば分かるか……? 」
するとルーミは目を丸くしてエルの方を見た。
「……あぁ……はい……本物ですよ……」
エルがそう言うとルーミは更に大量の冷汗をかきながら再びシュラスを見た。
シュラスは何も言わなかったが呆れているというのは伝わってきた。
「……私……とんでもない人についてきちゃったかも……」
ルーミは馬車の外の景色を見ながらそう呟いた。
「あ……あはは……」
エルはその様子を見ながらただ苦笑いを浮かべる事しかできなかった。
こうしてエルとシュラスは新たな仲間、 剣狩りの少女 ルーミを連れて次の街へと向かっていくことになったのだった。
続く……