第6話【冒険者】
前回、 エルはグラスの手引きにより風の精霊の力を手に入れ、 シュラスと共に順調に精霊魔法の扱いに慣れていった。
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「はい、 依頼達成ですね! 報酬をどうぞ」
エルとシュラスはムカデ型の魔物の討伐依頼を終えて報告を済ませていた。
「ではまた来る……」
そう言ってシュラスはエルを連れてその場を後にしようとすると受付の女性が呼び止めた。
「あっ、 そうそう! 貴女は確かエルさんでしたよね? 」
「え、 はい」
「近日等級昇格審査を行うので参加してみてはどうでしょう? 登録審査時の記録を見ればエルさんは飛び級も夢ではないかと思われます」
等級昇格審査……参加してみようかな……いつまでも初心者の等級でシュラスさんの足を引っ張る訳にはいかないしね……
「はい、 是非! 」
エルは昇格審査に参加することにした。
「ではこちらの方でエントリーさせて頂きますね! 明後日の午前9時に始まりますので遅れないようにして下さい」
「はい! 」
そしてエルとシュラスはギルドを後にした。
…………
グラスの喫茶店にて……
「オムライスとコーヒー、 お待たせしました」
「わぁ……美味しそう……! 」
エルとシュラスは依頼終わりの昼食を取っていた。
「……あの、 シュラスさん……」
「何だ……」
「冒険者の方って……どうして冒険者になろうって思ったんでしょうかね……」
食事の途中、 エルは素朴な疑問を抱いた。
「……そんなのそれぞれ理由は異なるだろう……そんなはっきりとした答えは無い……」
「ですよね……」
するとシュラスはコーヒーカップを置いて話した。
「まぁ……強いて言うならば……『自信』があるからだろう……」
「自信ですか? 」
「あぁ……冒険者になる者というのは大体、 昔弱い魔物を撃退した事があるだとか、 村一番の腕っぷしを持っているだとか……そういった経験から自分の持つ力に自信を付け、 周囲に褒め称えられたいという欲望から冒険者になる……それが大半だろう……」
そうなんだ……確かに冒険者の人ってなんだか自信に満ちている感じがするような……
「そしてそういった自信で自らの力に酔い痴れ、 馬鹿な気を起こす輩が出てこないようにするための首輪として等級というモノが生まれた……」
「そ、 そうだったんですか! ? 」
「あぁ……実際ギルドマスターから聞いた事だ……間違いは無い……全く……そんな輩がいるとギルドも大変だな……」
「あ……あはは……」
相変わらずだなぁ……
すると今度はシュラスがエルに質問をしてきた。
「そういえば……お前は何故冒険者を志した? 」
「え……それは……」
エルは一瞬言葉を詰まらせたが答えた。
「……何というか……私って何処となく憶病な性格に見えますよね? 」
エルの言葉にシュラスは黙って頷く。
「……私……そんな自分を変えたいと思って……怖い魔物に立ち向かう勇ましい冒険者を夢見てたんです……」
「なるほど……」
「でも……」
するとエルはシュラスの目を見た。
「それ以上に……魔物で苦しんでいる人の助けになりたい……そう思って冒険者になったんです……」
それを聞いたシュラスは席を立った。
「……お前は優しい……冒険者であることが勿体ない位にな……」
そう言うとシュラスは代金をテーブルに置き、 店を後にしようとした。
「えっ、 シュラスさん? 」
「俺はしばらく一人で散歩してくる……エルも体を休ませておけ……」
「は、 はい! 」
そしてエルはグラスの喫茶店で一人になった。
……冒険者……か……本当にシュラスさんの言ってたようにそんな人しかいないのかな……
エルは少し残念そうにしているとグラスが話し掛けてきた。
「今日も来てくれたのね、 エルちゃん」
「あ、 グラスさん……お仕事は? 」
「今は昼休み……どうしたの? 浮かない顔して……」
「いえ……シュラスさんと話してて……冒険者って私の思っているよりも素敵なものじゃないのかなぁ……って……」
するとグラスは笑った。
「あははっ! 大丈夫、 シュラスはどんな奴に対してもそういうこと言いがちだからさ」
「そうなんですか? 」
「まぁね……シュラスはどんな奴に対しても選り好みをするタイプじゃないからね……悪い奴じゃないんだけどさ……」
何だかシュラスさんの性格が段々見えてきた気がする……
そんなことを考えているとグラスは言った。
「心配しなくて大丈夫、 冒険者っていうのはシュラスの言っている程悪い奴なんてそんなにいないんだから……エルちゃんみたいな人だって沢山いるよ」
「そ……そう……ですか……そうですね! 」
エルが気を取り直すとグラスは静かに微笑み、 仕事へ戻った。
……私がシュラスさんに……冒険者のいい所を見せる事ができれば……シュラスさんの考え方も変わるかな……
そんなことを考えながらエルはまた食事を再開した。
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翌日の朝、 エルは等級昇格審査に向かった。
受付の人が言うには飛び級も夢じゃないって言ってたけど……実際どんな審査なのかも分からないしなぁ……
そんなことを考えながらエルはギルドへ向かった。
「……うわ……凄い人……」
ギルドには昇格審査に参加する冒険者達が集まっており、 いつもよりも人が多いように感じた。
そしてエルは昇格審査に参加した。
…………
その頃、 ギルドのとある一室にて……
シュラスはある人物と話をしていた。
「最近調子はどうかね、 シュラス殿……」
「いつもと変わらん……それで、 呼びつけた程の話があるんだろうな……」
カルスターラのギルドマスター、 クレイ。
彼はシュラスに蒼龍石等級を授けた張本人である。
戦闘能力はシュラスに劣るもののカルスターラでは知らない者がいない程の実力を誇る。
そんな彼がシュラスを呼んだ理由は……
「……単刀直入に言う……君にクーラン・デルタ帝国へ緊急で遠征へ行って欲しいんだ……」
「クーラン・デルタか……馬車で経由してざっと七日と言ったところか……」
この世界には全部で六つの大国が存在する。
一つはクーラン・デルタ帝国、 世界で雄一神々と意思疎通を図れる魔法武装国家である。
魔法道具の技術が発達しており、 世界で二番目の勢力を持つ。
もう一つはルスヴェラート王国、 現在シュラス達がいるカルスターラを首都としている国である。
魔法学が発達しており、 クーランデルタの魔法兵器をしのぐ程の強さを持つ兵士が揃っている世界で一番の勢力を持つ国でもある。
その他にもまだ国は存在するが、 ここではまだ紹介は伏せるとする。
「その考えに至るという事は行ってくれるということかな? 」
「断っても事あるごとに頼み込むつもりだったろうが……」
「ははっ……相変わらず君には隠し事はできないな……」
クレイが笑って言うとシュラスは席を立った。
「話はそれだけならこれで失礼する……さっさと準備しないとだからな……」
「報酬は……って言われてもどうせ受け取らないだろうな……」
「分かってるじゃないか……」
そう言ってシュラスは部屋を後にしようとするとクレイが最後に言った。
「なぁ……あのお嬢ちゃんも連れて行くつもりか……? 」
ドアノブに手を掛けようとしたシュラスは動きを止める。
「……当り前だ……彼女は危険を承知で俺に付いて行くと言ったのだ……お前も俺もあいつを止める権限など無い……」
「……そうか……せいぜい仲間を死なせないように守ってやれよ? 」
「無論……」
そしてシュラスは部屋を出て行った。
「……他の冒険者達もあれぐらい堅物だったら管理もしやすいんだがなぁ……いやそれはそれで困るか……」
部屋で一人になったクレイは煙草をくわえながら呟いた。
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ギルドのホールへ出たシュラスはエルと合流した。
「シュラスさん、 どこかに行ってたんですか? 」
「少しな……それで、 昇格したようだな……」
エルは見事昇格審査に合格し、 赤石等級に飛び級していた。
昇格審査は結局面接だけだったなぁ……
等級昇格審査は至ってシンプルであり、 冒険者の持つ経歴から照合し、 昇格基準をクリアしているかどうかを見るといったもののみなのである。
エルの場合、 登録審査の時の記録から照合されたという。
「はい、 これでもっとシュラスさんの役に立てます! 」
「……そうか……期待しよう……」
そう言うとシュラスはエルを連れてギルドを後にした。
「エル……明日の朝、 クーラン・デルタに出発する……ギルドマスターから遠征の要請が入った……」
「えっ……いいんですか? 私なんかが一緒で……」
「……役に立ちたいのだろう……ならば一緒でなければ役に立とうともできんだろう……」
シュラスがそう言うとエルは嬉しそうな顔をした。
「はい! 」
「明日に備えて今日はゆっくりしてろ……俺はグラスに用がある……」
そしてシュラスはグラスの喫茶店へ向かっていった。
……シュラスさんに指名された遠征の要請……それを私が付いて行くんだ……!
「……よぉし、 頑張るぞぉ! 」
エルは張り切った様子で街を駆けていった。
…………
その頃、 クーラン・デルタ帝国のとある訓練場にて……
武器を構えた四人の冒険者達が一人の女性に襲い掛かろうとしていた。
「……来い! 」
『うおぉぉぉぉ! ! 』
女性の合図と共に冒険者達は剣を振りかぶって襲い掛かる。
しかし女性は剣を手のひらで受け流すように舞い、 一瞬にして冒険者達の腹に突きを入れた。
冒険者達はたまらずその場で倒れ込んでしまった。
「隙が多すぎる! それでは魔物も倒せんぞ! 」
『は……はい……ウーラ師匠……』
彼女の名はウーラ、 クーラン・デルタ帝国を代表するギルドマスターである。
種族はダークエルフであり、 世界中のギルドマスターの中でも珍しい種族出身である。
「全く……最近の若者と来たら……」
呆れるウーラの元に一人の男が駆け寄ってきた。
男はウーラに耳打ちをし、 その場を素早く去っていった。
「……フッ……来るのか……シュラスが……! 」
ウーラは空を見上げながら呟く。
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翌朝、 エルとシュラスはクーラン・デルタ帝国行きの馬車に乗り込んだ。
「ふぁぁ……」
エルは大きなあくびをした。
「……昨日は眠れなかったのか? 」
「はい……楽しみで……」
「クーラン・デルタに着くまでに乗り継ぎで七日は掛かる……次の街に着くまで寝てろ……」
「はい……」
そしてエルは出発と同時に眠ってしまった。
「……はぁ……そう言えば久しぶりか……クーラン・デルタに行くのは……」
馬車に揺られながらシュラスは外の景色を見て呟いた。
続く……