第3話【世界の魔法】
シュラスと初めての依頼をこなしたエルは次の日、 シュラスに魔法について教わる事となった。
カルスターラから出てすぐの草原にて……
「シュラスさん、 今日は魔法を教えてくれるんですよね? 」
昨晩、 エルはシュラスに魔法を教えて欲しいと申し出、 シュラスはそれを難なく承諾したことでエルはシュラスから魔法を教わる事となったのだ。
「そうだ……だがその前に教えておく事がある……いいな? 」
「? ……分かりました」
するとシュラスは指を鳴らした。
次の瞬間、 二人の周囲が宇宙空間のような景色に変わった。
「こ、 これって! ? 」
「見ての通り空間操作だ……お前も鍛えようと思えばできる……最も……この精度まで鍛え上げるのにはお前でも最低数千年の修業は必要だが……」
「それは無理ですって……」
早速規格外な魔法を見せられちゃった……でもどうしてわざわざ空間操作なんか……
するとシュラスは何も無い空間に文字を書き始めた。
「……この文字って……! 」
「お前なら分かるだろう……お前が詠唱の時に発している言語だ……」
その文字はエルが氷と炎の力を使う時に発していた謎の言語だった。
そして一瞬にして書き出された文字は数百にも及び、 辺りの空間を埋め尽くした。
「お前の使っている言語が何だか分かるか? 」
「え……それは……」
エルはそこまでは知らなかったのだ。
するとシュラスは言った。
「お前の使っていた言語は大昔から神々が使ってきた『神類文字』というものだ……ここに書き出したのはごく一部だが……」
「神類文字……? 」
「神類文字というのはその名の通り、 神にしか理解のできない特殊な文字だ……そして最大の特徴は文字そのものに神々の力が宿っていること……よって書くだけでもその力は発現させる事ができる……発音すればその瞬間に力が発現する……」
そんな文字がこの世に……でもどうして私が……
エルが少し疑問に思っているのを余所にシュラスは話を続ける。
「だがこの文字は到底人間に操れるような代物ではない……神々の力というのは人智を超えるからな……もし力を持たない者がこの文字を使おうと書き出したり発音すれば……」
するとシュラスは指を立て、 指先を回し始めた。
それに共鳴するかのように文字たちは竜巻を作るように遥か上空の方へ集まり始め、 やがて一つにまとまった瞬間……
『ドゴオォォォォォォ……! ! 』
「うわっ! 」
見えなくなる程高い位置へ上がった文字の塊は空中で超新星爆発のような大爆発を起こした。
「……星一つは軽く消し飛ぶ……」
「ひえぇ……」
そんな恐ろしい文字を私は……!
そしてシュラスは手を広げ、 閉じると大爆発の光が一瞬にして消えた。
「とまぁ……お前の使っていた力の正体はこれだったという事だ……」
「……これって……私は使っても大丈夫なんですか……? 」
「さぁな……だが不思議なことに、 お前は神類文字の力を制御が出来ているようだ……普段通りに使ってさえいれば暴走する危険はまず無いだろうな……」
よ……よかったぁ……
エルは安心したがまだ疑問が残っていた。
「でも……あの人はどうして私にこんな……」
そう、 エルは元から神類文字を使えたという訳ではない。
何者かがエルに神類文字を教え、 操る力を与えたのだ。
「……大方お前の言う『あの人』がその神類文字を教えたんだろうが……まぁ今はいい……聞いても答えたくは無いだろうしな……」
「ごめんなさい……詳細は絶対に誰にも言うなって言われているので……」
「……お前は真面目だな……」
するとシュラスは指を鳴らし、 周りの空間を元に戻した。
「もしかして、 この説明のためだけにあの空間を! ? 」
「そうだ……神類文字の爆発をこの空間で見せるのは危険すぎるからな……」
「そう言えばシュラスさんもどうして神類文字を扱えるんですか! ? 明らかに操ってるようにしか見えませんでしたよ! ? 」
「……それなりの修業をしたんだ……操れて当然だ……」
「むぅ……」
何か怪しい……シュラスさん……本当に何者なんだろう……
エルが疑いの目でシュラスを見ているとシュラスは話を変えた。
「それよりも本題の魔法の話をするぞ……」
「……はい」
「早速だがエル、 魔法を使う際には詠唱が必要か不必要か……分かるか? 」
「えっ……」
いきなり問題! ? あ……でも、 私も力を使う時は神類文字を発音しているし……
「必要……? 」
「……残念ながら違う……お前が思い浮かべたのは神類文字だろうが、 あれに関してはあくまで神々の力であり、 普通の魔法の力とは違う……」
「そ、 そうなんですか! ? じゃあ今まで私が使っていたのは……」
「神々の力と魔力を合わせた……言わば混合技だな……完全な魔法とは違う」
今まで魔法だとばかり思ってたのに……
するとシュラスはエルに言った。
「エル、 お前の使う神々の力は俺以外の者に使うことは禁止する……強大過ぎて殺してしまうことが多いだろう……どうせ審査の時も手加減したんだろうが、 審査官を吹き飛ばしたんだろう? 」
「は……はい……」
「そこでだ、 お前に純粋な魔法を教えてやる……まずはこの世界の魔法についてだ……」
そしてシュラスは説明を始めた。
ここで話を変え、この世界ヴェルゾアの魔法基礎について解説しよう。
この世界における魔法の種類は大きく二つの種類がある。
一つは魔術式、 もう一つは能力式である。
魔術式は主に魔法の属性適正に制限は無く、 その属性に適性の無い者でも発現させることを可能にする。
また、 魔術式には魔法陣を使用しており、 魔法陣にも術者とは別に魔力が含まれている。
そのため、 魔法陣自体にも含まれる魔力により術者本人の力が無くとも最大火力で魔法を行使できるのだ。
それに加え、 術式を組み合わせることにより、 性質・属性を変化、 混合させた魔法を発現させることもできる。
しかし、 魔法陣は非常に複雑な図形をしており、 展開するのは至難の業であり、 最低位の下級魔法でも完璧な魔法陣を瞬時に展開させるようになれるには数か月の修業が必要となる。
その他にも扱える属性や性質が多い分、 使いたい魔法の術式を記憶していなければ展開以前の問題となってしまうのだ。
次に能力式、 能力式はその名の通り術者本人の能力によって発現させる魔法である。
これは魔術式とは違い、 魔法陣を展開する事も記憶する事も必要とせず、 術者本人の意思で発現させることができる。
また、 能力による魔法を行使ができる者は生まれつき魔力が濃く、 扱う魔法はどれも強力な物となる。
しかし、 これは適正のある属性、 性質に限り、 それ以外の魔法は行使できないのだ。
それに加え、 能力によって発動させられた魔法には限界があり、 術者本人の魔力の分でしか火力を引き出せない。
以上の二つがこの世界における魔法の基礎である。
「……ざっとこんな感じだ……お前は魔術師だから理解はできるだろう……」
「はい、 一応基礎ですから……」
「よし、 さて……今からお前に教えるのは魔術式の魔法だ。 いくつか教えてやるから普段はこれを使え……」
「は、 はい! 」
そしてシュラスはエルに魔法をいくつか教えた。
・
・
・
数時間後……
「……こんな感じか……あとは実践あるのみだ」
「うぅ……頭が痛い……」
あまりにもの情報量に頭痛が……でもシュラスさんのお陰で記憶の中にはっきりと刻み込まれてる……
エルはシュラスの力により記憶の中に直接、 様々な魔術式の魔法に関する情報を刻まれたのだ。
「普通に覚えるより直接刻み込む方がよっぽど効率がいいしその方が忘れん……しばらく気分は悪いだろうが我慢しろ……」
「はい……」
「……だいぶ暗くなってきたな……そろそろ戻ろう」
「そうですね……」
そしてエルとシュラスはカルスターラへ戻った。
…………
街へ戻った二人は夕食にサンドウィッチを買い、 街の夜景を一望できる広場へ移動した。
「わぁ……! 」
「綺麗だろう……ここは俺の好きな場所の一つだ……」
私……大きな街に行った事が無いからこういうの憧れていたんだぁ……
そしてしばらく二人は夜景を眺めながら食事をした。
するとシュラスが話し出した。
「……美しいものだな……この世界は……」
「……そうですね……」
「大昔から……人間が創り出したモノの中で……この夜景は美しいと思えるモノの一つだ……」
シュラスさんって……たまに不思議な事言うなぁ……でも、 何故だか共感できる気がする……
するとシュラスは話を変えた。
「……エル、 魔法というモノを……お前はどう思う? 」
「え……戦うための……武器……ですか? 」
エルが答えるとシュラスはフッと笑った。
「それも正しい……だが……俺は違うと思っている……」
「え……? 」
「魔法とは……幸福をもたらすモノ……少なくとも俺はそう思っている……」
幸福を……もたらすモノ……?
するとよそ見をしてしまったエルはサンドウィッチを落としてしまった。
次の瞬間、 シュラスは落ちたサンドウィッチに視線を向けるとサンドウィッチは再びエルの手元に戻った。
「今のは……」
「時空操作だ……対象の時間を遡らせた……」
時間まで操作できるなんて……もうシュラスさんにできない事は無いんじゃ……
そしてシュラスは話を続ける。
「魔法を創り出した神々は少なくとも……悪意を持って創り出した訳ではなかったはずだ……」
「神々……」
するとシュラスは片手に小さな魔法陣を展開した。
そこから小さな青白い炎が現れた。
青白い炎は一人の少女のような形に変わった。
「……魔法は美しいモノとして……人々の心と体を癒すモノとして生まれた……一種の芸術とも言えよう……俺はそんな魔法は好きだ……だが……」
すると青白い炎で出来た少女の前に骸骨の形をした黒い炎が現れた。
黒い炎は忽ち青白い炎を呑み込んでしまった。
「あ……」
「無邪気で純粋な者を殺すように……『邪悪』というモノが魔法を武器にしてしまい、 争いを生み出してしまった……」
邪悪……
「でも……どうして神様はそれを消さなかったんですか? 」
「これは神々すらも手に負えない運命だ……例え『邪悪』であろうとこの世の理……消せばバランスが崩れ、 いずれ全体的な崩壊が起きてしまう……やるべきは、 今目の前にある『邪悪』を抑え、 バランスを保つ事だ……」
「……」
するとシュラスは炎を空高くに舞い上がらせた。
その炎は黒から白へと変わり、 ドラゴン……不死鳥……狼等の様々な動物の形へ変化した。
それを見た周囲の人々は目を奪われた。
「わぁ……」
「だがこの世にある『全て』そのものは『邪悪』にはならない……それが『邪悪』とされるか否か……それは命ある者の心によって変わる……」
シュラスがそう言うと炎は一人の女神の姿に変わった。
「そして神々は……この世に存在する雄一『邪悪』に染まらない『希望』を生み出したのだ……」
するとシュラスは白い炎を塵と化させ、 花弁のように空へ散らばらせた。
「……魔法は『邪悪』によって武器となってしまった……だがそれと同時に命ある者達を癒す『希望』だ……そして……俺は『希望』を胸に……とある『邪悪』に立ち向かう強さを得るべく旅を続けているんだ……」
そしてシュラスは顔を覆っていたローブの頭部分を取った。
その髪は白く、 赤い瞳と共に街の光に反射し、 星のように煌めいていた。
これが……シュラスさんの素顔……若い……
シュラスの容姿はまるで若い青年のようだったのだ。
するとシュラスはエルの目を見ながら言った。
「エル……俺の旅は生半可な気持ちで付いていけるようなものではない……お前には一人で戦っていける程の魔法を与えたんだ……気が進まないのならばここで別れてもいいが……それでも付いて行くか? 」
シュラスさん……もしかして今まで誰とも組まなかったのは……誰も自分の危険な旅に巻き込みたくなかったからなのかな……
エルはその時、 シュラスの言う旅に興味が湧いた。
……シュラスさんの言う危険な旅……怖いけど……見てみたい、 シュラスさんの見ている世界を……
そしてエルが出した答えは……
「……どこまでも付いて行きます……そのために冒険者になったんですから」
「……そうか……お前がそう言うならそうしたらいい……」
その時、 シュラスは少し微笑んだように見えた。
「……何だか今日は難しい話ばかりでお腹が空いちゃいました……もう少し何か食べて行きませんか? 」
「……そうだな……旅は長いんだ……活力を蓄えなくてはならないしな……」
そう言ってエルとシュラスはあの喫茶店へ向かった。
こうしてエルの冒険が幕を開けた。
続く……