第2話【紅月の夜】
前回、 王都カルスターラにやって来た謎の魔導士、 エルは伝説の冒険者シュラスと出会った。
「……あの……シュラス……さん……」
「何だ……」
街でシュラスと歩いていたエルは恐る恐るシュラスに話し掛けた。
「シュラスさんは今まで誰とも組んだことが無いって聞いたんですけど……本当なんですか……? 」
「あぁ……俺は誰とも組んだ事が無い……そもそもパーティに勧誘しに来る奴なんていなかった……」
「そ……そうなんですね……」
まずい……聞いちゃいけないこと聞いちゃったかな……
気まずい雰囲気になっているとシュラスは言った。
「俺に自らパーティを組みたいなんて言った奴はお前が初めてだ……正直嬉しいぞ……」
「え……あ……ありがとうございます……! 」
……表情があまり良く見えないけど……嬉しかったんだ……
エルは少し安心した。
「そう言えば名前は何だ? 」
「あ……エルと言います」
「そうか……」
そんな話をしながらエルとシュラスはギルドへ向かった。
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ギルドに着いたエルとシュラスは早速依頼を受けに掲示板の方へ向かった。
『おい……あれってシュラスだよな……』
『一緒にいる嬢ちゃんは仲間なのか? 』
『白石なのによく仲間にしてもらえたな……』
途中、 他の冒険者達がエルの事を見ながらそんな話をしていた。
……シュラスさんって相当話し掛けづらい印象があるんだ……確かにそんな印象はある……でも実際話すと結構優しい人なんだけどなぁ……
そして掲示板の前に来たエルとシュラスは一つの依頼の紙を持って受付の方へ持って行った。
しかし
「申し訳ありません……この依頼は青石以上の冒険者でないと受注ができないんです……そちらの方はまだ白石等級なので……」
ギルドの規則上、 規定された等級より上の難易度の依頼は受けられないと言われたのだ。
「……俺が一緒でも駄目か? 」
「申し訳ございません……こればかりは規則ですので……」
うぅ……私……シュラスさんを困らせてる……?
エルが申し訳なさそうにしていると
「仕方あるまい、 ならばこいつでも受けられる依頼を出してくれるか? 」
「はい、 それなら! 」
そう言って受付の人は依頼の紙を取りに行った。
「シュラスさん……ごめんなさい……」
「……気にすることは無い、 後々等級を上げればいいだけの話だ」
……優しい……
そして受付の人は白石等級でも受けられる討伐依頼の紙を持ってきた。
「こちらの依頼でよろしいでしょうか? 」
「黒狼の討伐または撃退か……まぁ丁度いいだろう……」
「では受注はこちらでしておきますね」
「頼む……では行くぞ……」
「はい! 」
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カルスターラから少し離れた森にて……
「黒狼の習性は知っているか? 」
「はい、 彼らは群れを成す習性があって縄張り意識が高い魔物というのは知ってます」
「……確かにそれも合っている……だが……」
するとシュラスは側にあった木の根元にかかっている落ち葉をどかした。
落ち葉の下にある木の根にはいくつもの傷があった。
「奴らは縄張りの目印として木の根元に爪痕を付ける習性がある……そして縄張りを移動するときは必ず前の縄張りの跡は隠す……つまりここにある傷が隠されていたということは……」
「周辺にはいない……ということですか……」
「そうだ……奴らはここからもっと離れた場所に縄張りを作っている……」
そう言うとシュラスは再び歩き出した。
……シュラスさん……やっぱり伝説の冒険者なだけあって魔物にも詳しいんだなぁ……
エルが感心している間にもシュラスはどんどん森の奥へ進んでいく。
「あ、 待って下さい! 」
エルは置いて行かれそうになった。
…………
数十分後……
エルとシュラスは遂に隠されていない爪痕を見つけた。
「奴らは近い……油断するな……」
「は……はい……」
うわぁ……いよいよかぁ……シュラスさんの足を引っ張らないようにしないと……
エルが不安になっている矢先、 エルとシュラスの前に黒い狼の群れが現れた。
黒狼の群れである。
黒狼達は唸りながらエルとシュラスを威嚇する。
エルは急いで杖を取り出し、 構えるとシュラスが止めた。
「待て……戦う必要は無い……」
「えっ、 どういう事ですか? 」
するとシュラスは群れの近くまで歩み寄った。
黒狼達は相変わらず威嚇はしていたが襲って来る気配は無かった。
どうして……襲ってこないの……?
そしてシュラスが一匹の黒狼の前に来るとその黒狼の頭に手を当てた。
「……さぁ、 行け」
『……ウォォォォォォ! 』
シュラスが黒狼に語り掛けると黒狼は遠吠えを上げ、 その場から立ち去っていった。
何が……起きたの……?
「シュラスさん、 今のは……」
「見ての通りだ……契約をしただけだ……」
「契約って……あんなの見た事ありませんよ! 」
先程シュラスがやったのは魔獣契約という魔法である。
エルが驚いている理由は普通、 魔獣契約というのはその対象の魔物を一度瀕死状態にし、 己が一番強いということを証明しなればならないのだ。
それをシュラスは戦うことなく、 ただ手を当てただけで契約を成立させてしまったのだ。
「奴らは知能こそ高くは無いが阿保ではない……群れを成しても無駄だと悟れば抵抗はせん……」
「だとしても……どうして契約を? 」
「……罪無き命を無理に奪う程俺は残酷ではない……戦うべきか……殺すべきか……それを判断し、 いかに最善の方法で解決するかが重要なのではないかと……俺は思っている……」
「シュラスさん……」
この人は……冒険者でありながら、 魔物達に慈悲の心を持っている……そんな人……いつぶりに見たんだろう……
この時、 エルはシュラスに対する尊敬の気持ちが強まった。
「さて……だがこれではお前の戦闘能力が分からないな……街に戻るにしてもまだ時間はある、 少し手合わせでもしようか」
「え……えぇっ! ! 」
「案ずるな……こちらから手は出さん……お前は俺に攻撃をすればいいだけだ」
「そ……それなら……」
伝説の冒険者とまともに戦うなんて考えたくもなかったから……助かったぁぁ……
そしてエルとシュラスは近くの開けた場所に移動した。
「さぁ、 何か好きな魔法で攻撃して見せろ」
「は、 はい! 」
そしてエルは杖を取り出し、 あの謎の言語で詠唱した。
次の瞬間、 エルの周囲に無数の氷の槍が出現し、 シュラスに目掛けて飛んで行った。
シュラスは片手でその槍を弾いた。
すると弾かれて地面に突き刺さった槍はしばらくすると爆発を起こした。
その爆発は冷たい空気を放ち、 辺り一面を一瞬にして凍らせてしまった。
「……ほう、 中々面白い力を使うな……」
冷気によって発生した白い霧の中からシュラスが出てきた。
「嘘……あの冷気は範囲内の生き物を一瞬で凍死させてしまう程の温度なのに……! 」
「温度程度では俺はどうにもならん……さぁ、 もっと撃ってみろ」
「は……はい……! 」
すると次にエルは先程とは違う言語を発し、 杖を地面に突き立てた。
次の瞬間、 エルを中心に渦を作るように巨大な炎の壁が発生した。
その壁は崩れるように辺りに広がり、 シュラスを巻き込んだ。
しかしシュラスの周囲に壁があるかのように炎の波が避けて行った。
「……凄まじいエネルギー密度だな……まず防げるような威力ではないな……」
そう言うとシュラスは片手を前に出し、 指を鳴らした。
すると炎は一気にシュラスの鳴らした指の方に収束し、 小さな火の玉になり、 そのまま消されてしまった。
「……嘘でしょ……」
「どうやらお前は氷と炎の力が使えるようだな……それも常人の域を超えた力だ……」
「も、 もういいんですか? 」
「あぁ、 今ので大体把握した」
そしてシュラスはエルの元へ歩み寄った。
「エル……お前は誰からその力の使い方を教えてもらい……その杖を手に入れた? 」
「え……それは……その……」
シュラスの質問にエルは言葉を詰まらせる。
……あの人には誰にも言うなって言われてたし……
エルの言う『あの人』というのは何者なのか……それを語られるのはまだ先となる。
「……答えたくないなら別に構わん……無理に聞く必要も無いからな……」
「そ……そうして頂けると……助かります……」
シュラスさんが優しい人で良かった……
「それよりも、 お前の戦闘能力は分かった……前線に出られる程の機動力は無いが、 複数人のパーティにいれば確実に主戦力になれる程の強さはある」
「そ……そんなに強いんですか私! ? 」
エルが驚愕するとシュラスはため息を着いた。
「……お前、 今まで人里から離れて暮らしていただろう? 」
「うっ……はい……実はそうなんです……///」
「何……恥ずる事は無い……これから学べばいい、 この世界の常識も俺が教えてやる……」
シュラスさん……どうしてここまで……
エルはシュラスの優しさに少し疑問に感じたが、 自身の事を詮索して来なかったのもあり、 深入りするのは止める事にした。
「さて……街に帰るとするか……ギルドに依頼の達成を報告しに行くぞ」
「え……でもまだ討伐が……」
「心配ない……もう奴らとは契約を交わした、 人を襲うことは無い……俺が言えばそれが証拠になる……らしい」
「さ……流石伝説の冒険者ですね……」
そしてエルとシュラスはカルスターラへ戻ることにした。
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カルスターラへ帰る途中、 森の中を歩いていると……
「おい……おめぇら冒険者だろ? 」
一人の男が二人の前に現れた。
「はぁ……だとすればどうする……」
「へへっ……分かってる癖によぉ! 」
すると二人の周囲にある茂みから何人もの男達が出てきた。
これって……山賊! ?
エルは初めて山賊に遭遇した。
「持ってる武器も金も全部置いていきな……そうすれば殺さないでおいてやるよ」
「シュ……シュラスさん……」
エルは怯えていたがシュラスは全くの冷静だった。
「……案ずるな……俺に任せろ……」
そう言うとシュラスは前に出た。
「……来るなら来るといい……俺はそれに応じるだけだ……」
「へっ、 殺っちまえ! ! 」
男が指示を出すと周りの山賊達は一斉にシュラスへ襲い掛かった。
すると次の瞬間、 シュラスの姿が突然消え、 指示を出した男のすぐ目の前に現れた。
それと同時に襲い掛かった山賊達は全員一度に倒れてしまった。
な……何をしたの! ? 全然分からなかった!
目の前の光景にエルも驚愕した。
「なっ! ? 」
「安心しろ……殺してはいない……」
「何なんだ……お前……! 」
男は怯えきった様子で言うとシュラスは答える。
「シュラス……そう言えば分かるだろう……」
「シュラスって……あの紅月の……! 」
「さて……どうする? 持っている武器や金を全て置いていけと言ったが……断ればどうするつもりだったのだ? 」
シュラスがそう言うと山賊の男は尻餅を付いた。
「……去れ」
「は……はい……」
そして山賊達はよろよろになりながらもその場を立ち去った。
「……さぁ……行くぞ」
「え、 あ……はい! 」
……さっきの手合わせ? の時と言い……今の山賊の撃退と言い……シュラスさん……明らかに常人の域を全て超えている……
「これが……紅月の夜……」
「どうした……置いていくぞ……」
「あ、 すみません! 」
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その後、 二人は無事街に着き、 ギルドへの報告を済ませた。
……本当にシュラスさんの証言だけで信用されちゃった……もうシュラスさんにできない事は無いんじゃ……
報告を済ませた二人は街の宿で夕食を取っていた。
「……」
「……」
会話が無い……
シュラスとの空気感に耐えられなくなったエルは自ら話し掛けた。
「あの……シュラスさん……」
「何だ……」
「あの山賊達……大丈夫なんですか……? 」
「……心配は無い……少なくとも彼らはもう山賊にはならないだろう……」
「え……」
どういうこと……?
「人が山賊になる理由のほとんどはまともな職に就けなかったからだ……そしてその職に就くにはある程度の大金が必要だ……金貨十枚程だろうな……」
「……えっ、 もしかして! ! 」
「お前の思っている通りだ……」
そう、 実はあの時、 シュラスは山賊を撃退する前に彼らの懐に金の入った袋を忍ばせておいたのだ。
「……でも……どうして……? 」
「簡単だ……彼らの目を見れば分かる……彼らには守るべき家族がいる……誰しも大切なモノは付き物……それを守る為に間違いを犯すのは不自然でも無かろう……」
家族……あの人達にも……
「大切なモノを守ろうとする意志に悪は無い……ただやり方を間違ってしまっただけの事……ならばそれを正せる力を持っている者がどうにかすればいい……それが偶然俺だったというだけだ……」
そう言ってシュラスは食事を済ませ、 席を立った。
「俺は少し散歩してくる……お前はゆっくり休め……」
「は、 はい……」
そしてシュラスは宿を後にした。
……シュラスさん……本当に優しい人なんだなぁ……普通皆が悪者扱いする人たちにも慈悲を与えるなんて……だからこそなのかもなぁ……シュラスさんが伝説の冒険者って呼ばれる理由は……
そんなことを思いながらエルは食事を続けた。
続く……