第1話【始まり】
とある異世界……《ヴェルゾア》……
この世界では魔法技術が発達していた。
世界は魔力というもので満たされており、全ての生命は魔力から成り立ち、 地球で言う酸素のような役目を果たしている。
当然そんな魔法の世界で暮らす人間達の中には常人を越える力を持つ者達が存在する。
彼らは主に冒険者と呼ばれる者達であり、 人類の脅威となる生物、 魔物を退治することを生業としている。
そして現在、 その冒険者の中で生きる伝説となっている冒険者がいた。
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世界最大の王都 カルスターラの冒険者ギルドにて……
「今日もお疲れさん! 」
「さぁ、 飲むぜぇ! 」
冒険者達は一仕事を終えて酒を飲んでいた。
その時、 ギルドに何者かが入ってきた。
全身にボロボロの黒いローブを纏い、 フードの中から白い髪をした男の顔……暗いフードの中から赤い瞳が怪しく光っている。
その男を見た瞬間、 周りの冒険者達は一気に静かになった。
「……」
男は受付に向かっていった。
男が受付とやり取りをしているとき、 冒険者達はヒソヒソと話している。
『なぁ……あれってあいつだよな……』
『間違いねぇ……』
『紅月の夜……シュラス……』
紅月の夜 シュラス、 それは世界中の冒険者達の中では生きる伝説として囁かれる最強の冒険者である。
彼はある時突然現れ、 僅か三日で最上位の冒険者に昇進した。
二つ名の由来は赤い月のような瞳が特徴的だからという安直なものではあるが覚えやすいためその名前に定着したという。
彼の使う魔法はどれも強力、 それに加え身体能力も一般の冒険者の数千倍……またはそれ以上と推測されている。 過去にもその力で一つの国を滅ぼす力を持つ龍を一撃で倒すという逸話を残している。
そんな強さを持っているのもあり、 シュラスは決してパーティを組まないことでも有名だ。
彼の性格上の問題もあるが何よりも誰も彼に話し掛けられないというのが大きい。
『おい……あれ見ろよ……首に掛けてる等級証……』
『あれが世界に一つしかない蒼龍石等級……』
冒険者には当然階級も設定されている。
階級は全てで六つに分かれている。
一番下が白石等級、 この等級は新人の冒険者に付けられる。
基本簡単な依頼しか受けることができない等級である。
その一つ上が青石等級、 この等級になるとソロ活動でも稼いで行けると言われている。
次に赤石等級、 琥珀等級、 黒曜等級とあり、 赤石まで行くと一人前の冒険者、 琥珀でベテラン冒険者、 黒曜になると最強クラスの冒険者として認識される。
そして六つ目がシュラスの等級、 蒼龍石等級である。
この等級はシュラスが現れたことで作り出された特別等級であり、 この等級を持つ冒険者は世界で探してもシュラスしかいない。
この等級を作り出された理由の一つはギルドがシュラスを確実に監視できるようにするためである。
シュラス程の強さを持つ冒険者は今までにいなかったため、 ギルドはそれを危険であると見なし、 識別がしやすいようにこの等級を作ったという。
「ではこれで依頼達成ですね! 報酬はこちらになります」
「あぁ……ではまた来る……」
シュラスは報酬の金を受け取り、 ギルドを後にしようと出口へ向かった。
すると酒に酔った冒険者の一人がシュラスを呼び止めた。
「おーいシュラス、 一緒に酒飲まねぇのか? 」
「おい馬鹿やめろ! 」
その声にシュラスは振り向くと言った。
「悪いがここの酒は嫌いなんだ……失礼する……」
そう言い残すとシュラスは去っていった。
…………
その頃……街の外にて……
「……やっと着いた……! これで夢の冒険者に……」
白の魔導士の服を着た赤髪の少女が街の前に来ていた。
絶対に最高の冒険者になってやるんだ!
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ギルドにて……
「なぁ受付嬢さんよぉ、 どうしても俺達と遊ぶ気にならないのかよぉ? 」
「はい、 無理です! 」
男性冒険者が受付の女性をナンパしていた。
「ほんっとにシュラス一図なんだなぁ……」
「はい! 」
そんなやりとりをしていると……
「あ……あの……」
「うん? 」
男性冒険者の後ろからあの白の魔導士少女が声を掛けた。
「冒険者になりたくて来たんですけど……どうすればいいんですか? 」
「なんだ、 新人か? 冒険者になりたいなら受付で言えば審査してもらえるぞ」
「あ、 ありがとうございます! 」
そしてその少女は受付で申請を出した。
冒険者になるには三つの審査がある。
一つ目は能力値測定、 これは専用の魔道具を使い受験者の魔力、 もしくは身体能力を測定する。
そのどちらかが規定値に達していないと冒険者にはなれないのだ。
二つ目は魔法審査、 これは一つ目の審査で魔導士特化の結果が出た者のみが受ける審査で魔法を用いた戦闘能力を審査する。
審査官と一対一で戦い、 制限時間内生き残るか勝利すれば合格である。
三つ目は戦闘術審査、 これは一つ目の審査で戦士特化の結果が出た者のみが受ける審査で肉体的戦闘能力を審査する。
これも基本ルールは二つ目とは変わらない。
「ではこの石板に手を乗せて下さい」
受付の女性に出された石板に少女は手を乗せた。
すると石板は輝き出し、 文字が浮かび上がった。
「では少しお待ちください」
受付の女性は石板を奥の部屋へ持っていった。
大丈夫……あれだけ鍛えられたんだから……魔力は申し分ないはず……
少女は不安を抱えながらも結果を待った。
しばらくして受付の女性が戻ってきた。
「お待たせしました、 結果は魔導士特化でしたのでこれから魔法審査を行います。 こちらへどうぞ」
「よかった……」
安心しながらも少女は次の審査会場へ向かった。
…………
「私が今回の審査官を務めるクレンだ! 」
「よ、 よろしくお願いします! 」
相手は女性審査官かぁ……ちょっと安心した……
「制限時間は三分、 その間にこのフィールドに残っているか私を倒せば貴様は晴れて冒険者の仲間入りだ! では早速始めるぞ! 」
「うえぇもう! ? 」
少女は慌てて腰に下げていたポシェットから大きな杖を出した。
先に赤い水晶玉と青い水晶玉が浮いており、 棒の部分は謎の金属と木を組み合わせたねじれたデザインになっている。
その杖を見たクレン審査官は驚いた様子で少女に言った。
「その杖……氷炎の龍杖か……! ? 」
「え……そうですけど……? 」
少女の反応を見て何か疑問を残した表情をしながらもクレン審査官は構えた。
すると少女は目を閉じ、 一瞬で何か謎の言語を発した。
次の瞬間、 少女の周りを囲うように青い炎の球が複数出現し、 クレン審査官に向かって複雑な折れ線を描きながら猛スピードで飛んで行った。
驚愕の余り反応に遅れたクレン審査官は炎の球に直撃し、 フィールドの外へ吹き飛ばされた。
「ぐっ……! 」
「あ……あれ……? 」
「そこまで! 」
あっという間に審査は終了してしまった。
…………
「お疲れさまでした。 これで審査は終了です」
そう言うと受付の女性は少女に白石の首飾りと一枚の紙を渡した。
「審査は合格でしたのでこの紙に名前をお願いします」
「はい! 」
これで私も冒険者……!
少女は紙に名前を書いた。
彼女の名は……
『エル・メルフィーラ』
「……はい! これで登録は完了です、 おめでとうございます! 」
私の冒険はここから始まるんだ!
エルはこれからの冒険に期待を抱きながらギルドを後にした。
…………
エルが去った後のギルドにて……
「……彼女はエルというのか……」
受付にクレン審査官が来た。
「クレンさん! またいつの間に……」
驚く受付の女性を置いてクレンはエルの第一審査の結果を見た。
「……この魔力量……そしてあの魔法……まさか彼女は……」
クレンは何かを察した。
「エルさんがどうかしたんですか? 」
よく分かっていない受付の女性は聞いた。
「……貴女は知る必要はない……知らないのが当たり前だからな……」
そう言いクレンは受付を後にした。
エルが何者なのか……それは後々語られることになる……
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その頃、 エルは街の観光をしていた。
「わぁ……」
都会はどこもキラキラしてるなぁ……今まで山奥に籠ってたからなぁ……
商店街を見て回っているとエルはある喫茶店に目が留まった。
「なんだろう……あの喫茶店やけに気になる……」
……不思議な感じ……何だか引き寄せられるような……
そしてエルは吸い込まれるように喫茶店の中へ入っていった。
店内には沢山の植物が飾られており、 開放感のある空間になっていた。
「いらっしゃいませ、 一名様でよろしいでしょうか? 」
エルの前に一人の女性店員が来た。
瞳がエメラルドのように緑色に輝いており、 黒く長い髪はヘアゴムで縛られている。
「え……えっと……はい、 一人です……」
「ではこちらの席へどうぞ」
そしてエルは店員に促されるままに席へ向かった。
その途中、 エルはふとある人物に目が行った。
……あの人……何だか雰囲気が違う……肌がピリピリするような……
しかしエルはあまり気にせず、 そのまま席に着いた。
「ご注文が決まりましたらお呼びください」
「は……はい……」
こういう都会のお店とか行った事が無いから凄い緊張する……
しばらく店内を見渡しているとさっきの店員が二人の男に絡まれていた。
「なぁ姉ちゃん、 これから俺達と遊ばねぇ? 」
「えっと……そのようなことはちょっと……店の事もありますし……」
「いいじゃんか! 仕事なんてよぉ」
うわぁ、 街の男の人って怖い……
しばらくすると絡まれていた店員の雰囲気が少し変わった。
「……いい加減に……」
……これは……風の魔力……巻き込まれる!
エルが何かを感じ、 身構えようとしたその時。
「やめろ……」
先程エルが気になった人物が男性の肩を掴んだ。
男はその人物の方を見た瞬間、 顔が青ざめた。
「お……お前……いや、 貴方は! 」
「シュラス様! ? どうしてここに! ! 」
エルが気になっていた人物はシュラスだったのだ。
「どうして……この店は俺の行き付けなんだ……面倒事を起こされると折角のコーヒーが不味くなる……」
シュラスは男二人の目を睨み付けながら言った。
「ひぃっ、 す、 すいやせん! 」
「失礼しました! 」
そう言うと男達は大人しく店を出て行った。
男達が店を出るとシュラスは店員の方を見た。
「……前も言っただろう……あまり怒るのはいけないと……」
「だってあいつらしつこいから……」
「にしても店を吹き飛ばす魔法を使おうとするのはやり過ぎだと思わないのか? 」
「……ごめんなさい……」
店員はふてくされた態度で謝った。
シュラスって……確か紅月の夜って呼ばれている生きた伝説……!
エルもシュラスの噂は聞いていた。
「はぁ……まぁいい……気分も台無しになってしまったし、 今日はお暇させてもらうよ……」
そう言ってシュラスは店を出ようとした。
あ……行っちゃう……今ここで話し掛けなかったら……二度と会えないかも!
そう思ったエルはシュラスの後を追った。
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しばらくエルはシュラスの後を追っていた。
「はぁ……はぁ……何で……! ? 」
……追い付けない! シュラスさんは歩いてるのに!
いくら走ってもエルとシュラスの距離が縮まらないのだ。
するとシュラスは路地裏の方へ入っていった。
「あっ! 」
エルもシュラスが入った路地裏へ入った。
次の瞬間、 エルの目の前に刃が突き付けられた。
「うわぁっ! ! 」
エルは思わず尻餅をついた。
エルに刃を突き付けたのはシュラスだった。
「……さっきからしつこく追ってきてると思ったら……何だ、 暗殺者ではなかったのか……」
シュラスはエルを暗殺者だと思って警戒していたのだ。
……あの剣……物凄い力を持ってる……あんなので斬られたら……
シュラスの剣を見たエルは背筋が凍った。
するとシュラスは剣をしまい、 エルに手を差し伸べた。
「驚かせた事は謝罪する……済まない」
「い……いえ……こちらこそ急に……」
エルはシュラスの手を握った。
……ッ! ? 伝わってくる……魔力とは違う……凄まじい力! !
「……この人なら……」
「ん……どうした……? 」
そしてエルはシュラスに言った。
「お願いします……私に貴方とパーティを組ませてください! 」
……何言ってるの私! ? いきなりこんなお願い、 失礼にも程が……!
「……構わん……付いて行きたいのなら勝手にするといい……」
「え……あ、 ありがとうございます……」
シュラスはあっさりと承諾してくれたのだ。
こんな簡単に……どこの誰かも知らない私を……
エルはますますシュラスに対する疑問が増えた。
するとシュラスは歩き出した。
「行くぞ……」
「は……はい! 」
こうして謎の魔法使い、 エルは生きる伝説の冒険者シュラスと出会った。
続く……