第9話【面倒事】(後編)
前回からの続き……
「……やります……! 」
ルーミはシュラスのように武術の構えを取る。
「はっ……たかが獣人族の子娘が……百人掛かろうと俺には勝てんぞ! 」
そう言いながらヌーガはルーミに向かって大斧を振りかざす。
ルーミはシュラスの教えたように脱力を意識し、 振り下ろされた大斧を手で滑るように受け流そうとした。
しかし……
「……っ……ぐぁぁ! 」
ルーミの手のひらは斧の刃で皮膚を削がれてしまった。
大斧は辛うじて軌道がずれ、 ルーミの体を避けた。
「ぬぅん! 」
ヌーガはそのままルーミの腹に蹴りを入れ、 突き飛ばした。
ルーミは壁に激突し、 倒れてしまった。
「ルーミちゃん! 」
「ハハハッ! 哀れな姿だな! 」
エルは急いでルーミの傷を治癒させた。
やっぱり無茶だ……ルーミちゃんはシュラスさんみたいに強くない……あんな大男に勝てるはずが無い……
「シュラスさん……ここは私が……」
「駄目だ……」
「どうして! ルーミちゃんには勝てません! 」
エルがそう言うとシュラスはルーミの側に歩み寄った。
「ルーミ……どうした、 お前の力はそんなものではないだろう……剣狩りを名乗っていたお前はどうした……? 」
「……シュラスさん……ごめんなさい……私……やっぱりシュラスさんみたいにはなれません……」
するとシュラスはため息をついた。
「……いつ俺がお前を俺のようにしたいと言った……俺は基本を教えただけだ、 後はお前がどうしたいか……それだけだ……」
「……! 」
「ルーミ……お前は今何をしたくて……何になりたい……」
シュラスがそう言うとルーミは立ち上がった。
「私は……悪い奴らを倒して……悲しむ人達を救いたい! 」
「お前は何者だ……」
「私は……剣狩りだ! 」
そしてルーミはヌーガの前に立った。
「ほう……まだやる気か……」
「お前を倒して……奴隷にされた人達を開放する! 」
「それでどうする……俺以外にも奴隷を売り払っている奴らなんていくらでもいる……」
「それでも……今目の前で行われている悪事を見逃す理由にはならない! 」
そう言うとルーミは短剣を構え、 高速移動した。
次の瞬間、 ルーミはヌーガの背後に回り込み、 短剣でヌーガの首を斬りつけた。
しかしヌーガは大斧で短剣を防いだ。
そしてヌーガはもう片方の大斧でルーミを攻撃した。
ルーミは大斧の側面を走るように避け、 距離を取った。
「ルーミちゃん! 」
「手を出すなよ……エル」
「でも! 」
「これはルーミの始めた事だ……そしてルーミは自身の行いにケリをつけようとしている……彼女の意志を邪魔する権限は俺達には無い……」
だからって黙って見ているなんて……
エルは心配しているがシュラスは一片たりとも心配する様子は無かった。
「……」
「ハハッ……まるで手ごたえを感じないな……羽虫が当たってるかのような攻撃だ」
「虫は虫でも……毒針を持った虫だ! 」
そう言うとルーミは腰に付けていたポシェットから何本もの針を取り出し、 ヌーガの顔面の方へ飛ばした。
ヌーガは手のひらで針を受け止めた。
「こんなのが俺に効くとでも? 」
「それはどうかな……」
「何……? っ! ? 」
次の瞬間、 ヌーガは力が抜けるように跪いた。
今のはただの針じゃない……毒針! ? でもどうして効いてるの? ヌーガは身体強化の魔法で毒にも耐性があるはず……
「……龍殺しの毒か……その効果は竜の体でさえも動けなくさせる程の強力な麻痺性を持っている……」
「龍殺しの毒って……それって貴重な素材からしか作れないはずじゃ……」
龍殺しの毒はこの世界では調合が難しく、 素材も危険な地域でしか取れない貴重な物ばかりを使っている。
ルーミのような一般人の手に渡ることはまず無い代物である。
「私は錬金術が得意でね……特に薬物を生成するのは得意中の得意分野なの! 」
「錬金術だと……この獣人族の子娘如きが……! ? 」
錬金術、 それはこの世界においては大変高度な技術とされている。
錬金術師の間では小さな傷を治すポーションを作る事さえできれば一人前と言われるほどなのである。
「薬は貴重だからあまり使いたくは無かったんだけど……お前になら惜しまない! 」
そう言うとルーミは再びポシェットに手を突っ込み、 今度は謎の瓶を取り出した。
ルーミはその瓶をヌーガの顔面に投げつけた。
「な……何だ……これ……目が……! 」
ヌーガの顔面に当たった瓶は割れ、 中から赤い粉のような物がまき散らされた。
「今度は何の毒! ? 」
「いや、 ただの香辛料……たまにごはんに振りかけてるやつ……」
あ……ただの香辛料……
次の瞬間、 ルーミは壁を蹴りながら高速移動を始めた。
ヌーガは毒で体が思うように動けずにいるが辛うじて立ち上がり、 大斧を構えた。
「ぬぅ……虫のようにちょこまかと……」
「ルーミちゃん……さっきと動きが何だか違う……」
ルーミの動きは先程男達を倒した時とは違っていた。
壁を蹴りながら空間を高速で動き回るといった動きは変わっていなかったが、 それに加えてまるで風のように複雑な軌道を描きながらヌーガの周りを駆け回っているのだ。
ヌーガは必死に大斧を振り回すもルーミは大斧を空気のように通り抜ける。
「これが私流の武術! 」
「何が武術だ! 」
するとヌーガは痺れを切らし、 全力で大斧を地面に叩きつけた。
次の瞬間、 辺りに衝撃波が発生し、 床や壁、 天井にまでひびが入った。
その衝撃波にルーミは吹き飛ばされるも何とか体制を立て直す。
「まだこんな力が……」
「舐めるなよ雌猫が! 」
そう言ってヌーガは魔法で更に身体能力を底上げし、 両手の大斧を思いきりルーミに向かって投げ飛ばした。
大斧は回転しながらルーミの方へ飛んでくる。
「……脱力……」
そう呟きながらルーミは短剣を構える。
そして……
「……」
ルーミは風のように大斧の間を高速で通り抜けた。
すると大斧は一瞬にしてバラバラに斬り刻まれてしまった。
今……何が! ?
「ほう……素手ではなく、 自分の使い慣れた短剣の技を合わせたか……」
「馬鹿なっ! あれは超硬度を持つ金属で作られているんだぞ! 」
「シュラスさんに教えてもらった技術に……硬さなんて関係ない! 」
そう言うとルーミは高く飛び上がり、 ヌーガの頭に向かって突っ込んだ。
ヌーガはパンチを繰り出すも毒が回っているせいで上手くスピードが出ない。
ルーミはその隙を見てヌーガの拳をひらりと避け、 ヌーガの頭にかかと落としを入れた。
「……何故だ……こんな子娘のどこから……こんな力が……」
その言葉を最後にヌーガは気絶し、 倒れた。
「はぁ……はぁ……や……った……」
着地した瞬間に疲れが来たのか、 ルーミもその場で倒れてしまった。
「ルーミちゃん! 」
「大丈夫だ、 ただの疲労だ……」
そう言いながらシュラスはヌーガの体を担ぎ上げた。
「こいつの始末はギルドに任せる……エル、 ルーミを負ぶって行けるか? 」
「は、 はい! 」
そして三人は捕まっていた奴隷たちを開放し、 地下水路を脱出した。
・
・
・
無事ギルドに到着した三人はヌーガを引き渡した。
「こ、 こいつは……近頃ここを根城にしていると噂されていた逆さ星の幹部……豪斬のヌーガじゃありませんか! 」
「ほう……こいつはそう呼ばれていたのか……」
「シュラスさん逆さ星を知らないんですか……」
逆さ星というのはこの世界に存在する裏組織の集まりを表す。
その数は五つと少ないが規模は一国の主要都市を滅ぼせる程の勢力を持っている。
ヌーガはその逆さ星の内で高い地位を持つ幹部の直属だったのだ。
「これを……アンタが? 」
「いや……そこの眠りこけてる獣人の娘だ……」
「この子が……いやはや……こんな華奢な子が……」
「……あとは任せる……行くぞエル……」
「あ、 はい! 」
そして三人はギルドを後にした。
…………
「……暗くなってしまったな……まさかこれ程時間が掛かるとは……出発は明日だな……」
「そうですね……」
……何だか一気に疲労感が……一番頑張ったのはルーミちゃんだけど……
「……シュラスさん……」
「何だ……」
「あの時、 どうして手を出そうとしなかったんですか? 」
宿を目指している途中、 エルはふと気になった。
「……ルーミなら勝てる……そう思ったから手を貸す必要は無いと判断しただけだ……」
「……」
「誰かに何かしらの術を教える時……俺はその者を俺のようにしたくて教えているのではない……強くなれる方向というのはそれぞれ違う……強くなれるかはその者の可能性次第……だから俺はルーミに基本しか教えなかった……そしてルーミは奴に勝てる可能性を十分に持っていた……」
「そう……ですか……」
やっぱりシュラスさんの言う事は難しくてよく分からないなぁ……
そんな話をしている内に三人は宿へ着いた。
・
・
・
翌朝……
「……うぅん……」
ルーミは宿の部屋で目を覚ました。
「あ、 ルーミちゃん! おはよう」
「私……あの時……! 」
ルーミが状況を把握した時、 シュラスが部屋に入ってきた。
「起きたか……さっさと出発するぞ、 予定より一日遅れているんだ……」
それだけ言うとシュラスは宿のホールに向かっていった。
やっぱりシュラスさんは相変わらずだなぁ……
エルがそんな風に考えているとルーミはエルに頭を下げた。
「ごめんなさい! 今回は私のせいで二人を巻き込んでしまって……」
「ルーミちゃん……」
ルーミちゃんはルーミちゃんなりに責任を感じていたんだね……
「私は大丈夫だよ……旅は道連れって言うからね……それより……」
「シュラスさん……かぁ……」
そしてルーミは気まずそうにしながらも準備し、 シュラスの元へ向かった。
…………
エルとルーミが宿のホールへ向かうとシュラスが待っていた。
「来たか……さぁ、 行くぞ……」
そう言ってシュラスは二人を連れて外へ出ようとした。
「あの! シュラスさん! 」
ルーミは慌ててシュラスを呼び止めた。
するとシュラスは背を向けたまま立ち止まり、 ルーミに言った。
「……お前は自分のした事に自分で責任を取った……少し手を貸してやっただけの俺に謝る義務なんて無い……」
そう言うとシュラスはルーミの方を見た。
「お前は阿保だ……だが馬鹿ではない……目の前の悪事を見逃さないその正義感に間違いは無い……」
「シュラスさん……」
「……ほら、 分かったらさっさと行くぞ……」
『はい! 』
そして三人はクーラン・デルタ帝国に向けて出発した。
…………
その頃……
「……どうやらヌーガがやられたようだな……」
「そのようね……まさかあの馬鹿力を倒すなんてね……」
「やはりあのシュラスが? 」
「いや……どうやら獣人族の子娘が一人で倒したそうだ……」
「まさか……冗談だろう? 」
薄暗い謎の部屋でテーブルを囲う合計五人の男女達が話している。
「……まぁしばらくは泳がせてみるのも悪くないかもな……いずれ相手から仕掛けてくるだろうしな……」
「賛成……ヌーガがやられたくらいじゃ何の支障も無いしね」
「にしてもその獣人族の子娘……あのシュラスと絡んでいるそうじゃないか……」
「へぇ……ならヌーガがやられるのも納得ね」
「とりあえず今回はこれで解散だ……各自また何かあれば連絡を……」
そして五人の謎の人物達はその場を去った。
…………
「……逆さ星……か……後々関わる事になりそうだな……」
馬車の中でシュラスはそう呟いた……
続く……




