背中合わせの桜
校舎の裏山にある桜は今年も見事に咲いたけれど、例年なら密集して騒いでいるはずの生徒たちの姿は一人もなかった。桜の下で二人の生徒が愛で結ばれるという、急に広まった噂は生徒たちには刺激的だったようだ。うちは男子高校だから結ばれては困るけれど。
手元の絵に視線を落とした。二人が桜を挟んで背中合わせに座った構図だ。高校から生徒会に、感染症防止のため密集自粛の要請があって、俺が啓発用ポスターを描いたのだ。
でも、使われなかった。噂話で問題が消えたから。残念だねと副会長は言ったけれど。
副会長は小柄で、襟足まで伸ばした髪形と童顔のせいか、大人しい女子にも見えるくせに、先生方をも手玉にとる有能な陰謀家だ。
俺は絵を破ろうとした。けれど副会長が息を切らして駆け寄ってきて、捨てないで、と声を震わせる。そして焦った表情のまま、絵と同じように桜を挟んで反対側に座った。
「僕の下らない作戦で絵を捨てないでよ」
彼の言葉で噂の出所がわかってしまう。吹き出した俺に、緊張した小さな声が続いた。
「あの噂はもう一つ、僕の想いがあるんだ。おとぎ話が、本当になれば良いのにってさ」
言って彼は、背中合わせの俺に右手を伸ばした。思い返せば、彼が髪を伸ばし始めたのは、俺と一緒に生徒会に入ってからだった。
「夢なんて、噂で終わるしか、ないのかな」
彼の言葉に、俺は胸の鼓動を確認する。俺は左手を伸ばすと彼の右手をそっと包んだ。