ドラゴン、そしてディアボロス
次の日。町では傭兵ギルドと商人ギルドの争いは激化していた。居合わせていた商人を傭兵ギルドの人間が殴り飛ばしたのである。
騒ぎは乱闘にまで発展し、街の広場は小さな戦場と貸していた。しかしそこは歴戦の傭兵と商人。暴力で商人ギルド側が勝るはずはなく、ぼこぼこにやられている。
さて、例のごとく町の偵察を命じられていた業平は、日花と共にその騒動を眺めていた。
「……これ、大丈夫なんでしょうか」
「……さぁな」
治まる気配のない乱闘騒ぎ。しかし、
「おい、あれを見ろ!」
一人の傭兵の声が、皆の手を止めた。
巨大な影が、街の上を旋回する。
「あれは……ドラゴン!?」
大きな翼、頑健なウロコ、トカゲのような頭と尻尾。元の世界では伝説上の存在だった、ドラゴンの姿そのものだった。
「ドラゴンだ……!!」
「なぜ……あいつらは西の大陸にしか生息してないはずだろ!?」
騒ぎは別の波長へと一変した。逃げ惑う人々、傭兵ギルドも商人ギルドも関係なく、その場から退散していく。
そしてドラゴンは、翼を傾けて広場へと急降下。とてつもない風圧が、周囲の家々を半壊させる。
「……まずい、日花はルメアさんに知らせてくれ」
「はい……あの、業平さんは……」
「……戦ってみる。全耐性がどこまでやれるか試してみたい」
「……無茶は、しないでくださいね……」
「ああ……」
背を向けて走り出す日花。ドラゴンを睨む業平は、剣をぎゅっと握りしめて、相手の姿を観察する。
まごうことなきドラゴン。その体躯は並の家屋が3つ分、体色は緑、前腕の鋭い爪がぎらりと光る。
全耐性でも、この攻撃に耐えられるかどうか……以前ダンジョンで、限界を思い知ったのもある。
しかし、このドラゴンを放置しておくわけにもいかない。幸い戦う意思のある人たちが、ドラゴンの周りを取り囲んでいる。皆で戦えば、なんとかなるだろう。
そして一番槍を務めるべきは、ダメージを減殺できる業平であることは明白だった。
「……いくぞっ!!」
剣を振りかぶり、突進。勢いのまま得物で腹を切りつける。が、
「かてぇ……!」
頑健なウロコに阻まれ、傷一つつけることができない。
そして龍は、まるで羽虫でも払うかのようにその腕で、業平を弾き飛ばす。
「ぐっ……!?」
撃力によって壁までたたきつけられる業平。ダメージを与えられない攻撃だったが、まるきり無駄ではなかった。
竜が業平に気を取られていた隙に、魔術師たちが呪文を唱え終わる。氷、火、雷、風。あらゆる属性の魔法が、巨大な怪物に降りかかる。
「グァォン……!」
これはさしものドラゴンも、まったくのノーダメージとはいかなかったようだ。悲鳴をあげて、よろめく。
……この戦法ならいける。全耐性を持つ業平が囮になり、魔術師たちが大技でダメージを与えていく。これを繰り返せば……。
そう考えていた、矢先のことだった。
「グオォォォォォォ!!」
竜の口腔から放たれる火息。薙ぎ払うようにして周囲を焼き尽くすその火炎は、あっという間に辺りを火の海にした。
この火炎に、業平は耐えられた。しかし他の戦士たちは、身を焼かれ、あまりの熱量に逃げ惑っている。これでは魔法どころではない。
……このままでは、まずい。業平の頬に冷や汗が走る。
それから数時間、業平は竜に戦いを挑んでいた。幸い全耐性は機能している。じり貧ではあるが、ドラゴンをその場に食い止めることはできていた。
しかしドラゴンも、しぶといだけでさして脅威にならない相手に戦い続けるほど、気長ではない。羽ばたきを初め、その場から移動しようとしている。
「ま……待てっ!」
「ギガントサンダー」
中空まで達したドラゴンに、巨大な雷が一撃する。巨大な怪物は体勢を崩し、そのまま落下。地面に墜落する。
「……ルメアさん」
「苦戦しているみたいね?」
振り返った先には、剣を抱えた魔女のルメアが、こんな状況にもかかわらずにっこりして立っていた。
「……それは?」
「……魔剣ディアボロス。強力な力を持つ代わりに使用者にも多大なる負荷を与える、諸刃の剣」
「……それって、俺に、全耐性に、ぴったりの装備じゃ……」
「そういうこと。これで、戦ってきてくれる?」
「……任された」
剣を受け取り、再びドラゴンを睨む業平。握った剣はずしりと重い、しかしその重みが、確かに強力な武器だと確信させる。
「……せいっ!」
懐に入り込み、またも腹部に一撃。しかし今度はそのウロコごと竜の肉を切り裂き、血を噴出させる。
「ギォオオオ……」
悲鳴。しかし先の魔術師たちが与えたダメージの時とは、質の違う、悲痛さを感じさせる、確かな痛みにあえぐ声。
……いける。
業平は続けざまに攻撃。翼、頭、胸部。次々に切りつけ、ドラゴンにダメージを蓄積させていく。
しかしその中で、ドラゴンの逆鱗に触れたか。
「グアアアアアアアアアオオオオオオオオオオオ!!」
それまでとくらべものにならないほど、轟く咆哮。耳を聾する空気の振動に、業平は硬直。そしてドラゴンの口が眼前に迫る。
「バオオオオオオオオオオオ!」
巨大な火のブレス。先ほどの薙ぎ払いの時のようにではなく、目の前の敵一人に全身全霊を込めた、最強の火力。
……しかし、
「き、効くかよっ!」
業平は炎の中から抜け出し、ドラゴンの首に向けて魔剣ディアボロスを振り薙ぐ。
ブシャアアアアアアアアアアアッッ!!
ドラゴンの、セプタインの首は切断され、断面からとめどなく血があふれる。鮮血の雨をもろに浴びて、業平の身体は真っ赤に染まる。
「はぁ……はぁ……勝った……」
息を切らす業平。しかし、その身は火傷でぼろぼろだった。さしもの全耐性も、ドラゴンのブレスを直撃されては、ただではすまないものらしい。
「やったわね、業平ちゃん」
優しく声をかけるルメア。それにこたえようとする業平だったが、
「……あ……」
その場に崩れ去り、意識を失った。
「業平さんっ……業平さんっ……」
ベッドの上で目が覚めた。真新しい白いシーツの上で寝ている。正直向こうの世界で寝ていたボロボロのベッドより断然心地が良い。
目の前では、日田日花が業平の身体に伏せて、自分の名前を呼んでいる。
「……どうした、何かあったか」
包帯をぐるぐるにまかれた身体で、日花に話しかける。
「あ……業平さん……よかった……」
瞳のうるんでいる日花に、ちょっとめんくらった業平。その時、
「目を覚ましたぞっ!!」
大声に驚いて周囲を見渡すと、街の人々がぐるりとベッドを取り囲んでいる。それどころか病室いっぱい、窓の外にまで大挙していて、いったい何事かと業平は目を白黒させた。
「み、みんな、どうしたんだ……?」
「どうしたんだ、じゃないっすよ! 業平さんは、英雄っす!」
ベッドの脇に、ギルド案内のファルンが居た。英雄……?
「ドラゴンスレイヤー!」
「ディアボロスの使い手!」
「英雄の業平!」
喝采にも似た賛美の声が、海となって病室を包む。
「俺が……英雄……」
英雄。そんな言葉は自分とは程遠いものだと思っていた。生まれてこの方、人から称えられたことなどない。
しかしここでは、確かな賞賛と敬意が、自分の身に降り注いでいる。業平は、そのことがたまらなくうれしかった。
「あ……あはは……はは……ありがとう、みんな」
業平は笑いながら、一粒だけうれし涙を流した。