すれ違い
どこかの地下。薄暗い神殿のような空間に、一人の青年が立っていた。商人ギルドの長、マーロンである。
そしてその見据える先には、燭台の灯された祭壇と、漆黒の魔力が渦巻く炎のような存在がましましている。
「マーロン。復活の時は近い。生贄をもっと捧げよ」
この世のものとは思えぬ、ドス黒い声。
「はい。現在転生者を含め、十人ほどの用意があります。しかし……」
「なんだ、申してみよ」
「傭兵ギルドの連中といざこざがありまして、このままではあなたの復活の妨げになるかと……」
「わかった……、セプタインを差し向ける。貴様は儀式の準備を急げ。」
「はっ……仰せの通りに……」
業平がルメアの隠れ家に戻ると、三人は夕食の支度をしていた。幼子のピアまで手伝いをしている姿は甲斐甲斐しい。
「戻ってきた、目論見通りみたいだ。商人ギルドと傭兵ギルドの間でいさかいが起きている」
ルメアにまずは報告。
「あら、それはよかったわ? 傭兵ギルドの人たちは血の気が多いものねえ」
「……血が流れるかもしれないぞ」
「ふふ、そうかもしれないわね」
「……あんたの狙いはなんなんだ」
流血沙汰も厭わないルメアの姿勢に、若干の不信を覚える業平。
「まだ内緒。いずれ教えるわ。お金のほうはちゃんと渡すから、安心してね」
「……」
しかしルメアには助けてもらった恩がある。悪人だとしても単なる悪人だとは考えたくない。
「ルメア姉、お腹すいた~」
「あらあら、くいしんぼさんね。それじゃ夕飯にしましょうか」
猪肉の薬草包み焼き。ジビエ系の食事は業平も日花も初めての経験だったが、なかなかの美味だった。
「……ピアは家へ帰さなくて大丈夫なのか」
「……お家、帰りたくない」
「……」
「この子、女の子でしょう? 傭兵ギルドは男の人しか入れないから、両親から関心が薄くて、ほったらかし気味なの」
そこを漬け込んで利用しているってわけか。と、業平は言いかけたが、黙っていた。
「眠い……」
食事を終えた時にピアが目をこする。
「あらあら……じゃあ私、この子を寝かしつけてくるから、あとはお熱い二人で談笑でもしててね」
「あっ、いえ! 業平さんと私はそのような関係では……」
手をぶんぶん振って否定する日花。ほんのり顔が赤い。
「そんなんじゃない……」
「ふふっ、冗談よ。それじゃあおやすみなさい」
ぱちぱちと焚火のうなる前で、業平と日花の二人は膝を抱えてぼうっと過ごしていた。
「……」
「……」
しばらく沈黙が続く。
「……業平さん……私が入社したての頃、覚えてますか」
「……ん? いや……」
「……そうですよね……」
思い返すも、業平にはこれと思える関わりなどなかった気がする。何かしてしまったのだろうか。
「……」
「……」
会話が続かない。もともと口下手の業平と、基本的にあまり他人とコミュニケーションを取らない日花。こうなるのもむべからぬもの。
「……寝ようか」
「……そうしましょう」
火を消して立ち上がる二人。
「……覚えてて、欲しかったな……」
日花がぽつりとつぶやいた言葉を、業平が聞くことはなかった。