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決戦


「貴様か……雷の魔女、ルメア・ゴードヴィン」


 あの巨大な雷を浴びたにも関わらず、ダメージを追っていない魔神バーダ。ルメアを睨んで呟く。


「ええ……今度こそ、貴方を倒しに来たわ。封印ではなく、殺すために」



「どういうことだ……?」



「何も知らないようだな、転生者よ。このものは我を数百年前に封印した勇者たち一行、その一人。雷の魔女」


「……黙っていてごめんね、業平ちゃん。すべてはこいつを倒すためなの」


「……だいたい合点は行った。こいつを倒したら、話を聞かせてくれ」


 形勢は2対1。さっきよりはましになった。しかし目の前の強大な敵に、勝てる道が見つからない。



「ふふふ、さて、どうするつもりだ。昔のようにはいかないぞ」


「業平ちゃん、私が隙を作るわ。……その隙に、奴の右胸。あそこをなんとしても切り裂いて。昔奴につけた呪いの傷。それが残っているはず」


 そっとルメアが耳打ちする。


「わかった……。じゃあチャンスを作ったら、合図をくれ」


 業平は応じるとルメアとも距離を取り、ちょうど三人を頂点とした正三角形の位置取り。バーダの攻撃で、二人ともどもやられないようにするためだ。


「……業平ちゃんっ!」


 ルメアが合図を送る。瞬間、業平は駆けだし、バーダへと距離を詰める。幾度となく雷が、バーダへと降り注ぐ。


「ははは! 効かん、効かんぞ!」


「それじゃあ……これはどうかしら。フォール・ミョルニル!」


 轟音。すさまじい熱と電荷が、バーダの身へと落ちる。業平も一瞬、立ち止まってしまいそうになるほどの、巨大な雷。閃光で目がくらんだが、こんなものを直撃しては、さしもの魔神もひるみはするはずだ。


「……おらぁっ!!」


 沈黙するバーダの右胸めがけて、ディアボロスを突き立てる。手ごたえはある。やった。やれたはずだ。


「くっくっくっくっく……」


 しかし、仕留めたはずの相手から漏れ出たのは断末魔ではなく嘲笑。


「そんな……」


 今まで余裕のある振る舞いを見せていたルメアからも、初めて焦燥の混じった声を聞く。


「何のために復活に数百年費やしたと思っておるのだ。あの時の傷など、とうに癒えておるわ!」


 そして魔神は、その巨刀をブンと振り、衝撃波を発生させる。


「がっ……!?」


 半円状に発生した衝撃波は、ルメアと業平に直撃。二人は吹き飛ばされ、業平のぶつかった家屋は音を立てて崩れ去る。




「遅かったか……」


 バーダに対抗しようと、集まった面々。中にはスキル鑑定士の老人や、傭兵ギルドの長も居る。しかし彼らが目の当たりにしたのは、街の英雄である業平の無残な敗北だった。



「どうした、全耐性の転生者。これで終わりか」


 巨刀を携えた魔神バーダは、今しがた吹き飛ばした敵をさげすむように睨みながら吐き捨てる。あれほどの啖呵を切っておいて、この程度とは。


「が……ぁ……」


 薄れゆく業平の意識。脳が揺れるような感覚。崩れ去る全耐性(オールディフェンダー)の万能感。


 勝てない。勝てない勝てない勝てない勝てない勝てない。激しい思考の渦が、絶望を伴い業平の頭を席巻する。そして流れるのは、走馬灯。







 幼いころより、業平は他者に価値を見出されたことがなかった。

 頭がいいわけでもなく、運動ができるわけでもない。身体もそこまで丈夫ではなく、よく体調を崩していた。

 そんな業平は、いつも嘲笑の的であったことは言うまでもない。自分が失敗する度、衆目に恥を晒し、笑われ、蔑まれる。そんな業平を、誰も愛することはなかった。



「先生が知るわけないでしょう」


 ランドセルを隠されたことを訴えても、素知らぬ振りをする教師の冷たい言葉。


「おいグズ、そんなボールも取れないのかよ」


 学校の球技大会。フライを取りこぼした自分を謗るクラスメイト。


「出世なんてできるわけないだろ、お前みたいなゴミが」


 ようやく得た職場に入って早々言われた言葉。



 そんな自分に、全耐性(オールディフェンダー)と言うスキルがもたらされた。周りの人間はこれでもかというほど持ち上げ、実際にその力は強大だった。この力のおかげで、皆の役に立てた。


 しかし眼前の敵には一切それが通用しない。せっかく得た魔剣ディアボロスも、一太刀すら浴びせることができていない。



───さん。


「業平さんっ!!」


「……あ……」


 声によって呼び覚まされた業平の視界には、今にも泣きそうな日田日花の姿があった。


 なぜ。


 なぜこの女は自分についてきてくれたのだろう。何もできないくせに。気弱で真面目さだけが取り柄の無能の癖に。


 なんで俺にやさしくしてくれたんだろう。なんで俺のためにこんなにもつらそうな表情をしているんだろう。



「邪魔をするな小娘。それとも一緒に地獄に行きたいか。それならば───」


 剣を振りかぶるドラン。またあの衝撃波を放つつもりだ。




 ……ダメだ。



 ……日田日花(こいつ)だけは、守って見せる。




 グォンッ!!!



 ドランがその得物を振り下ろすと、すさまじいエネルギーの塊が、日花と業平に向かって驀進する。



 しかし───。



 シュパァァァァァンッ!!!



 業平達を包んだまばゆい光とともに、衝撃波はかき消された。


「何ッ!?」






「あれは……スキル変性……」


 スキル鑑定士の老人がつぶやく。


「スキル変性?」


 隣にいた、傭兵ギルドの長、フドウが問う。


「稀に起きるスキルの変容じゃ。スキルは転生者の在り方によって決まる。だからその在り方が変化したとき、スキルも共鳴して変化する……そしてあの力は……」



「誰かを守り、敵を打ち砕くための力……最強の剣と盾(オールマスター)……!」




「くく……はははははは、またもそのスキルと相まみえることとなるとはな。だが、あの時それを持っていた勇者でさえ、我に一人で勝つことはできなかったぞ」


「……やってみなくちゃ、わからんだろ」


 一瞬でバーダとの距離を詰める業平。直様、振った剣が閃く。


 ガキン!!!


 魔神の巨刀に防がれ、一撃は与えられない。だが、先ほどまでの余裕のある対処とちがって、魔神の巨刀と、鍔迫り合いまで持ち込むことはできている。



 ギリギリギリギリギリ…………!


 押し合うディアボロスと巨刀。力くらべはほぼ互角。膠着した状態が続く。



 (業平さん……)


 その様子を見届けている日花は、手を組んで、祈るように。


(あなたは私が入社したてで、がちがちに緊張していた時、声をかけてくださいました)



 ───大丈夫か。気分でも悪いのか。


 ───い、いえ、その……緊張してしまって……。


 ───ははは、大丈夫。ここの連中は、お前みたいな優秀な奴には甘々だよ。



(たった、たったそれだけ。ですが……どれほど、あの時の私にどれほど、勇気をくださったか)


(お願いです、神様。無能の私に、できることがあれば、あの方に、力を……)


 その時、日花の周りをほのかな光が包み、スキルが発現する。



「おい、あれを……! あいつはスキル無しじゃなかったのか?」


 それに気づいたフドウ。鑑定士も驚きの目で見ていたが、ひとつ思い当たる節があった。


「……彼女のスキルは"献身"……誰かのためでないと発揮できないスキルだから、鑑定の時、見落としていたのじゃ……」



「そして"献身"は、誰かのスキルを、とてつもなく強力なものにする……!}



"献身"のスキルにより、業平の力は飛躍的に上昇。魔神の巨刀を、押し込み始める。


「バカな……我が力負けするだと……」


「うおりゃぁぁぁあああああああああああっ!」


 裂帛の叫びと共に、業平は魔神の巨刀を弾き飛ばし、そして───




 一閃。




 魔神の胴体は、きれいに二つに分かたれ、その場に崩れ落ちた。




「……勝った……」


「やった! やったぞ……!」


 周りからあがる歓声。街の歴史上、類を見ない、魔神の討伐という快挙。




 しかし、





「ククク……愚衆どもよ、ただで我が死ぬと思うてか……」


「なっ……!!」


 身体を分かたれて尚、魔神が言葉を発することに戸惑いを隠せない業平。そして何より気になるのは、その思わせぶりな言葉の真意。



「これより我が魔力を爆発的に解放し、この身ともども、街を木っ端みじんにしてくれるわ!」



「……ッッ! みんな、逃げろ!!」


 叫ぶ業平。しかし遅い。一瞬で変化した状況に、街の皆の理解は追いついていない。



 多大なる魔力が、魔神の身体に凝集し、その身体が膨張を始める。今にも爆発しそうだ。


「はははははは! 貴様らゴミの命など、我が魔力の前では何の意味もないことを教えてくれるわ!」


「……そうはいかないわ。死にぞこないさん」


「え……」


 颯爽とその場に現れたのは、ルメアだった。あの衝撃波を直撃して、生きているとは……。



「ルメアさん……なにか策があるんですか……!?」



「以前のパーティから受け継いだ、禁断の魔術。命の結界。術者の命と引き換えに、魔力を完全に無力化する……」



「……ッ! そんなことをしては……」



「大丈夫よ。私は十分生きた。もう疲れたわ。……それより、ピアちゃんのこと、お願いね。あの子、寂しがり屋だから」



「ルメアさん……!」


 その場にとどまり、ルメアを引き留めようとする業平。


「……聞き分けの悪い子。風魔法はあまり得意じゃないけど、えいっ……」


 ぶわっ、と、強力な風圧が、業平の身体を吹き飛ばす。宙に浮いた業平が見たのは、こっちを見て微笑んでいるルメアの顔だった。



 ドガアアアアアアアアアアアアアアアンッ!!



 次の瞬間、魔神の身体が爆裂する。大きく広がる閃光に目がくらむ。あんなものが本当に発動したら、この街どころか……。






 シーン……。





 しかし、その暴威が、街を襲うことはなかった。ドーム状の結界が、爆発を防いでいたのである。もはや魔神の姿は跡形もない。が、雷の魔女ルメアの姿も、そこにはなかった。





「……」


「終わった……のか……」


「ああ! 今度こそ終わった! 勝ったんだ!!」


「さすがは英雄の業平様!」


 業平の気も知らないで、歓喜に沸く人々。本当の英雄は、別にいることを知らない。



 業平は複雑な表情を携えたまま、日田日花の元へ行き、肩を貸して立ち上がらせる。


「業平さんっ……」


 すると日花は、ぎゅっと業平の身体を抱きしめ、力強く離さない。


「ど、どうした……急に……!」


 業平も流石に顔を赤らめる。豊満な乳房が、これでもかと腕に密着する。


「よかった、無事で……!」


 瞳から大粒の涙を流し、業平の服を濡らす日花。しかしそんなことは気にならぬほど、その姿は愛らしい。

 業平は優しく、日花の頭をなでて、


「……お前の、おかげだよ」


「そ、そんな……私は何も……」


「……ありがとう」


 謝辞を述べると、業平は相手の体をぎゅっと抱きしめる。そんな二人の姿を、上り始めた陽が、かすかに照らすのだった。


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