魔神降臨
日は暮れて夜。祭りはいまも続いていた。
「……悪いことをしてしまったな」
業平は日花を置いて行ってしまったことを悔いていた。すっかりはぐれてしまい、何時間か姿を探している。
「お、おい、伊佐緒……」
「……ん?」
その名で呼ぶものに、良い奴はいない。振り返ると、ボロボロの布切れに身を包んだ、かつての同僚がすがるような眼で業平を見ていた。
「なんだ」
「か、金をくれないか、頼む」
かつて自分を散々痛めつけておいて、奴隷に身を落とせば金の無心。その腐った根性に、業平は心底腹が立った。
「知るか」
相手の腹を蹴りあげて、その場をさろうとしたその時、
「……社長……!」
「……あ?」
社長? こいつらが口にする社長といえば一人しかいない。元東城製薬社長、二条康……。
奴隷の視線の先を探ると、たしかにそれは居た。なぜか物々しい漆黒の外衣に身を包んで。
「なにやってんだ、あいつ」
「愚民どもよ、聞け!」
人の発したものとは思えない、おどろおどろしく、膨大な声量。あれが二条康なのか?
人々は声のしたほうを仰ぎ見る。
「これより魔神バーダ様が復活する! 貴様らは怯え、ふためき、血肉となって大地へと帰るのだ! ははははははははははは!」
「何いってるんだ、あいつ……」
奴隷に身を落としたことで、頭をおかしくしたのかと思った業平だったが、次の瞬間、
バキバキバキバキバキッ!!!
巨木が折れる様な音と共に、漆黒の魔力が二条康の身を包み、その身体を変形させていく。巨大な、鎧のような、二本角の鬼のような、怪物の姿に。
「うわああああああ!」
人々の悲鳴。どよめき。"二条だったもの"を中心に、逃れるように方々へと走って行く。
「……いったいなんだ、あいつ……!」
ディアボロスを手にかけ、怪物を睨む業平。
「我は魔神バーダ。この世を混沌へといざない、すべてを破滅させるもの」
「大層な名乗りだな……」
正直言って、業平はこのとき、魔神のことをそれほど脅威ととらえていなかった。何せドラゴンを倒したのだ、魔神の一人や二人ぐらい……。
しかし、
ブォンッッッ!!
魔神が、携えた巨刀で空を切る。すると、とてつもない威力の衝撃波が発生し、軌道上の建物をすべてなぎ倒す。
「マジかよ……」
思わず絶句する業平。しかし、自分を英雄と呼んでくれた街を、見捨てるわけにはいかない。
「はははははは! 逃げろ逃げろ! 愚かな人の子たちよ!」
魔神は建物から降りると、つぎつぎと先の衝撃波を発生させ、街を破壊していく。
「待て、やめろ!!」
魔神の目の前まで駆け寄り、訴える業平。
「……ほう、貴様か……全耐性の、転生者」
「これ以上は許さん……」
「ならば止めてみろ」
「言われなくてもっ……!」
懐に入り、魔神に斬りかかる業平。
ギィンッ!!!
「なっ……!?」
しかしディアボロスは、たやすく弾かれてしまう。あのドラゴンのセプタインさえ屠った、魔剣ディアボロスが。
ギィンッ!! ギィンッ!! ギィンッ!! ギィンッ!! ギィンッ!!
何度も攻撃を繰り返す業平。しかし、魔神の剣さばきは業平の遥か上を行き、一撃すら許さない。
「はっはっは、その程度か……?」
嘲笑を浴びせながら、魔神は業平を一蹴り。路面の上を無様に転がる。
「くっ……!」
歯を食いしばり、くやしさを露わにする。幸い今の蹴りは全耐性によって痛くはない。だがあの衝撃波の攻撃。あれをまともに食らえば……。
弧を描くように回り込み、距離を詰める業平。あの衝撃波の狙いを定めさせないようにするためである。
「……遅い」
目の前に黒い巨大な身体が飛び込んでくる。魔神バーダが一瞬で距離を詰めてきたのだ、幸い身体は反応して、巨刀による斬撃は防ぐ。
「ぐっ……!」
だが、手首が折れそうなほどの強烈な痛み。全耐性があってもこの衝撃とは。
後ずさり、よろめきながら魔神バーダと対峙する業平。打つ手がない。その時、
ズシャアアアアアアアアアアンッ!!
巨大な雷が魔神を撃つ。
「……ルメアさん……?」
雷の魔法。ここまで強大なものを使えるのは、一人しか思いつかない。姿を探すと、家屋の上に、とんがり帽子の魔女が立っていた。




