ハレと不穏
場面は変わり、マーロンの地下神殿。マーロンと魔神が話している。
「セプタインがやられました」
「ほう……ただの人間にか?」
「いえ、転生者です。全耐性のスキルを持っていて……」
「なるほど、只者ではないようだな……」
「はい、しかし……ご覧ください。混乱に乗じて、これだけの生贄を集めてまいりました」
マーロンの背後には、ずらっと縄にとらえられた人間たちが、呻きながら横たわっている。
「ははは……流石だな、マーロン。約定に従い、貴様を我の器と認めてやろう……」
「はっ……! ありがたき幸せ……」
「ま、待ってくれ!」
突如生贄たちの中から一人の声があがる。声の主は二条康。東城製薬の元社長である。
「……なんだ、そいつは」
「転生者ですよ。スキル無しなので奴隷として使っていましたが、そろそろ用済みかと」
「頼む! 俺はこのままで終わるわけにはいかないんだ、俺は社長で、偉大で、他の凡人どもに馬鹿にされたまま、終わるわけには……!」
「黙れ、お前は奴隷だぞ。偉大なる魔神バーダ様に口をきくな」
「ふふ……マーロンよ、そうは言うが……」
「……バーダ様?」
「魔力の資質だけは、そのものはお前を凌駕するようだぞ」
「……え? ま、待ってください、それはどういう……」
「我の器はそのものにする。マーロン、お前は用済みだ……」
「そんな……!! バーダ様! 私はいままであなたに尽くしてきました……」
「黙れ」
「ぎぃやあああああああああああ!!」
漆黒の炎がマーロンを包む。ただならぬ叫びの横で、二条康は呆然と立っていた。
「生贄の男よ、名は何という」
「え、えっと……二条康……」
「二条か。この世に復讐したいか。この世が憎いか」
「……はい……」
「では我の器となれ。この場にいる人間どもの命を捧げ、我が復活の糧とするのだ」
「……はい、バーダ様……!」
陶酔したように、バーダに魅入られる二条。その場にひざまずくと、生贄の人間たちから魂が吸い寄せられ、バーダへと吸収されていく。
「業平様っ! 業平様っ!」
業平の街での人気は、以前にも増して高いものになっていた。町を通るだけで、人人から呼び止められる。
「なにかあったか?」
「握手してください!!」
「ん、いいよ」
求められれば応じる業平の気質もあってか、握手やちょっとした手伝いの申し込みが後を絶たない。
「そういえば、明日お祭りをすること、ご存知でしょうか?」
「祭り?」
「はい、年に一度、豊穣を祈願するためのお祭りです!」
「ほぉ、そんなものが……」
祭り。元の世界では騒々しいのがあまり好きではなかったが、今の気分にはなぜか心地よい。
少し楽しみになってきた業平は、さっそくルメアたちの元へ帰ると、祭りへ行きたいと訴えた。
「祭り、ですか……私は構いませんが……」
日花は乗り気。しかし、
「……ピアはやだ。パパとママに会いたくない」
「……ピアから目を離すわけにはいかないし、私は残るわね、二人で楽しんできて?」
ルメアとピアは来ないらしい。少し残念だったが、そういうものかと諦めて、
「わかった、じゃあ日花と行ってくるよ」
翌日。町は業平の想像以上の賑わいを見せていた。いたるところに出店が立ち並び、人人の声が街の壁に木霊している。
「業平さん! うちの麵焼き、食べてみてくださいよ!」
「ん、いいのか……?」
呼び止めた人の善意に応じて、皿に盛られた謎の料理を食してみる。細い焼きそばのような感じだ。美味。
「うまっ……、日花も食べてみろ」
「え、あ、あの……いただきます……」
日花の顔はほんのり赤い。業平ははてと首をかしげるが、食器を共有することに恥じらいを持っているのに気づいていない。
「あ……おいしいです……」
「だろ? ちゃんと買って、昼ご飯に食べよう。おじさん、これ二つ下さい」
「毎度あり!」
街の高台。二人は景色を見下ろしながら、"麺焼き"を椅子にこしかけて食べていた。
「……なぁ」
ふと、業平が話しかける。
「なんですか?」
「日花は、元の世界に帰りたいと思うか」
「あ……すっかり忘れてました、元の世界のこと」
「だよな、いろいろあったし」
「……私はあまり、帰りたいとは……元の世界に戻っても、親戚もいませんし」
初耳だった。日花が天涯孤独の身だったとは。
「そっか、俺もだよ。こっちは居心地がいいし……何より……」
「何より?」
「……な、なんでもない」
"みんなが俺を認めてくれる"。承認欲求バリバリの事を口にするのが少し恥ずかしく、業平は誤魔化してしまった。
「……あ、あっちで何か面白そうなのやってるぞ! いってみよう!」
「ま、待ってください業平さん!」
食事を終えると照れ隠しに一目散に駆け出す業平。その後を息を切らしながら追う日花だったが、人込みに相手の姿を見失ってしまう。




