セレナの秘密
「あら、もうこんな時間。」
涙でデロデロになりながらヒシと抱き合い、号泣する喪女二人。ちょっとした地獄絵図である。
どれだけ語り、泣いていたのか。窓の外は暗くなっていた。確かカムリに寮に連れて来られたのが夕方四時くらいだったはず。という事は、数時間も泣いていたのか。同じような境遇が判明し、しかも現在の人格形成に多大なる影響を及ぼした長年のコンプレックスがピタリと一致し、ハイテンションのまま狂乱の号泣。いやはや、興奮状態怖い。
「ご飯食べに行きましょう。」
セレナの呟きで、ようやく離れるデロデロの喪女二人。なんだか久しぶりにこんなに泣いた気がする。顔のグチャグチャ具合とは裏腹に、気分はスッキリしている。それはセレナも同じようで、最初に見た陰気な雰囲気は多少晴れて明るくなったようだ。
この寮は基本的に独身の者や単身赴任の者が住んでいるらしく、食堂があり、寮母さんが朝昼晩と食事を作ってくれる。寮には30人くらいいるはずなので、その負担はいかばかりか、と思ったが、寮母は二人体制なので上手くまわっているらしい。
「ご飯がすっごく美味しくてね、二人とも優しくて綺麗な人なのよ。」
そう聞いて、30代から40代くらいの麗しき人妻を想像していたのだが…。
「君が新人さんだね!カムリ君から話は聞いてるよ。僕はルークス。よろしくね。」
20代半ばだろうか、艶のある漆黒の黒髪を無造作風にセットした美丈夫が厨房から微笑んで右手を差し出してきた。
「ヨロシクオネガイシマス。」
色白だけど、ガッシリした大きな手だ。腕の筋肉も、よく見れば胸の筋肉もガッツリ付いている。身長もランサーほどは大きくないけど、190近くあるんじゃないか。握手をすると蜂蜜色の瞳がとろけるように優しげに微笑んだ。華やかな顔がさらに大輪の花のように咲き誇る。
まあ要するに超イケメンだ。
寮母とは…?
セレナ、話が違わない?
「おい、あまり未婚の娘を誑かすなルークス。寮の事務や雑務を務めるクオンだ。以後宜しく頼む。」
こちらも20代半ばだろうか、銀色のサラサラの髪をセンターで分けたインテリっぽい美丈夫がルークスの隣に並ぶ。ルークスより一回り小柄のようだが、華奢ではなく、引き締まった体型だ。青い瞳は海のように煌めき、顔のパーツが整い過ぎて近寄りがたい雰囲気を出している。
まあ要するに超イケメンだ。
「クオン君酷い、誑かしてないよ!」
「あーハイハイ。」
そんな会話をしながら、食事を盛り付けてくれる。
おいセレナ。
寮母とは…?
というか、イケメン多いな?ガタイいいな?
戸惑う私を見て、セレナはプクク、と笑った。この子、こうなるって分かっててあんな事前情報渡したな。可愛い笑い方したって誤魔化されないぞ。
ジト目でセレナを見詰めるが、本人はいたずらが成功して機嫌が良さそうだ。あの陰気な雰囲気の子がここまでニコニコしてるなら、いいか。そう思うことにして、食堂の隅っこの席で二人向き合いながら料理を食べ始めた。
からかわれたのは不本意だが、料理は美味しかった。
食べながら、何故寮母さんがあんなにガタイもいいし、イケメンなのかを話のネタに冗談めかしてふってみたら、セレナは真面目に答え始めた。
何でも、宮廷魔術師団の寮母はそれなりの家から選ばれ、教養と体力、魔力、腕っぷしがないとなれないのだそうだ。
宮廷魔術師団は魔法のプロフェッショナル集団。故に、マイペースな人間も多い。また、強い魔力を持つ者は上流階級の家系に多い。マイペースなワガママ坊っちゃんを生活の面から躾け直すくらいのパワーのある人間でなければ、到底務まらないのだそうだ。
「へえ…。それであの二人、ガタイがいいのね。ルークスさんは筋肉ムチムチでデッカイし、クオンさんはスプリンターみたいだし。」
さしずめ、ルークスさんはパワー系で、クオンさんはスピード系だろうか。
「そう、タイプの違う美形二人が寄り添い支え合う姿…憎まれ口を叩きながらも、阿吽の呼吸…視線でやり取りする信頼関係…。二人並んでいると、体格差がはっきりして、それだけで美しい…。ご飯食べるたびに生きて行くエネルギーを視界からもチャージ出来るのよ…。しかも、あの二人寮母だから、一つ屋根の下に住んでいるのよね…。」
寮だから私達も同じ屋根の下だよ?とか、それはただの同僚としての信頼関係では?とか、色々ツッコミ所があったのだが、セレナは厨房の美丈夫二人をポケーっと見ている。多分これはツッコミをスルーされるヤツだ。
「私、変なのかな?綺麗な男性二人が仲良くしていると、ドキドキするのよね。間に入りたいとか、そういうのは全く無くて、ただ二人が仲良く寄り添っているのを見たいというか、目の保養ってものなのかしら。」
セレナ、多分それ違うよ…。
セレナはまだ気がついていないけど、それ、
腐女子とかBLってやつでは…?
こちらの世界にBLがあるかどうかは分からないけど、完璧に思考が腐っているよ…。
まあ、私も会社の仲良い後輩がガチ腐女子で、色々布教されたから、読み物としての一ジャンルとして楽しんではいた。恋愛物の一種として見ればなかなか面白いものもあったりして、然程抵抗感は無かったのだ。さすがにリアルで目の前にいる人でカップル妄想はしなかったが。
「…変、ではないよ。私の元いた世界でも、そういう人いたし。ただ、多数派では無いから、大っぴらに話さない方がいいかもね?」
傷付けないようやんわりと、でも真正腐女子にメタモルフォーゼさせないよう釘を刺しておく。まあ、後輩を見るに真正腐女子も幸せそうではあるのだが、貴族の令嬢がそれではマズいだろう。特にうっかり口を滑らせたりしたら、立場上大変な事になりそうだ。
「そうなのね、分かった気を付けるわ。」
セレナは素直に頷いた。大変よろしい。
恋愛経験が無くて、でも恋愛にトラウマがあるという拗れたこれまでの人生が、おかしな方向に恋愛の感受性を育んでしまったようだ。そう言えば、『恋愛に憧れはあるけど、周りの恋愛や本で楽しんでいる』と言っていたな…。
まさか“周りの恋愛”ってコレ?
セレナ、それはもう真正腐女子に片足突っ込んでるよ。
「まあ〜、こっちの人達、やたら見た目が良い人が多いもんねー。気持ちは分からんでもないわ。どうしてこんなに綺麗な人が多いの?」
話題を変えねば!と慌てて話を戻す。今のは口下手な私にしては良くやった!自然ないい流れだった!
「ああ、それはね、魔力に関係があるのよ。」
うまいこと話に乗ってくれたセレナにホッとしつつ、セレナの話を真面目に聞く。魔力に関する事なら真面目に聞かねば。私の今後のメシの種である。
何でも、魔力のある人間は美しい人が多い。何故なら、その魔力が全身に巡ることで身体が強化され、生命力は輝かんばかりに溢れ、生き物としてベストな魅力的な状態になる。謂わば常にエステ帰りのドーピング状態で、輝く生命のオーラまで駄々漏れなわけだ。
そんな人間を異性は放って置くわけもなく、より条件の良い人…見た目も地位も…と婚姻して子を成すということを繰り返していけばーー結果、美しく、社会的地位も高い者に魔力持ちは集中する。
そして、生まれ持った容貌に加え、魔力で磨きがかかり、輝く美貌が爆誕するという仕組みだ。
「なるほどねー。……あれ?」
納得しかけたが、一つ、引っ掛かった。
セレナは?
魔力が身体を強化して生命力を輝かんばかりに放つなら、何故セレナはこんな栄養失調のようなカサカサ・ボロボロなのか。肌は乾燥して粉を吹いているし、爪はガタガタの二枚爪、髪もパサパサの切れ毛だらけ。痩せっぽっちで小さくて、顔色も青白くって。到底身体が強化されているようには見えない。生物としてベストな魅力的な状態になるのなら、いくら妹が可愛かろうが婚約だって破棄されなかっただろうし。
私の疑問を感じ取ったらしく、セレナは困ったように笑った。
「私はね、別。魔力が自分の身体に巡りにくいらしいの。魔法を使ったり、ポーション作ったりっていう、外に出すのは出来るのよ?でも内側に巡らすのが駄目。たまにいるらしいのよね、こういう特異体質。」
私は愕然とした。
あんまりじゃないか。
セレナは数少ない回復魔法の使い手だという。その力で他人を回復させることは出来るのに、自分にはその恩恵が回って来ないなんて…。
その力があったなら、妹だけ可愛がられたり、婚約破棄されたり、容姿で馬鹿にされたりしなかっただろうに…。本当にこの子が何をしたと言うんだ。
「そんな顔しないで。」
セレナはやはり困ったように笑った。その笑顔に胸がギュっと痛くなる。
「確かに魔力があるのに美しくなれないけれど、それはもう仕方ないわ。それにね、魔力があったから、宮廷魔術師になれたし、おかげで綺麗な男性見放題よ?」
セレナは冗談めかして言う。
…ここは、乗っておいた方がいいのだろうか?正直、笑えない内容だが、当事者であるセレナが笑いに変えようとしているのだ。コミュ障には難しいが、一緒に笑い合うのが正解なのだろうか?
分からないが仕方ない、間違っていたら誠心誠意謝ろう。
「そうだね、私もう魔術師団の人達見てびっくりよ?団長さんでしょ、カムリでしょ、寮母のルークスさん、クオンさん、みんな綺麗。」
セレナの様子をうかがいながら話すが、ニコニコして「ね〜!」なんて言っている。これは女子トークを楽しんでいる顔ではないだろうか?良かった、この選択肢で合ってた。
それなら、とことん盛り上がろうじゃないの。ガールズトークって、一回してみたかったんだ。恋人が出来ては妹に盗られる、を繰り返して恋愛経験がろくなもんじゃなかったし、陰キャゆえ気軽に男の子の好みを話せるような友人もいなかった。美味しいご飯食べながらガールズトークとか、普通の女の子みたいだ。セレナだって楽しそう。
「あ、綺麗と言ったら、魔術師団の人じゃないけど、地下牢の番人のランサーも男前だったし、ラクティス長官はえげつないくらい綺麗だったなぁ。」
ラクティスは魔法に関する文官のトップだし、ランサーは元宮廷魔術師団だし、セレナも知っているだろうと話を振ったのだが…。
「ランサー様とラクティス様!?見たの?!」
セレナはカッと音がしそうなほど勢いよくこちらを見た。何だか様子がおかしいぞ。食い付きが半端ない。目をカッぴらいてズイッと上半身をこちらに乗り出して来ている。
「セレナ…?」
「会ったの!?」
駄目だ、目がマジだ。
「うん、会ったよ?ランサーは地下牢に入れられてた時に番人で、色々話してくれて…私に魔力があるって見抜いて宮廷魔術師になるようにアドバイスをくれた。ラクティス長官は、私の宮廷魔術師団入りの手続きをしてくれた。ランサーが地下牢に連れて来てくれて…」
「ランサー様がラクティス様を連れて来た!?」
「アッハイ。」
セレナの上半身はさらに乗り出され、私の肩に両手を食い込ませ、顔を至近距離から睨みつけるようになっている。
え、何か地雷踏んだ?
ガールズトークとか慣れないことを調子に乗ってやったら失敗したの?
つか、セレナ、人格変わってない?弱気で陰気な君は何処へ行った。肩痛い、力強っ!
私が戸惑い頭にクエスチョンマークを浮かべていると、急にセレナは上半身を戻し、椅子にグッタリともたれた。
「大丈夫セレ…」
「ランサー様とラクティス様の邂逅……尊い……。」
は?
「最も絵になる二人が並んでいるなんて…。麗しのインテリラクティス様とセクシーでワイルドなランサー様…身長差…体格差…この目で見れなくていい、見たら死ぬ。ただ一緒に居たという事実で生きて行ける…。」
セレナは夢見る瞳でブツクサ呟き始めた。視線は宙を彷徨っている。
あ、コレはアレだ。後輩のガチ腐女子ちゃんがたまになってたヤツ。
最推しカプ(脳内)の接触で頭が幸せになっているヤツだ…。
てか、腐女子って異世界でもリアクション一緒なんだな。
その後、セレナはしばらく使い物にならず、最推しカプ(脳内)について一人で語り始めた。そういう話は人目の無い所で、という私のアドバイスも萌の過剰摂取により聞こえていないようだったので、「部屋に戻ったら、地下牢での二人の会話を教えてあげる」とエサをぶら下げて自室まで回収したのだった…。