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ルームメイトにご挨拶

その後、何回かポーションを作ってみたのだが、作れども作れども結局出来たのは超強力攻撃特化ポーションのみだった。カムリはそのたびに瞳をキラキラさせていたけれど、このままだとゴリラ育成薬が出来上がりそうだったので、止めておいた。

やはり私には回復とか癒やしとか浄化は無理なのだろうか。昨日今日魔法に触れた身としては、別に特別こだわりがあるとかどうしても欲しい能力というわけではないが、“聖女様”ユナとの落差を考えると、心にモヤモヤが広がる。


モヤった気分のままではあるが、新人研修は進んで行く。簡単な魔法の原理やら呪文やらを習って、今日のところは終了となった。


そして私は今、カムリに連れられて宮廷魔術師団の詰め所の裏手にある建物に来ている。宿無し・金無し・土地勘なし・こちらの世界の常識無しの私に寮を紹介してくれるとのことだ。今日の寝床をどうしよう、また地下牢に泊めてもらおうか、ランサーにゴネればなんとかしてくれそうとか考えていたのだが、

「地下牢は宿泊施設ではないし…ていうか、牢屋はお願いして入る所ではないし、入りたい所でもないよね、普通。」

とカムリに凄く微妙な顔をさせてしまった。

かくして詰め所から徒歩5分という最高の立地にある寮に着いた。詰め所は学校のような建物だったが、こちらの寮はそれよりは小さい。日本のアパートよりは豪華で洋風な造りだ。ずっと実家暮らしだった私の脳内は、憧れの一人暮らしに浮かれていた。

実家で両親と妹のユナと暮らしていると、両親のあからさまな愛情の偏りを感じてしまい、正直苦痛だった。仕方の無いことかもしれないが、やはり愛くるしい見た目で甘え上手の妹に両親は弱かった。対比になる姉の私が可愛気の無い見た目と性格だったのが火に油を注いだのだろう、ユナが生まれてから両親は私とは成績のことでしか会話をしなくなった。就職を機に家とはおさらばして一人暮らしを、と思ったが、ユナの「お姉ちゃんがいないと寂しい」の一言で立ち消えてしまい、家に給料の大半を入れて同居となっていた。

その、諦めていた一人暮らしが出来るのだ。思わず頬が緩み、ニヤける。

「とりあえず、何日かは二人部屋で暮らして、生活の仕方っていうの?レイは異世界出身だし色々分かんないこと多いと思うから、同室の人に聞いて覚えてね。で、慣れたら一人部屋に移るって感じで。」

二人部屋か…。ルームシェアってやつですね。うわ、なんかリア充っぽいというか、陽キャっぽい。陰キャ・コミュ障気味の私には縁が無かった世界だわ。

どんな人だろう?

…あれ、でも宮廷魔術師団って女性いるのかな?さっきの詰め所には男性しかいなかったような。さすがに異世界と言えども男女同室はマズいのではないか。

「同室の人って女性?さっきの詰め所には女性はいなかったみたいだけど…。」

率直な疑問に、カムリはあはは、と笑いながら答える。

「大丈夫、女性だよ。今日は非番だったの。宮廷魔術師団には数は少ないけど、女性もちゃんといるから。……まあ少し個性的な人が多いかもしれないけど。同室になる人…名前はセレナって言うんだ、なんと伯爵家の令嬢だし、でも全然偉ぶらないし、魔法も上手なんだよ。」

良かった、女性か。まずはほっとする。

伯爵家のお嬢様とか元の世界では会ったこともない雲の上の人だけど、異世界出身てことで色々多目に見てもらおう。

どんなお嬢様だろうか?こっちの世界の人は色とりどりの髪や瞳の色をしている。ラクティス長官みたいにまばゆい美貌の麗人?ランサーみたいにセクシー系の男前?それともカムリみたいな仔犬のような可愛い系?おとぎ話のお姫様のような金髪碧眼だろうか。

安堵して気が楽になった途端に妄想が広がり、まだ見ぬ伯爵令嬢のルームメイトにニタニタしていると、カムリが一つの扉の前で立ち止まった。

「ここだよ。――セレナ、連れて来たよ。」

カムリが声をかけると、スッと扉が開いた。しかし扉に人影はない。

「セーレーナ!顔くらい見せなよ。最初が大事なんだから。」

カムリが部屋の中に向かって声をかけるが、やはり人影は無い。薄暗くよく見えない空間がそこにあるだけだ。

「もう!ほらセレナ!僕はもう行くから後は自分でやんなよ!」

カムリは暗がりに声をかけると、くるりと私に向き直った。

「ごめんね、悪いヤツじゃないんだ。人見知りなだけなんだよ。できれば僕も付いててあげたいけど、さすがに女性の部屋に長居するわけにいかないから…。」

申し訳なさそうな顔で言うと、カムリは「じゃあ、また明日。」

と暗がりの部屋の前から去って行った。


さて、どうしたものか。

明らかに歓迎はされてない気配がする。

でも、カムリの話や、声を掛けてすぐ開いたドア、敵意はなく、拒否する声は無いが、姿も見せないで暗がりに隠れる感じ…。とても覚えがある。


これは、何だか『同類』の気がする…。


いわゆるコミュ障とか陰キャとか言われるやつだ。というのも私自身が『そう』で、このルームメイトからはビシビシ同じニオイを感じる。

「悪いヤツじゃないけど人見知り」で、敵意も悪意も無いが知らない人を上手く歓迎出来なくて、それでも声をかけるとドアを開けるのだから拒絶はしていない。でもどう接すればいいか分からないから、姿を現せない。こうなったら部屋を暗くして隠れてしまえ、といったところか。

うん、陰キャだな。

正直私も陰キャだしコミュ障気味だし、これは『すぐに仲良くなりました!』とはならないだろうね…。

でも、気持ちはよぉっく分かるけど、全く会話をしないわけにはいかない。私のこれからの生活がかかっているのだ。


私は敢えて大股で暗がりの部屋に踏み込んだ。


「はじめまして。私は月野レイと申します。今日から宮廷魔術師団に配属されました。セレナさん、ですよね?同室期間は短い間になると思いますが、よろしくお願いします。」

思い切って大きめの声で自己紹介をしてみたが。

無音。


おお、無反応か。

部屋の中はだいぶ暗く、目がまだ慣れない。動くなり声を出してくれないとルームメイトがどこにいるかも分からない。というか、本当に居るんだよね?扉が開いたから踏み込んでデカイ声で自己紹介したけど。

「あの…セレナさん、いらっしゃいますよね?出来ればお話ししていただくか、私に姿を見せていただけませんか?」

目は少しずつ慣れてきたが、人の姿は見えない。でも、少し物音がした。身じろぎするような、息を詰めたようなほんの少しの音。

…これは…迷っている?

姿を現そうか、このまま黙ろうか、今迷っているのではないか?

だって、新人をシカトなんて、普通の人間なら良心の呵責に耐えられないだろう。人見知りでコミュニケーションが苦手とは言ったって、会話くらいしなきゃいけないのは、本人がよく分かっているはずなのだから。

「私、昨日こっちの世界に飛ばされて来たばっかりで…。どうしたらいいか…本当に右も左も分からないんです。私が嫌なら、この部屋を出ていきますから…地下牢の寝台でも借りますから、せめてお話でけでもさせてもらえませんか?」

ここぞとばかりに攻勢を強める。この好機を逃してなるものか。良心にダイレクトアタックである。

まだ見ぬ相手は沈黙をしている…が、息を飲んだ音と、衣擦れの音がした。

そして、部屋の奥の方から何かが動いて近寄って来る。暗闇で目を凝らして見ると、それは人の形をしていた。


「…セレナです。」

酷く簡単な自己紹介だが、一先ず姿を現してもらうのと、会話に成功した。

「月野レイです。よろしくお願いします。」

深々と頭を下げ、二度目の自己紹介をした。


目の前まで出てきてくれたセレナは、何だか黒い塊のようなビジュアルをしていた。

まず、魔法使いのローブ。真っ黒で、頭からフードを被り、裾は床まである。カムリや師団長やほかの宮廷魔術師団の人たちもローブは羽織っていたが、こんなローブに着られているような感じでは無かったし、色も黒では無かった。

俯いているし、暗いのでよくは見えないが、暗い色の長くて分厚い前髪で目もとが隠れている。

そして大きくて丸い眼鏡。

身長は私より頭一つくらい小さいだろうか。

そしてローブから覗く痩せっぽっちの手。

貴族様の令嬢だと聞いていたが、何だか随分モッサリしているし、お手入れが行き届いていない感じが満載である。

部屋が暗いのを差し引いても、陰気なのは否めない。まあ私も陰キャなので人のことは言えない。社会人になって、嫌でも人と話すようになって多少マシになった程度だ。

「…暗いの、お好きなんですか?」

でもこの暗闇はいただけない。何も見えない。生活に支障が出る。

「ごめんなさい…。」

セレナは蚊の鳴くような声で呟くと、右手を部屋の奥の方に向け、「オープン」と呪文を唱えると魔法でカーテンを開けた。手で開けずに魔法を使うあたり、『魔法が上手』というカムリの言葉は真実らしい。

明るくなった部屋は、アンティーク家具が配置され、華美ではないが上質と分かる物ばかりの、持ち主の趣味が透けて見えるような上品さだ。流石は貴族令嬢と言ったところか。整理整頓も清掃も行き届いている。ルームシェアするにしても広めで、隣に小さなキッチンと、扉が2つあるということはバス・トイレ付きだろうか。


明るい部屋で見るセレナは、やはり黒い塊だった。

ローブは黒、頭のてっぺんから目深にフードを被っており、顔を隠そうという意思を感じる。

ローブで隠した上に、鳶色の荒れてゴワついた前髪もモッサリ厚くて長めで、目もとを覆っている。

さらに大きな丸い眼鏡である。どれだけ顔を隠したいのだろう。

顔色は青白く、唇はひび割れて皮がむけている。

ローブから覗いている痩せっぽっちの手も乾燥してカサカサ、爪もガタガタだ。

貴族、しかも伯爵令嬢なのに、このメンテナンスのされてなさは一体何だろう?調度品から見るに、教育もお金も行き届いていそうなのに。寮暮らしで使用人がいないからお手入れできないとか?でも非番もあるし、実家に帰ったりもするだろう。それにお嬢様がこの状態で伯爵家に帰ったら、ご両親が悲鳴をあげそうだ。

「…お茶を、入れます…。座ってて下さい。」

私がジロジロ見すぎたからだろうか、セレナは気まずそうに私に背を向けると部屋のキッチンに向かった。

フカフカのソファーに沈み込んでいると、セレナが茶器をお盆にのせて持って来た。随分早いな、と思ったが、恐らく魔法を使ったのだろう。

ジロジロ見てまた警戒されても嫌なので、お盆の上に視線を滑らす。お盆にはティーセット、焼き菓子が乗っていたのだが、それがハッとする程可愛らしいデザインだった。

白地にピンクの花柄のティーセット。さり気なく入ったゴールドの装飾が華奢で美しい。

焼き菓子はクッキーとケーキだろうが、ジャムやアイシングがされており、カラフルでキラキラだ。ウサギや花の形をしていて、食べるのが勿体ない。

「うわ、可愛い!」

私は思わず口にした。が、セレナは気まずそうに視線を逸した。


「…私がこんな可愛い物を持っているなんて変ですよね。気持ち悪いですよね、すみません…。」


…それはネタだろうか?自虐的ネタで会話をつなごうという、持ちネタだろうか?

だが案ずるな、可愛くないという自虐ネタなら私にも豊富にある。つい昨日可愛くないばっかりに婚約破棄されたばっかりだ。

「変だとは思わないですよ。私だって可愛い物が大好きです。似合わないから大っぴらに出来ないけど。」

可愛いのが好きなのは事実だ。

そしてそれが似合わないのも事実だ。170センチ骨太のキツい顔の女が、可愛い服は着れない。ぬいぐるみは抱けない。リボンもフリルもお花もピンクも無縁の人生。

「だから、小物はピンク色の物を持ってみたり、下着やパジャマを可愛くしてみたりとかして楽しんでました。はは、パジャマとかもしバレたら恥ずかしいですけど。」

小さい頃は、可愛い物が大好きで、身につけては親に「似合わない」と言われていた。そのたびに悲しくて悔しかったけれど、成長して自分を客観視出来るようになるにつれ、仕方ないと折り合いをつけるようになった。実際に可愛い物が似合わない。可愛い物が似合わないという事は、可愛くないのだ。可愛くない人間はそれなりに生きて行かねばならないのだ。

「可愛い物が好きっていうのは普通です。似合うとか、似合わないとかはまた別だし、華奢なあなたで気持ち悪いならデカくてゴツい私はどうなるんですか。」

最後は自虐も含めて笑い話にしてみた。これで少しは笑ってくれるだろうか。

ヘラり、と笑い掛けながらセレナを正面から見る。


「……。」


セレナは真っ赤な顔をして、目を大きく開いてこちらをじっと見ていた。心なしか瞳が潤んで震えているようにも見える。

…あれ、マズい事言った?泣きそう?え?え?どうしよう?

可愛い物の話は地雷だった?

うわー、どうしよう!コミュニケーション能力の無さがここでも発揮されるとか!

でも何て言えばいいか分からない!空気なんて読めないし臨機応変なフォローとか出てこないよ…。


「…ありがとう。嬉しい。」

ポロリ、と涙を一筋零しながらセレナは小さな声で囁いた。

「そうよね、似合わなくたって好きでいてもいいのよね。」

顔には出ないがMAX焦っていた私をよそに、セレナは少し笑った。

何だか胸がキュッとなる笑顔だ。いや、マズい事言った訳ではなくてホッとしただけかもしれないけど。


そこからセレナはポツポツ自分の事を話してくれた。

可愛い物が好きなこと。

でも地味だ可愛くないと言われ続けて、可愛い物が似合わないと思うようになったこと。

そして、とびきり可愛い美少女の妹がいること。

婚約者がいたが、その婚約者は妹に取られてしまったこと。

婚約者や妹を責める者はおらず、むしろ祝福され、親さえ可愛い妹の方が選ばれて当然という事を言ったこと。


「妹はね、本当に可愛いの。天使なんじゃないかっていうくらい。だから、妹が私の婚約者を好きになった時、みんな妹の為に諦めろって言ってきたわ。妹が可哀想、婚約者を解放してやれって。私が悪いことになっていたのね。元々家同士の利益のための婚約だったけど、さすがに姉妹のすげ替えは外聞が悪いはずなのに。」

それ以来、セレナは婚約をしていない。適齢期を過ぎても、セレナには結婚の話は浮かんで来なかった。貴族令嬢として避けられぬはずの婚姻。婚約破棄の汚名と、妹が負うべき悪評がセレナに被さって来たのだ。

「仕方ないのかな、って思ったの。だって私は妹みたいに美人じゃない。可愛くない。美しくない者に世間は厳しいわ。だから、諦めるしかないんだろうな、と。」


幸い、セレナは魔法が得意だった。それも、使い手が非常に少ない貴重な回復魔法だ。貴族令嬢にとって人生の最大の山場である“結婚”が望めない今、これを活かすしかないと思った。

伯爵家の令嬢が宮廷魔術師団に。その噂は宮廷や貴族、騎士団、軍まで駆け巡ったが、セレナの容姿を見ると皆、拍子抜けしたようにおとなしくなった。「貴族令嬢が宮廷魔術師になるっていうから、どんなお嬢様かとか親は何を考えてんだとか思ったけど、なーんだ、アレならしょうがないよな」と、本人が近くにいるのに放言する輩までいたらしい。

悔しくないかと言えば嘘になるが、セレナはその頃にはもう色々諦めていた。悔しいなどと思う暇があるのなら、その分魔法の上達を。どうせ結婚もしないなら、容姿に構っていられない。もとから地味で美しくないのだ、今更取り繕う必要が無くなるのは好都合だ。

恋愛に憧れが無かったわけではないが、それは本を読んだり、周りの惚れた腫れたを観察して楽しむことにした。


「…こんな話、つまらないでしょう?私みたいな陰気な女の身の上話なんて…」

「いや、超ワカル。」


私は即答した。

わかりみなんてもんじゃない。

可愛い物が大好きだけど、似合わないと言われ続けて“可愛い”を諦めたことも、対照的な程可愛い妹がいることも、親の妹贔屓も、婚約者を取られたことも、何から何までピッタリ一緒だ。

違うと言えば、セレナは自信の無さから弱気に、私はどうせモテないとガサツになってしまったことくらいか。仕上がりは異なるが経緯はほぼ一緒だ。

私は語った。

ラクティス長官に語った時のように、あるいはそれ以上に。

ラクティス長官は遠い目をしながら、途中で話を止めたが(今考えるとアレは私の話に疲れていたのだろうか?)、セレナは目を逸らさずに聞いてくれた。その表情は、驚きと興奮に満ちていた。私と同じように、自分とピッタリ同じ境遇の人間がいたことに目を見張りながら、瞳を輝かせながら聞いてくれた。


かくして数時間後…。


「わがる、わがるよぉ〜!セレナはいい子だよぉ〜!」

「レイだってカッコいい!レイの良さわがらない男なんて呪ってやるぅ〜!」

「魔法使いが言うとしゃれにならないよぉ〜。セレナ〜!セレナ可愛いぃ!セレナは世界一可愛いぃぃ!」


喪女二人は分かりあったのだった…。


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