初めてのポーション作り
新人教育担当のカムリによる魔法の講義が一段落つき、休憩を挟んだ後今度は別室に通された。
先程の部屋は広い研究室のような職員室な所だったが、今度はその半分程の部屋だ。キョロキョロとあたりを窺うと、日本と形は少し違うがビーカーやフラスコ、試験管のような物が乱雑に置いてある。
「じゃあ、今度は1段階進んで、一緒にポーションを作ろう!」
カムリが爽やかな笑顔で言った。
ポーションってアレか、RPGとかでよくある回復の液体の事か。うわあ、超魔法使いっぽい!
あれ、でも私、回復魔法使えないんじゃなかったか。
「私、回復魔法使えないけど、ポーション作れるの?」
「大丈夫。」
カムリは安心させるようににっこりと笑った。茶色いふわふわの髪と同じ色の瞳が細められ、私は思わず「んん"ッ」という謎の呻きを漏らした。さっきから可愛らしいとは思っていたが、正面からの惜しみない笑顔やばい。天使じゃ、天使がおるでぇ。この子の笑顔は癒やされる。何だろうカムリこそ癒やしの魔法が使えるのではないだろうか。
私の異変にカムリは心配そうに顔を覗き込んで来たが、「大丈夫」とだけ伝えた。下から見上げて来たその顔が可愛らし過ぎて、口を開いたらまた余計な奇声を発しそうだったから。
「じゃあ、説明するから一緒にやってみよう。」
カムリ大天使先生のご教授の元、初めてのポーション作りが始まった。
カムリの解説によると、ポーションには様々な種類があり、何も回復だけを担うものではないらしい。身体の攻撃力や防御力を高める効果のあるもの、魔法の攻撃力や防御力を高めるもの、MPの回復を早めるものなど、実に様々だ。
それに、魔力があれば、自分の使えない魔法の属性のポーションも作れるとのことだ。そういえば回復魔法の使い手はかなり少ないと言っていた。回復魔法が使えなくても回復ポーションが作れなければ、需要と供給のバランスがエライことになってしまうだろう。
「とは言っても、やっぱりその魔法が使える人が作った物には及ばないんだけどね。それでも僕たちは魔物討伐で前線に出るのだから、ポーションは色々な種類が大量にあった方がいい。」
カムリがガラスの器具をガチャガチャ言わせながら、あちこちから取り出しながら言う。ここ、雑然としすぎじゃない?ちゃんと片付けているのかな?
「ベースは薬草を煮出した汁。薬草の配合バランスは、ここに貼ってあるのが基本。ベテランになると配合を変えてみたりする人もいるけど、しばらくはこの基本でやってみよう。」
どの薬草がどれかは分かるように置かれていた。なるほど乱雑ではあるが、どこに何があるかは分かるようになっているらしい。これは永遠に片付かないパターンだろう。
薬草を測り、小さな鍋に放り込み、分量通りの水を入れ、薬草を煮出し、冷ます。
「ここからが本番だよ。」
カムリはそう言うと、薬草汁の入った小鍋を両手で覆い、ふぅ、と息を吐いた。
「こうして、自分の魔力をこの液体に移すんだ。今僕は怪我をした仲間のためを思って魔力を込めた。魔力や魔法の発動には呪文や理論も大切だけど、心や意思が大きく影響する。どんなものを作りたいか、自分や仲間にはどんな助けが必要かを考えながら、自分の中の力をこの中に移すような気持ちでやってみて。」
心や意思。必要な助け。
カムリの言葉を考えながら鍋に手をのばす。
助けもなにも、仲間はまだいないんだよなぁ。こっちの知り合いなんて、ランサーとラクティス長官と目の前のカムリくらいだし。
あとは会話すら無かったけど、あの高貴な猫みたいな師団長と、私を地下牢にぶち込んだ王子と、あとは……ユナか。
ユナなら回復ポーションくらい余裕なんだろうな、“聖女様”だし、元々要領良かったし。可愛くて要領良くてそりゃー人生イージーモードですわな。私の歴代恋人たちがみんなユナにコロっといったのも当然ってか。その上異世界来てまで聖女様てお前一体何なんだ。やっぱアイツ一回殴る。顔だ、顔を一発……
「出来たかな?」
「アッ、ハイ。」
マズイ、ユナへの恨み辛みと殺意がツラツラと溢れてしまった。…ちゃんとポーション出来たかな?
「ポーション作りはね、こうして魔力を込めるだろう?魔力のコントロール練習にはピッタリなんだよ。」
やばい、あんまり集中してなかった。せっかくカムリが考えてくれた教育プログラムなのに。
「じゃあ、出来たポーションの性能を確認しよう。さっきの『ステータス』で確認出来るよ。ステータス・開示。」
カムリの作ったポーションの上に、さっき見たステータスのホログラムのようなものが浮かび上がる。
回復
MP/10
HP/5
「こんな感じ。回復スキル持ちが作るポーションよりは効果低いけど、それなりの回復ポーションが出来たよ。レイもやってみて。闇の魔力が作ったポーションなんて僕初めて見るよー、楽しみだなぁ。」
そんなに期待しないで下さい笑顔が眩しい。さっきポーション作りながらユナとその他諸々への怒りと恨み辛みしか頭に無かった気がするので、成功してるかどうか怪しいです……。
「ステータス・開示。」
やらないわけにいかないので、仕方無しに性能を開示する。失敗してたら謝ろう。
ブンっという羽音のような小さな音と共に、私の作ったポーションの上に文字が浮かぶ。
攻撃専用
攻撃×3
防御×2
MP/+50
HP/+10
DEX/+10
POW/+10
…何だこれ?
回復の文字が無い。攻撃専用?
「うわ凄いよ!戦闘用ポーションだね!てゆーかエグいなコレは。何だこの数値。」
カムリが目をキラキラさせながら興奮気味に言う。
カムリが言うには、これは戦闘時、攻撃者の力を増幅させる性能があるそうだ。魔力と体力を増幅させ、敏捷性を研ぎ澄まし、筋力をアップさせる。
「で、これは見たことないから予想の話しなんだけど、」と断り、カムリは『攻撃×3』の所を指差した。
「これは、魔法での攻撃の威力に対して、これだけのダメージを追加できますって意味。普通は『+』で表記されるんだよ。攻撃に+3のダメージ追加って感じに。でもこれは『×』で表記されてるから…バグかな?まさか掛け算ってことはないと思うけど…。もし本当に掛け算ならとんでもないチートになるね。後で一応師団長に聞いてみないと!」
カムリはワクワクした顔で興奮冷めやらぬ、といった風情だ。心なしか喋りが早くなっている気がする。
「それにしても凄いね、初めてなのにこんな超攻撃的なポーションを作っちゃうなんて。やっぱり闇の魔力って違うのかな?」
カムリの言葉にドキリとする。
ポーションを作りながら頭に浮かんでいたのは、仲間を守りたいとか戦いに勝ちたいとかの高尚なものではなく、皆が崇める“聖女様”ユナをブン殴りたいという怒りである。まさかそれがこんな形で発露するとは…
そう言えば、地下牢で炎が出たのも、私をこっぴどく裏切った婚約者とユナと、あまりにも無関心な師団長と、勝手に召喚しておいて地下牢にぶち込んだ王子への怒りだった。まさに感情に魔力が引きずられた結果だったのだ。
心が魔法に影響する、というカムリの言葉を噛み締めつつ、くれぐれもこの感情を暴走させないようにせねば、とひっそり誓った。