偉い人に面接してもらいました。
地下牢で一夜を明かし、翌朝。
「眠れたかい?」
ランサーの声で目が覚めた。
「……ふぁい。」
寝ぼけ眼のまま、なんとか返事をする。
お城の地下牢は訳あり物件……色々やっちまった貴族やら王族やら……を収納するだけあって、粗末ながらもベッドが備え付けてある。
元々、ド庶民でなんならお布団派の私にとって、寝るためだけの道具であるベッドは贅沢品である。貴族令嬢なら痛くて眠れない硬めのペラペラの寝具も、私にはなんの問題も無い。爆睡である。
「ヨダレ垂れてんぞ。」
「しょうですか、ヨダレでふか……フヒッ。」
「…よく眠れたみたいだな。」
寝ぼけた受け答えをする私にランサーが引きつり笑いを浮かべる。あれ、これ引かれてる?
「こんなジメジメした所でよくもまあ眠れたな。」
ランサーは呆れ顔でひとりごちたが、この程度でジメジメなんて言ってたら、日本の梅雨は乗り切れない。日本の不快指数ナメんな。
「…おはようございます。」
段々覚醒してきた頭に引きずられるように、ウン、と伸びをしてベッドから降りる。
「ハハッ、おはよう。」
ニカッと笑ってランサーが言う。無精ヒゲは健在で、男前な顔は朝から見るのには何だか濃い。主に色気的な面で。アレだ、この人は夜にちょっと暗いところで見るのがベストだ。
「朝飯もまだなのに悪ィんだがな、昨日の話、覚えてるかい?宮廷魔術師団の話だ。」
宮廷魔術師団、と聞いて、パチ、と目が覚めた。
私がこちらの世界で生き残るために、必要なこと。
私にあるという、レアな魔力を正当に評価してもらうこと。
そのためには、宮廷魔術師団が最適だとランサーは言ったのだ。
日本に帰れない以上、この世界で生きていかないといけない。私のこの世界での人生が決まるのだ。
私の寝起きの頭と顔が引き締まる。
「つーわけでな、呼んできたんだ。宮廷魔術師団のお偉いさん。」
「ここに?!」
ランサーの何気なく言い放った一言に私はギョッとした。地下牢に宮廷魔術師団の偉いさん連れてきたの?
「一応王子の命令だ、アンタを勝手に牢屋から出すわけにいかねぇだろ。ホレ、挨拶しときな。」
「今?!」
もうおるんかーい!
行動力あるな?!てか、コネもあるな?アンタ政変の煽りを喰らって大幅に格下げされたとか言ってたけど、そのせいで牢屋番を仕方なくやっているとか言ってたけど、嘘だろ!
大体、寝起きで顔も洗ってない寝癖も直してないヨダレ垂らしたこの顔で偉い人に会うとかどんな拷問だ。
「よろしいか。」
私のパニックをよそに、涼やかな声が響いた。
「私はラクティス。宮廷魔術師団を担当する魔法庁長官だ。」
声の主の方を振り向き、私は魂が抜ける思いをした。
アンティークの銀のような色の、サラリとした長髪。
白くて滑らかな肌。
瞳の色は、アメジストのようなきらめく紫色。
完璧なバランスでパーツが配置されたいっそ恐ろしい程整った顔。整い過ぎて性別も分からない。声や体型や服装からすると男性か。神父が着るような丈の長い上着を羽織っている。
そんな人なのか天使なのか神なのか分からないような麗人が目の前にいた。
やべぇ何だこれと叫ばなかった自分を褒めたい。奇声を発しなかった己を讃えたい。そんなエグいレベルの麗人がそこにはいた。
「よ、よろしくデスゥッ。」
思わず声が裏返る。恥ずかしいはずなのに麗人の顔面の美の圧が凄くて恥も感じない。
魔術師団の偉い人と言われたから、てっきりあの召喚の時にいた高級な猫みたいな人が来るのだと思っていた。
「ああ、ゼスト師団長か。彼は魔術師団長という役職。宮廷魔術師たちを束ねる魔術師の長だな。私は魔術師団担当の長官だ。文官、といえば分かりやすいか。」
「ピェッ」
声に出ていたらしい。パニックここに極まれりである。
「まあ簡単に言うとな、魔法に関する事務方のトップだな。人事権はこっちの美人にあるわけだ。第一気まぐれなゼストじゃこういう込み入った話は出来ねぇ。」
ランサーがポンポンと麗人…ラクティス長官の肩を叩きながら言う。美麗な文官のトップとワイルド系男前のツーショット。何だかちぐはぐだけれど、気安い仲なのだろうか。だが目の保養ではある。
「しかしランサーよ。魔力があるという話だったが…。私には全く見えないし感じないのだが。」
「えっ」
目の前のイケメンパラダイスに魂を持っていかれてた私に、とてつもない爆弾が投げつけられた。この人、今何とおっしゃった?魔力が感じられない?
「わ、ワタシ、魔力、無い、デスか…?」
ヘヴンから一気に地獄である。そりゃー妙な片言にもなる。背中を冷たい汗がツウっと流れた。冷や汗なんて、初めてかいたかもしれない。
「いや、私には感じられないというだけだ。…ランサー、貴様まさかこの女に妙な同情をしてはおるまいな?」
「そんなすぐバレる嘘で人助けなんぞするか。」
ランサーはラクティス長官の語尾を遮る勢いでピシャリと否定した。
「昨日召喚されて無理矢理洗礼で魔力こじ開けられたばっかりだぜ。まだまだ安定してないんだろうさ。それに誰も見たことがない闇の魔力だ。第一、文官のお前じゃ分からんさ。」
心臓がバクバクする。ここで魔力が無いと判断されてしまったら、私はどう生きて行けばいいのだろう?
「ラクティス。そのひん曲がった鉄格子見えるだろ?コイツがやったんだぜ。まだ操作も何もかも未熟というか赤子だがな、鍛えりゃとんでもない化け方するかもしれねぇぜ。悪いハナシじゃねぇだろう?」
ニヤリ、と笑ってランサーが言う。
どうしよう、と妙な汗をかいてオロオロしている私と違って、ランサーは落ち着いている。自信有りげにラクティス長官を見下ろす。
ラクティス長官はランサーの視線を真正面から受け止めている。その表情に変化はないように見えた。
が、ふっと息を吐き、視線をランサーから私に向けた。
「……名を、聞いていなかったな。」
「月野レイです。」
汗でびっしょりになりながら、25年共にあった名前を答える。よく馴染んだはずの自分の名を告げるのに、こんなに苦労するとは思わなかった。
「許可は私が取ろう。レイ、君を、宮廷魔術師団に迎える。」
ラクティス長官の宣言に、ランサーはまたニヤリと笑った。さっきよりもちょっと悪そうな笑顔だ。
私はといえば、とにかくほっとしていた。とりあえず、こっちの世界で生きて行く基盤を何とか手に入れたのだ。まあ、手に入れてくれたのはランサーだけれども。
「レイ、君を魔術師団に迎えるにあたって、確認しておきたいんが。」
ほっとして汗腺は締まったけど涙腺が緩み始めた私の感傷を遮断するように、ラクティス長官が話しかけてくる。
「魔法が発動した時、それに自分の魔力が見えた時、どういった状況だったか知りたい。出来ればその時の感情、体勢、体調なども覚えていれば。」
…何だか事情聴取のようだ。まあ、今現在、私は魔力の欠片も出せていないのだ。仕方なかろう。
「話せば長くなるんですが…」
私は語った。
王子の理不尽な命令を。師団長の無関心を。召喚に巻き込まれることになった理由を。ついでに妹のこれまでの不義を、婚約者の不実を。
最初のうちは手帳のような物に記録をとっていたラクティス長官は、途中から筆記をやめ、相槌も打たず、どこか遠くを見るような表情になっていた。きっと私の話しを集中して聞いてくれているのだろう。
「なるほど分かった了解した完璧に理解した。」
話が一段落ついた所でラクティス長官は一息にまくし立て、聴取をストップした。
「もう少し話しましょうか?」
「いや、結構だもう十分だ。大体の所は掴めたと思う。それでは私は手続きをして来る。王子にはうまいこと話しておく。」
ラクティス長官は眉間を人差し指で揉みながら、私の申し出を左手で制した。
「ハンッ、最後まで聞いてやれよ、テメェで言い出したことだろう?」
「うむ、ならばランサー、貴様が聞いておいてくれ。レイ、詳しく話してやれ。」
「は?おまっ、ちょっと待て!」
「失礼する。レイ、また後ほど。」
ラクティス長官は無表情のまま、上着の長めの裾を翻し、踵を返した。
「馬鹿ラクティス!」
ランサーの唸りに、ラクティス長官は少しだけこちらに視線を寄越した。
その顔は、無表情といえば無表情だったのかもしれない。
でも、口の端少しだけ上がっていて、目元がほんの少しだけ和らいでいるように見えた。
笑顔とも言えないような、表情の変化。
でも、無表情な超絶美人の微笑みは、私のような陰キャには強烈過ぎた。
「あかんて…!」
私は牢屋の床に膝から落ちた。