特別レッスン
ランサー『先生』の授業は、思いのほか丁寧で理論的でシステマチックだった。
ワイルドでアウトローな感じの服や喋り方をしていたが、あれは演出で、元々の性質というか性格はこっち(理性的で丁寧)なのだろう。いいとこの坊っちゃんだし。
ほとんど今までやってこなかった魔法の理論。
怒りに任せて高温の炎を出し、地下牢の鉄格子をチョコレートのようにひん曲げたという『実績』から、私は魔法は当然使えるものだとして認識され、基礎や理論はすっ飛ばして実践に入っていたのだ。
そもそも、エリート中のエリートが集まる宮廷魔術師団の人間が、まさか魔法の基礎や理論を知らないわけもなく、当然そんな基礎の基礎の教育プログラムが宮廷魔術師団にあるはずもなく。
考えてみれば当たり前なのだが、私には基礎を教えてくれる人などいなかったのだ。そして私もまた『基礎を学ぶ』という当たり前の事を、すっかり忘れていた……というより考えもしなかった。『ここで生きていかなければならない・役に立つと証明しなくてはいけない』という必死な気持ちが裏目に出まくった感じだ。
ランサーは丁寧に、魔法の仕組みについて教えてくれた。特に、私は魔法の無い異世界からやって来た。それを踏まえて、魔力とは?魔法とは?というこちらの世界では常識であろう事柄から説明を始めてくれた。
まずは朝イチで魔法の理論と歴史の座学。
とはいえ、基本的に自主学習で教本を先に読んでおき(ちなみに文字は読めた。明らかに日本語ではない文字ではあるが、読めた。召喚ボーナスか?)、分からなかった箇所を質問するという時間だ。
このやり方は私が申し出てこの形式にしてもらった。
座学とは言え、学費を払う学生ではなく、労働の対価をもらう『仕事』なのだから……という気持ちと、忙しい管理職の手を煩わせるのが忍びないというのと。加えてやはりいつまでもお荷物ではいられない、少しでも早く魔法をコントロール出来るようになりたいという焦りもあった。
質問コーナーが終わったら、午前中のうちにランサーの考えたプログラムに従い、実技に移る。実技は忙しい管理職のランサーではなく、別の魔術師の先輩が日替わりで着いてくれる。普通の会社だと、先輩と合う合わないがあったり、新人のフォローを嫌がったりで軋轢を産みそうなものだが、魔術師のエリートの宮廷魔術師たちは皆、いい意味で他人に然程興味がない。他人の事を悪く考える暇があるなら、自分の研究をやりたい、という人が多い。仲良く、とは行かなくとも、妙な確執めいたものとは縁遠い…というのが感想だ。
さらには、魔法オタクの人が(オタク度の程度の差こそあれ)ほとんどなので、超レアな闇の魔力に触れる機会だと嬉々として寄って来る。私にとっては快適なことこの上ない環境だった。
ああ、前の世界のクソ上司……先輩……私、幸せですよ…。イケメン管理職の元で、理不尽な叱責や無茶振りも無く、ホワイトな勤務時間で働いてますよ……。
今日はカムリが実技の先生だ。
カムリ先生と実技実習……というと、初日の大惨事を思い出す。
「なーんか既視感あるよねえ、この組み合わせとこの状況。」
カムリも同じ事を考えていたようだ。
「ランサーが理論や基礎を教えてくれているから、マシになった……と思うんだけど。」
そう、ランサーの教育プログラムはなかなか効果的だった。こちらの世界では子どもでも知っているようなことすら知なかった私には、何を聞いても新しい発見の連続。カラカラの砂地に水が染み込むように、知識がバンバン入って来る状態だ。
元々、勉強はわりと得意だった。元の世界では学生時代、少しでも成績が下がったらえらい剣幕で叱られた。日々サボらず勉強する癖がついている。
加えて、ランサーの教え方がいい。というか、私に合っている。合わせてくれているのかもしれないが。
理論や知識は順調に身についていると思う。
さて、問題は実技だ。
既視感のある、宮廷魔術師団庁舎の訓練所。
「じゃ、早速だけど、初日と同じように進めていこうかな?その方が成長具合の確認が出来るしね。火、出してみて?」
「分かった。」
火の魔法は、それこそ初日の一番最初にやった訓練だ。あの時は、10メートル超の火柱を出してしまったんだっけか。
身体を巡る魔力を意識する。この魔力は膨大で、激しいものだということを忘れずに。水路を循環する緩やかな水ではなく、氾濫を起こした大河の濁流だと考える。そこから、水門を開けるように少しだけ流れを外に出す。開ける隙間が大きすぎると大量に飛び出してしまう。少しだけ。量と勢いがある分、ほんの少しだけ門を開けるのだ。
「点火。」
出した魔力に、呪文のスイッチを与え、炎へと展開する。炎の熱、色、熱さを思い浮かべ、それを声に乗せるイメージ。言葉と魔力の組み合わせを、身体に刻みつけていく。
手のひらから、1メートル程の火柱が上がる。
少し大きかった。
燃料を絞るように、少しずつ、少しずつ、放出する魔力を絞っていく。細く、小さく。
手のひらの炎は30センチくらいまで縮んだ。
「凄い!だいぶコントロール出来てるじゃん!」
「でもまだまだ難しいのよね…。一発目に出す炎の大きさの“読み”が…」
「ああ、このくらいの魔力でこのくらいの炎が出るだろうっていう“読み”?」
「そう!あと、大き過ぎた炎を縮めるための魔力の絞りのスピードを速くしたい!」
「出力の調整速度だね!」
会話が弾む。課題点や改善点が見つかると、対策も考えやすい。以前はそれすら出来なかった。
「ランサーさんってさ、教えるのも優秀なんだなー。こんな短期間でアレがここまでになるなんて。」
「あはは…」
アレ呼ばわり?
まあ、仕方ない。
あの時は本当に酷かったというか、滅茶苦茶だったというか。加減も何も分からず、言われるがままにぶっ放していたわけだから。
「それとも……レイ相手だし、やっぱり気合いも入るってことなのかな〜?」
カムリがニコニコと言う。悪気なんて一切無いのだろう。
「責任感じゃない?宮廷魔術師団に紹介してくれたのはランサーだし。それに管理職として新人育成も仕事だからじゃないかな。」
こっちはフられた身だし、というのは言わないでおいた。
「ええ〜…そう思っちゃう??本気で言ってる?」
「うん。ついつい話しやすいから馴れ馴れしくしちゃってるけど、あの人責任感強いし、この世界に頼れる人がいない私にだいぶ同情してくれている。優しくしてくれるし、色々世話を焼いてくれてるよ。」
「同情ね…。」
カムリは何だか納得していないようだ。
「あー、嫌われてはいないし、親しくしてくれているとは思うよ。」
何だかフォローのようになってしまった。が、まさか『性的には好印象らしいけど、恋愛感情ではないらしいよ!』とは言えない。
「そんなレベルかな?今日だってわざわざ僕によろしくな、って声を掛けて来たんだよ。」
「責任感強い人だもの。」
「何とも言えない圧を感じたんだけど。」
「あの見た目だからね。」
「……。次の訓練に移ろうか…。」
何だか気を遣わせてしまった気がする。
おそらくランサーは、私のことをそれなりに気に掛けてくれている。懐いた犬猫のような感じだろうか。特別扱いはしてくれる、でも恋でも愛でもない。
そういう特別感と、肉体的な嗜好のポイントがマッチした結果がこの現状なのだが……それを正直に話すわけにもいかない。なにしろ端的に言えば、
『恋愛感情は無いけど、よく懐いていて体だけは魅力的な女』
というとんでもない存在なのだ、ランサーにとって私は。
幸いなことに宮廷魔術師団の先輩の皆様は、あまり他人のことに興味の無いマイペースな方々なので、この妙な関係性に気が付いていないし、気が付いてもスルーしてくれる人が大多数だろうが…。結構保守的なカムリは激怒必至、お説教コースだろう。セレナもダメだ、多分親友として怒り狂う。イグニスさんも師匠として怒りそうな気がする。
これは当面、「私が懐いたから、責任感から特別扱いしてくれている」という路線で行くしかない。嘘ではないし。
「じゃ、次は風をやってみようか。」
「わかった、風ね。」
色ボケなことを考えている場合ではなかった。集中しなくては。また庁舎を壊すわけにはいかない。
深呼吸をし、全身に魔力を巡らせた。




