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日常へ戻る……と思ったら

討伐の翌々日。

聞き取り調査も昨日大まかにだが終え、今日からは通常勤務となる。

眠い目をこすりながら、宮廷魔術師団の詰所に向かう。正直まだ疲れが取れてはいないのだが、それはどうやら私だけのようで。セレナもイグニスさんも普段通りだ。すごい。私も早くああなりたい。

始業時間となったので、今日も今日とて防御魔法を教えてもらおう……とイグニスさんの元へ向かおうとすると、

「皆、いいか。」

と声を掛けられた。

声の主はガリュー副団長だ。

魔術師たちの視線がガリュー副団長に一斉に向く。

宮廷魔術師団は端的に言えば、マイペースな魔法使いの集団だ。そこには普通の会社のような朝礼や点呼の類はない。チームで事に当たる、というよりは、スペシャリストが一箇所に集められ、それぞれの能力を提供する…という方がしっくり来る。いつも時間になったら特に始業の合図もなく黙々と己の研究や作業に取り組むのだが…。

「手を止めてしまって済まない。」

律儀にガリュー副団長が言う。

珍しく、今日に限って朝礼があるようだ。


「今日から、この宮廷魔術師団に新しい魔術師が加わる。ゼスト師団長が直々に勧誘してきた。新人……というわけではないな、元々宮廷魔術師であったのが、一身上の都合によりここを離れていた。」

何やら新しい仲間が増えるようだ。

宮廷魔術師団には私の後には誰も入って来ていない。今回も元々在籍していた方が戻って来たらしい。後輩ではなく先輩が1人増えるということか。まだまだ先輩方のお名前と顔が一致しない中、さらに追加されてしまうのか、失礼がないようにちゃんとお名前覚えないと……と前を向く。


「どーも。」

気だるげな低い声と共に、前方のドアからぬっと長身が現れる。

深い海のような色の緩やかな癖毛、同じ色の瞳、2メートル近くありそうな、均整の取れたガッシリした身体。

「ランサー・プレイヤードだ。……つっても、大体は知った顔だな。」


「えっ」とか「へっ」とか言わなかった私を褒めて欲しい。

「レイ、知ってたの?!」

グイグイとセレナに袖を引っ張られる。

「知らない!」

ヒソヒソ声で言い合う。


ランサーだ。

無精髭は綺麗に剃ってあり、無造作に括っていた髪は下ろしてつやつやに整えてある。ツナギのような作業着のような牢番の時の服装ではなく、深い紺色に銀糸で刺繍の入ったローブをまとっている。差し色に赤い光沢のある糸が入っているのがなんともお洒落で。

見た目はだいぶ違うけど、間違いなくランサーだ。

牢番の時のワイルドな感じも似合っていたけど、魔術師の格好をしたランサーはまさに美丈夫だ。そういえばセレナが『社交界でも一番の人気』と言っていたか。


「おっ、出戻りか。」

「ようやく戻って来たか。」

「なんだ、地下は飽きたのか?」

「ちょうどいい、お前これ手伝え」

「やかましいぞ、お前ら。」

魔術師の皆さんは特に動じることもなく、飄々とランサーに軽口を叩いている。

「ランサーには、師団長補佐として、育成や事業計画や運営管理に携わってもらう。以上だ。」

ガリュー副団長の一言で、魔術師たちが散り散りになる。さすがマイペースな魔術師たち、旧知の仲に会っても自分のペースは崩さない。

事業計画や運営管理……というと、要するにランサーは管理職ということか。

元の世界の嫌味な部長の顔が頭をよぎる。

アイツ、ハゲてたな…。

それに比べると、こっちの管理職は、綺麗なお姉さん(概念)ゼスト団長、硬派系イケメンガリュー副団長、ワイルド系美丈夫改めエリート系美丈夫ランサー団長補佐と美人ばかりだ。

イケメン管理職眺めて元気をチャージ出来るな……とか考えながら、イグニスさんの元へ歩を進める。

「今日もよろしくお願いします!」

頭を下げた……が、そこを後ろから襟首を掴まれる感触。

クイクイと引っ張られ、下げていた頭を上げ、振り向いた。

「レイ、お前の担当は今日から俺だ。」

ランサーが襟首を引いたまま、私を見下ろす。猫の仔じゃあるまいし、この姿勢はどうなの?と思っているうちに、先生が変わるという重大決定がサラッと告げられた。

イグニスさんと離れちゃう……?

「ええ……イグニスさん…」

その寂しさに、思わず声が出る。

「おい、あからさまにしょんぼりするんじゃねえ。」

ランサーは何だか不服そうだ。

「だって、私の先生だもの。」

もちろん、ランサーが嫌なのではなく、イグニスさんと離れるのが寂しいだけだ。何せ、初めての先生であり、初めての討伐にも一緒に参加したのだ。優しく、丁寧に防御魔法を教えてくれた。私の魔力が強すぎて多すぎて、グッタリしていてもポーション飲みながら付き合ってくれたのだ。自分で言うのも何だが、懐いている自覚はある。

「安心しろ、一生の別れじゃない。俺が教えるのは魔力コントロールと基礎と理論と知識。そこがクリアできれば次のステップだ。防御魔法ならまたイグニスの出番だぞ。」

少しため息混じりにランサーが言う。

「また戻って来ますね!」

ランサーの言葉に希望が持てた。優しいイグニスさんとは師弟関係を解消したくない。

当のイグニスさんはというと、少し困ったような笑顔でいる。

「レイ、君の先生役はしばらくお役御免だが、何でも相談に乗るぞ。」

そう言ってポン、と頭を撫でてくれた。

「ありがとうございます!」

イグニスさんのナデナデはレアだ!!

「ほら、行くぞ。」

ニマニマと喜んでいると、ランサーがまた首根っこをつかんできた。そのまま反対方向に連行される。「服が伸びる」と苦情を言ったら、首根っこから肩に手が移動した。意図せず肩を抱かれた感じになってちょっとドキドキしたが、誰もツッコまないので、こっちの世界じゃこういうものだと納得することにした。

「……随分懐いているんだな?」

ランサーに問われる。イグニスさんのことか。

「うん、イグニスさん大好き。安心するんだよね。あの体格というか、お顔とか、声とか……お母さんみたいで。」

「おか……お前の母さんは随分屈強だな…?」

「いや、うちの母親には似てないけど。ていうか、どこのお母さんにも似てないだろうけど。」

「分からんな…。」

きっと男性には分からないのだ。筋肉ムチムチの穏やかな男性のママ味を…。


「…驚かないんだな。俺がここに戻って来て。」

「いや、驚いたよ?表情に出づらいだけで。」

「へえ、そーかい。」

「あれ、拗ねちゃった?」

「馬鹿か。」

大部屋を出て、廊下を移動しながら他愛もない会話をする。少しからかってみたけど、反応は塩だ。相変わらず肩に手を回したままだけれど、この反応を見るに、やはり特に好意の表れというわけではないらしい…。

「いやでもびっくりしたよ?まさかランサーと宮廷魔術師団で一緒に働けると思ってなかったし。」

何だか私が思ったより驚かなかったことに拗ねているように見えたので、フォローの意味合いもあってそう声をかける。

これは……ランサーと一緒に働けることに狂喜乱舞するとでも思われていたのだろうか…?確かに好きだと告白はしたが、フラれた身だし、そもそも仕事とは別問題だ。

「この部屋だ。」

どうしたものかと考えていると、目的地に到着したようだ。昨日の聞き取り調査で使用した会議室よりもさらに狭い部屋…大体8畳くらいだろうか。真っ白い壁と床、そこにテーブルがひとつと椅子が2つあり、小さな窓が床から2メートルくらいの所にある。明るいけれど、外は見えない。なるほど、集中するにはもってこいかもしれない。

バタン、とドアを閉めると二人きり。他人の目が無いので、少し気安い気持ちになる。

「ヒゲ、ツルツルね。髪も綺麗。前の感じも格好よかったけど、今のランサーもすごく格好いいね。」

気が軽くなると、つい仕事とは関係ない話をしてしまう。特に、話題にしてくれと言わんばかりのこんな状況だと尚更だ。

「そういうことをあけすけに言うもんじゃねえ。」

叱られてしまった。

だって、私の気持ちはもう知られているわけだし。隠す必要が無いし、こちとらランサーを諦めたわけではないのだ。ランサーは過去のあれこれが根深すぎて恋愛をしようという気になれないだけ。フラれたのでも嫌われたのでもない。若干不本意だが肉体的には好感触だろうし庇護欲も持たれているらしい。

「見た目に関しては褒めるところしかないし、そりゃ褒めるでしょ。」

赤くなってしまった。

前も思ったけど、案外ウブなのかもしれない。

「だから、嫁入り前の女がそういうことを言うんじゃねえ。ホイホイ触れるのもダメだ。」

……違った。ウブとかそんなんじゃなく、こっちの女性(特にランサーと接するようなお貴族様)は慎み深いんだった。

「ちぇー、グイグイ積極的に行ってスキンシップかませば押し切れるかと思ったのに。慣れないことはするもんじゃないわね。」

「心の声出てんぞ。」

ランサーのツッコミが心地よい。

仕事仲間になるわけだし、当面はこの関係性が丁度よいのかもしれない。

「さ、働きますかね。」

ランサーが仕方ない、というような風情で話しかけるともなく言う。


「よろしく、ランサー“先生”。」

少しいたずらめかして言ってみた。

ランサーが驚いたように目を開いた。




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