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団長、誘惑する

「どういうことだ!?あいつが、レイが助からないってどういうことだ?!あいつは、今無事なのか?昨日の夜は元気だったはずだぞ!」

椅子から立ち上がり、目の前の師団長に詰め寄る。

みぞおちが冷たい。なのに背中に汗が伝い落ちる。

レイが、助からない?

昨日の夜、あの後何があった?


「近い近い、落ち着きなよ。」

慌てる俺に対し、師団長は鬱陶しそうに眉をひそめ、手のひらでシッシッと近づくな、というジェスチャーをする。

「大丈夫、レイは元気だよ。」

その言葉に思わず力が抜ける。慌てたのがなんとも気まずく、椅子に座り直す。動悸が酷い。


「助からないっていうのは、将来的に、もし政治的な思惑に巻き込まれたら、ってこと。」

しかし、ゼスト師団長のその答えを聞いて、またしてもスッと血の気が引くのを感じた。

同時に、思い出したくも無い、でも忘れられないシーンが頭の中を一瞬にして巡る。

裁判の証言台、透視を却下した裁判官の表情、ショーアップされた断頭台、石を投げる群衆、その怨嗟の声。

振り上げられる粗野な大剣。

床に転がる血まみれの美しい顔。

曇りガラスに包まれてぼんやりとしていたものが、かち割られたガラスの中からバラバラと散らばるように鮮明に、鋭角的に溢れ出す。


政治的な思惑に巻き込まれる……例えばそう、王妃ソアラのように。


一気に身体も思考も冷水を掛けられたように冷え切り、硬直する。


「あの子の能力、聞いているだろう?」

一方のゼスト師団長はソアラのことと連想着けたことを知ってか知らずか……いや、確信犯だろう……話しを続ける。腹が立つほど淡々としているが、こちらの感情を察することなく話しを進めるのはこの人の常である。

つい過去へ、ソアラの方へ向かっていた意識を現在へ、師団長の言葉に向ける。


レイの能力、というとあの稀少な闇属性と、規格外の魔力の量と、コントロールがまるで出来ていないことだろうか。

「おかしいと思わないかい?ケタ外れの魔力量。闇属性なのに何故か浄化と回復持ち。ありえないんだよ。」

そっちか。

それに関しては、レイから聞いた時に、俺も多少引っかかっていた。

魔力の量は、『聖女の姉妹だから』で説明がつく。魔力は、遺伝的な面が強いからだ。聖女はケタ外れの魔力を持つが、その姉妹ならば同じくケタ外れの魔力を持っていたとしてもおかしくはないのだ。


だが、闇属性に浄化と回復が備わっているのは全く説明がつかない。

『浄化と回復、この2つ以外は全て使える。それが闇属性です。』

魔法を習いたての頃、誰でも教師から教えられること。どの教本を見たって書いてある、常識的なこと。

異世界から召喚されて来たから、常識に当てはまらないのだろう、特例的なものなんだろうと勝手に結論づけていた。

そう、考えるのを放棄していたのだ。


「一方で発動しない聖女の力。」

ゼスト師団長は人差し指を立て、その指先に光の球を作る。ポゥ、と光るそれは特別な効果のないただの光のようだ。

「ただ一つ、それが成立するのは……」

指先の光の球が、分けられる。

大きな球と小さな球の2つが出来上がる。


「召喚の時。聖女の力が与えられる時に、レイにも聖女の力が分けられた。」


地下牢に沈黙が訪れる。

師団長の発した言葉を飲み込むのに時間を要したからだ。

「そんな……間違いないのか?」

「状況証拠としては100点だね。あとは色々試してみれば裏打ちができる。」

ようやく絞り出した問いに、あっさりと答えられる。

「彼女の…レイの魔力は暴走している。全然御しきれていないのは知っているね?」

黙って頷く。それについては随分相談というか、雑談をされていた。とにかくコントロールができなく、想定の及ばないぶっ飛んだ威力を発現してしまう、と。

「当たり前だよ。聖女の血を分けた姉妹で、同じくらいの魔力を付与されたのに、そこに加えて聖女の力の一部まで。闇属性にそれと正反対の聖女の力。相反する強い力をあの細い身体に宿してしまって。元々魔法の無い世界の人間が、すぐに乗りこなせるわけがない。」

乗りこなせない……そのワードには覚えがある。『暴れ馬に乗っているようなもの』とは、まさに俺があいつに言った言葉だった。

「レイの方に聖女の力の一部が分けられてしまったから、聖女は一人では魔法を発動できない。二人揃ったとき、初めて魔法は発動した。」

端末で盗み見た、討伐の様子がありありと思い出される。

「納得だろう?」

それに関しては納得だ。

状況も満点だ。

だがしかし。


「それと、俺が魔術師団へ復帰するのと、何の関係がある?」

レイが強大な力を持ち、さらに聖女の力を授かってしまったのはよく分かった。

だが、言うなればそれは国の問題だ。一国の魔術師の最高峰たるゼスト師団長なら、先頭に立って聖女を導くのは理解できる。

だが、俺は?

元魔術師団の団員ではあるが、今は現役を退き、こんなザマである。

こんな自分に何を求めるというのか。


「このことを、王宮のエライ奴らが聞いたら、なんて言い出すと思う?」

だが、ゼスト師団長は尚もこちらから目を逸らさずに言う。

「そりゃ、聖女の片割れとして丁重に扱うんじゃねぇか?」

当たり前のことを当たり前に返す。

こんな当然のことを聞き、師団長が何を言いたいのか見えてこない。


「最初から聖女として迎え入れられていたのなら、そうかもね。」

フッ、とゼスト師団長は緩く笑ってみせた。この人には珍しい、含みのある翳ったような笑みだ。

「でも違った。レイは聖女に仇なす不届者として地下牢に入れられ、その後は特に国からの支援も受けずに生きている。」

笑顔を引っ込め、至極真面目な表情をする。ゆっくり逍遥しつつ、まるで教室で生徒に教え込み、諭すように語る。

靴音が地下牢に響く。

ふと、魔術師団現役時代を思い出す。

ああ、この人は俺のかつての“師”でもあったのだった。

「考えてご覧よ。聖女が力を使えずに困っていたら、その力は一緒に召喚されたあの人間が一部を持っているという。その人間を、一度は不届者として、我が国の王子が牢に入れてしまった。今更崇め奉るわけにはいかない。国家権力としては絶対に。」

そういえば、レイが初日に地下牢に来た時にそんな話をしていた。焦り、ボヤき、怒り、恨んでもいた。

「どうすればいいと思う?国のメンツを潰さず、聖女の力を使うには。」

ゼスト師団長は問いかけるでもなくこちらを振り返った。


「それなら、聖女から力を盗み取った罪人にしてしまえば良い。」


「そんな滅茶苦茶な話があるか!」

条件反射のように叫ぶ。

だが、ゼスト師団長は動じる素振りもない。

「そうすれば、万事丸く収まるんだよねえ。王家の体面は保てる、合法的にその身柄を拘束できる、聖女の力が必要な時に強制的に働かせられる。これ以上なく都合が良い。」

ソアラの最期が瞬時に浮かぶ。

そうだ、あの時も、真実など誰も明らかにしようとはしていなかったじゃないか。王家の威信を賭けた捜査だと銘打っておきながら。

同じことがないと何故言い切れる。


「僕はね、それなりに負い目は感じているんだ。こう言ってはなんどけど、ソアラはまだ、王妃だったから…権力争いの当事者であり犠牲者だ。でもレイは違う。権力なんて欲しがってない。異世界からこっちの都合で勝手に呼んだんだ。…召喚を実行したのは僕だし。その後の目覚めの洗礼だって僕がやったし。それなのに、こんなことになっちゃったからねえ、彼女の命だけはどうにか守らないと。」

頬に手を当て、飄々としているようで、でも気まずそうにゼスト師団長は語る。この人のこんな表情は本当に珍しい。そもそも『負い目を感じる』などという感情があったことにも驚いた。


「そこで!だ。色々知ってしまった君を、野放しにするのは彼女にとって危険だってことなんだ。それなら、僕の影響下に入ってもらった方が色々統制が利く。……それに、キミだって自分の手で彼女を守りたいだろう?我々は、稀代の魔術師であるキミを魔術師団へ迎え入れて配下にすることができる。キミは大好きなレイを間近で守れる。ウィンウィンというやつだね。」

いい笑顔で師団長が続ける。

言っていることはかなりえげつない。要するに箝口令を敷くから仲間になれ、レイがどうなってもいいのか?ということだろうから。

だが、一つ引っかかるところがあったので訂正しておくことにした。

「……何か勘違いしているようだが……俺とレイはそういう関係じゃねえぞ。恋とか愛とか、そういうのは違うからな。」

「…へ?……そうなんだ?……キミ、本当に本気で言ってる?」

「当たり前だろ。」

「ふーん……」

「じゃあさ、あと一つ人参をぶら下げるとしよう。」

またしても失礼かつ端的な物言いでニコリとする。そういうのは本人がいないところで言うもんだろうに…。

予想外のことばかりを継げられ、疲れ始めた俺に、ゼスト師団長は今回一番の美しい笑顔で語りかけた。




「ソアラの裁判のやり直し。彼女の名誉回復をしようじゃないか。手を貸すよ。」

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