聴取 その後
「じゃ、今日は一旦解散しようね。」
私の後悔をよそに、ゼスト団長は軽やかに言う。
「レイ、イグニス、セレナはこのまま直帰だ。疲れも取れていないだろう。魔術師団の備蓄倉庫から、低級でよければ回復ポーションを一人一本ずつ持って行って構わない。兄上、兄上はこのまま書類作成だぞ。どこへ行こうとしているのだ?」
ガリュー副団長がテキパキと、でも優しさの滲む指示を出す。
ゼスト団長はというと、聞いてか聞かずかフラリと部屋から出て行こうとしている。
「ちょっとね。割とすぐに戻って来るつもりだから、先に報告書作るのに取り掛かっておくれよ。」
「そう言っていつも消えるではないか!」
ガリュー副団長が怒りというよりはどちらかというと悲壮な表情で、ゼスト団長に縋り付く。
そうか、あの人毎回討伐の報告書作成のたびに消えているのか…。
「ん~、今回は大丈夫だよ、きっと。多分。」
一方のゼスト団長は意に介さず、といった風情で、ニコニコしている。暖簾に腕押しとはこういったことを言うのだろう。縋り付くガリュー副団長をさほど気にせず、さっさとどこかへ行こうとする。
「兄上!貴方は団長というご自身のお立場を……」
いよいよ半泣きの様相を呈してきたガリュー副団長だが、ゼスト団長は揺らがない。
「あれ、一人では出来なかったかな?お前は僕の優秀な右腕だもの、出来ると思ったんだけど。」
んぐっ、とガリュー副団長が詰まる。雲行きが怪しくなってきた。
「大丈夫、今日はね、行くところがもう決まっているんだ。ちゃんと帰って来たら、何をしに行っていたか話してあげるよ。」
「……本当だな?」
「うん、本当。一人で寂しいけれど、我慢できるかい?」
もはやお留守番を頼まれた子どもの扱い。これはさすがに疑問に思い異を唱えるだろう……
「無論だ、兄上。先に報告書を作って待っているぞ。」
ちょろい……。大丈夫か、この弟。
『行くところがある』なんてどう見ても方便で、嫌いな書類仕事から逃れているだけではないか?と思うのだが…。
「うん、いい子。じゃあ、行ってくるよ。」
ゼスト団長はガリュー副団長の頭をひと撫ですると、本当にどこかへ消えてしまった。
呆気にとられた私をよそに、ガリュー副団長はミーティングに使用した道具を片付け、いそいそと会議室を出ようとしている。
イグニスさんも席を立ち、セレナも、
「せっかくだから、ポーションもらってく?それともぐっすり眠って自然回復がいいかしら?」
なんて言っている。
誰も突っ込みを入れない所を見るに、恐らくこれはいつものことなのだろう…。
いい子と褒められ頭を撫でられたガリュー副団長は、少々頬を赤く染め、足取りも軽く魔術師団の詰所へ戻って行った。
討伐の回数をこなして、次の日でも体力が残っているようになったら、絶対に報告書手伝いますね、ガリュー副団長……。
本当は今日からでも報告書作成を手伝って差し上げたいのだが、さすがに体力が回復していない。この状態で書類仕事をしたら、居眠り確定だ。20代半ばにもなって、あんなに必死に走り回るとは思っていなかった。自主トレの走り込みをしていて本当に良かった。
既に少しウトウトしながら、会議室を出た。
せっかくだから、とセレナと一緒に備蓄倉庫に立ち寄り、低級回復ポーションを一本もらう。倉庫を見渡すと、私が作った攻撃特化ポーションの在庫の山が少し減っているのが分かった。そういえば、ゼスト団長も討伐に行っていたんだったか。あの、精鋭引き連れたストレス解消討伐。もし私のポーションが役立ったなら嬉しいことだ。
さらにウトウトしながら、魔術師団の詰所を出る。足取りは真っ直ぐに寮へ向かう。
本当は、地下牢に行って、ランサーに謝りたい。
巻き込んでごめんなさい。余計な話をして、関わりたくもないことに引っ張り込んで、ごめんなさい。
ちゃんと謝りたいけれど、もう限界が近い。眠気と全身の怠さ。1秒でも早くお布団にダイブしたい。いや、こっちの世界だとベッドか。
「レイ、もう少しよ。眠いけど頑張ってね。」
セレナの声がぼんやりした頭に響く。
「うん。セレナは凄いね。あんなに動いたのに、私より細くて小さいのに、シャンとしてる……」
「初めての討伐の時は、私は寮まで帰れなかったわ……。転移魔法で帰って来て、そのまま眠ってしまって……先輩に担がれて魔術師団の詰所の仮眠室に放り込まれて、丸一日眠りこけたわ。でも、みんなそんなものよ。新人あるある。歩いて帰れて、お風呂入って、次の日の聴取にも参加できるなんて、体力も魔力も優秀な証よ。……ほら、着いたわ。」
眠すぎて、遠くでセレナの声が聞こえる気がした。
そこからの記憶は無い。
泥のように眠る、とはこういうことを言うのだろう。目が覚めた時には辺りは暗くなっていた。
地下牢に、靴音が響く。
無論、自分の物ではない。
いつもは、軽めの、颯爽とした歩き方が窺える、あいつの足音なのだが…。
今回の靴音はゆったりと、ゆっくりと近づいて来ている。足音を隠せるのに隠そうともしない、急ごうともしないこの音には聞き覚えがある。
「こんな所に何の用だい、師団長。」
「おや、分かっちゃうんだね。流石だね。」
隠す気も無いくせによく言う。
暗闇からすうっと現れたのは、猫のような金色の瞳、ふんわりした薄い金色の髪、勲章が嫌と言うほどついた白のローブを肩から垂らした麗人。
ゼスト魔術師団長。
俺の、元上司だ。
「宮廷魔術師団の団長様がいらっしゃるような所じゃございませんぜ。」
と、そっけなく言ったつもりだったが。
「へえ、地下牢ってこんな感じなんだね。あれ、僕前も来たことあったっけ?」
「……。」
「あ、これはもしかして結界の応用かい?人の出入りを感知する仕様に術式を変化してあるんだね。で、遠隔の術式も組み込んである?凄いね、この場にいなくても牢屋番出来るじゃないか。」
イキイキと魔術の種明かしを始める。
「本当に何しにいらしたんですかァ?」
多少のイラつきと呆れを隠さずに問いただす。この人のペースに乗ってはいけない。
「ごめんよ。相変わらずの緻密で精巧な術式に心が躍ってしまってねえ。」
ふふ、とゼスト団長が笑う。
「本当に見事だ。」
うっとりとしたように、でもどこか冷めた眼差しで微笑む。その美しい微笑みに、警戒感はマックスになる。
「あなたのことだ、俺とおしゃべりに来たんじゃねえでしょう?」
早く話しを切り上げるべく、水を向ける。この老獪な人間を相手にするのは分が悪い。
「じゃあ、単刀直入に言うね。」
ゼスト師団長が真正面に歩を進める。
「戻っておいで。魔術師団に。」




