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ランサー・プレイヤード 2

事件は、第二王子が毒殺されかけた、というものだった。

しかも、以前のような正体不明の刺客が見つかるというお粗末なものではなく、本当に毒を飲まされ生死の淵を彷徨ったのだという。

幸い、同じ後宮にいる毒のスペシャリストであるソアラが迅速に的確な処置を行ったので、一命は取り留め、後遺症も無く回復しているとのことだ。

だが。

この事件はめでたしめでたしで終わらなかった。


『処置が早くて助かった』

『どうしてこんなに早く正確に処置ができたんだ?』

『こんなに迅速な処置が出来るのはおかしい。』

『元々、使われた毒の種類が分かっていたのではないか?』

『この毒を用意したのは正妃ではないか?』

『毒殺の犯人は正妃だ』


まことしやかに流れ、コロコロと変化する噂話。

それは王城に留まらず、城下にまで広がる。

もはやただの噂では収まらず、まるで事実かのように、恐るべきスピードで浸透していった。


恐らく、意図的に。


11年前、杜撰な計画で暗殺事件を仕立て上げるのに失敗し、第一王子の立太子を許してしまった、第二王子と第二妃陣営。噂を広めた犯人であるのは間違いないだろうが、噂、などという実体のない物は、誰が流したか分かりはしない。分かったところで、所詮噂と言われればそれまで。責任の所在などありようもない。

『自分はこう聞いた、誰が言っていたかは覚えていない』がまかり通るのだから。


だが、噂が事実のように独り歩きを始めると始末が悪い。

“噂”は“疑い”になり、“疑い”は“真実”となる。

ただの噂話が流行になり、世論となる。


『正妃を追求せよ』

『全てを白日の下に晒せ』

気が付けばそんな空気が、正義の名のもとに形成されていった。

『世論をまとめた』という名目で刊行されるおびただしい数の新聞、雑誌、果てはビラなど。ただの世論が文字となり、疑いようのない確定事項のように扱われる。

城や役場への投書や意見の陳情も激増した。


そうして、ついに正妃ソアラの取り調べが始まる。

だが、ソアラは快く捜査に協力した。なにせ、ソアラは何もしていない。毒殺されかけた第二王子を救っただけであり、それはむしろ感謝されるべき立場だ。

この際だから、潔白を証明しておこう……そういった思惑もあり、捜査に全面的に協力した。


まさか捜査に手が加えられるとは思わずに。

まさか王の、国の威信をかけた捜査に、捏造がなされるとは思わずに。


毒殺に使った毒と、ソアラが開発し、保管していた護身用の毒の成分が一致したというのだ。

第一王妃たるもの、いざという時のために即死できる強力な毒や、威嚇用の薬まで様々な護身用の薬物を開発し用意してある。ただ、それらは封をしてあり、厳重に保管してある。ソアラとその側近の魔力を鍵として開く封で、捜査資料として提出した時には封がしてあった。捜査員もそれを見ているはずだ。

だが、証拠として挙げられたのは、封が開いた薬の瓶。

しかも護身用の封を開ければ意識障害を起こすという、飲み薬ではない用途のもの。



毒の検査結果は捏造された。

捜査に携わる何者かの思惑によって。


そう考えると辻褄が合う。


第一、飲み薬ではない揮発性のものだ。どの薬がどの効用かが分からない、『こちらの陣営ではない者』が手を加えた証拠である。


「その薬は毒ではない、もう一度検査をすべきだ」


何度主張しても受け入れられなかった。


ソアラは「罪」を認めないまま、裁判にかけられることになった。


プレイヤード家も優秀な弁護人をつけるが、「証拠」がハッキリとでている以上、苦しい戦いとなる。


証言台に立ったソアラは、怯まずに言い放つ。


「証拠品とされる物が怪しい、検査結果が捏造された可能性が大きい」と。

それは言ってはいけないことだった。王権と国家の捜査に牙を剥く行為。それでも、言わずにはいられなかった。

自分はどうなろうが、良くはないが耐えられる。だが、ラクティスはどうなる?このままでは身分剥奪、悪ければ身一つで国外追放だ。


ランサーも法廷で発言を求めた。

「証拠の正当性を証明するためにも、関係者や証拠品の“透視”を提案する」と。

透視とは、魔法の一つ。証拠品に残る、触れた人の魔力を読み取ったり、生物であれば記憶を読み取ることも出来る。非常に難易度の高く、使いこなせる者も僅かな魔法だが、ランサーと団長は使える。

ランサーはなんとしてもソアラを助けたかった。こんな仕打ちを受けていい人じゃない。あの女神を、こんな所で失いたくない。


だが、透視は実施されなかった。

王妃の生家であるプレイヤード家の嫡男が所属する魔術師団の透視は公平性を欠く……そう理由付けられた。


自分が理由でソアラを助けられない……。

ランサーは即日宮廷魔術師団を辞した。

同時に、プレイヤード家も出ることにした。どうやら父と母は、プレイヤード家を守るため、ソアラのことは諦めるつもりらしいと知ってしまったから。


判決が言い渡された。


王妃ソアラは王子暗殺未遂・国家反逆罪・名誉毀損で死罪、第一王子ラクティスは廃太子・廃嫡の上王族の身分剥奪となる。


ソアラの処刑は、衆目にさらされる王都で最も大きな広場で行われた。

優秀な魔術師であるソアラが逃げ出さないよう、初代宮廷魔術師団長が作成したという強力な魔力封じの鎖と首輪と手枷足枷を用い、確実に殺せるよう毒を塗った大剣で首を切り落とすことになった。


地下牢から、「罪人」を裸足で広場まで歩かせる。

沿道から人々が罵声と石を投げつける。

「毒婦め!」

「人殺し!」

「実の子を殺そうとした悪魔!」

噂が独り歩きし、謂れのない罪まで叫ばれる。

ソアラは決して俯かなかった。毅然として前を向き、罵声や石礫にも眉一つ動かさず、胸を張って道を歩む。


その様子を『映像で』見ていた。

ランサーは、処刑のその日、ラクティスと共に閉じ込められていた。最後に一目と懇願したが、強い魔力の持ち主である二人が妨害でもしたら、という危惧により、王城の地下にある一室に、厳重に。初代魔術師団長の作成したという魔術封じの檻。その中に監禁されていた。幾度も壊そうと試みたがビクともしない。

そして悪趣味にも、ご丁寧に大きな魔導具の鏡が置いてあり、ソアラの様子が大写しにされていた。


ついに、広場に到着した。

集まった群衆の興奮は最高潮だった。

口々に罵声を投げかけ、異様な熱気があたりを支配していた。

広場中央には、この日のために作製したのだろう、無駄にご立派な処刑台が見世物のステージとして設営してあった。

後ろから槍でつつかれ、ソアラが処刑台に登る。

ソアラはみすぼらしい灰色のワンピースを着せられていたが、それでも美しいのがありありと分かった。決して俯かず、罵声を飛ばす群衆を真っ直ぐ見据えた。


美しいアンティークシルバーの髪が、野蛮な手に掴まれ、切り落とされる。

その靭やかな身体が引き摺られ、膝を着く。

大剣とは名ばかりの、鉈のような粗野な刃物が振りかぶられる。


そうして、号令と共に一気に大剣が振り下ろされた。


ゴトリと音がし、処刑台の床に何かが転がった。

処刑人がその何かを掴み、衆人に掲げる。


それは、死に顔さえも美しいソアラの首だった。


何も、出来なかった。

この世で一番恋い焦がれた人が目の前で首を落とされたのに、何一つ出来なかった。

ランサーは悲しみと悔しさで慟哭する。


だが、ラクティスは、微動だにしなかった。

悲嘆にくれるランサーとは対照的に、涙一つ零さず、眉も動かさず、声も出さない。

ただ、その光景を眺めているような風情だった。

ランサーはその日から、ラクティスとの接触を断った。

母が首を落とされ惨殺されたというのに、泣きもしないあの能面のような顔が頭から離れず、心底軽蔑したからだった。


ランサーはプレイヤード侯爵家を出た。もう戻ることはないと、籍を外すよう言い残し。母は泣いていたし、父は怒鳴っていたが、知ったことでは無かった。


晴れて無職の宿無しとなったが、宮廷魔術師は高給取りで、蓄えは充分過ぎるほどあった。だが、悠々自適の休暇も、起業して金儲けも、する気にはならなかった。

恋い焦がれたソアラは死んだのに、自分だけ新しい人生をスタートする気にはならなかったのだ。


そうして選んだのが、王城地下牢の番人だった。

物理的も精神的にも暗く、簿給で、罪を犯した王族や王城でのトラブルや犯罪など、表に出せない理由で使用されるため、ほとんど人が来ない。

名誉もキャリアも無い、到底身分の高い者が就く仕事ではないが、却ってそれがよかった。

幸い魔法が嫌というほど得意だ。フルオートで監視をするなんて朝飯前。そもそも誰もいない。監視に使える魔法…脱走防止に結界を、自害防止にサーチを展開したら、あとの仕事は無いも同然。一日中飲んだくれ、夜には色街に出かける。

そんな自堕落な生活を続けた。


しかし腐っても王城にいるので、嫌でも情報は入ってくるし、知り合いがふらりと来ることもある。

それらによると、どうやら第二王子は目出度く立太子の儀を済ませ、王太子となったらしい。そして第2妃は正妃となり、その実家もたいそう羽振りが良いそうだ。第3妃だったソアラの従姉妹は第2妃になり、相変わらず肩身の狭い思いをしているらしい。が、ソアラがいなくなったことで正妃に余裕が出来たのか、以前程は窮屈な思いをしていないのだとか。

そして、ラクティス。

ラクティスはしばしば、地下牢を訪れた。

頼みもしないのに、ふらりと現れては近況を伝え、ニコリともせずに帰って行く。

ラクティスは母の実家であるプレイヤード家に入ったらしい。いち臣下として魔導庁の官吏への道を歩んでいるとのことだ。

あれだけ豊富な魔力を持ちながら宮廷魔導師にならなかったのは、ソアラの『罪』のせいで、魔力封じの枷を一生着けることになったから。

魔力はほぼ封じられたが、王太子時代から魔法の知識は恐ろしいほどあった奴だ。さらに先を見通す力、思考能力、人を動かす力、人を見る目も確かだった。恐ろしいスピードで出世をしているという。


ラクティスは前を向いているのだ。

ソアラが冤罪で惨殺されたのに。


そう思うと何もかもが不満で、嫌になり、何をする気にもならなかった。


そうして自堕落な生活は数年間続いた。


ある日、地下牢に、聖女召喚に巻き込まれた変な女が連れてこられるまで。





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