私の気持ち、あなたの気持ち
背中に回った大きな手。
私を閉じ込める太い腕。
首筋に触れる無精髭。
ランサーに抱きしめられているんだ、と理解するのに少しかかった。
そして、理解したと同時にブワワっと顔に、全身に熱が回る。心臓がバクバクする。
なんで、どうして?
「え、あの、ランサー?」
「生きていて良かった……」
絞り出すような声。
心配してくれていた?
「ああ、うん、生きてマス。で、あの……」
「もう会えねえと思った……」
会えなくなったら悲しいと思ってくれた?
「いえ、その……」
抱き締める腕に力が籠もる。
「苦しい!ぐるじい!」
途中までは恋愛的なドキドキだったけど、どんどん強くなる拘束に私の肺と骨が悲鳴を上げた。
「お願い、緩めて!死ぬ!ホントに!」
190センチ以上はありそうな、分厚い身体の大男に本気で絞められた日にはひとたまりもない。窒息・骨折・内臓破裂寸前で決死の思いで私は叫んだ……。
どうにか聞き出した話しによると、魔物討伐の際の魔物や宮廷魔術師団の様子は、後学のため、研究のために、記録装置を用いて映像として記録に残されているらしい。そして宮廷魔術師団員としてその魔力を登録した者は、記録映像の再生ではなく記録中の映像をそのまま転送、つまりライブでも見られるという。ランサーは元魔術師団員だが、実はまだ魔力の登録は除籍にはなっていないので、今回の討伐をリアルタイムで見たのだという。
どうやって見るの?という私の問いに、ランサーは机に置いた四角い鏡のような物を見せてくれた。まるでちょっとお洒落なタブレット端末のようだ。これでライブ配信が見られるなんて、本当にネットやタブレットのようで、魔法か電子かの差こそあれ、文明レベルは現代日本とさして変わらないな、なんて思った。
「肝が冷えたぜ……。あの量のスカルペンデュラは有り得ねえ。正直、もう駄目だと思った。」
うん、私も肝が冷えたよ。
「イグニスの結界が破れた瞬間は絶望した。お前が目の前で切り刻まれるのをただ見ているしか出来ねえのか、と思ったら……」
うん、私ももう駄目かと思ったよ。
「あの、地響きと地割れはお前だな?一体どんな魔力してやがるんだ…?」
うん、私にも予想以上だったよ。
でもね、それよりね?
「うん……あのね…。色々あるけど、まずこの体勢おかしくない?」
私は今、ランサーに後ろからすっぽり抱えられながら、ランサーの話しを聞いていた。抱えられる、というか、抱きしめるというか。牢内のベッドに腰掛けたランサーの脚の間に私が座って、ランサーの腕は私の体にガッチリ巻き付いている。所謂バックハグの拘束キツめ版とでも言おうか。明らかにおかしな体勢なのだが。
「おかしくない。」
「んん~、そうなのね。でも、だいぶ近いと思うのよ。近いというか、ゼロ距離だよね。少し離れた方が話しやすいかなって」
優しいバックハグではないのだ。ランサーの太い腕は私の上半身の自由を完全に奪っている。身じろぎも出来ない。なんとか呼吸は出来る程度の力でぎゅうぎゅう絞められている。そして私のお尻から太腿はランサーの太腿でガッチリ挟まれて、こちらも全く動かせない。膝下もランサーの長い脚が絡ませてあって、抜けられない。何だこれは、新手の拘束技か。距離感がバグっているとしか思えない。こんなに引っ付かれては、落ち着いて話しも出来ない。だって私はランサーが好きなのだから。少し離れてくれないと、心臓が持たない。
「駄目だ。」
離れるのは許さんと言う。身体でも、言葉でも離したくないというのが伝わってくる。
こんなの、駄目だ。まるでこれじゃあ……。
「勘違いしちゃう…」
思いの他、情けない声が出た。迷子のような、途方に暮れたような声だった。
「こんなに大切な物のように抱えられたら、私、ランサーの特別なのかなー?って勘違いしちゃうでしょ?」
何だか恥ずかしくて情けなくて、殊更、明るく言ってみる。
「構わない。」
ランサーが短く言う。
何が“構わない”?
私が勘違いしても知ったことではない、とうこと?
それだけ、どうでもいいってこと?
そう思うと、ジワリと涙が浮かぶ。
「勘違いなんかじゃねえよ。とっくに特別だってぇの。」
ぼそりと呟くような、拗ねたような声色。だからこそ、本心なのだとわかる言い方だった。
それはつまり。
私は特別って、思っていいってこと?
思わず顔に熱が昇るが、どこかで冷静になれという自分がいる。この特別は、友人枠かも知れない。友人にここまでしがみつくような抱擁をするのか?という疑問は残るが、一人で浮かれて勝手に傷付いた前例があるのだから、油断は禁物だ。
「あ、あの!今日来たのは、ローブのお礼言おうと思って!」
慌てて、口実を捲し立てる。
「あれが無かったら死んでたと思うの!だからね、ありがとうって言いに来たの!」
「そうか」
甘い重低音が鼓膜を震わせる。ぞわりと背中が痺れるような気がした。
「耳、真っ赤だな。」
吐息混じりに囁かれ、フッと笑われる。耳に吐息がかかる。
「そそそそそりゃー、これだけ至近距離で抱えられてれば、やっぱり恥ずかしいっていうかー、てか、耳元で吐息混じりに囁かれると大概の女子はこうなるんじゃないの?!アンタ自分の顔と体と声の良さ分かってんの?!」
途中からキレ気味になってしまった。いや、無理も無かろう。
「へえ、嬉しいねぇ。」
ランサーの腕に力がこもる。何故だ。何を喜んでいるんだ。全然可愛い反応出来ていないしいい雰囲気でもないのに。
そして、耳にフニ、と柔らかい感触とチュッという音。
「フエッ!」
耳にキス!!した!!?
ただでさえ血が上って熱を持った顔が、ますます暑くなる。
これは、流石に友愛の印じゃ、ないよなぁ?
……じゃ、そういう意味で、ランサーの『特別』ってことでいいのかな?
もしいいなら……嬉しい。
好きな人の、特別になれるのは、舞い上がるほど嬉しい。
「ランサー。」
後ろから私を抱きしめるランサーの大きな手。その手の甲に頬を寄せる。すり、と頬ずりした後、そっと唇を付ける。
仕返しをしようとしたけれど、チュッなんて音は恥ずかしくてたてられない。触れるだけの口付けを落とした。
一瞬、ランサーの呼吸が止まったようなヒュッという音がした。
よし、仕返し成功!と思ったのだが……
「……上等だなァ。」
「え、あの……」
唸るようにランサーが応えると、拘束が少し緩んだ。
が、私の上半身を包むように締め付けていた両腕は、意思を持って動き始める。服の上から脇腹を撫で、そのまま上に上がって胸を撫で、まさぐり始める。
「ちょっ、待って!」
私の制止の声には一切答えず、腕は動き続ける。胸を鷲掴みにし、首筋に荒い吐息とぬるりとした感触、その後チリ、と痛みが走る。脚は絡ませたまま、ぐいと横に広げられる。胸を弄られ、首筋を舐められ噛まれて吸われ、股を開いた、とんでもなく卑猥な格好になってしまう。
「ひゃ、駄目ッ…!」
シャツの中に無骨な手が無遠慮に侵入してくる。
「やぁっ、待ってホントに待って!」
片手が胸から移動し、ボトムパンツのボタンに手をかけられる。
このままだと、なし崩し的にヤられてしまう!
「駄目だって言ってんだろうが!」
拘束が緩んで少し自由になった左手を、思いっきり振り上げた。
パァン!という破裂音が地下牢に響いた……。
「あなたは私を都合の良い性処理の相手と見ているのですか?」
「違います。」
「今の流れはそう思われても仕方ないと思いませんか?」
「はい、すみません。」
地下牢のベッドに背中を丸めて腰掛ける大男と、その前に乱れた服装で仁王立ちをする女。珍妙な光景だろう。
全力で引っ叩いて、取り敢えずどうにか、思い通じてその場で合体、なんて惨事は防げた。調子に乗って手の甲に口付けた私も悪いかもしれないけど、あのまま即身体の関係というのは……もう若くはないし貞操観念とかどうこう言うつもりは無い。けれど。心だけじゃなく、体で繋がるのも大切なことだけど、でも。
「……帰る。」
「駄目。」
即答される。
「…帰るの。」
「帰らせない。」
いわゆる『今日は帰さない』ってやつだー、なんて脳内の能天気な私が考える。正直、ドキっとしたけれど、でも。
「ここにいたら、流されてしまうから……ランサーを拒めないから、絶対帰る。」
きっと私は酷い顔をしている。一気に身体の関係に進みそうで、それを止めたけれど、実は満更でもないですよ、と告白しているようなものだ。
何とか理性で留まったけど、身体は反応しまくっていた。胸は敏感になってるし、股の間も大変なことになっている。好き放題弄っていた張本人のランサーには、この厭らしい身体の反応はきっとバレている。恥ずかしくて死にそうである。顔なんか見られたものじゃない。
「……私、ランサーのこと、何も知らない。」
好きだけれど、大好きだけれど、ランサーの好きな物も、嫌いな物も、名字も、生い立ちも、何も知らない。以前険悪な雰囲気になってしまった、家を出たって話も。
それなのに、身体だけ繋がるなんて嫌だ。
純真無垢な乙女じゃないけれど、心が伴わない身体だけの関係は嫌だ。特に、好きな人とは。
「……もう少し、話そう。」
ランサーが、乱れた私の服を直しながら静かに言う。さっきの唸るような低い声とは違う。
「ランサーのこと、知りたい。教えてくれる?」
「……ああ。いやらしいこと、今日はもうしないから、おいで。」




