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巨大ムカデの大群

「ウワッ……!」

私は思わず叫んだ。

叫んでしまった。魔物の討伐をしに来ているのに、その魔物を見て叫んでしまった。

情けないと思う。覚悟が足りないと思う。

でも、この程度の悲鳴で済んだのを自分で褒めてやりたい。

だって。


頭部は優に2メートルは超えているだろう。大きな顎があり、不気味な小さい目がギラギラとしている。そしてその巨大な頭部から伸びる長い長い胴体。いくつもの関節があり、そしてその全てから足が生えている。赤い頭部、紫掛かった茶色い胴体、オレンジ色の足。全てのパーツがテラテラと光る。

まごうことなきムカデだ。日本で見たムカデよりも色彩がドギツいけれど、それがさらに嫌悪感を抱かせる。

頭部が2メートル超ということは、全長はその10倍以上はあるだろう。

しかも、単体ではなく、数十匹の群れ。


悲鳴も上がるというものだ。

普通のムカデでも悲鳴上げるのに、巨大なムカデなんて、もう駄目だ。逃げたい。泣きたい。

魔法がどうとか、聖女がどうとか、キレイに頭から吹っ飛んで行った。


「魔力のガードを解かないで!」

セレナが叫ぶ。

「ここから動かなければ、イグニスさんの結界があるから大丈夫。魔力のガードだけに気を付けて!瘴気をまともに喰らうわよ!」

セレナの声で我に返る。

そうだ、泣きたいし逃げたいけど、泣いて逃げてもどうにもならない。むしろここからノコノコ動いたら、あの巨大ムカデにとっ捕まってジ・エンドだ。

私の出来ることは、すべきことは、足を引っ張らないようにここから動かないことだ。思わず、お守りのネックレスを握り締める。

役立たずで情けないけれど、仕方がない。実際私はなんの役にも立たない。魔物を見てパニックになって泣きそうになっている情けない魔術師の卵だ。


「セレナ、あのムカデはなんていう名前?どういう魔物なの?」

でもせめて、今後のために覚えられることは覚えておきたい。気持ち悪いけど、あのムカデのことも知っておかなくては。

「……スカルペンデュラ。火炎や雷撃とかの魔法攻撃は出さないけれど、強力な毒があるわ。成人男性で1分ともたず絶命する。その前に毒を出すのはあの顎だから……噛まれたら、身体強化をしていなければまずは即死ね。」

見た目に違わぬエグさである。あんな大きいくせに毒まで持っているとは。

本当に、今回は戦闘要員じゃなくて良かった。


今は戦えないけれど、ゆくゆくは私も前線に立つのだ。将来のために、魔術師の皆の戦う様子をしっかり見ておこう。

イグニスさんは聖女の輿の前に仁王立ち。聖女の輿周辺が少し歪んで発光しているように見える。普通結界は目には見えない。それなのに見える、感じるということは、相当強力な結界を張っているということだろう。

ガリュー副団長はスライムの時のように光の矢を放っているが、スライムとは違い、一発で仕留めるには至らない。でも確実にダメージを与えている。何発か当たれば倒せるようだが、やはり数が多すぎる。足止めには十分だが、一掃するには時間が掛かりそうだ。

騎士団は……防戦一方というか、避けるので精一杯。あのムカデ、巨大なだけあって、踏み潰されてもコトだが、厄介なことにその大きな顎で攻撃をしてくる。触れても駄目、近寄っても駄目、もはや肉弾戦ではどうしようもない。投石や弓矢、銃火器も用いているが、あまりダメージは与えられていないようだ。

いずれは私も、アレを相手に戦うのだ。

そう思うと心臓の辺りがギュッとなる。

本当に、出来るの?

怖い。

ランサーの言う通り、討伐は新人の私が参加するには危険過ぎた。ランサーはこの可能性を見越して、守護の魔法が付与されたローブとペンダントをくれたのだろうか。思わず自分の体を抱き締めるようにローブを握る。


「……おかしいわ。こんなはずじゃない……」

私の感傷を消し去るようにセレナが小さな声で呟いた。

何がだろう、とセレナの方を見るが、セレナは小刻みに震え、一点を見つめたまま顔を上げようとしない。その様子に、嫌な予感が漂う。

「こいつら、普通は単独で行動するのよ。こんなに群れでいるなんて見たことが無いわ。」

青い顔でセレナが言う。

単独で行動する。

群れに遭遇したことが無い。

と、言うことは……。

複数と戦ったことは無いということじゃないか?

一匹相手になら勝てても、複数、それもこんな大量の群れ。

ゾワリ、と鳥肌が立つ。


ドカン、という衝撃に目をみはる。

上を見上げると、巨大ムカデが結界の上にのしかかっている。

恐怖で固まる。魔力のガードを維持するのが精一杯だ。

ところが、またズンッという衝撃が。ムカデがさらに一匹、結界に突進して来た。

思わず息を飲むが、その間もなくまた一匹。そしてまた一匹。

あれよあれよと言う間にどんどんムカデが寄って来る。視界がムカデで埋め尽くされた。

「セレナ、これ、どういうこと?こいつら弱い者を見極める力でもあんの?」

またしてもパニックになりそうな私は、セレナに問いかける。何か話していないと取り乱しそうだ。

ムカデ達はワラワラと群がって来る。この結界内にいるのは回復役のセレナと魔法に触れてひと月の私。多少の知恵とか動物的本能などがあれば、弱いものを見過ごすはずは無いのだけれど……。

「こいつらにそんな知能は無いはず……。群れることも無いし、こんなに一箇所に集中して攻撃するなんてあり得ないわ!今までだってこんなこと無かった!」

違うらしい。

どうして?

あり得ない、のが今起きているのは何故?いつもと何が違う?何故私のところに群がるの?!


私の、……闇の魔力…?


「闇」というだけあるのだ、魔物を引き寄せるのだとしたら?


「ねえ、セレナ。こいつら、私目当てなのかな…?」

「どういうこと?」

「闇の魔力。これ、魔物を惹き付けるんじゃないかな?」

あくまで仮説だけれど、もしそうだとしたら。

単独行動のこいつらが群れで押し寄せた理由も。

スライムが大量発生していた理由も。

討伐され尽くしたはずのこの場所でこんな修羅場になっている理由も。

全て説明がつくのではないか?

「でも、そんなの…、闇の魔力が魔物惹き付けるとか、聞いたことがないわ!」

そうなのか。

でも、今まで闇の魔力持ちはほぼいなかったし、いても微弱な魔力だったらしいから、詳しくデータが取れていないだけじゃないだろうか。

この仮説、後でゼスト団長とガリュー副団長にも話してみよう。


それにしても本当に結界があって良かった。

そう思っていると。

ミシッと空間が軋む。

まるで悲鳴のようなそれに、嫌な予感しかしない。

セレナの表情を窺うと、血の気が引く、というのに相応しい真っ青な顔をしている。

その顔を見て、理解してしまった。


この結界は、壊れる。


大量の巨大ムカデに伸し掛かられ、鋭い顎で攻撃され、イグニスさんの結界が限界を迎えようとしているのだ。

イグニスさんはというと、こちらの状況に気が付きながらも動けずにいる。聖女を守る強力な結界維持のため、こちらの結界を張り直すことは出来なそうだ。

ムカデはどんどん集まってくる。ミシミシと、さらに空間が軋むのが肌で感じられる。

この結界はそろそろ壊れるだろう。そうなると、待っているのは……死だ。

動かなければ。何もせずにいたら死ぬ。


「セレナ。私、この結界から出るわ。」

「馬鹿なこと言わないで!死んじゃうわよ!」

セレナが、眼を見張り、叫ぶ。自殺行為だと言いたいのだろう。

でも。

「この結界はもう保たないよ。そしたら二人とも殺られる。それなら、ムカデを惹き付ける私がここから先に逃げた方がまだ助かる可能性があるんじゃない?」

「無茶よ、あなた魔法使い始めて一月ちょっとでしょう?逃げられないわよ!」

セレナが叫ぶと同時に、バリン、と耳にではなく、何かが震える音がする。ムカデの顎がすぐ近くまで迫る。結界が一部破壊されのだ。

「ほら、もう無理だよ。やるしかないんだよ。」

怖い、足が震える。でもやらなきゃ。

死にたくない。その一心で足を踏ん張り、泣きそうなセレナから離れ、ムカデの折り重なる隙間を目指して地面を蹴った。


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