討伐開始
湖の畔を徒歩で移動する。
水辺だからか、騎士団も徒歩だ。“騎”士なのに、とフッと笑ってしまい、セレナに怪訝そうな顔をされる。いかん、気を引き締めなくては。
水辺ではあるが、沼地ではないのでそこまで歩きにくくはない。
ちなみに聖女は輿に乗っている。良いご身分だなと思ってしまうのは僻みだろうか。
しばらく歩くが、討伐され尽くした、というだけあって、何も起きない。
このまま、何も起きずに終わるのだろうか……と淡い期待とも落胆ともいえない心持ちでいた。その時。
「前方に反応があるぞ!」
「スライムだ!」
誰かが叫ぶ。
スライム、という単語は聞いたことがある。ゲームとかアニメでよく目にするプルプルのあいつ。もちろん、実際に見たことなんてあるはずもない。
実際はどんなのだろう?という好奇心が魔物への恐怖心に勝る。私はイグニスさんの背中からヒョイと顔をのぞかせ、スライムを観察した。
初めて見たスライムという生き物?は、ベタベタした、粘性の何かだった。ウゾウゾと蠢き、通った後には粘液のようなものを残している。それだけなら害は無さそうだが……。
その粘液が、ジュワッという音をたてて、そこにあった草木を枯らしていく。枯らしているのか、焼け爛れているのか。
もし、肌に着いたら?大量発生して農作物に群がったら?なるほどこれは無害とは言えないだろう。
そして、そんなスライムが辺り一面を覆うようにひしめき蠢き合っていた。途轍もない数だ。思わず鳥肌が立つ。
「アテンザ!」
ガリュー副団長が唱えると同時に、光の矢がその全身から放たれた。数十本はあるだろうその矢は、スライムめがけて猛スピードで空を切り裂き、次々と命中して行く。矢の当たったスライムは、ジュッという音を立てて蒸発するように消えた。あれは熱を持った火系の魔法なのだろうか。
ガリュー副団長は次々と光の矢を放ち続ける。まるで連射砲のようだ。
騎士団が相手をするまでもなく、一面を埋め尽くしていたスライムたちがみるみる減っていく。
「すごい……」
その眺めは圧巻だった。
こんな凄い人が私の上司なんて。
で、この人の上にさらにゼスト師団長がいると思うと……あの人の実力はいかばかりか、と少し怖くなる。
「数が多いな。」
私の感嘆とは無関係に、ガリュー副団長が眉間にシワを寄せ、呟く。
「……そうですね。おかしいですね。」
セレナがそれに応える。いつになく、難しい顔をしている。こんな険しい表情のセレナは初めてだ。
「おかしいの?」
「うん、ここはだいぶ討伐を繰り返している場所だもの。たかがスライムとはいえ、一匹や二匹じゃなく、こんなに出て来るなんて……」
「瘴気も感じる。こんな安全地帯で……これは明らかに異常だ。」
イグニスさんも渋面を作る。
たかがスライム。
されど魔物だ。
魔物が討伐され尽くしたはずの安全地帯ともいえる場所で、魔物が数多く現れる。よく考えれば、異常だし、不穏なことだ。
スライムにワクワクしたり、ガリュー副団長の技に感動している場合じゃ無かった。
「何か状況が変わったと考えるべきかもしれん。もしそうなら、こんなお飾りの討伐は危険だ。」
ガリュー副団長が険しい顔で、しかしキッパリと断言する。
「俺は王子に進言して来る。イグニスは引き続き索敵と、いつでも防御を展開できるようにしておくように。」
善は急げとばかりにガリュー副団長は聖女と王子の方へと駆け出した。
「……あの王子、聞き入れると思います?」
ガリュー副団長の背中を見送った後、私はイグニスさんに問う。
「……不敬だぞ、レイ。」
イグニスさんは渋い顔で私を窘める。が、私の疑問を否定しなかった。セレナも困ったような顔をしているが、否定の言葉は無い。
これは駄目かも分からんね、と思っていると……。
「駄目だ駄目だ!許されるわけがないだろう!たかがスライム数匹で引き返すなんぞ、恥晒しもいいところだ!」
大きな怒鳴り声で、それなりの距離があるはずのこちらまで聞こえる。
あーあ、やっぱり。
思わずイグニスさんとセレナと顔を見合わせる。
あのバカ王子は言うこと聞かないよなぁ、とげんなり見ていると。
突然、背中に生温かいものを感じる。気持ちが悪くて、重苦しくて、鳥肌が立つ。
バッと振り返ると、セレナとイグニスさんも同じ反応をしていた。
「来るぞ!」
イグニスさんが叫ぶ。
キィンと耳鳴りがする。結界の音だ。イグニスさんが結界を張ってくれたんだ。
「レイ、私から離れないでね!イグニスさんは聖女様の護衛へ!」
「了解!」
セレナとイグニスさんが素早く連携し役割通りに動く。
私は、動けなかった。
ザワザワと気持ち悪い空気が増していく。じっとり纏わり付くような不快感。呼吸がし辛い。視界が歪む。体の自由がきかない。
「これが、魔物の持つ瘴気よ。レイにもわかるみたいね。自分の魔力を体全体に巡らせて。魔力で体をガードするの。」
セレナに言われた通り、自分の体を魔力でコーティングするイメージをしてみる。体全体を守るバリアを張る……そんなイメージを膨らませ、魔力を放出する。
すると生温かくて重い空気はそのままだが、呼吸と視界の歪みは元に戻った。これで動ける。
「ありがと、セレナ。」
「近くにいるわ……。かなり強くて大きいのが!」
余裕が無いのだろう、私の言葉には返事をせず、セレナが叫ぶ。
前方右手から、バキバキっと、樹木の折れて倒れる音がした。それにガサガサと枝葉にこすれる音。
そして、そいつは現れた。
「……!」
それはムカデだった。
とびきり巨大な。
優に2メートル以上はあるだろう巨大な頭部と、鋭い顎、それに附随する長大な体を持った、テラテラと光る甲殻を持ったムカデの群れだった。




