いざ、討伐へ
「レイ、これもお願い。」
セレナが重そうな箱を抱えて、保管庫から庁舎前の広場にテクテク歩いて来る。
「分かった。中身はポーション?」
「そうよ。」
セレナから箱を受け取ると、ズシッと重い。20キロ以上はありそうだ。こんな重い物を、あんなに小柄なセレナがなぜヒョイヒョイ持てるの?と思ったのだが、「強化魔法」というものがあるらしく、セレナは腕力を魔法で強化しているらしい。なにそれ便利。私も使えるようになりたい。
今、私達は、いよいよ討伐に出るにあたり、その出立準備中だ。
強化魔法を使えるセレナや筋骨隆々のイグニスさんが保管庫からポーションやら野営の用具を運び出し、私とガリュー副団長が物と数をチェックするという役割分担だ。
「よし、これで全部だな。間違いは無いか?」
「はい!」
ガリュー副団長の問いに、私はチェックリストから顔を上げて答える。このチェックリストは私のお手製だが、なんと宮廷魔術師団にはチェックリストなるものが無いという。さすがマイペースな魔法使いが揃う宮廷魔術師団……魔法は追求しても、事務仕事には意識が向かないらしい。
「このチェックリストという物は便利だな。異世界にはこういうものがあるのか。」
いえ、異世界云々ではなく発想の問題だと思いますよ、ガリュー副団長。この様子だと恐らく、備品の在庫確認とか棚卸しとかもしてないのでは……。後で在庫状況のリストを作ろう。魔法がてんで駄目な私は、この位やらないと肩身が狭いものね。
こう見ると、中々の大荷物だが、ガリュー副団長は何やら呪文を唱えると、それらを自分の太腿に着けているレッグバッグに全てしまった。
そう、この物置一杯分ありそうな大荷物を、レッグバッグに、しまったのだ。
「ふわぁぁ……!」
目の前で起こった奇跡に感動している私に、ガリュー副団長は訝しげな表情をする。が、すぐにハッとする。
「そうか、君は見たことが無かったか。これは空間魔法の応用だな。」
ガリュー副団長は少し微笑みながら教えてくれる。相変わらず、ええ上司や……。
「では、出立するぞ。皆、こちらに寄れ。」
ガリュー副団長が私達を側に呼び寄せる。
気合い入れのために円陣でも組むのかしら?と思っていたら、ガリュー副団長が呪文を唱え、地面に魔法陣のような模様が浮き出て、視界が光で埋め尽くされた。
……そして、次に目を開けた時、そこは湖の畔であった。
「済まない、宮廷魔術師団は転移魔法で現地まで移動するのだ。知らなかったとは思っていなくてだな……。」
ガリュー副団長が申し訳なさそうに私に詫びる。
事前通達無しのテレポートをされた私は、到着後に「ブエッ!」と奇声を発した挙げ句腰を抜かし、ガリュー副団長とイグニスさんに一通り心配され、セレナには驚かれてしまったのだった。
騎士団たちは馬と馬車でこの地まで2日掛けて来ているという。だが、魔法使いの集団である宮廷魔術師団が、そんな手間暇を掛けるわけもなく。この転移魔法で一瞬で移動するのだという。
「魔力の消費と、馬車移動での体力の消費を天秤にかけると、こうするのが理に適っているのだ」
とはガリュー副団長の言葉だが、うん、それ、先に聞きたかったな……。
そういえば、庁舎前には馬車とか自動車の類はいなかったものね……まさか討伐先が徒歩圏ではないだろうし、そりゃー魔法使いなら移動手段はこうなりますよね。ランサーに一度使って貰ったことあるのに、何故思い至らなかっんだ、私は。
「何だ、アレは。あんなの連れて来てどうしようってんだ、魔術師団様はよ?」
反省している私の耳に、そんな声が飛び込んで来た。身体強化なんて使えない私の耳にハッキリ聞こえたのだ、聞こえるように意識的に言った言葉だろう。そしてそれはどう聞いても棘のある言葉だった。
セレナがムッとした顔をする。ガリュー副団長とイグニスさんが、壁を作るように私とセレナの前に出る。
「これは騎士団の皆様。お早いお着きで。此度の討伐、ご協力お願い申し上げる。」
ガリュー副団長がにこやかな口調で挨拶の口上を述べる。だが、表情からは鋭さが消えていない。
「宮廷魔術師団の皆様、健勝そうでなにより。しかし、何か勘違いされているようだが、この討伐はあくまで騎士団と聖女主催のものにございます。貴殿らはただの同行者に過ぎぬということ。おとなしく見ていて頂けると幸いですな。」
騎士たちの中から出てきた金髪の男が慇懃無礼に挨拶を返す。これが団長だろうか。
表面上は丁寧なご挨拶を交わしているが、まるで氷点下の空気が流れているようだ。騎士団と宮廷魔術師団は反りが合わない、とは聞いていたが、ここまでとは。
「さっきのアレ、見たか?カエルの潰れたような声してすっ転んでたな。」
「あんなの、いたって何の役に立つんだ?」
「宮廷魔術師団も落ちたもんだな、あんなのを討伐に連れて来るとはな。」
「アレ、女だろ?俺たちの邪魔をしに来たのか?」
そしてヒソヒソと騎士団の方から聞こえてくる嘲笑。
……腹が立つ。
まあ、奇声発して腰抜かした私が悪いんだけど、それを集団で嘲笑いますか?騎士という半分は誇りで出来てそうな者たちが。
それだけ騎士団と宮廷魔術師団とには確執があるんだろうけど、それにしたって陰湿だ。思春期女子のイジメじゃないんだぞ。
討伐のたびにこうなのだろうか。
……セレナは、いつもこんな思いをしてきたのか。
討伐のたびに嫌味を言われる、とセレナは言っていた。
今回は、今は、それが私になったというだけ。
セレナを見ると、下唇を噛み締め、グッと何かを堪えているような顔をしている。
この子にこんな顔をさせるなんて。
我慢なんかしなくていいんだから!
「そんな顔しないで。」
私はセレナの頬を軽くつまむと、ガリュー副団長とイグニスさんの間から前に進み出た。
「レイ?!」
ガリュー副団長が驚いたように私の名を呼ぶが、おとなしく引き下がる気は無い。
「大丈夫ですよ。」
私はガリュー副団長に微笑んで目配せをすると、騎士団に正面から向かい合った。
「お恥ずかしい所を見せて申し訳ございません。わたくし、ひと月ほど前に宮廷魔術師団に配属になった、レイと申します。ご覧になったように、まだまだ魔法にも不慣れで未熟ですが、今回は騎士の皆様もご一緒ということで、大変心強く思っております。精一杯努めますので、よろしくお願いいたします。」
そう言って、深々と礼をし、ニッコリと笑う。微笑む程度ではなく、歯を見せてニッコリとだ。
こっちは偏屈な取引先にも愛想良く、クレームにも誠心誠意の対応、ヒス持ち上司を転がす現代日本の社会人だぞ。この程度の嫌味や嘲笑なんて可愛いものだ。乗り切れない訳がない。
社会人ナメんな。
毒気には輝く笑顔で。
嫌味には裏のない言葉で。
嘲りには誠意で。
相手を立てて、真っ直ぐに顔を見て。
そうすれば、負い目のある者はそれ以上何も出来ない。
嫌味や陰口を、褒められた事ではないと自覚しているなら、これはなかなか強烈に効く。しかも私は女性。騎士というものが、私のいた世界のものと同じかは知らないが、さっきの団長らしき人の挨拶からすると、プライドは高そうだ。きっと効くはず。
「あ、ああ……よろしく頼む……」
案の定、しどろもどろになりながら、向こうの団長らしき人が挨拶を返して来る。
よし、成功だ。
後ろの若い騎士の男たちも顔を赤くしてこちらを見ている。羞恥心が刺激されたか。
もうひとダメージ欲しい。
私はチラリとセレナを見、視線で合図する。
セレナはハッとした表情になり、一瞬の逡巡の後、私に頷き返した。
セレナはグッと前を見ると、ガリュー副団長とイグニスさんの影から前へと歩み出る。
「第一騎士団の皆様ごきげんよう。お久しぶりですわ。回復士のセレナにございます。お怪我なされたら、ご遠慮なく仰って下さいましね。」
貴族の息女らしい、美しい所作と可憐な声と言葉遣い。そしてトドメに控えめなはにかむような笑顔。
騎士団の群れがどよめく。見惚れて固まっている者すらいる。
この前の合同討伐までは、散々馬鹿にしてきた相手が、こんなに美しく可憐になってさぞや驚いたでしょうね。
「セレナ…?」
その中で、困惑したように呟く明るい金髪のグレーの瞳の男性。
……あれが元婚約者か。
セレナを覗い見ると、優しい笑顔はそのままに、でもローブを指先が白くなるまでギュッと握り締めている。間違いない。
私はセレナの手をそっと握った。大丈夫、私は味方よ、という気持ちを込めて。
「アリオン様、お久しゅうございます。妹は元気でしょうか?」
セレナは元婚約者へ向かって、微笑みかける。言葉は震えず、明るい話し方だ。
「あ…ああ。君は……セレナなのか?」
元婚約者の方は、混乱しきり、といった風情だ。語尾が震えている。
「何をおっしゃいますの?ご冗談はおよしになって。…それでは失礼致しますね。」
淑女のような綺麗な礼をして、セレナは踵を返す。
私も一緒に背を向けて歩き出したが、セレナに目配せをする。
そして、顔だけ振り返り、ニッコリと微笑んだ。
騎士団の群れがザワザワとする。
去り際の女性が振り返って笑う。
良い印象を与える技だ。とくにセレナのような可憐な子がやると効果覿面。
これでもうセレナを馬鹿にするような輩は出てこないだろう。
セレナを見ると、手は震えているけど、顔は興奮に上気している。
「やった…!やり返せたわ!」
小さく呟いたセレナは、感動で瞳が潤んでいる。
良かった。何だかひと仕事終わった気分。もう帰っていいかな?という気持ちになって来る。
その時。
「待って、お姉ちゃん!」
聞き覚えのある声が、耳に届いた。




