討伐前夜〜聖女の近況〜
恋愛をするのは良いことだと思う。誰かを好きになるということは、自分以外の誰かを思いやれるということだから。
でも、恋にウツツをぬかすのは、度がすぎればいただけない。特に惚れた腫れたで仕事が疎かになるのは、社会人として、大人としてあってはならないことだ。
そう思っていたはずなのに、私は間抜けにも、聖女が討伐に参加する……というより、これは聖女の実績作りのためのものだ……ということを忘れていた。ここ数日、ランサーと色々あったから……(といっても、色っぽい話ではなく、ただの親切を勝手に私が勘違いしてしまって、うっかり好きになってしまって、向こうは私を好きでも何でも無かったというオチが着いただけなのだが……)。正に惚れた腫れたで仕事が疎かになっていた状態だ。全く、こういうのを色ボケとか恋は盲目とか言うのだろう。
しかし、今、セレナに聖女のことを言われて、サーッと色ボケモードが醒めてしまった。ありがとう、セレナ。
惚れた腫れたなんぞ言っている場合ではない。うまく立回らないと、今後の人生に関わる。ガリュー副団長は見学だから気負う必要は無いと言ってくれたが、あのユナがいるのだ。向こうは聖女様、こちらは駆け出しの魔術師見習いという立場を使って馬鹿にして嘲笑うのは目に見えている。私を陥れようと何かしらする可能性も否定出来ない。
「最近バタバタしててユナのこと忘れていたわ……ありがとう、思い出させてくれて……」
「……何か、ゴメンね。レイの表情的には忘れていた方が幸せそうね……」
セレナが私の険しい表情を見て、後悔したような何とも言えない顔になった。すまない、この顔は生まれつきなんだ。私は険しい表情が本当に険しく厳しいらしい。
「アイツ、何でか知らないけどやたら私を嫌っているのよね。色々仕掛けて来なきゃいいんだけど。」
それもこれも妹、ユナのせいだ。異世界来てまでアイツの嫌がらせに怯えなきゃいけないとか、どんなカルマだよ。横から恋人かっさらう、私を悪者に仕立て上げる、私の持っているものは何でも奪って行く。その位なら元の世界で経験済みだ。
でも、この魔法と剣が現役バリバリの封建的身分制度のある世界で、それらを利用して私を追い詰めてきたら…?元の世界は身分制度も無ければ、個人の自由や人権だって保証されていた。何か迷惑な事をされたら怒れたし、どんな態度を取っても罪にはならなかった。でも、ここではユナと私には身分の差もあれば立場にも雲泥の差がある。私は上手くかわせるだろうか。
「あら、でも聖女様も今はそれどころじゃないはずよ?」
私の表情がさらに陰鬱に険しくなったからか、セレナが私の眉間のシワをチョン、とつつきながら言う。
それどころではない、とセレナは言った?あのいつも自分の思うまま人生を動かしてきたユナが?元からそうだったのに、聖女召喚されて国を挙げてチヤホヤされている今こそ、人生は思うままではないのか。
私が解せぬ、という顔をしていたからだろうか、セレナは多少逡巡しながらも、そっと話し出した。
「ゼスト団長がボヤいていたんだけれどね……」
セレナは、「本当は秘密なんだけど」と断りながらも、ゼスト団長との会話を教えてくれた。
セレナは、宮廷魔術師団きっての回復魔法の使い手。魔法の属性は光。聖女と同じ系統である。そのこともあって、聖女の魔法の指導役のゼスト団長とガリュー副団長に、よく聖女の現況や今後のプランの相談を受けていたのだという。
ゼスト団長によると、聖女・ユナは全く魔法を覚える気がないらしく、どう教えても癒やしや浄化の魔法を発動させず、強めに窘めると、泣きながら魅了で味方に付けた人達に助けを求めるという。
『魅了は得意なくせに、癒やしの魔法が出来ないなんて、そんなことあるわけないだろう?甘ったれて育って、魅了で思うままに生きて来たんだろうけど、僕らにそんなの通じるわけないじゃない?癒やしや浄化の魔法が出来ない聖女に存在価値なんて無いんだよ。』
そういつものあの笑顔で言い切ったのだという。
このままだとゼスト団長は聖女を見捨てる方向に行くだろう、正式に不良聖女として各方面に発信するだろう……。国一番の魔術師に、不良品の烙印を押されたらどうなるか。
セレナから聞いた言葉ではあるが、血の気が引く思いがする。ゼスト団長のあの綺麗なふわふわの笑顔と底しれない見透かすような視線が浮かぶ。あの人ならやるだろう。
「でも、ガリュー副団長はまた違った見解でね……」
青くなった私に、セレナは今度はガリュー副団長の考えを教えてくれる。
ガリュー副団長曰く、ゼスト団長は突出した天才だから『出来ない』ということに理解が及ばないのだという。
『彼女…聖女の場合も、最初はやる気が無いのだと思っていた。あれだけの魔力量と質なのに出来ないはずがないと。だが、よくよく見ていると魔法の講義はよく聞いているし、理論もしっかり覚えている。実技講習でも、言われた通りにやっている。それでも魔法が発動しないのだ。これは、もう何かが“足りない”のではないだろうか?膨大な聖なる魔力を魔法に結び付ける“何か”があの聖女には欠けている。そう考えるのが妥当ではないのか?』
そして、その“何か”を探し出すのが急務であり、兄を、ゼスト団長を説得しなければと。
そのためにも、今回の討伐には絶対に魔術師団が着いていく必要があるのだと。そして聖女と同種の癒やし系魔法の使い手のセレナと、封印系の術が使えるイグニスさん、それに同じ世界から来た、血の繋がった私と。
「ガリュー副団長は、レイに精神的な負担を掛けたくないからと言わないでおく、って言ってたけど……やっぱり伝えておいたほうがいいな、って貴方の表情を見て思ったの。」
「……そうね、それは聞いておいて良かったわ。ありがとう、セレナ。」
なかなか聞けない聖女・ユナの近況は思いもよらないものだった。
そしてそれは、警戒と諦めでヒリついた私の神経を落ち着かせた。
今の話が寸分違わず事実なら、ユナにも余裕は無いはずだ。私を陥れたり馬鹿にしている場合ではない。ゼスト団長はそんなに甘くはない。役に立たない、いうことを聞かない(と思われているのだ)少女一人、平気で放り出すだろう。
私は魔法が発動し過ぎるから、まだ“魔法使い”としての体面は保たれるけど、魔法が発動しない聖女なんて針のむしろもいい所だろう。あんなに盛大に召喚して、洗礼してそれで何も出来ないとなると……なんてチラッと脳裏を同情のようなものが過る。
いや、同情は禁物だ。ユナは強かな女だ。つい、妹として過ごしてきた日々が情を刺激するけれど、それで何度失敗したことか。第一、王子とその周辺に魅了をかけまくっていて味方だらけにしているという話だったじゃないか。ゼスト団長に見切られたとしてもそうそう簡単に破滅はしないだろう。
そう思い直しても、胸に小さな破片が刺さったようにジクジクとする。あの甘やかされて育った子が、役立たずの不良品と見られ、初めて人の冷たさに触れているのだと思うと、暗い気分になってしまう。どこまで行っても私は『お姉ちゃん』から逃れられないらしい。
明日に響くから、と話の終わりと共にベッドに入る。
セレナの話から想像するに、ユナが私に凶悪な何かを仕掛けることは多分無いだろう。
それが分かっただけでも朗報なはずなのに、私の胸はモヤついたまま眠りについた。
何かが欠けていて、私は魔法が発動し過ぎて暴走する。ユナは発動しない。
二人とも魔力は膨大。聖なる光の魔力と稀なる闇の魔力。
まるで合わせ鏡だ。足して2で割れたら丁度良いかもね。まあ、あのユナが私と共闘なんかしないだろうけど。
などとなんの気無しに考えていたけれど、これこそが私とユナの運命を大きく左右することになるとは、私はこの時全く気が付いていなかった。




