異世界に飛ばされたけど、様子がおかしい。
どこだ、ここは?
というか、何があった?
見知らぬ場所に呆然とする。
妹に婚約者を奪われて、オシャレなカフェで修羅場の真っ最中だったはずだ。その証拠に今、私の右手には引っ掴んだままの妹の胸ぐらがある。
テレビで見た、外国の教会のような空間。
そして私達の周囲には、修羅場を動画におさめようとする野次馬ではなく、歴史の教科書で見たような装束をまとう人たち。
なんだ、これ?
現実感のない風景に、一発ぶん殴ろうと妹の胸ぐらをつかんだその姿勢のまま動けない。
「成功だ!」
「国王陛下に伝令を!」
「どちらが聖女様だ?」
「両方女ではあるが…」
静寂が破られ、喧騒が広がる。歴史の教科書の装束の人々が口々に騒ぎ、バタバタと動き回る。
…聖女?国王?
なにそれ。あまりに馴染みのない言葉が通り抜ける。
「強制的に“洗礼”を行い、魔力を目覚めさせよう。」
喧騒の中、一際通る声が響いた。
声の方を向いて見ると、人垣がサアっと二つに割れ、その間から一人の男性が歩み出て来た。年齢は私と同じ位だろうか。ふんわりとした白っぽい金色の髪、猫のような金色の瞳、ローブ、というのだろうか、フードの付いた魔法使いがかぶっているようなアレを着ている。魔法使いと違うのは、色が白くて金色の刺繍が入っていて、とても豪華だ。そしてそれを着こなしている。
「ゼスト師団長!」
ゼストと呼ばれた彼は、真っ直ぐ私とユナの方へ歩いて来た。
「魔力を目覚めさせれば、どっちか聖女だか分かるだろう?聖女の魔力は特別だからね。」
猫のような目を細め、にっこり笑いながら穏やかに彼は言う。
「お待ちください師団長。強制的な洗礼は受ける側に多大な負担が掛かります。ましてこの者らはただの今、異世界より召喚されたばかり。無事である保証はありません。」
師団長と呼ばれた青年のそばに控えていた男性がこちらを見ながら意見をする。
え、そうなの?私達、何されんの?
「耐えられるでしょ、聖女なら。」
師団長と呼ばれた青年はキョトンとした顔で首を傾げる。
「耐えられなかったら、それは聖女じゃないんだから、別に無事じゃなくても困らないよね?」
何でもないことのように微笑み、青年は両手をこちらに向けた。
その途端、何かが来た。
風ではない、熱でもない、でもとてつもない突風のような灼熱のような、何かの“圧”が押し寄せて来た。
そして次の瞬間、ユナの身体から眩い光が四方八方に放射状に飛び出す。白くて、その中にオーロラのような虹色が混ざった光。
ユナは驚いた顔で呆然と立っている。私に胸ぐらを掴まれたまま。
そして私はというと、眩い光などというものは放てず。
ただ、身体のまわりに黒い何かが。最初は影かと思ったが、そうじゃない。床が見えなくなる程の漆黒の何かが淀んだようににじみ出ていた。
「これで分かったね、聖女はこっちだ。」
師団長と呼ばれた青年はユナを指差した。
その瞬間、周りの人間が師団長を除いて全員ズアっと床にひれ伏した。
「聖女様、我々をお導き下さい!」
聖女ってなんだろう。導くってなんだろう。
私がクエスチョンマークを浮かべながら、ユナの胸ぐらを掴んだまま固まっていると、ツカツカと一人の男性が歩み寄って来た。
「無礼者、手を離せ!」
その男性は私を突き飛ばすと、うやうやしく跪き、ユナの手を取った。
「私はこのエルグランド王国の第一王子、アルト。聖女様、ようこそおいでいただきました。」
王子だと名乗った男性は微笑むと、ユナの手を引き、歩き出した。そして。
「聖女に無礼を働いたその女を牢にぶち込め!」
と吐き捨て。
私の身体は屈強そうな男性たちに拘束された。