討伐前夜
討伐が明日に迫った。
買い物以来、ランサーには一度も会いに行けてない。本人には悟られていないかもしれないけど、こっぴどくフラれて気まずい。会いに行けるわけが無い。
毎日、服を着るたび、見るたびにランサーを思い出す。
会いたいな、と思う。
他愛もない話しをして、あの大きくて温かい手で頭を撫でてもらいたい。
クシャっと笑った顔が見たい。
本人に、好きってことを悟られていないなら、会いに行っても構わないだろうか。気持ちに応えて欲しいとか望まなければ、脈が無くても好きでいるのも悪い事じゃないと思うし。大体、今まで毎日のように会いに行っていたのに急に来なくなるとか、意識してますと白状するようなものだ。
でも、今までのように気の置けないように振る舞えるだろうか。第一、あのタイミングでの他人宣言は迷惑だから近寄るな、という意志の現れではないのか?
全く、加護付けの口付けやら撫で回しやらですっかり勘違いしてしまった。あんなに大切な物に触れるようにされたら、誰だって勘違いして舞い上がるだろうよ……しかもあのレベルの美丈夫に。
「「はぁ〜……」」
溜め息をついたら、ハモった。
今、ここ…寮の部屋にいるのは、当然ながら部屋の主のセレナと私だけ。セレナも溜め息をついたんだ。
「セレナ、どうしたの?」
「レイこそ…」
今はお風呂上がり。明日の討伐の準備を終え、後は寝るだけというタイミング。セレナはベッドに腰掛け魔法の本を開いていて、私は就寝前のストレッチをしていた。
「私のは特に意味のない溜め息だから。セレナは?何か困ったことでもあったの?」
セレナが溜め息をついた。何か悩み事だろうか。体調が悪いのだろうか。私のはそれこそ勝手に勘違いして勝手に失恋して勝手に落ち込んでいるだけだからいいのだ。失恋なんて、時間で解決するしかない。
あの穏やかなセレナが溜め息をつくなんて、どうしたのだろう。
「私…?うん、まあ…悩みって程でもないんだけれど…ちょっと面倒なことがあって。」
「聞かせてもらってもいい?」
セレナの困っていることなら、力になりたい。力になれなくても、話しを聞いて少しでも気分が軽くなるなら、そうしてあげたい。私はストレッチを止め、セレナの隣、ベッドに腰掛けた。
「……明日の討伐、第1騎士団が参加するでしょう?」
セレナは、少し眉を下げ、ポツリと呟くように話し始めた。
「いるのよ、第1騎士団に。……元婚約者が。」
溜息混じりで始まった話しは、予想外のものだった。
「私としてはもう彼に未練は全く無いわ。婚約破棄の時に揉めて、もう彼が嫌になってしまったから。」
確か、婚約者はセレナから妹に乗り換えたんだったか。可愛くて明るくて無邪気な天使のような妹に。
私は自分が妹と歴代の恋人たちにされてきた裏切りを連想する。振られた時は辛かったけど、今となっては怒りと嫌悪感しかない。セレナも同じような感情だろうか。
「……でもね、世間はそうは思わなかったというか……。醜い私が未だに美しい妹の婚約者に横恋慕していると噂しているらしいのよね。彼も否定しないものだから、第1騎士団ではそれが通説になっているとかで……。合同で討伐に出る度に嫌な思いをするのよね……。」
セレナは、はぁ、と諦めたような、呆れたような溜め息をついた。
「何それ酷い!てか、腹立つ話しね!」
まず婚約者。お前には人の血が流れているのか。婚約を妹に乗り換えるという不実をかました上に、その汚名をセレナに被せるとは。
そして騎士団。騎士とは、主に忠誠を誓い、弱き者を助けるものではないのか。女性に失礼な振る舞いをし、嘲笑するものなのか。
美しいとかそうじゃないとか、そんなことで騎士ともあろうものが一人の女性に侮蔑的な言動を取るなんて。
最近新たな恋をして(失恋したけど)忘れかけていた怒りが沸々とわき出す。
「明日はそんな下品なこと言わせない!女性を貶すのがどんなに卑劣で恥ずべき行為か、騎士なら嫌というほど知っているでしょうに。そんなこと口にした瞬間恥をかかせてやるわ!」
「ふふ、ありがとう。」
鼻息荒く決意表明をする私にセレナは笑った。ムキになっている姿が滑稽だったのかもしれないが、それでセレナが笑ってくれるなら本望だ。
「それにさ、根本的な解決じゃないけど、見た目どうこうって話なら今回は大丈夫だと思うよ。」
最近、セレナはだいぶ変わった。
まず、お肌。
化粧水やクリームなどのスキンケア用品に、ポーション作りの要領で回復効果を付与したものを使ったら、どエライ勢いでお肌が修復・再生された。カサカサ、ボロボロ、しおしおだったセレナの肌は、ツルツルのプリプリである。
肌が変わると、顔立ちも違って見える。カサカサで皮が剥け、厚ぼったく腫れていたマブタが、潤ったことにより綺麗に腫れが引いた。半開きだった目が、パッチリと開いた。抜け落ちていた眉毛やまつ毛も生え揃ってきた。皮が剥けて血色が悪く白かった唇がうるうるのツヤツヤの綺麗なバラ色になった。頬は血色良く桃色に色付き、触れてみたいと思わせる。
次に、髪の毛。
こちらもシャンプーやコンディショナーに回復効果を付与したら、恐ろしい程の効果を発揮した。パサパサ、ゴワゴワ、艶の無くて縮れたセレナの髪は、艶々しっとりサラサラになった。以前は魔導師のローブで隠していたけれど、勿体無いから出すように何度も言い、最近はフードをかぶらずにいるようになってくれた。日の光の元で見るセレナの鳶色の髪は、本当に艶と陰影が芸術的で、惚れ惚れする。
ついでに、目薬に回復魔法をかけたら視力も回復したらしく、眼鏡は必要なくなった。度の強い眼鏡で小さく歪んでいた瞳は、実は大きくて煌めく琥珀色をしていた。長いまつ毛に守られたうるうると輝くその眼は、見るものを惹き付ける。
つまり、可愛くなったのだ。
小さくて華奢という所はそのままに、グンと可愛らしくなった。なんとも庇護欲を刺激する、儚げで危うい魅力に溢れている。毎日見ている、しかも女の私でもそう思うのだ、初対面の男性の前に放置したらこんな子攫われてしまうのでは?と思うほど。
ポーション作りの要領で、化粧品に回復効果付けたらどう?と提案したのは私だけれど、たったひと月でここまで見違えるようになるとは、正直思っていなかった。グッジョブ、私!
そして、女性は、見た目の自信が心にも大きく影響する。
セレナは明るくなった。元々、私といる時はとてもおしゃべりで明るい年相応の女の子だったけれど、宮廷魔術師の仲間の前でもニコニコするようになってきた。表情の明るい女の子は可愛い効果が3割増だ。
華奢で小柄で、顔が可愛くて、ニコニコ明るくて、でも傷つくことを知っているから思いやりもあって……
最強じゃないか、うちの子は。
「セレナは可愛いもん。元から可愛かったけど、今はさらに可愛くなったもん。醜いとか陰口なんか言えないでしょ。言ったら私が半殺しにする。」
「レイの場合、本当にやりそうなのよね……」
やるに決まっている。
「私はセレナの味方だもん。セレナを馬鹿にしたら怒るのは当たり前でしょ。騎士の風上にも置けないやつらっぽいし。うっかり魔法を暴走させたということにしておこう。」
「……人死には出さないでね……。私の方はレイが味方になってくれるからいいとして。レイ、レイは大丈夫なの?」
セレナが気遣わしげにこちらに視線をよこす。セレナ、自分の酷い待遇よりも、新人の私を心配してくれるなんて。
「いやー、やっぱり初めての討伐だから勝手が分からなくて緊張してるよ?」
優しいセレナ。
明日は初めての討伐で何も出来ないけれど、せめてセレナの邪魔にならないように頑張らなくては。
「そうじゃなく…。来るんでしょう、聖女。散々婚約者や恋人を横取りしてきたレイの妹が。」
「……忘れてたわ……。」
そうだった、アイツと会う羽目になるんだった!
今の今までキレイに忘れていた。
しかも、あっちは王子の庇護下にある国を挙げて探し求めた聖女様、こっちはペーペーの(コントロールド下手くその暴走系)魔術師見習いとして。




