親友の恋愛事情(セレナ視点)
柔らかくて暖かい、心地良い感触。ふわふわとした意識の中、微睡みながら目を開ける。
目の前には、2つの大きなマシュマロ……ではない。白いネグリジェに包まれた、豊かな胸。
ルームメイトのレイの胸だ。この大きな胸に顔を埋めて眠るのが、ここひと月の習慣になっている。今日も、柔らかさとムチムチとした張りを堪能する。親友の特権だ。レイに恋人が出来るまでは、このおっぱいは私の物。
……と言っても、多分、そのうち良い人が出来そうなんだけどね。本人は自覚していないけど。
私とレイが出会ったのは、ひと月ほど前。
レイが宮廷魔術師団に入団し、ルームシェアすることになったから。
正確には、ルームシェアではなく、レイが『こちらの世界』に慣れるまで、面倒を見て欲しいということだった。
なんとレイは、異世界より召喚されたのだという。
異世界からの聖女召喚。
私達の住むこの世界には、魔法が存在する。魔法は当たり前に私達の生活に根付いていて、魔法の無い世界など考えられない。結界を使用した防壁、自然災害の軽減、魔法が使えない者でも使えるよう工夫された便利な魔道具、医療道具、回復薬など……。
だが、魔法の使用は魔力を使用する。
魔力は、色々なものに干渉する。作用する。影響を及ぼす。
そうなると、少しずつ、本当に少しずつ、魔力によって干渉され、影響を受けたこの世界は歪んで行く。
そうして、その歪みは、魔物という形を取り、私達の前に現れる。
魔物が出たら倒す。そうして対処するのが『普通』なのだが、近年、魔物が増大してきた。数が増えたのだけでも問題なのだが、より大きく、強力になってきたのだ。
今はまだ、倒せる。騎士団と魔術師団、軍部で対応出来ている。しかし、これからは…?さらに強く、大きく、さらに増えたのなら?
今でさえ、魔法を使えず肉体で戦う騎士団は、もう単独では魔物討伐など不可能なのだ(本人達は単独でも可能だと見栄を張っているが、魔術師団のフォローが無ければまるで刃が立たないと私は見ている)。
宮廷魔術師団には、まだまだ余裕がある。なんと言っても、ゼスト魔術師団長がケタ外れの強さだし(その分マイペースだけど…)、退官してはいるけれど実力のある人達も多くいる。
とはいえ、それを騎士団の前で言うわけにも行かず……(騎士団は王族の信頼が厚いのだ)。
王の号令で聖女の捜索が始まった。
聖女の最大の特徴は、黒髪で黒い瞳の女性であること。東の国の中には、黒髪黒い瞳の人たちが多い地域もあると聞いたけど、私達の住むエルグランド王国にはまずいない。国教会が勢力を挙げて、黒髪・黒い瞳両方を持つ女性を国中から捜索したが、見付からなかった。
そうなると、次の手段。
異世界からの聖女召喚となる。
召喚の術を執り行うのはゼスト魔術師団長。膨大な魔力を必要とするこの召喚の術を行使できるのは、この人しかいないだろう。補佐に国教会の司祭が付くというけれど、補佐というより監視だろう。宮廷魔術師団に良いところは持っていかせたくないという王族側の意志を感じる。
そうしてレイは召喚されてこちらの世界にやって来たのだが……
聖女は彼女の妹で、彼女は一緒にいた所をたまたま、偶然、不必要に、巻き添えで、召喚されてしまったらしい。
聖女は王子が恭しくエスコートし、レイはというと、なんと地下牢に入れられてしまったのだとか。
……不敬だけど、失礼だけど、言わせてもらうわ。
王子は何を考えているのかしら?
お馬鹿なの?
たとえ聖女じゃ無かったとしても、聖女に掴み掛かった体勢だったとしても、勝手に召喚しておいて、元に戻る方法も分からないのに、地下牢ってどういう思考回路?
というか、誰か止めましょう?
…ゼスト師団長は究極的にマイペースだから無理だとして…近衛騎士とか国教会の司祭とか、大臣もいたわよね?止めないと!これだから王権派は嫌いなのよ。
そう思うのは、私がレイの親友だからだろうか?
常識的に考えておかしい、と思うけれど、他ならぬレイのことだから、こんなに腹が立つのかな。
レイの第一印象は……。
綺麗な人だなあ、と思った。
切れ長で力強い目、意志の強さを表す眉、ポッテリとした唇、意外に小さな鼻、黄金色の滑らかな肌、黒から栗色にグラデーションが掛かった張りのある髪。長い手足、大きな胸、細いウエストとメリハリがつく大きなお尻と、羨ましいほど恵まれた身体。あれはドレスを着たら相当映えるだろう。
だから、ひと目で、苦手だと思った。嫌いな人間だと思った。
きっと見た目のことで苦労なんかした事がないんだろうと思った。
でも違った。
彼女は、奇妙なくらい、自分の見た目に自信が無かった。
極端に自己評価が低い。
『可愛くない』ということに囚われて、全てを否定しているようだ。
女王のような美貌は『可愛くない』、見事なプロポーションは『威圧的』、健康的で輝く髪も肌も『可憐じゃない』と評する。
何故こうも自分の美しさを認められないのか不思議で仕方なかったが、話していくうちに分かってきた。
彼女には妹がいた。
皆が妹を愛するあまり、彼女を貶めたのだ。
それが分かった瞬間、私は彼女を理解出来た気がした。
だって私と同じだったから。
私の場合は、実際に私の見た目がよろしくないという要因もあるのだけど、同じ体験をしてきた。諦め、怒り、悲しみ、嫉妬、羨望……思い出したくもない様々な感情。それを彼女も経験してきたのだ。
しかも、婚約者を妹に奪われるという滅多にない経験まで。そんな所まで一緒だったなんて。
私は、見た目だけで彼女を拒絶しようとした自分を恥じた。
それから一緒に泣き、笑い、色々なことを話して、私達は親友になった。
その日私達は一緒のベッドで眠った。
同じベッドで誰かと眠るなんて、妹が生まれてから無かったことだった。
その日からずっと、私達は同じベッドで眠っている。
レイの体は暖かくて、柔らかくて、包み込むような優しい香りがする。彼女と一緒に眠る心地よさを知ってしまった今、一生手放したくない気持ちなのだけど……。
きっと、レイには、そのうち恋人が出来てしまう。
レイは、宮廷魔術師になって日が浅く、魔力も目覚めたばかりで安定していない。なので、私達とは異なるスケジュールで仕事をしている。キッチリこなしているのは、イグニス先輩の憔悴具合や異様に増えている超強力攻撃特化ポーションで分かるけれど……。
どうも、仕事終わりに何処かへ行っているようなのだ。本人に影が無いことを見るに、後ろ暗い所ではなさそうだな、とは思っていたけれど…。
まさか、あの、ランサー様の所だったなんて。
ランサー様は、宰相を輩出してきた侯爵家の嫡男にして宮廷魔術師団の実力者、社交界でも比類無き人気を誇る美丈夫で、その人となりも上品だけど気さくで社交的、何を取ってもパーフェクトな国中の女性が憧れるような男性だった。
そう、『だった』。
『ある事件』を切っ掛けに、ランサー様は侯爵家と縁を切り、宮廷魔術師団を退役し、身分を無くしたことにより社交界からも姿を消した。噂では王城の地下牢の牢番をしてるなんて聞いたけど……本当にそうだったなんて。
……でも、牢番のランサー様、見てみたい。絶対うらぶれた感じも色っぽくてイイ!その横にラクティス長官がいてくれれば、もう死んでもいいのに……!
…おっと、それは今の話と関係無かったか。
まあ、そのランサー様とレイが良い感じじゃないのかな、と私は睨んでいる。
というか、お互い好意があるのは確定だ。
だって、レイは帰って来るといつも機嫌がいい。ランサー様との時間が楽しいということだろう。それだけでも好意ありまくりなのに、この間はちょっとボーっとして顔を赤らめて帰って来た。確実に何か進展があったな、と思ってちょっと聞いてみたら、何やらモゴモゴ誤魔化していたけど、加護を付けて貰ったんだそうだ。
そして。
「加護付けるって、あんなことするなんて知らなかったから、びっくりした」とか言うから何されたのか聞いてみたら…。
……髪に触れて額に息を吹きかけるなんて、加護付けではしませんよ?するわけないでしょう、なんで気付かないかな、この子は?
というか、ランサー様はどういうつもりなのかな?からかい?ちょっと遊ぶ相手が欲しい?それとも本気なのかな?
いや、部外者が踏み込んでいいものではないから黙って置きますが、遊びや慰み者にしたら……黙ってはおりませんよ?
…とか思っていたんだけれど……。
どうやらそこは杞憂に終わりそうだ。
ついこの間、レイは街に買い物に出掛けた。初めての外出で、案内役を買って出たのがランサー様だという。それだけでも憎からず思ってくれているんだ、遊びではないのかな?と思えて安心したのだが……問題は選んだ服だ。
サイズも、色も、デザインも全てがレイにピッタリなのだ。サイズなんて、どれだけ体見られてるの?と心配になるくらいピッタリだし、あの可愛いけれど甘すぎない、体のラインを活かした大人っぽい服は、レイが望んでも得られなかった『可愛い』じゃないか。体も心も知ってますよ、と言わんばかりのセレクトだ。
それに、あの魔石のペンダント。あの色……深い海のような色、あれって、アレですか、自分の瞳の色ですかね?『お守り』って言ってたらしいけど、それっていつでも側で守ってやる、っていうメッセージですか?
そして極めつけは、魔術師のローブ。
『お下がり』とか言って持たせたらしいけれど……。
滅茶苦茶守護の術式の刺繍入ってるね?もう執拗なくらい。そのうえにさらに防御の魔法まで何重にも掛けてあるね?これじゃかすり傷一つ付けるのも一苦労だよ?どれだけ心配なの?一人娘を旅に出す親でもここまでしないと思うな。
……それにね、ランサー様。あなたの魔力だって分かるように付けてませんか、これ?レイはまだひよっこだから分からないだろうけど、それなりの年数を魔術師として過ごした者にはよーく分かりますよ?何ですか、牽制ですか?男よけですか?当日、帰って来たレイ本人からも、おそらくランサー様のものであろう魔力がガンガン漂って来ていたし……。
明らかにレイ本人の魔力じゃない魔力を垂れ流しているから、これはもしかして一線超えている?とか思ってしまったけど、レイの様子からすると、そういうわけでも無さそうだし……。
むしろ、少し沈んで見えた。悲しげで、まるで失恋してしまったような顔。
失恋……?
誰に?レイが好きなのはランサー様でしょう?
レイはランサー様に失恋したとか?
あり得ないでしょ、あれだけ俺のものアピールしているのに。どうしてレイは気が付かないのかな?
思うに、きっと、ややこしい勘違いをしているんじゃないかな。レイは、自己評価が低いせいで自分への好意にはとことん鈍い。些細な一言で、『私なんかが』と思ってしまう。私もそうだから、よく分かる。一度そう思ってしまうと、どんどん悪い方に考えが行ってしまうのよね。
あの二人に何があったかは分からないけれど、レイはランサー様が好き。ランサー様だってこれだけ独占欲と庇護欲丸出しで気が無いわけがない……と思うのだけれどな。
それとも、毛色の珍しいペットを手懐けたいという気分なのか……。
だとしたら許しませんけれどね、いくら推しとは言え!
まあ、私はあの二人には部外者なのだから、口を噤むしかないわよね。他人の恋に口出しなんてするものではないし。
「おはよう、レイ。」
私は柔らかいレイの胸の中、レイに今日一番の挨拶をする。
「……おはよぅ…」
寝起きのレイは、なんだかふわふわとしていて可愛い。
誰も知らない、私だけが知っているレイ。
この、ベッドの中での朝一番の挨拶も、私だけが知っているふわふわのレイも、そのうち取られちゃうのかな。
すっごくもどかしいけれど、お節介をしてあげたいけれど、晴れてハッピーエンドになるまでは、レイの隣は私のもの。もう少し、初めての親友を独り占めしたっていいよね?
そう思って、やきもきしてようかしら。




