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街でお買い物、そして失恋。

「お姉さん、一人?」

ベンチにもたれて途方に暮れていると、青年に声を掛けられる。服を着崩したちょっと軽薄な感じの3人組だ。今は私一人だけど、連れが……いると言っていいのか?帰ったっぽいのだが。

「珍しいね、黒い髪に黒い瞳だ。」

「お肌も見たこと無い色で…お日様の色でツルツルだね。目の形も山猫みたいだし…鼻も口も小さくて可愛いね。」

どう返事をすればいいか迷っているうちに、二人がベンチに腰掛ける。両サイドから挟まれ距離が縮まる。何だかグイグイ来るな、この人たち。そんなにアジア系の見た目が珍しいのか。

「細いね、腰なんて折れそう。」

一人の男性が私の腰に両手を回す。

「ひゃっ!」

びっくりして変な声が出てしまった。ちょっと、初対面の女性にそりゃないんじゃない?もしや、女性として認識してないってこと?……それとも、こっちの人はこの位当たり前なのかな?ランサーが他人の私に平気で加護付け……額に口付けして頬や髪を撫で回すくらいだし、あの程度は日常茶飯事だとすれば、ここで嫌がるのは過剰反応なのかな?

「どこから来たの?この辺の人じゃないでしょ?」

「この辺分かんないなら、案内してあげるよ!」

一人に手首を捕まれ、もう一人に腰を抱かれ、グイっと引かれる。これは……こっちの世界の距離感とかそんな問題じゃないぞ、抵抗しなきゃ連れて行かれるやつだ。

…でも、ランサーに置いて行かれた今、王城に戻るには誰かに道案内をお願いするしかない。ここは乗ってしまった方がいいのかも知れない。

「あの、ご親切にありがとうございます。」

ニコ、と微笑むと、男3人はニタリと笑った。その歪んだ笑顔に、ゾワリと背筋が寒くなる。

あれ、これ、下心MAXのやつじゃないか?ついて行ったらエライ目に遭うやつじゃないか、性的な意味で。

「あの、ご親切は有り難いのですが、連れがおりますので…」

慌てて方針転換である。若くて清い乙女ではないし今更だけれど、無理矢理そういうことをされるのは嫌だ。

「君を放っておく連れなんて、いいでしょ、別に。」

そう言いながら、一人が腰に回していた手をお尻の方までスリスリと移動させてくる。おい、何しとんのじゃ。

「離していただけます?」

抵抗するも純粋な筋力では男3人に敵わない。これは、最悪魔法を使うしかないかな…?でも、私の制御性能を考えると……魔法なんか使ったら、この一帯が消し飛ぶかもしれない。視界の端には子連れのお母さんの姿も見える。この人たちを巻き込むのは嫌だ。

そうこうしている間にも男3人はベタベタ触ってくるし、掴んだ腕に力がこもってきた。力ずくでも連れて行くつもりらしい。お尻を撫でる手もそのままだ。気持ちが悪い。

「レイ!」

どうしたものかと対応に困っていると、路地から出て来たランサーが大声で私の名を呼んだ。

「ランサー!」

助かった、とばかりにこちらも大声で呼び返す。

「……うちのに、何かご用ですか?」

ランサーが男3人に笑顔を向ける。目が笑っていなくて、こめかみに血管が浮き出ている。怒っているのか笑っているのか、何だか器用な表情だ。

ただ、2メートル近い長身のガッチリ筋肉ついた、しかも身なりの良い男からそんな表情を向けられた3人は、「ヒッ」と息を呑むとザッとベンチから離れた。

「んだよ、人妻かよ」

と憎まれ口を叩きながらも退散する。いや、人妻ではないけれど。

「違いますよ」と言うべき?とか考えていたら、ランサーが私の方を振り向く。

「ったく、何ナンパされてんだ!」

聞いたこともない大声に、ビクっとしてしまう。ランサーはいつも穏やかで低い声で話すから、驚いてしまう。

「いや、私の見た目が珍しいから声を掛けて来ただけだと思うよ。」

何とか怒りを収めたいので、ナンパとかではないよ、ということにしたかったのだが。

「お前は大体、危機感が無いんだ!」

さらに怒らせてしまったようだ。

でもさ、でもさ……。危機感って言われても。

「だって、こっちの人は距離が近いんだと思ってたから…。ランサーだって加護も付けてくれたし、撫でてくれたし……他人にもそういう距離感なんでしょう…?」

私のこっちの世界の男性との距離の基準はランサーだもの。ランサーは他人だと言った私に対してあの距離感だったのだから。

「なんでそうなるんだよ……」

ランサーはポツリと吐き出した。また苦虫を噛み潰したような顔をしている。私はまた何か間違ってしまったらしい。ランサーは何か言いたいことがありそうだが、何も言わない。

お互いたっぷり2分くらい黙っていたが、ランサーがふう、と息を吐き出した。

「…悪い。こんな所で大声で。」

よく見れば、周囲の人々がこちらをチラチラ見ている。

「……ん。」

端から見れば、痴話喧嘩か何かのように見えただろう。

実際は、私達は夫婦でもなければ恋人同士でもない。友人ですら無かった、他人だったというのが今日判明した。

なんだか、とても惨めな気分だ。


「帰るぞ。転移魔法使う。」

裏道に入ると、ランサーは何やら呟き始めた。すると、足元に光の模様が浮かぶ。よくファンタジーで見る、魔法陣だ。私が驚く間もなく、視界が光で埋め尽くされた。


次に目を開けると、何処かの一室だった。広さはそこそこだが、薄暗い。窓があるけれど、その下半分は土で埋まっている。

……地下、ということか。よく見れば、さっき買った服が床に積んである。地下牢の番人の、…ランサーの私室だろうか。


「どこ触られた?」

部屋に着くなりランサーが聞いてくる。

「腕と、腰と、……お尻。」

「そうか……ここか?」

男たちに触られた所を、ランサーがさすってくれる。これは浄化の魔法だろうか、触れられた所がじんわり温かい。腕はともかく、腰やお尻なんて他人に触れさせて良い所ではないはずなのに、心地良い。

……こういうことするから勘違いするのに。他の男に触れられた所を、上書きするように触れていくなんて、勘違いして下さいと言っているようなものじゃないか。

「一人にして悪かった。……怖かったな?」

優しい、暖かい眼差し。そんな目で見ないで欲しい。都合よく考えてしまう。

「いや、怖くは無かったよ。魔法使えば追い払えるし。」

嘘だ。

本当は男達のあの下卑た薄ら笑いを見た瞬間、ゾッとしたし、恐怖を感じた。

実際、魔法を繰出せば追い払えただろう。でも、その選択肢は無かった。他人を否応なく巻き込み、怪我をさせるのが分かっていたから。

だから、怖かった。

でも、怖いなんて言えない。

昨日までなら、「怖かったよー、置いていくなんて酷いじゃん!」とでも言ってランサーに飛び付いていたかもしれない。

でも、『他人』ならそれは出来ない。怖かった、なんて訴えられても迷惑だろう。

「っ…可愛くねえ…!本当に可愛くねえ!」

「いいもん。可愛くないのは知ってるから。」

可愛くない、という言葉に胸が痛む。今まで生きてきて、散々言われてきた言葉だ。

でも、特別に胸が痛い。

「…はー…調子狂う…。」

「またそれ?いつも思ってたけど、大概失礼よね。」

ジクジク痛む胸を悟られないように、昨日までの私風に話す。

「どっちがだよ。」

ランサーもいつも通りな感じだ。本当に機嫌が直ったのか、私のように『そういう風』に振る舞っているのか。ランサーをジッと見てみるが、分からない。分かるのは、ランサーはやっぱり綺麗な人だなぁということだ。なんでこんないい男を好きになってしまったんだろう。

あまりジッと見過ぎたせいだろうか、ランサーがフイっと顔をそらす。

視線をそらされて、また胸が痛む。

……これは、覚えがある痛みだ。

「ほら、これ。」

少し落ち込んでいると、私の目の前に、ランサーがズイと手を差し出す。その大きな手には、ウズラの卵程の大きさの石を革紐でまとめたネックレスが握られていた。石は深い深い海の色をしている。

「綺麗…。」

思わず呟く。見ているだけで、落ち着くような、そんな石だ。

「魔石のペンダントだ。討伐行くなら御守に持って行け。おっと、金がどうこう無粋なこと言うんじゃねえぞ。」

……これを買いに行っていたのか。

置いて行かれた、なんて思っていたけど、ランサーがそんなことするわけなかったな。

もう、こんなことをするから勘違いしてしまったのに。

「……ありがとう。」

思い上がるな、と理性は叫ぶ。でも、ランサーが私のために買って来てくれたのだ、と思うと嬉しい。ただの親切でも、そこに特別な心などなくても、嬉しいと思ってしまう。


……もう駄目だ。認めないわけにはいかない。

私は、ランサーが好きなんだ。

他人と言われてショックを受ける程度には。

他意のない贈り物に舞い上がるほど嬉しくなる程度には。

好きと認めたその日に振られるとは、我ながら間抜けだ。大馬鹿だ。これだから、ろくな恋愛が出来なかったのだろう。


胸中大暴動の私をよそに、ランサーは荷物を寮の玄関口まで転送してくれると言ってくれた。

「本当は部屋まで送ってやりたいが、お前の部屋が分からないからな。行ったことない場所は、座標がズレるんだよ。」

そんな風に言っていたけど、詳しくは分からない。仕組みが分からないのと、胸中穏やかでは無かったから。


「あと、これ使え。宮廷魔術師がローブ無いなんて笑われるぜ。」

別れ際、ランサーは私を呼び止め、バサッと布を被せてきた。

引き剥がして見てみると、深い紫色のローブだった。手触りがとても良い。上等な生地だ。裾全体、袖口、肩、フードの縁、前合わせの縁にとあちこちに刺繍が施されていて、ひと目でものすごく高価な物だとわかる。不思議と、全体的にキラキラと輝いて見える。溜め息が出るほど美しい。

「うわぁ…綺麗…。ねえ、これ高いんじゃないの?」

真っ先にお値段が気になるのが庶民だ。

「まあ、それなりだな。」

侯爵家の坊っちゃんが言う『それなり』とは……。気が遠くなる。

「駄目だよ、分不相応だよ。私、まだ全然魔法使いこなせないのに。」

「だからこそいいものを纏うんだ。ローブには守護の術式が組み込まれている。」

そんなものまで。この不思議なキラキラは守護の魔法なのか。

……それ、他人がもらうわけにいかないものじゃないか。ますます勘違いするじゃないか。

「遠慮すんな、そりゃ俺のお下がりだ。どうしてもって言うなら、出世払いで返してくれりゃいいさ。」

お下がり。つまり、ランサーが着ていたもの。

さらに勘違いが加速するやつじゃないか!なんなの、この人。

理性は、思い上がるな、勘違いするな、と警鐘を鳴らす。でも、心は、特別、嬉しい、貰っちゃえよ、こっちの気持ちがバレるわけじゃあるまいしと騒ぐ。

恋に落ちた女にとって、理性と心は勝負にならない。

「ありがとう。一生大事にする。」

ギュッとローブを抱き締める。

「大袈裟だな。」

ランサーは、はは、と笑う。単純にローブを貰って喜んでいると思っているのだろう。

本当は、ランサーのローブだから嬉しいんだ、あなたの代わりにローブを抱き締めているんだ、と言ったら……どんな顔をするのだろう。

嫌そうな顔?

驚いた顔?

無表情?

ゴミを見るような顔かもしれない。


この気持ちは、ランサーには伝えない。

でも、好きなことは諦められない。

好きでいるだけなら、許してくれるかな。


寮の部屋までは、一人で帰ることにした。ランサーが、送って行くか?と聞いてくれたが、大丈夫と断ってしまった。

一人になると、ジワリと涙が浮かんでくる。何回経験しても、失恋は辛いものだ。

しかも今回はユナのせいではなく、単純に自分の魅力が無かったのと、勝手に勘違いしたせい。

泣いたら駄目だ。

もう寮に着く。

こんな顔、セレナに見せられないや。

グッと目元を拭い、前を向く。


「ただいま!」

元気よく、帰りの挨拶をする。セレナが、とてとてと部屋の奥から駆け寄って来る。可愛い。癒やされる。

「おかえりー。」

セレナは私を迎えると、キョトンとした顔で私の服装を見たあと、

「そっか、今日だったわね、買い物。凄く似合っているわ。」

と言ってくれた。

「そっか、ありがとう!」

セレナに褒められると嬉しい。セレナは、伯爵家の長子。幼少期より様々な教育を詰め込まれたらしく、知識もセンスも抜群なのだ。

「結局、どうやって街に出たの?」

セレナの問に、少し詰まってしまう。嫌でも色々思い出すから。

「ああ……ランサーにお願いしたよ。」

「ランサー様?!」

セレナは驚いたように短く叫んだ。そうか、セレナはランサーとラクティス長官が押しカプ(脳内の)だったな。……会社の腐女子の後輩情報によると、押しカプに絡む女は嫌われるらしいけど、私、大丈夫かな……。セレナに嫌われたら、生きていける気がしない。もし、嫌われたら、その時は振られたことを伝えれば許してくれるかな…?

「もしかして、その服やネックレス選んだのもランサー様?」

「そうだけど…」

私の不安をよそに、セレナは特に気分を害した様子も無く、普通に話しかけてくる。杞憂だったのかな?

「ふーん…なるほど……。ランサー様がそれをね……そっかぁ…。」

「セレナ?」

セレナは何かを考えて、何故か納得している様子だ。

「うん、私は応援するわ!ランサー様は押しだけど、レイならウェルカムよ!」

「セレナさん?」

そしてよく分からないことを言い始めた。応援?……もしかして、私がランサーを好きになってしまったことがバレた?いや、でもそんな話の流れだったかな……?

「で、レイ。それは?」

「ああ、討伐用の服と……。ローブもくれた。後でちゃんとお金渡さなきゃ…。」

一人で焦って血の気が引く思いでいたが、セレナは私の抱えているローブに目を向けている。やっぱりバレてはいないのか。

「うわ…。これ…」

「え、何?何か変?」

ローブを広げて見せると、セレナは明らかに驚いた表情をし、ちょっと引いたような声を出した。やはり私には不相応なのだろうか。

「ううん、綺麗なローブね。」

「だよね、刺繍が入ってて綺麗。高いんだろうな、ランサーのお下がりだし出世払いでいい、なんて言ってたけど……。」

私が話す横で、セレナはジッとローブと私を交互に見つめている。ちょっと落ち着かない。やっぱり、このローブ、相当な物なんだろう。

「ふぅん……。ランサー様も大変ね。」

「そうだね、こんなに買い物に付き合わせちゃったし。」

「んー、そうじゃないけど、まあいいわ。ご飯に行きましょ!」

セレナはにっこり笑うと、私の腕を取った。

さっきまでこの世の終わりかというくらい落ち込んでいたけれど、セレナと話したら、少し気分が軽くなった。今はまだランサーのことを考えると胸が痛いけど、いつかセレナにも全部話して、笑い話に出来ればいい。


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