街でお買い物。
魔物討伐まであと一週間。
正直不安しかないが、とりあえず出来る準備をしておくことにした。
まずは魔法の練習。
相変わらず、私の魔法はコントロールが定まらず、さらに悪いことには超攻撃特化の特異体質らしい。制御不可の強力な兵器を持たされている、と考えてもらえれば分かりやすいか。
それでも、(主にイグニスさんの努力によって)、何とか少しずつ少しずつ、望む強さで、望むタイミングで、魔法を発動させることが出来るようになってきた。本当にイグニスさんには頭が上がらない。今日ももう立てない程憔悴し切っている。ずっと強力な結界を維持し続けるのは、相当キツいらしい。本当に申し訳無い。
でも、少しずつだけれど、弱く、小さく、魔法を展開出来るようになってきた。初日のように暴発することはあまりなくなってきたと思う。あと一週間、この調子で魔法の精度を上げて行こう。
次に、装備の準備だ。
と言っても、体と武器で戦闘を行う騎士団と異なり、魔法主体の魔術師団には特別な防具だったり武器だったりは無いとのこと。しかも食料や飲料水、野営の道具などは魔術師団で用意してくれるという。自前で用意せねばならないのは、討伐の場所が湖周辺なので防水性のある歩きやすい靴くらいで良い、とガリュー副団長は言ってくれた。
それなら、一体何が必要なのか?というと……。
「その……女性にこう言っては失礼だが、レイ、君は服の替えは無いのか?いや、いつもその服だなと思ってだな。その服では、今度討伐に行く森林地帯の湖周辺は厳しいと思うぞ。」
そう、服が無いのだ。
私がこっちの世界に巻き添えで召喚されてから、一月近くが経っているが……なにぶん、身一つで召喚されて、手持ちの着替えは皆無の状態。そして運良くお仕事につけたけれど、ひと月たっていないので(こっちの世界も月給制かどうかは知らないけど)お給料がまだ出ていない。お金が無ければ、何も買えない。服は、召喚の時に着ていたもの一枚きり。シャツにジャケットにパンツ、ローヒールのパンプス、という出で立ちである。寝間着はセレナが一枚くれたので、それを使い、パンツとジャケットはホコリを払ってハンガーに掛け、シャツと下着はお風呂前に洗って、寝ている間に乾かして毎日着ていた。
「着替え、持っていません…。召喚から今まで、まだお給料出てないですし、こちらのお金持っていませんし……そもそも街に出たことがありません。」
こちらの世界に来てから1ヶ月弱。毎日宮廷魔術師団の寮と庁舎の往復のみだ(ランサーに会いに地下牢へ行くのは除く)。その生活に別に不満は抱いていない。否、不満を抱くような余裕すら無かった。服も、毎日手洗いは不便だな、面倒だな、という気持ちはあったが、買いに行くという発想が無かった。異世界召喚なんて滅茶苦茶なことがあっても凹まずやって来たと思っていたけど、実は結構ギリギリの精神状態だったのかもしれない。
指摘されて初めて、恥ずかしさがこみ上げて来た。そうだよね、ひと月近く同じ服って、年頃の女性として無しだわ……。しかも、お金がないという理由でなんて、とても惨めだ。
「…そうか。気が付かず済まなかった。」
ガリュー副団長は心底済まなかったという顔をすると、給与を前払いにする手続きを取ってくれた。そして、勤務時間でも合間を見て買い物に出て良いと言ってくれた。本当にこの人、部下想いの理想の上司だわ……兄貴に心酔し過ぎなのを除けば。
勤務時間でも良いなら、いつものパターンだと、昼頃にはイグニスさんの魔力が尽きてしまって、後は自主連とポーション作りになる。その時間を利用しよう。
「セレナ!買い物に付き合って!」
買い物に出るにあたり、問題は街のどこに何があるか、である。買い物はおろか街に出たことすらもないのだ。無計画にノコノコ出掛けては迷子必至だ。それに物の相場も分からない。宮廷魔術師なんて特殊技能持ちの国家公務員のようなものだし、それなりのお給料だとは思うけれど。
そしてやっぱり、買い物なら女子と一緒がいい。特に今回は服だし、下着類も買いたい。そうなると、私の周りにいる女子は一人だけだ。
「ごめんなさい、私、買い物に出たこと無いの…。街にも怖くて出掛けたことないわ…。」
……そういえば、セレナは伯爵家のご令嬢だった…。そりゃ、ガチ貴族の買い物はお屋敷に出入りの商人がいるよね。
二人で迷子になった挙げ句、悪い人にカモられる未来しか見えない。親友と街でお買い物とかしてみたかったけど、セレナは駄目か……。
「カムリ、買い物とか付き合ってもらえないかな?」
それならば、女子ではないけど女子よりも可愛らしいカムリはどうだ。
「なんの?」
「服とか、下着とか…」
「駄目。女性の服とか、よりによって下着とか、駄目に決まっているでしょ!」
そうだ、カムリは愛くるしい見た目にそぐわず昭和の頑固親父のような貞操観念だった…。カムリも駄目か。
あと、話せる人は……
「イグニスさん…」
「……。」
午前中の特訓終わりに話しかけてみたが、もはや話すのも辛いらしい。むしろ意識があるかも怪しい。
「いえ、ナンデモナイデス。」
この状態のイグニスさんに買い物に付き合えなんて言えない。というか、そもそもイグニスさんは防御魔法の師匠であって、お買い物に出掛ける仲では無かった。
そう考えるともちろんガリュー副団長も無理だ。そもそもあの人は聖女のお守りに魔術師団の内務に忙しい。
私、交友関係狭いなぁ……。
「どーしよー!服が買えない!」
「そんな愚痴まで言いに来たのかよ、お前。」
困り果てた私は、また例によって地下牢で愚痴を言っていた。ランサーは呆れた顔をしながらも、隣に腰掛け、話を聞いてくれている。
「だって、だいぶ死活問題だよ?毎日下着洗って着回しているのよ?毎日ノーパンで眠っているのよ?もう情けなくって。」
「ノーパン?」
なんと、ノーパンという単語をご存知無いらしい。単語そのものが無いのか、良いご身分なので下世話な単語を知らないのか。
「下着無しで裸に寝間着ってことよ。」
「……。」
ランサーが何とも言えない表情をする。真顔だけど、何か考え込んでいるような渋い顔だ。
「想像した?」
「バカタレ。」
否定が早い。相変わらず扱いが雑だなあ。結婚適齢期の女性が下着無しで夜を過ごすという色っぽいシチュエーションなのに、バカタレて。
「あ、この際ランサーの服と下着でいいから、少しくれない?うまいこと縫い直して使うから。」
「お前は本当に馬鹿か?」
私としては、なかなかの妙案だったのだが、物凄いバカ扱いをされてしまった。お裁縫は結構得意だったのにな。まあ、『下着ちょうだい!』とか言われてハイどうぞとはならないか。
「だめかー。まあ、いいぜー、なんて言うとは思って無かったけどね。」
「じゃあ最初から言うんじゃねえ。」
本当に扱いが雑ではなかろうか。加護を付ける時は、あんなに優しげで慈しみの視線だったのに。まあ、この遠慮なく言い合える感じが楽しいんだけども。
「はいはい。ま、ちょっと不安だけど、一人で街に出てみるしかないかー。地図とか、何屋がどこにあるとか、そのくらいなら教えてくれない?」
「お前、一人で街に出るのか?」
もはや、その選択肢しかなさそうだ。私はコクリと首を縦に振った。
とりあえず、迷子にならないように気を付けねば。
「止めておけ。街には治安の悪いエリアもある。それに……お前、目立つだろう。トラブルが向こうからやって来るぞ。」
私の決意をよそに、ランサーは渋面を作り、ごもっともな意見を述べてくる。
ここは王城がある都市。ということは一国の首都だ。首都に、こっちの世界の常識を理解していない人間がお一人様でお出掛けして、何のトラブルも無く過ごせるだろうか?
加えて、私の見た目である。
こちらの人達は、金髪だったり、茶色だったり、赤かったりと色々な髪の色に様々な瞳の色をしている。そして彫りの深い顔だったり、彫りは深くなくとも大きな目だったりとはっきりした目鼻立ちの人々が多い。
それにひきかえ、私はいわゆるアジア系の見た目である。黒髪黒い瞳、吊り目で顔がキツいからボンヤリした印象でこそないものの、大きくてカラフルな瞳も、光輝く髪も無い。最初は黒目黒髪かと思ったランサーですら、実は黒ではなく、夜の海のような深いブルーの髪と瞳を持っている。おそらく、街に出ると私の方が浮くであろうことは、簡単に想像出来る。悪目立ち必至である。トラブル発生の予感しかない。
「ええ……。じゃあ、どうすればいいわけ?」
ランサーの言っていることはごもっともかもしれないが、では、それならどうするんだ、という問題に戻る。一緒に行く人はいない、一人で行くのは良くない……。お下がり頂戴と言うのは却下だし。
「あれ、これ、詰んでない?」
どうしようもない袋小路である。いっそ、布で縫ってしまおうか。でもそもそも布が無い。結局、布だって買いに行かねばならないのだ。やっぱり詰んでいる。
「あー……お前、明後日の午後、空けられるか?」
唸っている私に、ランサーが明らかに気が進まない体で聞いてくる。今にもため息が出そうな顔をしていらっしゃる。
「大丈夫だと思うけど……。」
何なの?と疑問に思いながら、答えると、ランサーは脱力したような、不貞腐れたような表情で、
「連れてってやるよ、買い物。」
と、そっぽを向きながら言った。
「ランサー!」
買い物当日。よく晴れて青空が広がる午後。一応イグニスさんには、午後に買い出しに行く旨を伝えておいたけれど、やはり昼前には力尽きたらしく、私のお買い物タイムは予定通り始まった。
今日はいつもの地下牢ではなく、王城の通用門合流だ。地下牢集合でと言った私に対し、
「折角外に出掛けるのに、地下牢集合ってのも……味気ねえだろ。」
と呆れたようにランサーは言った。正直に言うと、味気ないとか、彩りとか、気遣いとか、空気を読むとか、そういったことが苦手なので、地下牢集合が一番分かりやすくていいとすら思っていたのだが。
「それと、こういうのは集合って言葉は使うんじゃねえよ…。普通、待ち合わせって言うんだ。」
何だか雅なこだわりがあるようだ。良い家柄の坊っちゃんは色々気が付くものなのか。
「おう」
駆け寄った私にランサーが手を上げる。どうやら私より早く来ていてくれたらしい。
私服のランサーを初めて見るけれど……知ってたが、改めてランサーはいい男っぷりだ。私はいつものジャケットにパンツという格好で、いつも通りのひっつめ髪という色気の無い格好なのに対し、ランサーはいつもはハーフアップの髪を下ろしている。通常ピョンピョン跳ねている癖毛が、下ろすといい感じのパーマというか、無造作セットのようだ。なんだか通常より色気が3割増な気がする。服も、いつもはダボダボのシャツにワークパンツにブーツなのに、今日は軽装ながら何だか上等な生地を使った服だ。長い脚が、ガッチリ付いた筋肉が、ワイルドめだけど整った顔が、やたら目立つ。
やっぱりコイツ惚れ惚れする程の男前だなぁ。何も知らなければうっかり見惚れていたかもしれない。中身を知っているからこそ、平常心でいられるのだ。
さっきから街ゆく人たちがチラチラとランサーを見ている。女性たちなんか、ポーっとしている人までいる。
……私、この人の隣に並んで街歩きしなきゃならんのか……。
この美丈夫の隣にはゴージャス系の美女しか似合わないだろうに……今の私は地味な事務員みたいな格好なわけで。釣り合っていないこと甚だしい。
せっかくのお買い物なのに、出鼻を挫かれた感が半端ない。
私は人知れず溜め息をついた。




