魔物討伐へのお誘い
「魔物討伐?」
イグニスさんと防御魔法の練習を始めて10日余り。
その日の朝出勤すると、ガリュー副団長に呼び止められた。
そして伝えられたのは、今度あるという魔物討伐のお話。
最初は魔物討伐とは?という講義のようなものかと思っていたのだが、どうやらその討伐に私も加われということらしい。
私もまだ卵とはいえ宮廷魔術師の一人なのだから、いずれは魔物討伐にも参加するんだろうなーとは思っていたけれど…こんなに早く参加することになるとは。
いや、でも、私……。
「私、防壁すら満足に作れないんですが……大丈夫でしょうか…?」
私の魔術のセンスはやはりアレらしく、未だ満足にコントロール出来ないままである。ようやく風の防壁を作れたと思ったら、強烈なかまいたちのようなシロモノで。殺傷力のある防壁……防壁って何だっけな?というものが出来てしまい、とてもこれを仲間のいる所で展開出来そうにない。多分死人が出る。そのような仕上がりで討伐に同行して大丈夫なのだろうか。
「あくまで君は見学だ。こういう仕事をしている、というのを自分の目で見て感じて欲しい。」
ガリュー副団長の言葉にホッとする。
良かった。さすがガリュー副団長。ちゃんと私の魔法のレベルも分かってらっしゃる。魔物という未知のものも怖いけれど、まずは自分の使いこなせない能力と、経験の無さが怖い。
「これは君に言うべきでは無いかも知れんが…。」
そしてガリュー副団長は渋い表情をしながら、声を落とした。
「今回の討伐は、騎士団のみで行くつもりだったらしい。」
通常、魔物討伐は騎士団や軍、宮廷魔術師団の合同で行う。もちろん規模や目的にもよるが、宮廷魔術師団は必ず参加する。魔物の調査・研究の意味もあるからだ。
それが今回は、騎士団だけで行くという。
「今回行くのは、ソリオ湖周辺だ。確かにあの一帯はもう何度も討伐隊が赴き、強力な魔物は残ってはいないだろう。」
だから宮廷魔術師は不要と言うわけか。しかし、何故そんな比較的安全な所にわざわざ討伐に出掛けるのか、という疑問が残る。
そんな私の疑問は、ガリュー副団長の言葉ですぐにとけた。
「今回は、王子と聖女が同行するらしいのだ。」
王子と聖女というやんごとない人たちが参加するから、危険性の低い場所で、それなりに討伐の真似事をして、成果をアピール、護衛には騎士団を付けて…ということか。宮廷魔術師団がいると王子や聖女が討伐の主役になれないし、そんな『魔物討伐ごっこ』に本職であり聖女の魔法の先生である師団長や副団長が思うように付き合ってくれないものね。なんか腹立たしいのは、私が聖女のユナと王子に良からぬ感情を抱いているからだけではないはずだ。
「だが、宮廷魔術師団としては、引き下がるわけにはいかんのだ。今まで浄化や回復を担っていたのは誰だと思っている?聖女の魔法の教育は誰が行っている?魔物の傾向の分析は?発生メカニズムの研究は?」
腹立たしい思いをしているのは、やはりガリュー副団長も同じようで。
「そういった事を全て無視して、聖女がいるから魔術師は不要と言われても困るのだ。」
私の予想よりもっと腹立たしいことを言われていたらしい。聖女というチートが来たからといって、今まで散々世話になっていた魔術師団にそんな態度と言葉をぶつけるなんて。そんなこと言われたら、どんな温厚な人でもカチンと来るだろう。それを指示したのが王子だというのだから、この国は大丈夫なのだろうか。
「騎士団や王子との軋轢が顕著になっても善くないから、最少の人数で行く。メンバーは、回復師のセレナ。結界師のイグニス。聖女のお目付け役で俺が行く。」
腹を立てながらも、それでも先方に気を遣う、社会人の鑑ですよ、ガリュー副団長…。お疲れ様です…。
ちなみに、あのマイペースゼスト師団長は?というと、この失礼な物言いに完全にやる気も義務感も無くしたらしく、聖女の教育も騎士団との連携も一旦白紙に戻すと宣言し、ガチの魔物討伐に精鋭を連れて出掛けて行ったらしい。
「あの聖女、魅了が効かない、甘やかしてくれないと分かるや態度が悪くなったし、そもそも最初からやる気があったのかも怪しいし、もう付き合わなくていいなら僕も本望だよ。王子も騎士団の連中も、何かとこっちを敵視してくるしねぇ、協力しなくていいなら願ったり叶ったりだよねぇ。じゃあ、僕はストレス解消にちょーっと出掛けて来るよ。」
そう綺麗な笑顔で言い残して、猛者を引き連れ山奥に消えたらしいが……あのふわふわ天然ちゃんのゼスト師団長にそこまで言わしめるとは……これは相当怒っているのではなかろうか。
というか、ユナよ…。せっかくチート貰って請われてこっちに呼ばれて、聖女様なんてチヤホヤされているんだし、真面目に教育くらい受けとけよ…。こっちは魔力制御すら出来ない、地下牢にぶち込まれるとか散々なのに。
とはいえ、今まで魅了の力で全ての人間が味方だった人生だ。それがいきなり通用しないなんて、あの甘ったれには耐えられないだろう。全く同情はしないが。
しかし、騎士団・王子と宮廷魔術師団が不仲なんて知らなかった。
……私、そんな中で討伐に同行して上手くやれるだろうか…?
「私、今度の魔物討伐について行くことになった。」
相も変わらず、地下牢である。
昨日、ランサーに加護を付けて貰って、それをデコちゅーかと勘違いして赤面したので、大変気まずかったのだが、だからと言って今日来ないと意識してますと言っているようなものなので、ノコノコやって来た。
ランサーは私が鉄格子をひん曲げた牢屋のベッドに腰掛け、話を聞いてくれている。組んだ脚が物凄く長い。
「へぇ、凄いじゃねェか。……お前さん、魔法をコントロール出来るようになったのか?」
「全然。」
「おいおい…。悪い事ァ言わねえ、今からでも辞退しておけ。」
「あ、大丈夫、私は見学で同行するだけだから。副団長もそんな自殺行為みたいなことしないって。」
私は同じ牢屋の椅子に腰掛けている。真横からランサーを見上げながら話す。本当に、見た目だけなら色っぽくてフェロモン駄々漏れなのだが、ポケットに酒の小瓶持ってたり、いい加減なことを言ってみたりするのを私は知っている。
「そうかい、安心したぜ。魔物討伐は、ベテランでも油断出来ねェ。何があるか分からないモンだ。そこに魔法を使いこなせないのに参加するなんて、お前さん死にに行くようなもんだぞ。」
ランサーの言葉にやっぱりそうか……と若干落ち込むが……よくよく言葉を噛み締めてみると、あることに気が付いた。
「ランサーは優しいね。」
「…はァ?」
「部隊の心配じゃなく、私の心配をしてくれたんでしょ?」
じっとランサーの目を見て言う。さあ、どうかな?
「……。」
ランサーの目が、こちらを見ず、そっぽを向いている。これは図星だろう。
「ありがと。」
えへへ、と笑いながら言うと、ランサーは「やっぱ調子狂うわ」と溜息をついた。人の笑顔見て溜息とか調子狂うとか、こいついつも失礼だな。これは詫びとしてアレを所望しておこう。
「ところでさ、今日は撫でないの?」
「お前さん昨日の今日でよくそんなことを…。」
「そりゃ昨日も撫でてもらったけど、アレ、気持ちいいのよ。今日は撫でてくれないの?」
「昨日ってなァそのことを言ったんじゃないんだが。」
「うん?」
「ま、いいかねぇ…」
ナデナデ、無事ゲットである。ランサーの前に椅子ごとズリズリと移動する。
ランサーの大きくて分厚くて、温かい手が私の頭を撫でる。時折撫でるだけじゃなく、髪を手櫛で梳いたりまでしてくれる。気持ちが良い。猫にでもなった気分だ。
こうしていると、加護付けのデコちゅー未遂なんてどうでも良いような気がしてくる。私が勝手に勘違いして泡食っただけで、そういう意図は微塵も無いわけだし。
あ、加護と言えば。
「ねえ、アレ、しっかり付けて貰うことって出来る?」
「アレ…?」
「アレよ、『加護』!やっぱり討伐とか、魔物自体見たこと無いのに不安だしさ、もし加護とか守護とか付けてもらえるならガッツリ付けてもらえたら…って……。」
「……。」
ランサーが無言になる。顔も真顔だ。
あ、もしかして図々しいお願いだったか。昨日はサラッとやってたから、よくやるものなのかと思って軽々しく頼んでしまった。
「あ、あの、凄く魔力使うとか、迷惑だったり面倒臭いとかなら全然いいし、そうじゃなくても、ホイホイ善意のみでやるものじゃ無いっていうなら勿論ゴメンナサイなわけで……」
「ふっ…ははは…!」
ランサーが突然大声で笑い出す。私は少し驚いてキョトンとしてしまう。急に大きな声を出したのと、加えてこんな笑い方をするとは思っていなかったので、少し意表を突かれてしまった。いつも余裕顔の皮肉な笑顔か気だるい笑みしか見たこと無かったのに。
「いや、悪いな、初めてだもんな、不安だよな?」
「うん。」
「いいぜ、付けてやるよ、“加護”。」
その気前のいい返事に、いそいそと椅子から立ち上がり、ランサーの胸の前に移動する。
ランサーの大きくて分厚い手が、私の髪を撫で、前髪をかき上げて。
そして、おデコに唇が近づき、フッと息を吹きかけーー
ふに、という感触がおデコに当たる。
あれ、今のって…。
「…ほらよ、しっかり付けといたぜ。」
ランサーが目を細めながら吐息混じりに囁く。サラリと髪を撫で、耳と頬にその大きな手で触れる。優しい触り方だ。
…これは、こっちの世界では加護を付けるという、至って真面目な行為。デコちゅーみたいというか、モロにデコちゅーだけど、触れ方もまるで愛しい人に対するような感じだったけど、“そういう”意味は欠片もないのだ。
ふに、とした瞬間、心臓が飛び跳ねたけど、『あれ、これ、昨日と少し違わない?』『普通に唇着いてるけど?!』と思ったけど、そういう意図は微塵も無いのだ。きっと、しっかり加護を付けて、なんてお願いしたから、より親愛がこもったやり方になったのだろうきっとそう。
茹でダコみたいな赤面を見せるわけにはいかない。冷静にならなきゃ。
「……ありがとう。」
内心おデコにキスにワタワタだけれど、表面を取り繕い、意識してませんよ、という顔を作って微笑む。実際は意識しまくりだ。上手く笑えているだろうか。
「よし、当面は、イグニスさんと防御魔法と基礎の特訓ね。せめて邪魔にならない程度にはなりたいな。」
何でもないように話題を変える。変な空気になって今までのように話せなくなるのは嫌だ。ランサーはというと、いつも通りの余裕綽々といった顔をしている。私も、お仕事の話をして色々切り替えなくては。
「イグニスねェ…。アイツは防御のプロだが、お前は明らかに攻撃寄りじゃねェか?」
「そうなのかな?ああ、でも防壁作るたび処刑道具みたいなのが出来るね。」
「……そらぁコントロール出来なきゃ恐ろしいわな。…見たところ、魔力は充分だが…いや、充分過ぎんのか?巨大な暴れ馬に乗ってる感じだな。」
ランサーはじっと私を見る。いや、私を、というより、私の魔力を見ているのだろう。ゼスト師団長もやっていた、あの見透かすような鋭い視線だ。
「あー…。」
そしてランサーの言葉には納得しかない。軽く軽くと思いながらやってみても、結果暴力的な威力を伴っていたり、爆発的・破壊的だったりする。弱く、小さく、軽く、が出来ない。いつも暴走しているような、まるで自分だけ急に力を100倍にでもされたような、そんな加減の出来なさ。『巨大な暴れ馬』と言うのは言い得て妙である。
「ま、あんま考え込むな。洗礼受けてしばらくは魔力が安定しない奴も多いんだ。」
どうしたもんか、と考える私の頭を、ランサーの大きくて温かい手が撫でる。
やっぱり、安心する。加護を付ける時はだいぶ顔の距離が近いからドキドキするけど、ランサーの大きくて分厚くて温かい手で撫でられるのは好きだ。
「頭だけじゃなくもっと全部撫でてくれたらいいのに。」
全身その温かい手で撫でてもらえたら、そうしたらきっと気持ちいいし、温かいし、満たされそう。
なんの気無しに言った言葉だったが、ランサーの手がピクリと強張り、撫でるのを止めてしまった。
そう言えばランサーはいいとこの坊っちゃんだった。女性(一応)に全身撫でてなんて言われたらギョッとしてしまうか。今まできっと上流階級のお嬢様としか接して来なかっただろうし。いや、いやらしい意味は全く無いんだけど、言葉だけをとらえれば『そういう』誘いのようにも聞こえてしまうか。
「ああ、ゴメン、変な意味じゃないよ。」
慌てて弁明を試みる。
「……当たり前だろ。俺とお前の仲なら、変なことにはならねえよ。」
その言葉にホッとする。
と同時に少しモヤっとする。
それって、全く女性として見られていないということじゃないか。
いや、今までのような、気兼ねなく話せるというのは嬉しい。それは大事。そのためには変に女として扱われない方が都合がよい。
だから、ランサーの言葉は願ったり叶ったりのはずなんだけど…。この胸のモヤモヤは何なのだろう。
きっとアレだ、女性として扱われないのが今までのコンプレックスを刺激しているんだ。きっとそう。
……それ以外の答えも知っているけれど、それは認めたくない。認めてしまうと、今までの自分ではいられなくなりそうだから。
「そうだね、ランサーと私じゃね。何も起きないね。」
胸のモヤモヤにはフタをして、私は笑顔で答えた。




