団長と副団長
朝ご飯を食べ、セレナと一緒に出勤する。
昨日は魔力のお勉強と適正チェックだけだったから、実質初出勤だ。
「おはようございます!」
やや大き目の声で挨拶をする。社会人の基本、挨拶はしっかりやらねば。
「おはよう。君が聖女と共に異世界から来た者か。」
少し離れた所から、一人の男性が声を掛けてきた。
細身だが筋肉質なのだろう、シッカリした体躯を、黒地に銀糸の刺繍が入ったローブに包んだ美丈夫。白っぽい銀髪はツンツンしていて、眼光は鋭い。猛禽類を思わせるが、長いまつ毛や通った鼻筋が猛々しいだけじゃなく美しさも感じさせる。
「俺はガリュー。宮廷魔術師団副団長だ。カムリから話は聞いている。」
よく通る声の、カッチリした話し方。きっと真面目な人なのだろう。新人が出勤したところに向こうから来てくれるなんて、誠実で部下思いなのも窺える。
「月野レイと申します。よろしくお願いします。」
それにしても…。
何か、見覚えがあるような。会っているはずは無いのだけれど。
もしかして。
「あの、お会いしたことあります?召喚の場にいらっしゃったとか…」
会っているとしたらそこしか無い。昨日は団長も副団長も詰所にはいなかったのだから。
「俺は召喚の場にはいなかった。召喚の儀式を執り行ったのは兄だな。宮廷魔術師団団長のゼストは俺の兄だ。」
そう言われて腑に落ちる。なるほど、兄弟か。顔が似ているのだ、あのゼスト団長に。それで既視感を抱いたのか。
しかし、顔は似ているが、性格はかなり違いそうだ。ガリュー副団長は真面目でキッチリしたタイプと見た。部下への配慮も出来る。
でも、ゼスト団長はどうだろう?直接会話をしたわけではないが、あの召喚の場でのやり取りから見ると……聖女以外は死んでも構わぬと言い切り、それを何とも思っていない風で。その後も我関せずの態度で、勝手に召喚しておきながら、聖女じゃなかった私は絶賛放置だった。とても他人に配慮が出来るとは思えない。ランサーも『気まぐれ』と言っていた。
思うに、冷酷で冷淡、他人に興味の持てない、自己中心的な性格ではないか。
「兄上…団長ならあちらにいらっしゃるぞ。挨拶をしておけ。」
ガリュー副団長が勧めてきたが、正直気が進まない。なにせつい一昨日、その団長のせいで…と言ったら八つ当たりかもしれないが…酷い目に遭ったばかりだ。
命の危険があるというのに無理矢理『洗礼』をされて、聖女じゃ無かったからと放ったらかしで、確かに地下牢に私を放り込んだのは王子だけど、それを止めもしなかったし。
顔を見るのも遠慮したいほど気は進まないが、これから上司になる団長への挨拶を断るわけにもいかない。駄々をこねられる性格ならば出来たのだろうが、そこは社畜根性が染み付いている悲しき社会人。セレナに「またね」と小さく手を振り、特に文句を言うことも嫌がる素振りもなく、副団長と共に私の足は団長の元に向かう。
「兄上、新人が挨拶に…」
ガリュー副団長が団長のデスクの前で立ち止まり、声を掛ける。が、その呼び掛けは途中で途切れた。
何だろう、とガリュー副団長の後ろから、チラリと顔を出して覗いて見ると。
……机に突っ伏して寝ている男性が一人。
机に広がるふわふわの白っぽい金髪。あの特徴的な髪色は召喚の場にいたゼスト団長で間違い無いだろう。
でも、何故寝てる?しかも、だいぶ眠りは深いのか、ガリュー副団長が声を掛けても起きない。
「昨日は聖女に付きっきりでお疲れになったのだろう。」
お労しや…と痛ましげな表情で、すやすやと幸せそうに眠る兄貴を見るガリュー副団長。
いや、職場に出勤して居眠りって、普通に駄目じゃん?何慈しみの視線で見守ってるんだ。
てか、よく寝るな、この人。職場の机でここまで眠れるか普通。
「兄上、起きるのだ。もう仕事が始まる時間だ。」
ガリュー副団長がもう一度声を掛け、肩を揺さぶる。
「時間とかいいじゃな〜い。魔法でいくらでも弄れるし…。」
ゼスト団長がムニャムニャと口を覚束なく動かしながら答えた。
へえ、魔法って時間まで操作できるのか〜、さすが宮廷魔術師団長〜。って、それは素直に凄いけど、そうじゃなく。
何この人。
「駄目だぞ、兄上、部下に示しがつかない。ほら、お茶を。」
うぅ〜ん、と伸びをしてゼスト団長が起き上がる。やはりネコ科っぽい。ふわぁ〜っと欠伸をして、涙が溜まった目を擦っているのは小さな子供のような仕草だ。
起き上がったゼスト団長の口元にガリュー副団長がカップに注いだお茶をササッと差し出す。介護か。
「うぅ〜ん、おはよー。お茶、美味しいねぇ。」
「ハーブティーだ、兄上。疲れが取れやすく、目が覚めるものを選んだのだ。」
「うんうん、お前は出来る子だねぇ。」
ワシワシとガリュー副団長の頭を撫でるゼスト団長。もう社会人の成人男性が、同じく成人男性に撫でられてさぞや恥ずかしいだろう……と思いきや、ガリュー副団長はドヤ顔で頬を上気させている。
…えっ、嬉しいの??
いいトシしてお兄ちゃんにナデナデされて喜んでいるの?
ていうか、ゼスト団長、イメージが違う…。
あの冷淡に私の存在を切り捨てた人だとは思えない。
「あれぇ、君が新人君かぁ。どっかで見たことあるなぁ。」
私の驚愕をよそに、マイペースなゼスト団長は私をロックオンする。
「兄上、聖女召喚で一緒に来た者だ。」
「ああ、そう言えば二人いたものねぇ。」
「月野レイです。よろしくお願いします…。」
「うん、よろしく〜。」
私の挨拶に、ゼスト団長は猫が目を細めるようにフニャリと微笑み、優しげなフワフワの声で挨拶を返してくれた。
こう見ると、だいぶ天然ちゃんでマイペースで、ふわふわな人に見える。淡い金色のふわふわの髪も、猫のような瞳も、ゆるゆるの表情も、あの召喚の場で強烈な洗礼を放った人だとは思えない。
もしかして、私は自分のあんまりな待遇に、穿った見方をしていただけなのではないか。この人は、本当は天然ちゃんで可愛らしい、良い人なのではないか。
そう思いかけた時。
笑顔はそのままに、スッとフワフワの雰囲気が消え、底冷えするようなゼスト団長の眼光が私をとらえた。
私の背中をぞわりと悪寒が走る。笑っているのに、眼力だけで人を殺せそうな、底の見えない雰囲気。
何も言えないし、動けない。
そんな緊張感が私を支配する。
「んん〜、珍しい魔力だねえ。これが闇の魔力か。僕、初めて見たよ。」
フッと団長が眼光を緩めてニッコリ笑う。
一瞬で張り詰めたものが霧散した。
団長はさっきまでの天然ちゃんで可愛らしいふわふわな笑顔と雰囲気だ。
でも。
間違い無い。あの召喚の場にいたのはこの人だ。
冷酷だとか、自分本位とか、そういうレベルでは無かった。
人格がどうとかではない。有無を言わさぬ上に立つ者という空気と力。それをあの一瞬で感じさせる能力。
今の瞬間、団長は私の魔力をチェックしたのだろう。そのために云わば『真剣モード』になった。ただそれだけで、ここまで空気が変わるとは。団長というのは肩書だけではないようだ。
まあ、今はまたふわふわに戻ったようだが…。
「聖女といい、君といい、異世界から来た人は魔力がイレギュラーなのかな?聖女は桁違いの魔力だったけど、君は…うん、よくわからないや。」
団長の『聖女』という単語に顔を上げる。
「面白いね。」
ゼスト団長は柔らかな、でもちょっと真面目そうな顔で笑った。
「聖女はまあ聖女だからねぇ、凄いんだよねぇ。でも聖女だから。君は、よくわからないからねぇ。そういうの、面白いよねぇ。」
ゼスト団長はニコニコしながら言う。が、私には何を言いたいのかよく分からない。聖女が凄いというのと何かを楽しみにしているようだが…。なにぶん、色々端折った、ゼスト団長の心のままの言葉なのだろう。他人に理解させる気がほぼ無いのだから、分かるわけがない。
「つまりな、兄上は、『聖女は魔力が膨大で強力だが、それは聖女として当たり前のこと。予想も出来るし想定の範囲内だ。だが、君の魔力は未知数。闇の魔力は極端に数が少ない。しかも異世界の人間なら尚更。それが魔術師として興味深い』と言っているのだ。」
ガリュー副団長が私に向かって説明をする。なるほど、そういう意味か。まるで通訳だ。
同じ言葉を話しているはずなのに、何故通訳が要るのか…。というか、よくさっきのゼスト団長の言葉から今の解答が出てきたな?それに間髪入れず説明に入ったということは、この人日常的にこうなのか?大丈夫なの、この団長。いや、実力はさっきのアレでよく分かったけどさ。
「お前はよく喋るねぇ、凄いねぇ偉いねぇ。」
「なんの、兄上。この位何でもない。」
ニコニコの兄貴に対して、弟は褒められてドヤ顔で花でも出そうな上機嫌である。
噛み合っていないようで絶妙に噛み合っている。なんだろう、この兄弟。兄貴はマイペース過ぎだし、弟は兄貴好き過ぎだろ。
「じゃあ、面白そうだから、僕が魔法を教えようかな。」
「駄目だぞ、兄上。兄上には書類仕事が残っている。教育には誰か向いている者を俺が選んで付けておく。」
ゼスト団長の恐ろしい提案をガリュー副団長が即却下する。心の底からホッとしたし、ガリュー副団長に全力でお礼を言いたい。このマイペースの権化のゼスト団長にまだまだ慣れない魔法を教わった日には、冗談じゃなく私は死ぬかもしれない。本当はセレナに教えてもらいたいけれど、あの子は貴重な回復魔法の使い手なので、魔物討伐がない日は専らポーション作りが仕事らしい。
「んんん〜、そっかぁ。闇の魔力を見たかったのに。残念だなぁ。じゃ、書類仕事が終わったら遊びに来よう。」
「兄上、書類仕事が終わったら、一緒に聖女の所に行かねば。午後から聖女に魔法を教えに行くのだぞ。」
どうにも闇の魔力は珍しいらしく、ゼスト団長はご執心だ。こんな美男子に執着されて、普通なら悪い気はしないはずなのだが……執着の対象が私本体ではなく魔力な所と、ド天然の極度のマイペースの怖い魔法使いが相手というのが、なんとも残念だ。
『聖女様』に会いに行かねばならないらしいけど、この人は聖女の前でもこんな感じなのだろうか?あの男にチヤホヤされることしかなかったユナには、この“あなたに合わせる気はありません”というゼスト団長のペースはさぞや辛いだろう。
「そうだったっけ?んー、あの聖女の所かぁ。」
ゼスト団長が苦笑いのような表情をする。ふわふわ笑うこの人には珍しい顔だ。ユナと何かあったのだろうか。
「聖女に何か問題でも?ああ、でしゃばるような事を聞いてごめんなさい。聖女ユナは私の妹なので…。」
聞いてしまってから、これは出歯亀かと思われても仕方ない質問だったかな、と気付き、慌てて聖女ユナとの関係を説明する。
でも、どんなに恨みがあろうが姉妹愛を感じてなかろうが、妹は身内である。このゼスト団長が苦笑いをするような、何か粗相をしたのなら私も恥ずかしいし、姉として一言謝罪をすべきだろう。妹への愛とか庇護の意志は皆無だが、身内という意識はあるのだ。
「へえ、そうなの?お前、知ってたかい?」
「いいや、兄上。王子殿下からも聖女本人からも聞いていないぞ。そうか、お前たちはそれで一緒に召喚されたのか。」
……どうやら、身内だと気に掛けていたのはこっちだけだったようだ。
姉が拘束されて地下牢に入れられたのだから、助けようとはしなくても一言くらい姉妹だと伝えているかと思ったが…。ユナは私に興味が無いらしい。
「ふぅん…。君はお姉ちゃんなんだねぇ。あの妹が一緒で、今まで大変だったねぇ。」
ゼスト団長がしみじみといった風情で言うので思わず頷きそうになるが、慌てて顔と気を引き締める。マズい、ユナに対する薄暗い感情が顔に出ていたか。
それにしても。
「……何故、そう思うんです?」
何故、分かったのだろう?
実際、あの妹がいて、私の人生はなかなか大変だった。でも、一言もそれを口外してはいない。セレナには話したけど、セレナがそれをゼスト団長にご注進するとも思えないし、そんな時間はなかったはずだ。
出来るだけ澄ましてゼスト団長に問う。感情をさとられないようにしたいが、この人には通じるだろうか?
そんな私の心中など察することもなく、ゼスト団長はあはは〜と笑い出した。
「だって聖女って言った時の君の顔、苦っい物を噛み締めているような顔だったよ〜。それに、ねえ。」
「うむ。」
ゼスト団長が目配せをすると、ガリュー副団長も渋い顔で頷いた。
「君さ、妹が生まれてから、親御さんに放ったらかしにされてないかい?あと、友達とか恋人を横取りされたり。」
ゼスト団長の言葉に、表情を取り繕うことも忘れギョッとする。
「当たり、かぁ。」
「どうして分かったんですか?」
私の食い気味な質問に、ゼスト団長はフフ、と微笑み、少し眉間に力を込めた困ったような表情をした。
「あの子、魅了を垂れ流ししてるからねぇ。しかもタチが悪いのを。聖女がそれは厄介だよねぇ。」
ミリョウ?タチが悪い?厄介?
よく分からない言葉がポンポン飛び出す。よくは分からないが、あまり褒められている感じはしない。ユナは、聖女として何か良くないことをやっているということか。
詳しく知りたい私は、ガリュー副団長をそっと見上げた。
「魅了というのはな、魔法の一種だ。言葉の通り相手を惹きつけ、魅了する。聖女は無意識にそれを周囲に振りまいているのだ。質が悪いと言ったのは、彼女の魅了は彼女を魅力的に見せるだけでなく、その周囲にいる者の魅力を感じられないようにする効果があるのだ。聖女は、癒やしと浄化を担う聖なる者。その聖女がかような魔法を日常的に使うとは…。」
ガリュー副団長の言葉に、ハッとする。
両親の極端な妹の可愛がりよう。私への無関心。
恋人たちの手酷い裏切り。
妹はヒロインで、私はいつも悪役。
これまでの妹関係のトラブルの一つ一つに、理由がついて行く。
私は今まで、それは妹の意志であり、恣意的なものだと思っていた。奪おうと思って奪い、私を悪く言って同情を集めていたのだと。
でも、それが妹自身預かり知らぬ能力なら?そこに他意など無かったとしたら?
「…それじゃあ、あの子はわざとでは無かったということ?私の恋人を何度も奪ったのも、あの子には何の落ち度は無かったということ?」
「それは違うぞ。」
頭の中の自問自答が、声に出ていたようだ。
ガリュー副団長が素早く私の問を否定する。
「魅了は生まれ持ったものだが、あそこまで強力なのはそれを磨いたからだ。自分の意志でそうしたいと願ったからだ。だからこそ、『厄介』なのだ。」
「魔法を使おうとして使っているんじゃなくても、『こうすればこうなる』って分かっているわけだよねぇ。それはもう、悪意だよ。」
悪意。
脳内混乱の中、その言葉がスッと胸に落ちた。
ああそうか、ユナの行動は、悪意だったんだ。
あの子は私が嫌いなんだ。
分かってはいたけど、証明されてはっきり言葉に出されると、噛み締めてしまう。それもこの世界で一番の魔法使いのお墨付きだ。元から仲良くなんてなかったけれど、ここまで嫌われるような理由が思い当たらない。
「聖女ねぇ、魔法も教えるけど、あの魅了をまず止めさせないとねぇ。それも僕らでやらないといけないんだよねぇ、きっと。」
「そうだな。この二日ですでに王子殿下や側近達は骨抜きだ。聖女は味方にしたい者に魅了をかける癖があるようだ。魔力の無い者は抗えん。」
ゼスト団長とガリュー副団長が暗い顔をする。
ユナ…あいつ何やってんだ。流石というか、相変わらずというか。異世界来てまでそれかい!と突っ込みたくなる。
しかし、団長たちの話しで少し希望も持てた。だってあの『純粋無垢美少女ちゃん』として無双を誇るユナに、靡かない男性がいるなんて。魔力って凄い。
と、いうことは、少なくとも宮廷魔術師団の皆様は魅了がかからない――私はユナに悪者にされずに済む――ということじゃないか。
いきなり異世界なんてわけのわからない所に飛ばされて、しかも誰からも求められたものではなくて、元の世界には帰れなくて……自分の不運を呪うしかなかったが、少なくともこの宮廷魔術師団にいる間は平穏に過ごせるかもしれない。
そう考えると、少しだけ明るくなれる気がした。




