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セレナの覚悟

寮の部屋に戻り、セレナの興奮状態が収まるまでランサーとラクティス長官の話をし、セレナから解放された時には窓の外は真っ暗だった。腕時計で見ると午後10時。時の流れはこちらの世界も一緒のようだ。

日本人ならお風呂に入って眠る時間である。

こちらの世界にもちゃんとお風呂があるのだろうか、無いなら早く魔法を使いこなせるようになってお風呂を作ろうと思っていたが、きちんとお風呂はあった。

科学技術のあまり進んでいないように見えるこちらの世界だが、代わりに日常生活にも使える魔法技術と魔法道具なる物があるらしい。温かいお湯も出たし、シャワーもドライヤーっぽい物もあり、日本の物とは勝手が違うものの、然程不便なく使えた。

お風呂上がりのスキンケアは、セレナの私物を借りた。伯爵令嬢の私物だけあって、使い心地は中々の物だったが、セレナは肌が弱いらしく、これでも乾燥して粉を吹いたりひび割れたりするという。魔力が内側に作用しないだけでなく、肌まで弱いとは。神がいるなら、本当にセレナに何の恨みがあるんだと言いたくなる。


そして、ふと思い付いた。

魔力が内側に作用しないなら、一回外に出して、それを摂取したら良いのでは?例えばポーション作りのように。

「ねえセレナ。これってさ……」

ポーションのように、化粧品に魔力を添付したらセレナにも魔力の恩恵があるじゃないか。飲むポーションがあるのだ、肌に付けるポーションが駄目な道理は無い。


「レイ、あなた…」

私の案を聞いていたセレナが細かく震えながら呟く。おや、駄目だったのか?美容への魔力の転化はタブーなのだろうか。


「天才か!」

セレナがクワッと目を見開く。

「そうね、何で気付かなかったのよ。その手があったじゃない!回復ポーション作りは得意なんだから、化粧品なんか作れるに決まってるわ!ああ、これで一生縁がないと思っていたプリプリ肌やツヤツヤの髪が手に入るかもしれない!」

セレナの目が活き活きしている。先程の推しカプ(脳内)の話しの時ばりに興奮しているようだ。

しかし、無理もないだろう。今まで望んでも手に入らなかった美貌が、もしかしたら手に入るかもしれないのだ。美貌と言ったら大袈裟かもしれないが、顔貌は変わらずとも肌や髪や、魔力のある人が溢れさせているあの美しい生命力が、得られる可能性が出て来た。これは容姿で馬鹿にされてきた人間にとって、目も眩むほどの希望である。


「私、ずっと諦めていたの。キレイになることも、おしゃれをして着飾ることも、年頃の女の子らしいことをして楽しいって笑うことも。私はキレイになれないから、努力しても無駄だから、悪あがきしてもみっともないだけだって。それなのに、キレイにして、おしゃれをして、楽しそうに笑っている子達を見て、きっと妬んでいたのね。おしゃれなんかして軽薄だ、頭が空っぽなんだって心の中で馬鹿にして。努力しても無駄だって諦めたのは自分なのに。」

セレナは目を伏せながら滔々と、でもゆっくり噛みしめるように呟いた。

その言葉は私にも覚えがあるものだった。『どうせ可愛くないから』『努力しても無駄』『必死になってみっともない』『外見を飾るのは中身が無いから』。

全部、私が言い訳にしてきた事だ。

はじめは親や周囲の人から言われて、それが染み付いて。その言葉に傷付いていたはずなのに、気が付けば自分からそう思うようになっていた。


「でも、もうやめる。思い切り悪あがきして、キレイになりたいし、楽しいって笑ってみたい。」

セレナは、目線を上げ、わたしを真っ直ぐ見つめた。

「レイのおかげね。レイが私を受け止めてくれたから、私に良い方法を見付けてくれたからそう思えたの。…ありがとう。」


セレナは私の目を見ながら、クシャリと笑った。眉が下がり、目尻が下がり、少し潤んだ瞳で。

その笑顔を見た私は、どうしようもなく、胸が痛くて泣きたくなるような心地で、セレナを思い切り抱き締めた。

前にも思ったけど、セレナの笑顔は切なく胸を締め付ける、不思議な笑顔だ。生来のの純粋さと、今まで受けてきた心の傷が垣間見えるような、ただ可愛いのではない、苦しさも痛みも感じる笑顔。胸がキュッと締め付けられる、この子をどうにかしてあげたいと思わせる笑顔。

私がもし男なら、この子を絶対に幸せにする。一生大切にして離してやらないのに。

例の元婚約者とやらも、もしこの笑顔を見ていたなら絶対に婚約破棄なんかしなかっただろう。まあこの子を笑顔に出来なかった時点で、婚約者たる資格は無い。

セレナはきっと綺麗になる。きっと笑顔も増える。その時にせいぜい後悔すればいいのだ。


その日は、同じベッドで二人手を繋いで眠った。眠りに落ちるまで、ポツポツと話をしながら。


異世界二日目は、人生で一番切なくて穏やかな夜になった。






朝。


リンゴーンという鐘の音で意識が覚醒する。

私とセレナは、抱き合いながら眠っていたようで、セレナは私の胸に顔をうずめている状態で目が覚めたようだ。

「おはよう、セレナ。」

「おはよう…。おっぱい気持ちいい…」

寝ぼけている。完全に寝ぼけている。貴族令嬢がおっぱいとか言うんだ…。

でも寝ぼけて胸にスリスリするセレナは少し可愛い。おっぱい大きくて良かった…。

身長170センチ、乳デカイ尻もデカイ、肩幅もあって骨太筋肉質で、全身隈なく圧しかなかったこの体型、コンプレックスの塊だったが、おっぱい如きで親友に喜んでもらえるなら安いものだ。

そう言えば、おっぱいは癒やしの象徴ではなかったか。疲れた人に「おっぱい揉む?」と言うのがネット界隈で一昔前に流行っていたし。よし、存分に味わうが良い。


「セレナ、レイ、おはよー。そろそろご飯食べに行かないと遅刻だよー!」

ドアの外からカムリの声がする。

ああ、そんな時間なのか。

カムリ、新人の私と引っ込み思案なセレナが気まずくなってないか心配して来てくれたのかな?優しいなあ、カムリ。

でも、こんなに仲良くなったって知ったら、カムリ驚くだろうな。私はドアの向こうに届くよう、大きな声で返事をした。


「今、おっぱい揉ませてるからちょっと待ってー!」






「…だからね、嫁入り前の女性が、朝からそんなこと叫ぶのはよろしくないわけ。」

食堂でカムリが眉間にシワを寄せながら私とセレナに言う。

同じテーブルだが、正面にカムリ、その向かいに私とセレナが座り……つまりお説教である。

曰く、この寮はセレナと私以外は独身の男性ばかり。そんな所で『おっぱい』とは何事か。慎みが足りなすぎる、しかもフロアに響き渡る大音量で、朝っぱらから、ということだ。ちなみにカムリは上手いこと『おっぱい』という単語は使わずに説教をしているが、気まずげである。

すっかり目が覚めた私は、おとなしくお説教を聞いている。だって100パー私が悪い。現代企業ならセクハラである。

言い訳をするなら、私もあの時寝ぼけていたのだ。なんだ、『おっぱいは癒やし』とか『おっぱい揉む?』とか。馬鹿じゃないか。

こちらの様子を別テーブルからチラチラ見ている人達。あの人達も、おっぱい発言は聞こえたのだろう。ここにいるのは宮廷魔術師団の人達、つまり同僚になる人達なのに。

どうもこちらの世界は、現代日本よりも封建的というか、貴族とか国王とか騎士団とか、そういう古いものを大切にしているようだ。女性は淑女たれ、という事だろう。説教してくれるだけ温情だと思おう。

…でもさ、長くない?カムリはまだご立腹のようだけど、これじゃご飯食べている時間無くなっちゃうよ。

確かにセクハラ発言は悪かったさ。でも寝ぼけていたし、『おっぱい』って言っただけじゃないか。

よし…。


「カムリ、こちらの世界の常識はわかりました。けれど私は異世界から来た身。私のいた世界では、女性の胸は何らいやらしいものでも恥ずかしいものでもないのです。」

なるべく厳かに、宗教者のように静かに話す。勿論演出である。

「レイ?」

カムリは急に雰囲気の変わった私に戸惑っている。効いてる効いてる。これは効いている。

「女性の胸は、赤子を育てる為の母乳を出す器官…謂わば生命の源。聖なるものと敬われることはあっても、タブーと言われることはありません。いやらしい、恥ずかしいなど以ての外!それは生命にとっての侮辱であります。」

周りのテーブルの人達も、何事かと聞き耳を立てている。いいぞ、そうこなくちゃ。

「私のいた地域には、女性のおっぱいを信仰の対象にした神殿まであったのです。」

「そ、そうなの?!」

まあ、神殿つうか神社な。ヨーロッパ風に言っただけで嘘はついてない。

よし、あと一息!

「おっぱいは母性の象徴。生命の源。慎みとはまた別のもの。おっぱいは恥ずかしくないのです!」

みんな固唾をのんで私の話を聞いている。

やばい、変な宗教の教祖になった気分だ。

「まあ、それはあくまで私が元いた世界の話ですから。つい、元の世界の基準で考えて行動してしまったことは反省しますし、今後は無いよう肝に銘じますよ。」

ニッコリ笑って話を終える。

皆、気圧されしたのか神妙な表情で頷いている。ここまで堂々とすれば、信憑性も増すってものだろう。カムリもさっきまでのお説教モードが完全に解けている。

私は悠々と朝ご飯にありつくことが出来た。


その後、「レイは元の世界では、女体信仰を教義とする宗教の神官だった」と話が広まるのだが…今の私には知る由もない。

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