婚約者を盗られました。
月野レイは怒っていた。
「……もう一回言ってくれる?」
レイのような陰キャには一人ではとても行けないようなオシャレなカフェ、土曜日の昼下り、太陽は心地よく明るく暖かく、目の前のケーキセットはつややかで可愛らしい。
目の前には、6歳下の妹ユナと、それに寄り添う自分の婚約者。
「だから、私達、お付き合いしてるの。ごめんね、お姉ちゃん。」
妹は、愛らしい唇から、およそ愛らしくない言葉を吐いた。
頭の中に真っ先に湧いたのは、「またかよ!」という言葉だった。
この妹は何故か毎回毎回、姉である自分の恋人を奪って行く。今日も、婚約者に呼び出されてこの店に来て、そこに妹がいた時点で嫌な予感はしていた。そして席につくときに、婚約者は私の隣ではなく妹の隣に座った。嫌な予感は最高レベルまで上がったが、この人に限って裏切るようなことはしないだろうと現実逃避をした。
結果、バッチリ裏切られたわけだが。
「お前いい加減にしろよ…!」
やっとの思いで喉から声が出る。
これで何回目だ!?
ホイホイ引っ掛かる男もどうかと思うけど、毎回もれなく横からかっさらうのは悪意があるとしか思えない。今度という今度はぶん殴って簀巻きにでもしなきゃ治まらん!ギッと妹を睨むと、ユナは大きな丸い瞳に涙を溢れんばかりにため、口もとを華奢な手で隠し、小刻みに震えている。嘘泣き乙。私にそれが通じると思ったか。
「ユナたんは悪くないんだ!僕が勝手に好きになって、どうしても付き合いたいって言ったんだ!」
婚約者が、私の視線から妹を庇うように身を乗り出し、叫ぶ。
ユナたんて。
なぜ庇う?
なぜお前が泣く?
勝手に好きになっただけでお付き合い始まるわけないだろ。
色々ツッコミ所満載で、怒りよりも酷い脱力感に苛まれる。
「ゴメンねぇ、お姉ちゃん。わたし、わたしっ…」
「ユナたん、大丈夫だよ、僕がいるから怖くないよ。」
何か始まったぞオイ。
え、この人こんな人だった…?
私が怒りと呆れを同時に体感していると、婚約者がギリっと私を睨めつける。ヒロインを守るナイトのつもりか。
完璧に悪者の意地悪な姉と可憐な妹の構図が出来てしまってる。
いつもこうだ。悪いのはどう考えても恋人を横取りする妹。なのに悪者になるのは私。周囲からの視線も痛い。きっと見ている人も、私が悪者に見えているのだろう。妹のユナは華奢で小柄、サラサラの黒髪と白い肌、丸い大きな目の、完璧に可愛らしい両親自慢の美少女である。
対して私は、身長170センチ、肩幅骨盤しっかりの骨太体型、荒れやすい茶色の癖っ毛、日に焼けやすい肌、ツリ目のキツい顔立ちの、美少女とは無縁の25歳。勝負は始まる前から決まっている。
でも…、でも、今回だけは、この人だけは大丈夫だと思っていた…!
泣きたいのはこっちなんだよ!私が泣いてもユナみたいに誰も守っちゃくれないし、汚い泣き顔晒すのもみっともないから泣けないけどな!
なぜ可愛く生まれなかったのだろう。泣きたい時にも泣けないなんて、自分がどんどん惨めになる。
「とりあえず、お店を出ましょう?」
荒れ狂う内心をひた隠し、私は必死に笑顔を取り繕う。
「その後で…テメエら一発ぶん殴らせろ!」
妹の胸ぐらを掴み、ありったけの眼力で凄む。
と、その時…
婚約者が私を止めに入るより早く、周囲の人が修羅場を動画に収めようとスマホを構える前に、視界が眩く光で満たされた。
雷か?爆発か?
あまりの眩しさに目を閉じ、恐る恐る目を開くと。
そこは昼下りのオシャレなカフェではなかった。
広い空間。教会のようにステンドグラスがはめ込まれた窓、祭壇、赤い絨毯。
私は妹の胸ぐらを掴んだまま、どことも知らぬ場に突っ立っていた。