表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幸田露伴「五重塔」現代語勝手訳   作者: 秋月しろう
24/35

幸田露伴「五重塔」現代語勝手訳  其 二十四

 其 二十四


「清吉、お前は不甲斐ない、意地もなければ、気も廻らない男、何故(なぜ)今まで過般(こないだ)の夜の一件を私に打ち明けて、話してくれなんだ。私に聞かせては気の毒だと変に遠慮したのか、余りといえば狭隘(けち)な根性。仮に仔細を聞いたとしても、まさか私が狼狽(うろたえ)まわって動転するようなことはないものを。良人(うちのひと)のように、女と思って軽んじて何事も知らせず、隠しておくという考えはともかく、お前達まで私の耳を塞ぎ、目を(おお)って済ましているとは余りな仕打ち。また、親方の腹の内をみすみす知っていながら、平気の(へい)()で酒に浮かれ、女郎買いの(とも)をするだけが男の器量でもあるまいに、長閑気(のんき)にこうして遊びに来るとは清吉、お前もおめでたいの。平生(いつも)なら良人(うち)のが不在(るす)でも飲ませるところだが、今日は私は構わないよ。海苔(のり)一枚焼いてやるのも厭なら、下らない世間咄(せけんばな)しの相手をするのも虫が嫌う。飲みたければ勝手に台所へ行って、酒樽の栓でも(ひね)れば好い、話がしたけりゃ猫でも相手にするが好い」と、何にも知らぬ清吉、道益(どうえき)が帰った後に偶然(ふと)行き合わせて、散々にお吉の不機嫌を浴びせかけられ、訳も(わか)らず、驚き呆れて、へどろもどろになりつつも、段々と様子を訊いていけば、今の今まで自分も知らずにいたことであるけれど、聞けばなるほど、これはどうあっても堪忍(がまん)のならないのっそりの憎さ。自分の命とさえ思っている我が親方に、重々(じゅうじゅう)恩がある身でありながら、無遠慮すぎるのっそりめの挙動(ふるまい)。飽くまでも親切で誠意ある親方の顔を踏みつけたこの憎さ、

 考えれば考えるほど憎さが募る。――どうしてくれよう。

「ムム、親方と十兵衛とでは相撲にならない身分の(ちが)い、のっそり相手に争っては、夜光の(たま)(*1)を小礫(いしころ)にぶつけるようなもの。腹はもの凄く立つけれど、分別強く(こら)えに堪え、親方は誰にも鬱憤(うっぷん)を洩らさずおられるに違いない。えぇ、親方は冷たい。他の奴はともかく、清吉だけには教えてくれてもよさそうなものを。親方と十兵衛では、此方(こっち)が損、(おれ)とのっそりなら損はない。よし、十兵衛め、ただでは置かんぞ」と、(はや)る気持ちを(おさ)えられず、直ぐさま頭に湧く考え一つ。

「姉御、知らなかったので、これはどうしようもない、堪忍して下され、しかし、様子を知っては(はばか)りながら、もう、叱られているだけではおりません。この清吉、女郎買いの(とも)をするだけしか能のない野郎かどうか、見ていて下され、それでは!」と、言葉の最後を烈しく吐き捨て、格子戸をがらりと開けっ放し、草履(ぞうり)穿()かず、(うしろ)も振り返らず、風よりも早く()け去って行けば、お吉は今更ながら、はっ! と気づいたように、続いて追い掛け、二声、三声呼び止めたが、四声めには、既に影さえ見えなくなっていた。


 *1 夜光の璧……昔、中国で、随侯の祝元陽が蛇から授かったと伝えられる暗夜でも光ると言い伝えられた宝玉。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ