三月六日【前】
亜美視点
共働きで親のいない亜美の家には来るが、専業主婦の母親のいるみつるの家には滅多に行かない。
亜美は(両親も含めて)大人が苦手だし、みつるは母親のいないところで一息つきたいからである。
改めて口に出したことはないが、それは二人の暗黙の了解だった。
(……だけど)
今日、みつるは学校を休んだ。今朝、メールで知らせてきたがその後、送った亜美のメールには返信が来ていない。
(具合が悪いから……だけじゃ、ないよね)
昨日、頭が痛いと言って席に戻ったのを亜美は『嘘』だと感じた。その原因はと考えてみて、思い当たる事はただ一つ。
(あのタイミングだと、みつるがツッキーの事を……ってなるけど。でも、いつから?)
自分は、みつるから何も聞いていない。そう思うと、余計にみつるの家に行く事をためらってしまう。そう思い、教室こそ出たがそれ以上、足が進まず廊下で外を眺めていると。
「おい、これ……瀬尾に、持ってけ」
声と共に、顔の横からスポーツドリンクのペットボトルを差し出される。
それに戸惑って、振り返ると――声の主である友喜は、受け取れと促すようにまたズイッと亜美に突き出してきた。
「……自分で、届ければ?」
久しぶりの会話なのに、口から出たのは我ながら可愛くない台詞で。けれど、友喜が続けた言葉に亜美は大きく目を見張った。
「それじゃあ、お前が瀬尾の家に行けないだろう?」
「えっ?」
「やるから、見舞いだって届けろよ……ごちゃごちゃ考えないで、突っ走れ。らしくねぇぞ」
みつるの家に行く、口実なのだと。そう解った瞬間、亜美は両手でそのペットボトルを受け取った。
「……これだから、陸上馬鹿は」
「あっ?」
「でも、ありがと」
そう言った瞬間、我知らず強張っていた亜美の頬がふ、と緩んだ。
久しぶりに話したのと、お礼を言ったのが照れ臭くて、すぐに背を向けて歩き出したので。
友喜が、どんな顔をして彼女を見送っていたのかを亜美は知らない。
※
「いらっしゃい、亜美ちゃん」
「……お邪魔、します」
友喜に後押しして貰い、やって来たのはいいが。
出迎えてくれたみつるの母に、ついつい緊張しつつも頭を下げると――大人の女なのに、何だかひどく困ったような、頼りない表情を向けられた。
「亜美ちゃんになら、もしかして……」
「えっ?」
「みつる? 亜美ちゃんが、来てくれたわよ?」
思わず疑問の声を上げたが、答えはなかった。
そして、みつるの母が娘の部屋をノックしながら言うと、中から「どうぞ」と言う声が聞こえた。
(今日は、話してくれるんだ)
ドアに隔てられていては、何も始まらない。そんな訳で、思いきってみつるの部屋のドアを開けた亜美だったが――瞬間、硬直した。そして、慌てて後ろ手にドアを閉めた。
「……みつる?」
呆然と名前を口にした、亜美の視線の先で。
昨日ぶりに会うみつるの髪は、けれど昨日よりも短く、無造作――と言うよりかなり乱暴に切られていた。




