二月二十一日【後】
(何だろう。何かこう、すごく思い入れを感じる)
とは言え職員室に届けた結果、持ち主とすれ違っても何なので、みつるはその女鎧武者のマスコット人形を階段の手すりに乗せようとした。土足ではないが、やはり床に置いたままでは抵抗があったからだ。
「……あっ!」
刹那、上がった声を聞いて持ち主が来たかと思い、顔を上げる。
それから声の主を見て、みつるは大きく目を見開いた。
「ツッキー……島、先生」
咄嗟に口から出てしまったあだ名を、みつるは慌てて言い直した。我ながら苦しいと思ったが、築島はありがたい事にそこには触れないでくれた。
「それ、俺のなんだ。瀬尾さん、拾ってくれてありがとう」
「……いえ」
(名前、知ってたんだ)
爽やかな笑顔で手を差し出してくるのに、みつるは短く答えてマスコット人形を手渡した。これで用件は済んだので、あとはこの場を立ち去れば良い。
……良い、のだが。
どうしても気になったので、みつるは思いきって築島に尋ねた。
「その人形って、漫画か何かのキャラクターですか?」
「これ? 大祝鶴姫」
「えっ!?」
予想外の名前に、みつるは思わず声を上げてしまった。そんな彼女に、築島が眼鏡の奥の目を軽く見開く。
「あの、亡くなった祖父が……わたしの名前にも、鶴をつけたがるくらい、好きで」
「あぁ、だから『みつる』なんだ」
「っ!?」
さらり、と下の名前を呼ばれたのに驚いた。自慢じゃないが、自分は築島の下の名前など知らない(本当に自慢ではない)
(何? 先生って生徒のフルネーム暗記してるの? それとも、まさかのイケメンスキルなの?)
「あ、ゴメンね。珍しい名前だから、覚えてて……これは、妹が作ってくれたんだ。鶴姫が、大好きだったから」
動揺するみつるを安心させるように、築島が説明してくれたが――今度は、別な事に引っ掛かった。
(過去形?)
「死んだんだ、十年前に」
顔に出たらしい疑問に、築島が笑ったまま答えてくれた。
※
築島と別れた後、みつるは図書室に行くのはやめて一人学校を出た。今、本を借りても全く頭に入らなさそうだからである。
「妹は、体が弱くて……外で遊べない代わりに、よく本を読んでいてね」
代わりに、みつるの頭を占めていたのは先程、築島が話してくれた事で。
「特に、日本の時代小説が好きでね。あんまり熱心だから、どうしてかって聞いたんだ」
静かな声や微笑みはけれど、優しくて――優しすぎて、哀しく感じるものだった。
「そしたら、過去の人達がいたから現代の自分達がいるんだって……シスコンで、恥ずかしいんだけど。俺が日本史が好きになったのは、その言葉がきっかけで」
受験に関係がない為、あまり熱心に取り込む生徒は少ないと築島は笑ったけれど。
「教師になった俺がいるのは、妹がいてくれたからなんだ」
家への帰り道。続けられた台詞を、思い出したところで――聞いた時同様に、みつるは胸が苦しくなった。思わず、眉を寄せてしまう程に。
(抱きしめたく、なった)
ちょうど、他の生徒がいなかったとは言え、学校の廊下で湧き上がった衝動を理解すると、途端に頬が熱くなった。
(初めて、まともに話した相手に。しかも、年上の男の人相手にって)
「……痴女かな?」
口から出た言葉で、ますます恥ずかしくなる。つい辺りを見回して、他に誰もいない事にみつるはホッとした。
そうだ、落ち着け自分。いくら何でも、痴女だと人聞きが悪すぎる。そう、犯罪者って訳じゃなくて。
(好きになった、んだよね?)
そう思った途端、自分でも顔が赤くなったのが解ったので、みつるは再び周囲を見回した。




