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空貝 ~うつせ貝~  作者: 渡里あずま


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三月四日

「瀬尾さん、だよね?」

「……はい、先生」


 自分の気持ちを自覚し、立ち尽くすみつるに人違いだと心配になったのか、築島が近づいてきて声をかけてくれる。

 それに何とか頷くと、築島は「久しぶり……って、言うのも何だか変だけど」と笑ってくれた。

 確かに、手紙だけなら毎年、年に二度ほどだがやり取りしていたので築島の言い分は解る。

 だから、つられるように頬を緩めると――そんなみつるを見て、築島も笑みを深めてくれた。先程もだが、安心したような表情にどうしてかと考えて気づく。


(先生も、緊張してる……のかな?)


 冷静に考えるとみつるとは四年前、一時期だけ授業で接したくらいで。担任ですらなかったが、みつるが行動した事で手紙のやり取りを続ける事が出来た。

 とは言え、会うのは久々で――そう考えると、会いたいと言ったのはみつるからだったが、色んな事件があるこのご時勢だ。頷いてくれた築島には、感謝しかない。


(自覚したら、好きだって伝えようと思ってたけど……今日は、そこまでは良いかな?)


 葉書の文章から、何となくだが他にも用事がある(むしろ、みつると会うのはついでではないかと思う)ような気がする。それこそ、お礼の手紙の時に手紙で伝えても良いかもしれない。


「……もうすぐ、お昼だよね? 少し早いけど、どこか入って話そうか」

「えっ……は、はい……っ」


 迷惑をかけたくなくて、そんな事を考えて一人決意を固めていると――築島からそう言ってくれて、みつるは再び動揺しつつも何とか頑張って頷いた。



 西口改札の向かいにある階段から、地下に降りると――北海道産の牛乳や乳製品を扱う会社の、直営店カフェがある。

 ちょうど開店するところだったので、それ程待たずに座る事が出来た。飲み物だけ、と思ったが、築島があさりのチーズリゾットを頼んだので、抹茶オレの他に白いパフェ(ソフトクリームと生クリームなので真っ白だ。それぞれのクリームの美味しさが味わえる)を頼む事にした。


「……瀬尾さん、受験はどうだった?」

「合格しました」


 それぞれの飲み物(築島はカフェオレを頼んだ)が先に届き、残りの注文を待つ間に、築島が尋ねてくる。

 そう言えば、彼からの手紙を待っていて合格の報告を出来ていなかったと思い、答える。


(鶴姫の辞世の句から、興味が出て……それで勉強出来て、国語の教員免許が取れる大学って選んだんだよね)


 わずか三十一文字で、中学生だったみつるの心をあれだけ揺さぶった短歌――勉強してその魅力を他の人にも伝えたかったのと、教師という道が繋がって受験をした。

 理由や教師になりたい事は言っていないが、志望校として女子大の名前は去年の暑中見舞いで教えている。

 すると、築島は「おめでとう」と嬉しそうに笑ってくれた。その笑顔を見て、みつるも嬉しくなって笑みを返す。

 そんなみつるにつ、と築島が目を細めると――不意に、彼が「ごめん」と謝ってきた。一体、何に対しての謝罪なのかと緊張するみつるの前で、築島が言葉を続ける。


「一月の手紙に、すぐに答えられずに待たせてごめん。二月下旬まで、はっきり決まらなくて」

「えっ……?」

「転勤。俺、今度小樽の中学に異動する事になったんだ。今日はこれから、新しい家探しに行くところ」

「……新しいところでも、頑張って下さい」


 思いがけない事を言われて、しばし目を丸くする。そして、おめでとうと言っていいのかどうか解らず、それでも応援の気持ちだけは伝えたくてそう続けると、築島は「ありがとう」と言ってくれた。


(でも……そっか。引っ越すのなら、手紙はどうしよう)


 新しい住所を、聞いていいのかどうか――悩むみつるに、築島が一枚のカードを差し出してくれた。


「ありがとうございます……」


 慌てて受け取り、それを見て大きく目を見張る。


(新しい住所……だけじゃなく、電話番号にメールアドレス、更にコミュニケーションアプリのIDまで……!?)


 驚き、こんな個人情報を貰っていいのかと築島に尋ねようとしたが。


「お待たせしました」


 頼んでいたチーズリゾットとパフェが届いたので、一旦、会話が中断する。そしてそれぞれの前に置かれ、店員が立ち去ったところで築島が照れたように頬を掻く。


「……何か、タイミング悪くてごめんね?」

「い、いえ……」

「瀬尾さんに、励まして貰えて嬉しくて……「今だ」って思ったんだけど……うん」

「……そんな」


 確かに微妙だったかもしれないが、照れる築島は大人なのに可愛くて――おかげで、少し落ち着く事が出来た。


「わたしも、そう言って頂けると嬉しいですけど……あの」

「……驚かせたよね。手紙のやり取りはしてたけど、ちゃんと話したのは妹の話をした時と、終業式の時だけだし」


 そして言葉を紡いだみつるの前で、築島が胸ポケットからあの時、みつるが作った巾着袋を取り出した。


「この巾着もだけど、瀬尾さんに手紙とか葉書で気遣って貰えるのが嬉しくて……もっとやり取りしたくても、教師としてはせめて高校卒業までは待たなくちゃって……勝手に、思ってて。あと、転勤先によっては今よりもっと離れるかもしれなかったし」

「先、生……」

「卒業、おめでとう……って、この流れだと下心あるみたいで申し訳ないけど」

「……いえ」


 築島は、何を言おうとしているのか。まさか、もしや、いや――そんな言葉が、グルグルと脳裏を巡る中、築島が頬を引き締めて、眼鏡越しにみつるを真っ直見つめてきた。


「君が、好きです……俺と、付き合ってくれませんか?」


 その言葉に瞬間、何か考える前に頬に熱が集まるのを感じた。

 それでも、あまり俯くと以前のように長い髪で顔が隠れるので何とか堪える。


「……はい……わたしも、好きです」


 そして気づけば、みつるも告白していて――ハッと我に返り、真っ赤になるみつるの前で「ありがとう」と言ってくれた築島も赤くなっていた。



 注文したものをそれぞれ食べた後、小樽行きの快速電車に乗ろうとする築島と改札で別れる。

 そしてその背中が見えなくなるまで見送り、帰ろうとしたみつるはふと思いつき、先程、お互いに登録したコミュニケーションアプリを起動させた。


『行ってらっしゃい』

『ありがとう、行ってきます』


 スタンプと迷ったが、その一言だけを送る。しばらくして、築島からの返信が届き――みつるは、手紙以上に繋がった事を実感してたまらず頬を緩めた。


―終―

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